囚われのジン
ジン・ウォレット。
ローレンの避難地で人族軍の大隊長を務める、三十七歳にしていまだに独身の、俺の飲み友達で、親友。
そのジンが、歳を考えればなかなかに鍛えられ引き締まった体を露わにした赤いふんどし姿で、両手を鎖で繋がれ檻に閉じ込められている。
その表情はとても憔悴し切ったものだった。
「グァぁおおぉぉ」
ドン! ドン! ドン! ドン!
ジンの姿を見るとスッポンポン鍋でバーサーカ化したニューエルフたちが雄叫びを上げながら拳で地面を打ち鳴らし興奮しだした。
アナタたちはゴリラですか?
「彼凄いわよね。昨日は皆から可愛がられる前に隙をついて逃げ出して、そのまま里のみんなに追いかけられながらも、今までずっと逃げ続けてたのよ」
アルスの言葉に納得の表情になる。
通りで今日の決闘では見なかった訳だ。
ジンにはスキルもあるし大丈夫だとは思ってたが、ちゃんと上手く逃げられてた訳だ。
まぁ、ロザンヌが昨日はトイレとか言いつつしばらく戻って来なかったから、きっとフォローしてくれていたのだろう。
……してくれてたんだよね?
「だけど、それも私と会ったのが運の尽きね。私が会った時はだいぶ疲れ切ってたし、意外と簡単に捕まえられたわ。しかも、里のみんなはお預け食らった事もあって今じゃジン君にご執心みたいだし、スッポンポン鍋で精力増強までしちゃってるから……今日のメインディッシュにって準備したけれど、彼……生きて帰れるかしら?」
……。
どうやら、今夜はジンの最後の日になるようです。
……じゃない!!
「それは困る! アイツは俺の大切な仲間だ! 早く助けないと!」
「うーん……あの状態のみんなから彼を助け出すのはかなり難しいと思うわよ。だって……私のパワーはスキルの影響でアレだけの力を出せていたけど、スッポンポン鍋を食べた今の彼女たちは、その私に匹敵する力を出せるもの」
さらっと自分の強さの秘密を話しているけど良いのだろうか?
しかし……スキルのお陰だったのか。
通りであんな桁外れのパワーを有していた訳だ。
ジンの瞬間移動みたいなスキルもあるし、それなら納得だ。
……ん? そんなスキルで強化されたアルスと、今のニューエルフたちの力が同じ……? それって……この里にいる約二百人のニューエルフが全員アルスになったようなものじゃない?
アルスを二百人同時に相手しろって?
……何その無理ゲー?
流石にそれは俺でも無理だ。
うん……諦めよう。
すまんな、ジン……お前の事は忘れないからな……。
俺がジンからそっと目線を晒そうとした時、俺たちに気付いたジンが藁をもすがるように、必死に助けを求めて来た。
それはとても悲痛な叫びで、あまりに必死なので両手の鎖が手首に食い込み血を流している。
……クッ!
ぁあもう! わかったよ! わかりました! 親友の為だ、この命投げ売ってでも助けてやらぁ!!
あまりにも必死に助けを求めるジンに耐えきれなくなった俺は、投げやり気味に救出を決意すると立ち上がろうとする。
しかしその時、俺の腕を誰かが掴んできた。
腕に伝わる柔らかな感触と、近づく事で香るいい匂いにそれが誰だかすぐにわかる。
「ルカ……止めないでくれ……親友の危機なん……だ?」
てっきり俺を心配して引き止めたのかと思った。
しかし、話しながら振り返ると、ルカの様子がおかしい事に気付く。
「はぁはぁ……クリス……私、何だが変なの……んっ……身体が熱くて……」
少しずつ露出を下げているとはいえ、まだまだ露出が多い服装のルカが、立ちあがろうとした中腰の状態の俺を見上げるように上目目線で見てくる。
それだけで先程のアルスと違い、正当な意味でかなりの破壊力を持つのに、更に頬を赤らめ荒い呼吸で熱いと襟を持ち胸元をパタパタと開く……それは元々妖艶な見た目と相まってとんでもないエロさを醸し出し、俺は思わず生唾を飲み込む。
骸骨だか唾は出ないけど。
「はぁはぁ……何だが無性に……あっ……クリスが……欲しいの」
あっ……これアカン奴だ。
「あら、ルカちゃんもスッポンポンの効果が効き出したみたいね。でも、私たちと違って体が肥大化しないみたい」
いや、冷静に分析してる場合じゃないからね!?
この状況はヤバい。
何がヤバいって俺の理性がヤバい!
このままじゃ俺の理性が崩壊して、ルカと……。
ん?……それはそれであり……じゃない!!
はぁはぁ……危ない所だった、今はジンを何とかしないといけないだ! しっかりしろ! 俺!
この間にもジンの捕まる檻に、バーサーカことニューエルフたちが迫っている。
早く助けに行かないといけないのに、この状況のルカを放っておく訳にもいかないし……どうすれば。
「しょうがないわねぇ」
そう言いながらアルスはルカの両手を掴み俺から引き剥がす。
「すまない! ルカを任せた!」
「あん……クリスぅ〜、待ってぇ」
ルカの声に後ろ髪を引かれながらも、身体倍加した体で駆け出しニューエルフたちの間をぬって進むとジンの捕まる檻の前に辿り着く。
「クリスぅ、たずげでぐれぇぇ」
いい歳したオッサンの本気泣きである。
普段ならドン引きだが、流石にこの状況ならしょうがない。
それに、それだけ昨日は恐ろしい目にあったんだろう。
「今助かるから動くなよ」
そう言って自らの額のツノを握りしめると、そのまま引き抜く。
その手には俺の愛剣である魔剣クレットが握られており、そのまま檻に向かい横薙ぎに上下2回振り抜くと、何の抵抗もなく、鉄格子は斬れ人が容易に入れる入り口が出来た。
「ウガァァアあぁ」
そんな俺の行動に焦ったのか、ニューエルフたちが駆け出してきた。
「ひぃ!?」
迫るニューエルフたちに変な声を出しながら恐怖するジン。
俺は急ぎ檻に入ると、ジンの腕の鎖を魔剣クレットで斬り外す。
しかし、ジンは自由になったのに先ほどの恐怖で腰が抜けたようで、起き上がろうとするがプルプルと震えるだけで立てずにいる。
「ク、クリスゥ、腰がぁ」
「ああもう! 捕まってろ!」
情けない声で助けを求めるジンを肩に担ぎ上げる。
しかしその間にニューエルフ達は檻の周りを完全に埋めていて脱出ルートを塞がれてしまった。
「アはァァアァァ」
嬉しそうにニヤリと顔を歪ませ変な声を出すニューエルフ達。
「ど、どうする!? 逃げ道が無くなったぞ」
震えがこちらまで伝わってくる程怖がっているジンが焦って俺に聞いてきた。
「道がないなら……作れば、いい!」
そう言って、檻の天井を魔剣クレットで細切れに斬り裂くと、口から炎弾を飛ばし落下してくる破片を吹き飛ばした。
爆発で煙が上がりニューエルフたちが俺たちを見失う中、空いた天井から飛び出した俺は、そのままニューエルフたちを飛び越える。
「一晩もすれば効果が切れるからそれまで逃げるのよぉ!」
そんな俺たちを離れた場所にいる事で視認していたアルスが、大声で助かる方法を教えてくれた。
その声を背中に受けながら、俺はジンを担いだまま広場を後にした。
*****
ある程度走って広場から離れると、いつまでもジンを担いでいるわけにもいかないので、一先ず目に入ったニューエルフの家の中へと入り、ジンを床に下ろした。
「ハァハァハァ……助けてくれて、ハァハァ……ありがとう、クリス」
担がれていた筈なのに全力疾走した後のように息切れしているジン。
呼吸を忘れる程の恐怖って……。
「気にするな」
「いや! あの化け物たちから救ってくれたんだ!! この恩は一生忘れないから!!」
「お、おう」
あまりの圧に引いてしまった。どれだけ怖い思いしたんだよ。
「昨日は……どうやって逃げたんだ?」
よく見ると身体中キズだらけのジンに治癒魔法をかけながら、つい気になって聞いてしまったが、聞いてからジンの表情を見て後悔する。
先程まで幾分マシになっていたが、俺の言葉で顔は強張りみるみる顔面蒼白になっていったのだ。
「……ロザンヌに売られて、アイツらに連れてかれた先はどこかの地下牢だった……それで、準備があるからってアイツらが一旦その場を離れたから、その隙に何とか逃げ出そうとしたんだが……武器も取られ頑丈な鉄格子を壊すのはとても無理で……諦めかけて牢の隅でうずくまっていたらガチャリと音がしたかと思うと何故か扉が開いていたんだ」
きっとロザンヌだな。
何だかんだで根は面倒見の良い姉御肌だからな。
生贄にした本人だけど。
「疑問には思ったが、そんな事よりも命の危険を感じた俺は逃げるのが先決だと思って、必死にそこから逃げ出した……ただ、アイツはそれに気付いて追ってきたんだ……里の全員で」
ブッ!?
里の全員って!? 思わず心の中で吹き出したよ! どんだけニューエルフにとってジンは魅力的なんだよ!
「だから必死になって逃げた……逃げて逃げて……それでも囲まれてどうしようもない時はスキルを使って何とか切り抜けた。それを何度も、何度も繰り返していたら……いつの間にか、俺のスキルは強化されていたんだ」
……えっ? スキルって強化されるの?
「それまでは体力はやたら使うわ、真っ直ぐ進むのがやっとでコントロール出来ないわで、かなり使い勝手が悪かったが……強化されてからは体力の減りもかなり軽減されて、その上自由に方向転換出来たりコントロール出来るようになったんだぜ。お陰で夜通しアイツらから逃げる事が出来た」
さらっと凄い事言ってるけど、当の本人はスキルの凄さよりも、それによって逃げられた事に安堵しているようだった。
「だけど、最後はそれまでの疲労でフラフラだったうえ、逃げた場所が悪かった……アイツらがまさか森の中だとあんなにも早く動き回るとは……」
あぁ……アルスと最初に遭遇した時の事を思い出す。
今思うと、確かに決闘での動きよりも遥かに早かったし、縦横無尽に動き回っていた。
そんなのが、二百人で迫ってくるって……。
「最後は里まで案内してくれたあのアルスって格段に早く、強い化け物に捕まって、このザマさ……」
「何とか言うか……大変だったな」
俺の労いの言葉に死んだ目でハハハと笑うジンは、これまで以上に哀愁を漂わせていた。
*****
「うし、こんなもんかな」
「助けてもらったうえに、キズまで治してくれてありがとな」
ジンのキズをあらかた治し終わった俺に再び礼を言うジン。
俺はあまり治癒魔法が得意ではないので、治療には時間がかかる。
ジンはその間に家にあった食べ物を食べ満腹になった事でその表情は先程よりだいぶ良くなり、それまでの事を俺に話した事で精神的にも落ち着いたようだ。
「さて、これからだが……」 ドンッ!
これからの事を話し合おうとしたやさき、家の外で何か大きな物が落ちる音が聞こえた。
顔を見合わせた俺たちは頷き合い、いつでも動ける体制になりながらジッと息を潜める。
しかし、しばらくそうしていても再び音がなる事はなかった。
「……どうするよ」
「このままここに隠れているのも手だが……もしこの家が囲まれていた場合詰む可能性がある……一度外の様子を確認して、もし敵がいた場合は逃げるぞ」
俺の言葉にジンが頷くのを確認し、まだ僅かに震えているジンを背に扉へと向かう。
ギィィー……。
「良かった、誰もいないようだ」
「あぁ、ここは森も違い。きっときのみでも落ちてきたんだろう」
「そうだな。ただ、さっきも言った通り囲まれたらアウトだから、危険だがそろそろ移動しようか」
俺の言葉に頷き二人で扉を出た。
「みぃ〜つけた」




