晴れときとぎオカマ
アルスさんとの決闘が始まってから半刻程経った。
アルスさんの桁外れのパワーによって繰り出されるパンチの拳圧によって、何度もニューエルフ達が宙を舞い、晴天の青空から雨のようにオカマが降り注ぐ。
そしてその表情は皆、光悦に満ちているのだ。
更にはこうなる事を予め知っていたのだろう、中には妖精や天使のような衣装を着て、吹き飛ばされながらもその腕をパタパタと動かしている者たちまでいる。
まさにカオスであり、この世に地獄があるのなら、今この瞬間がそうだろう。
その光景は、アルスさんとの戦闘に集中しなくてはいけないのに、三百六十度全てで起こっているので、どうあっても視界に入ってしまい、俺の精神を蝕む。
これが狙ってやっている事なら、かなり効果的な精神攻撃だろう。
まぁ、今までの言動から、これがニューエルフたちにとって決闘の際の普通の光景なのだろうが……。
この里に来てから精神的ダメージが多すぎる。
唯一の救いは、ステージのすぐ外で祈るように手を組み、心配そうに俺を見つめるルカの存在だけだ。
ルカがいなかったらとっくに心が折れていたと断言出来る。
まさに俺の心の支えだ。
そんなルカを視界に入れ、しばしの心の栄養補給をしながら俺は決意する。
決闘が終わったら、二度とこの里には足を踏み入れないようにしよう。
あれからアルスさんと何十と接近しては、その攻撃を躱しつつ殆ど効かない攻撃を加え距離をおくと言う攻防が繰り返されている。
その甲斐あって、散々攻撃の為に動き続けたアルスさんは、額からは大量の汗が流れ、肩で息をしていてかなり体力を消耗している事がわかる。
思いもよらない精神ダメージはあったが、作戦通りである。
これまでの攻防でわかった事だが、最初の一撃の印象通り、アルスさんに格闘技の心得はない。
そのどんな攻撃も受け付けない防御力で相手の攻撃をものともせず、その図体に似合わぬスピードで一気に接近し、型も何も無いが一撃必殺のパワーで全てを押し切ると言う、技術とは一切無縁の単純な力任せの戦闘スタイルである。
ただ、先程も言った通り格闘技の心得がないのでその攻撃は単調で読み易く、自分で言うのもアレだが、俺ぐらいの実力者なら躱しつつ攻撃を加える事も容易い。
その代わりその防御力も化け物なので攻撃した所で殆どノーダメージだから、普通の人間ならアルスさんよりも先に体力や精神力が切れて、いつかその強烈な一撃の元やられてしまうだろう。
Sランクの冒険者パーティーや人族軍の軍隊を壊滅させたのもこの為か。
末恐ろしい程の肉体のスペックだ。
こんな恐ろしい見た目の者がいくら攻撃しても全く効かずにあり得ない威力の攻撃をしてくるのだから、まさに悪夢だ。
生き残った者達が精神を壊したのもわかる。
その点俺の場合は、この程度の攻防なら体力の減りの代わりに消費する魔力が自然回復で賄えるレベルなので、永遠に攻撃を躱し続ける事も出来る。
骸骨将軍さまさまである。
「ッ!?……ハァハァ」
その時、再び攻撃に移ろうとしたアルスさんが、一瞬体制を崩した。
どうやら体力の限界で足に来ているようだ。
その反応を見た俺は、追撃する事なく周りで俺たちの戦いを観戦しているニューエルフたちの様子を見る。
そろそろ頃合いかな……。
この戦いの目的はアルスさんに勝利し、ニューエルフたちに俺の魔王としての力を見せつける事で認めさせ、アルスさんを四天王にする事だ。
しかし、これまではアルスさんによって吹き飛ばされる事を楽しんでいたニューエルフたちだが、俺たちのいつまで経っても変化の無い戦いに飽きてきた者もチラホラ見受けられる。
このままダラダラと戦いを続けてたら、いつかは体力切れでアルスさんが倒れ、必然的に俺が勝利を手にすらだろう。
ただ、いくらそれでアルスさんに勝利した所で、ニューエルフたちに俺の力を認めないだろう。
だからこそ、このまま体力切れで戦いを終わらせる訳にはいかない。
観客に、俺が圧倒的な力でアルスさんを倒したと印象付けなくてはいけないのだ。
そして作戦通り、これまでの攻防でかなりの疲労が溜まったアルスさんの動きや反応は鈍り、力も落ちてきている。
これなら行ける!
そう判断した俺は、片手間でも攻撃を避けられる程動きの鈍くなったアルスさんへと意識を向ける。
「も、もう……はぁはぁ……いい加減……ちょこまかと動くの……やめなさいよ!」
そう息も絶え絶えの状態ながらも、再び攻撃をすべく全体重を乗せた強烈なタックルを仕掛けてくる。
ここだ!
アルスさんがタックルを仕掛ける為重心が前方に向け走り出した瞬間、魔法を発動する。
ボコッ
「あら……?」
突然足元に出現した硬い岩……普段なら躓く筈もないその岩に、これまでの疲労で注意力の落ちたアルスさんは、踏み出した足を取られ、タックルの勢いのまま体は前方へと投げ出された。
そこへすかさず新たな魔法をアルスさんの前方に発動する。
その魔法は地面に発生すると一気に巨大な竜巻となり、足が離れて浮いた状態のアルスさんの巨体を糸も容易く浮き上がらせ、空高くへと吹き飛ばした。
百メートル近く上空へと吹き飛ばされたアルスさん。
「ッ!? 空高く飛ばしたからってなんだって言うの!! 数十メートルだろうが、数百メートルだらうが、その程度の高さから落ちた所で、私にダメージはないわ!! ……あら?」
数百メートル上空から落ちてノーダメージとか、どんだけ化け物だよ。
上空のアルスさんが、地上にいるであろう俺に聞こえるよう発した大声を、至近距離で聞いてしまい、思わず耳を塞ぎたくなる。
骸骨だから塞げないけど。
そう……俺は今、地上のステージの上ではなく、空高く飛ばされたアルスさんの至近距離……具体的には更に数メートル上空に居るのだ。
俺が地上に居ると思って大声を出していたアルスさんも、地上に俺の姿が見られない事に気付き疑問の声を上げている。
先程の竜巻は俺に突進してくるアルスさんの前方に発生させた。
すなわち俺も突風の範囲にいたのだ。
必然的に俺も空高く飛ばされるが、体格は同じぐらいでも骨しかなくアルスさんより軽いこの体は、アルスさんよりもより上空へと飛ばされた。
自ら魔法を発動して上空へ飛ばされた俺と違い、疲労でフラフラのところに突然の竜巻で吹き飛ばされたアルスはそこで俺を見失った。
その結果、アルスさんの無防備な状態の背後である上空から気付かれる事なく近づく事が出来たのだ。
地上でその事実に気付いたニューエルフやルカたちは、目を見開きその後の展開を見守っている。
この状態まで持ち込めたなら、あとは……。
今だに俺の存在に気付いていないアルスさんは、落下する体を安定させようと大の字になり、地上にいるであろう俺を必死で探す……その上空。
魔法を発動すればバレてしまう為、自然落下で近づくしかないが、アルスさんと違い落下速度を優先した垂直な体制と、空気抵抗の少ない体の俺は落下速度が早い為、アルスさんとの距離を一気に詰める。
背後まで接近した俺は、次の瞬間無防備なアルスさんへと襲いかかる。
「なっ!? 」
驚いて抵抗しようとするアルスさんだが、もう遅い。
すかさず右足をアルスさんの左足に絡め、左足で頭をロック、そして右腕を捻るように押さえ込む。
そう、プロレスで有名なあのボンバーイェーの人が使った必殺技……通称『卍固め』である。
ただ、俺の場合は自由に動くようになった肋骨を使い、アルスさんの両腕を押さえる役目と、相手の体を離さないよう、より強固に固定している。
これにより空いた両手で残りの右足の関節も極め、化け物のようなパワーを持ったアルスさんの体を完全に押さえ込んだ。
骨を自在に操る骸骨の体ならではの必殺技……そう、その名は……。
「ボーン……スペシャルぅぅぅうう!!!」
「な、なによこれぇぇぇええ!!!」
ドッゴーーーン!!!
必殺技名を叫ぶ俺に、全ての四肢を抑えられ、そのまま重力に従い俺の下になったアルスさんは、叫びながらも必死に抵抗しようとするが拘束から逃れる事は出来ず、数秒の後、大きな音と共に地面に激突した。
立ちこめる土煙。
本来ならあの高さから落下すれば大怪我どころか、死んでいてもおかしくない。
ただ、先程本人が言っていた通り、この高さから受け身も取れずに落下した所で、この防御力お化けには殆どダメージがなかった。
なので、落下した後も俺の拘束から必死に逃れようと体に力を入れて暴れている。
しかし、先程までの攻防で疲れ切ったアルスさんは、最初のような桁外れのパワーを出す事も出来ず、俺もこれまで温存していた魔力を全開で体に纏い、ここぞとばかりに全力の身体倍加でその力に争う事で拘束を解かれる事はなかった。
落下と先程の竜巻の影響で土煙が上がる中、しばらくそんな攻防が続いたが、ついに諦めたのか、アルスさんの体から力が抜ける。
「降伏しろ……あなたの負けだ」
「……そう、見たいね……降伏するわ。魔王様……アナタの勝ちよ」
その言葉を聞いた俺がゆっくりとアルスさんの拘束を解く。
そして徐々に立ち込めた土煙が薄れていき、決闘の行方を固唾を飲んで見守っていたルカやニューエルフたちの視界に映ったものは……。
力無く地面に倒れる自分たちの里の長と。
その横で堂々と立ち、拳を高く天に掲げる……無傷の、魔王クリス十六世の姿。
先程の必殺技のあとに、土煙が晴れると上記の構図になっていたのだから、誰もが思った筈だ。
魔王の必殺技によってアルスさんは倒された……と。
それはすなわち力でこの里最強のオカマを倒したと言うこと。
「「「……うぅ……うぉぉおおおおおおお!!!」」」
その姿を確認し、その事を理解したニューエルフたちは、数秒の沈黙の後、大歓声を上げたのだった。




