ワッフル公国
見渡す限りの青い空、白い雲。
眼下に望むはどこまでも続く荒野。
前方には高々とそびえる山脈。
俺たちは今、以前人族の王都で手に入れたドラゴンゾンビ改め、腐る前に肉は美味しく食べられ骨だけの姿になった骸骨龍【ボーンドラゴン】の背に乗り、ドワーフの国へ向かっている。
今回の同行者は予め決まっていたジンの他、前回行けなかった事で今回こそは着いていくと断固として譲らなかったミルカとルナーレ、案内兼紹介役のアルス、それとミュートの五人である。
ミュートはドワーフの国の問題を知り、『私もここらで大幅なレベルアップをしときたいので』と同行を申し出て来た。
生まれ変わって弱体化したとは言え博識な龍人であり、元は魔王だ。
獄森のモンスター相手に毎日戦っているのも知っているし、何よりも今回のメンバーがメンバーなので、常識人のミュートが同行してくれるのは正直心強く、同行を許可した。
何せ、今現在両腕にしがみ付くルナーレとアルス、そして俺の膝の上にチョコンと座り抱き付くミルカが、誰が俺の一番の愛人かで互いに牽制し合い、言い争いを続けているのだ。
……誰も愛人にした覚えはないからね?
そんな事を言っても火に油を注ぐだけだとわかっているので、ダンマリを決め込む俺。
それとアルスさん……さっきからしがみついている腕がミシミシ言ってるから勘弁して下さい。
ここにルカが居てくれれば、コイツらもこんな暴走する事もなかったのに……。
ただ、残念ながら今回ルカは珍しく不参加である。
それまでは一定以上俺の側を離れたがらなかった寂しがり屋のあのルカが、『ドキドキ、遊園地デート大作戦』で思い出に残る最高のセカンドキスをした事で心に余裕が出来たようで、こうして俺だけ旅に出ても大丈夫になったのだ。
そんなルカの成長が嬉しいような寂しいような……複雑な気持ちになっている今日この頃。
俺もいい加減ルカ離れしないとなぁ……。
そんな事を考えている内に、アルスがしがみ付いた方の俺の腕はあらぬ方向を向いている。
「……たすけて……くれぇ……」
どうやら、いつの間にか俺の心の声が漏れ出てしまったようだ。
「……たすけてくれぇ」
ん? 違うな。
無意識の俺の心の声じゃなくて、どこからか助けを求める声が聞こえる。
今は骸骨龍に乗って高度数千メートル上空を飛んでいるのにだ。
後ろから声が聞こえたようなので、おそろおそろ声の元を探し振り返る。
するとそこには……骸骨龍の尻尾の先に必死に捕まり助けを求めるジンの姿があった。
そう言えば、骸骨龍である俺の分体が久々の飛行で防風魔法を施す事を忘れていた為、先程まで飛行による向かい風で目も開けられない状態だったな。
骸骨だから目はないけど。
そのせいでルナーレたちがこれ幸いとしがみ付いて来た訳だが……きっとその時の突風でジンだけ飛ばされていたのだろう。
えっ? どうして気付かなかったかって?
べ、別に、突風でルナーレが押さえたメイド服のミニスカートがひらめく姿に目を取られていた……なんて訳では決してない! 決してだ!
そんな言い訳を自分にしている最中もオッサンの悲鳴はつづく。
だが、助けに行きたいのは山々だが、俺は三人に両腕と体をロックされているので身動きが取れない状態だ。
こんな時こそ常識人のミュートに助けを……あれ? ミュートはどこに行った?
俺が骸骨龍の背を見回すがミュートの姿が見あたらない。
まさかミュートまで飛ばされてしまったのか!?
そんな不安がよぎったが、ミュートの居場所は骸骨龍に宿っている分体からの情報で以外な場所に見つかる。
俺たちの前方である骸骨龍の頭の上、そこでミュートは何故か丸くなって眠っていたのだ。
骸骨龍から送られてくる視覚で見える、その可愛らしい寝顔……。
呼吸と共に上下するプニプニのお腹……。
時たまモゾモゾと動く姿も愛らしく、その姿は時を忘れていつまでも見ていられる。
……。
元は魔王とは言え、まだまだ卵から生まれたばかりのドラゴンベビー。
赤ちゃんには十分な睡眠が必要だよね!
と言うことで、すまん! ジン! しばらくそのまま耐えてくれ!
こうして、俺を取り合う痴話喧嘩とオッサンの絶叫を聞かないようにしつつ、安らかに眠るミュートを見ながら現実逃避すると言う、いつもながらカオスな状況に包まれての旅路となったのだった。
*****
「ハァ……ハァ……死ぬかと思った……」
ようやく辿り着いた地面を恋しむように抱きしめるジン。
……まぁ、ただ疲労で倒れてるだけなんだが。
結局あれからニ時間ミュートは目覚める事がなく、その間ギャーギャー言いながらもしがみ続けたのだが大した物である。
流石未来の俺の四天王! その調子で今回も期待しているぞ!
恨みしそうに見てくるジンをスルーして心の中でそんなエールを送りつつ、辿り着いた今回の目的地であるドワーフの国、ワッフル公国を見る。
場所は獄森の北西側、魔族領の最西端で、魔族領と人族領に渡って広がるシール山脈の丁度両領土の中間にポツンと手前に突き出るようにそびえる巨大な山。
その南側の麓にポッカリと空いたドラゴンでも余裕で入れるサイズの大きな洞窟がワッフル公国への魔族側の入り口だ。
そう、俺たちはまだワッフル公国の入り口に到着しただけで、その全貌を見る事が出来ていない。
「この洞窟を抜けるとワッフル公国よ。さぁ、いつまでもダレてないで行くわよ」
アルスの言葉に嫌々ながらも立ち上がり俺たちの後をついてくるジン。
するとワッフル公国の入り口からワラワラと武装した兵士たちが出てくると、こちらに向かって走って来るのが見えた。
そりゃそうか、骸骨龍なんて目立つものに乗ってやって来たら警戒もされる筈だ。
「そこから動くなッ! お前達は何者だ!!」
俺たちの近くまで来た兵士達は、警戒して一定の距離で止まると、その中でも隊長と思われる兵士がそう大声で喋ってきた。
その姿は物語に出て来る低身長なのにガッチリとしたガタイと髭と言ったドワーフの姿そのままで、正直ニューエルフの事があっただけに、その想像通りの姿に感動すら覚える。
すると感動して動かない俺の代わりにアルスが一歩前に出て兵士の質問に答えてくれた。
「私はニューエルフの里が長、アルス・ポロリエールよ。ここへはゴルズ・ワッフルに会いに来たの」
まさかのアルスさんの家名をここで知るって言うね。
てか、今から会う人物の名前初めて聞いたけど、家名にこの国の名前が入っているって事は、おそらくこの国でもかなりの地位にいる人なのだろう。
「ニューエルフの里のアルス……あれが噂の……確かに奇怪な格好だ……だが、あの逞しい筋肉……」
「俺は前にこの里に来た時に見たけど、あの見た目は忘れるわけねぇ……あの素晴らしい筋肉は確かにアルスだ」
「あの腹筋、まるで板チョコじゃねぇか……たまんねぇ」
なんか後ろで危ない話をコソコソしてるけど、聞こえてますからね。
「……確かに、その生きる芸術とも呼べる筋肉……ニューエルフの里のアルス殿とお見受けしました。しかし、その後ろの骸骨龍は一体……?」
えぇ……筋肉でわかっちゃうの……何そのある業界では有名なあの! みたいな認識……。
「この骸骨龍はこちらのハンサムな骸骨の殿方が使役しているから無害だし、私たちが滞在中はここで待たせておく予定だから心配しなくても大丈夫よ」
いや、魔王って言うのは極力言わない方針とは言え、その紹介はちょっと……。
「こ、ここに……ですか? ……上と確認致しますので、少々お待ち下さい」
アルスの言葉に引き攣った顔の隊長は、後ろの部下に命令すると、伝令の為だろうその部下はそのまま洞窟へ向け走っていった。
そりゃ骸骨とは言え強力な力を持つ龍が自分たちの守る国の目の前に居座られたら嫌だよね……。
「おい、聞いたか? あの筋肉もない骸骨兵をハンサムだと」
「あぁ、他種族の美意識は理解出来ねぇな。ハンサムっていや鍛え抜かれた筋肉と美しい髭あってこそだろう」
「ハァハァ……あのメロンのような肩にかぶりつきたい」
俺にはおたくらの美意識が理解出来ません。
あと、さっきから一人だけ独特な奴がいるんだが……。
それからしばらくして戻って来た兵士は、上から許可が降りたとの事で、そのまま俺たちを通してくれたが、くれぐれも暴れたりさせないように言いつけて下さいと念押しされた。
何だがすいません。
*****
ワッフル公国への入り口である洞窟は特に変わった所のない大きいだけの洞窟だった。
ただよく見ると人の手で掘ったであろう跡があり、壁も整えられているので人工的に作り出された物だとわかる。
そしてそんな人工の洞窟の先、出口であろうそこには淡い光が差し込んでいた。
洞窟なのに光? と思いながらも洞窟を進みを出口を出る……するとそこは想像していたよりも巨大な、ドーム状の空間が広がっていた。
今出て来た場所は、直径数キロはありそうなドーム状の空洞の、更に数百メートルは上の壁に出来た穴で、両脇には下へと続く道が壁沿いにあった。
そして俺たちの目の前……そこに広がる光景は圧巻の一言で、眼下に広がるのは中央に向かい段々になっている巨大な石造りの地下都市なのだが、至る所から蒸気が立ち込め、そこに家の明かりも合わさりなんとも言えない美しさが存在していた。
そして地下都市の中央には高さ数百メートルはあるであろう俺たちの出て来た洞窟の出口からでも高いと感じるほどの巨大なお城がある。
また、ドームの天井には何かの鉱石が色鮮やかに煌めき、満点の星空のような光景が広がっていた。
それら全てが視界いっぱいに広がっているのだ。
それはまるで一枚の絵画のような……とても幻想的な光景だった。
すると、その光景に圧倒されている俺たちの目の前におもむろにアルスが歩出ると、振り返り両手を広げて喋り出す。
「ようこそ、ドワーフの国へ! ここがドワーフ達の作りし武器の国、ワッフル公国よ!」




