スッポンポン鍋
「肩を貸そう」
決闘に決着がついたあと、観客からの大歓声がいつまでも鳴り止まない中、少し体力が回復したアルスさんが体を起こしたので、そう提案した。
「あら、なかなか気が効くのねぇ。さっきの必殺技もとても情熱的だったし、お姉さん、惚れちゃいそうだわぁ」
先程の決闘でリーゼントが崩れて長髪になった髪を耳にかき上げ、上目目線でそんな事を言ってくるアルスさんを、俺は思わず投げ飛ばした。
「あん……もう、照れ屋さんなんだから……でもそんな所も……ス・テ・キ」
しかし相変わらずの頑丈さで何事も無かったように起き上がってくると、そんな言葉をのたまいだした。
その言葉に思わず背筋がゾッとして距離をおく。
ダメだ……コイツに物理的な攻撃は殆ど意味がない。
「……そ、そう言ってもらえるのは嬉しいが……俺には世界で一番愛している妻がいるので……残念ながらアルスさんの気持ちには答える事は出来ない」
「もう! アルスさんだなんて他人行儀な呼び方で呼ばないでちょうだい! この声援を聞けばわかる通り、アナタはもう私たちニューエルフにとって、偽りのない魔王様なんだから、これからは、アルスって呼び捨てで呼んでいいのよ」
その言葉で、周りを見る。
ステージの周りには決着がついてからしばらく立つのに今だに大きな歓声が広がっており、その一人一人が憧れの存在でも見ているような熱狂的な目で俺を見ている。
ただ、それが化け物みたいなオカマ達なので、かなり恐ろしいものを感じてしまうが……それでも、それが彼らに認められた証拠であり、今回ここへ来た目的が達成した事を意味するので、とても嬉しい気持ちになった。
そんな俺に近付いてきたアルスはそっと俺の耳元に顔を寄せ小声で喋る。
「それと魔王様……私は奥様がいても全然構わないから、気が変わったらいつでも声をかけてね」
その言葉で今度は全身にゾワッとした感覚が走る。
マジで勘弁して下さい!!
きっと今肉体があったら、嫌悪感と恐怖の表情とが混ざり合ったとてつもない表情をしていただろう。
流石にこれから部下になる人にそれはマズイので、今は表情が出ない骸骨で良かったと思う。
「……あら?」
その時俺の横でアルスが一瞬バランスを崩したので思わず受け止める。
お願いだからそこで頬を染めるのはやめて下さい。
正直あまり近付きたくなかったが、未だにフラフラのアルスをほっとく訳にもいかないので、しょうがなく再び肩を貸す事にした。
しかし、案の定アルスは不必要にもたれかかってきてスリスリと頬を擦り付けてくる。
……このままどこか地中深くに埋めてやりたい気分です。
内心込み上げる嫌悪感と戦いながらステージを降りる。
すると待ち構えていたニューエルフたちがどっと集まり、興奮冷めやらぬ様子で、皆が皆早口で歓声を送ってくる。
「凄かったわね魔王様!!」
「ホントホント! 最後の叫んでたボーンスペシャル? って技、凄く痺れたわぁ! どうやったの!?」
その圧は恐怖すら感じるほどで、それが四方八方から迫られるのだからたまったものじゃない。
有名人っていつもこんな恐怖と戦っているのか?
いや、囲んでいるのが化け物たちだからか! ……正直この場から逃げ出したいだす。
「はいはい、みんなそこまで! 魔王様には待ってる人がいるんだから、続きは今夜の祝賀会でしなさい」
すると横でそれまで肩を貸していたアルスがスッと離れると、手を叩きながら先程までのフラフラした足取りが嘘のようにキビキビと歩きながら興奮したニューエルフたちを治めてくれた。
それによりキャーキャー言いながらニューエルフたちが左右に別れて目の前に道が出来ると、アルスは振り向きながらウインクをして自分も横に退く。
お前……もう治ってるのに弱ってるフリしてたな!?
周りのエルフを何とかしてくれた事には感謝するが、正直計られた事にイラっとした。
しかし、そんな気持ちもニューエルフたちによって出来た道の先にいる人物を見て、すぐに吹き飛び、歩き出す。
「クリス……おめでとう。無事に勝ってくれて良かった」
向かい合った状態でそっと俺の右手を取り両手で握りしめると、俺の勝利の女神ことルカから、祝福の言葉が送られる。
ギュッ。
そんなルカを引き寄せると、そのまま抱きしめた。
「ルカのお陰で勝つ事が出来たよ」
「そんな……私は何も……」
「いや! ルカがいなければ、俺は早々に繊維喪失で負けていただろう……ルカがそばで見守っていてくれていたからこそ、折れそうになった俺の心は何度も持ち堪える事が出来、この戦いに勝利する事が出来たんだ!」
「ふふふ……そっか……なら、二人の勝利だね」
そう言うとルカも俺を抱きしめ返した。
ルカを抱きしめる事で、その温もりを感じ、深く思う。
今回はいろんな意味で何度も挫けそうになったし、危ない戦いだった……。
本当に……心の底から……ルカが居てくれて良かった!!! っと。
「まったく……仲が良いのは良い事だけど、そろそろ周りの存在も思い出してよね」
そんなアルスの呆れた言葉に現実に戻される。
周りを見ると、頬に手を当てアラアラと言いながらニヤニヤ顔で俺たちを見るニューエルフたちや、呆れ顔のグラスとロザンヌが居て、その事に気付き思わず赤面しそうになる。
骸骨だから赤くならないけど。
その代わり、ルカが俺の分も耳まで真っ赤にして、今度は恥ずかしさで顔を隠すように抱き付く力を強めた。
ただ、本人は恥ずかしさで目をギュッと瞑っているから気付いていないけど……残念ながら俺は骸骨なので、スカスカ過ぎで顔を隠せてない。
そんな所もウチの奥さんは可愛い。
その日の夜、アルス主催で盛大な祝賀会が開かれた。
この森で採れた魔物や果物を使った料理が沢山並び、この村で作られたと言うお酒も振る舞われた。
だが、会が始まると先程アルスによって会話が持ち越された事もあり、俺の周りには沢山のニューエルフたちが集まり質問攻めになったので、料理を楽しむどころではなくなり、広場の中央で一通り基礎的な格闘技術について説明し指導するはめになってしまった。
どうやら元々ニューエルフたちは、エルフ時代はファンタジーに出てくるエルフのイメージ通り、弓をメインで戦っていたらしく、それがこの体になって、そのスペックを活かして肉弾戦をするようになったのだが、下手に小細工をしなくてもその防御力とパワーで簡単に敵を倒せてしまうのでこれまでろくに格闘技術が磨かれなかったようだ。
そこにきて、この里で最強のアルスを倒した俺の技や立ち回りに魅了され、みんな興味津々と言う訳だ。
一通り指導し終わり、あとは各自で精進するようにと言い渡してやっと解放された俺は、俺らの為に用意された壇上で待つルカの元へと向かうと、わざわざ俺の為に料理を取り分けてくれていたようで、お疲れ様と言いながら料理の乗ったお皿を差し出してくれた。
ルカに渡された料理はいい香りのする具沢山のスープだ。
ただ……ピクピク痙攣する巨大な目玉や、生き物の内臓のようなものなどが浮かんだその見た目がなんとも言えないグロテスクなもので、正直食べるのを躊躇してしまう。
「スッゴく美味しかったからクリスに食べて欲しくてとっておいたの!」
嬉しそうな顔でルカにそんな事言われたら、俺に食べる以外の選択肢はない!
先程までの躊躇など嘘のように迷う事なくグロテスクな料理を口に運ぶ。
「……ッ!? 美味い!!」
何だこの料理は!? 今まで食べた事ないような味だが、とても美味しい!
更に食べれば食べる程体の中からポカポカと暖かくなり力が湧いてくる!
「でしょでしょ! とっても美味しいからいっぱい貰ってきちゃった」
そう言って自分も美味しそうに食べるルカの笑顔にこちらも嬉しくなってくる。
「料理は気に入ってもらえたかしら?」
すると俺たちのところへやって来たアルスに話しかけられた。
「あぁ! とても美味いよ!」
「ふふ、私たちでもお祝いの席でしか食べられない高級料理なのよ」
「へぇー……ちなみにこれは一体何を使った料理なんだ?」
味は格別だか、見た目がアレなので思わず気になり聞いてみた。
「これは世界樹の周りにある湖に暮らす、スッポンポンって魔物を使った料理で、スッポンポン鍋よ。食べると滋養強壮に良いの」
何か前世で聞いた事あるような名前の鍋でした。
よく見れば、広場の中央に巨大な鍋が置かれており、五メートルはありそうな甲羅がグツグツと煮られている。
しかしスッポンポンって……。
「……あと、精力増強効果もあるから……今夜はハッスル出来るわよ」
そうコッソリと耳元で囁くアルス。
この体でどうハッスルしろと?
そんな言葉が出かかったが、隣のルカに聞こえるとアレなので喉元で堪えた。
なんなら私も混ぜて貰おうかしら、なんて言葉が聞こえて来たが、恐ろしいので聞かなかった事にした。
そんなアルスの言葉に何のこと? と、キョトンとした顔で聞いてくるルカには何でもないと言い、残った料理に舌鼓を打ちつつ、広場で楽しそうにしているみんなを見回す。
祝賀会は里の中央の広場で行われているのだが、楽器を弾ける者たちがこの里特有のスローテンポで演奏される曲を奏でおり、それに合わせて中央でニューエルフたちがゆったりと踊る、穏やかで居心地の良い時間が流れていた。
この里にきて、初めての平和で楽しい時間かもしれない。
決闘中は二度とここには訪れないと誓ったけど……こんな雰囲気を味わえるなら、また来るのも悪く無いな。
……そんな事を思ってた時が俺にもありました。
それは小さな変化から起きた。
一人のニューエルフがおもむろに上着を脱ぎ出し、上半身裸になったのだ。
最初は酔っ払いがアホな事やってるなぁ、と思ったが、次第に他のニューエルフたちもテンション高めに服を脱ぎ出した。
あれ? と思った時には殆どの者が上半身裸で、しかも何やら様子もおかしい。
「始まったみたいね」
「こ、これは一体……、これから何が始まるんだ?」
「あら、さっき言ったじゃない。スッポンポン鍋を食べると滋養強壮と精力増強効果があるって。その効果が出始めたのよ」
アルスの言葉を聞き、服を脱ぎ出した者達をよく見ると、テンションが高いだけでなく、体に力が溢れ出すようで全体的に一回り大きくなっているように見える。
ただ、その変化はそこで終わらず……次第に目は血走り、呼吸は荒くなり、言葉にならないうめき声を上げ、ヨダレを垂らしながらどこか獲物を探しているようにキョロキョロと忙しなく視線を彷徨わせているのだ。
「いや! アレは完全にヤバい薬やってるだろう! 大丈夫なのかあれ!?」
「ふふふ、最初食べた時はみんな心配してたけど、ちょっと効果が強過ぎるだけで、翌朝にはスッキリ爽快な気分になっているから大丈夫よ。なんなら皆その時の事が病みつきになっちゃって、スッポンポンが絶滅しかけるまで食べ過ぎちゃった位だもの。お陰で今じゃお祝いの席でしか食べられない高級食材になっちゃったのよねぇ」
効果が強すぎるとあんな事になるの!? 元々化け物だったのが、なんかバーサーカみたいになってるんだけど!?
俺が驚愕していると、先程までの穏やかなスローテンポの曲が急に激しめの曲へと変わり、それと共に里の奥から何か大きな物が台車に乗って運ばれて来るのが見えた。
よく見るとそれは檻で、中には見慣れた人物が捕まっているのが見える。
「あれは……もしかして!?」
そう……その人物は俺が良くしる人物。
この里に来て最初に拉致られた人族の男。
ジン・ウォレットだったのだ。




