何もない、生身がない、骨しかないから付いてない
食事が終わると早々に解散となり、それぞれ用意された部屋へと向かう。
流石エルフの里の長の家だけあり家も大きく、基本は一人一部屋準備してくれたのだが、俺とルカは夫婦という事で、ダブルベットのある一回り大きな部屋を一部屋準備してれた。
……そうルカと同じ部屋なのだ。
何を今更、いつも同じ家で寝ているんだろうが、とご指摘もあるかもしれないが、ルカと夫婦になってからも、家にはルナーレとミルカが一緒に住んでおり、二人っきりの時間と言うのは実は殆どない。
ましてや一晩二人だけで過ごすなど、ミルカが一緒に住み始めてから初めてだ。
更に、魔王の妻となったルカに、淑女としての常識の無さを心配したルナーレがいろいろと教えてくれているので、前のようにお風呂や一緒のベットに誘われる事すらなくなってしまった。
あっ、いや……決して残念がっている訳ではなくて……さ、寂しい……そう! 娘の成長を見守る親のような、嬉しくも寂しい、そんな感情を感じているのだ!
……話がそれたが、そんなこんなで、夫婦として前よりも距離が近くなったが、ある意味遠く感じていた中、急に二人っきりの一夜を過ごす事になり……正直意識しまくっています。
……はい。
それはルカも同じなのか、部屋に入ると二人のあいだにはしばらく沈黙が続き、急に大浴場もあるみたいだがら入ってくるね、と言って一人足早に行ってしまった。
これは……アレなのか? 夫婦となった二人が初めて二人っきりでの夜を過ごす……いわゆる初夜を迎える的な……。
いやいやいやいや。
これまでそう言った知識が皆無だったあのルカだぞ?
流石にルナーレの教育を受けているからといって、この短期間でそこまで教わっているとは限らない……限らないよね?
いや……あのルナーレの事だ。もしかしたら夫婦になるのですから一番に知っておくべきです! とか言って教えているかもしらない。
女性は自分の体の事もあるので、男性よりもそう言った知識をしっかり学ぶ筈だ。
なら……もしかして……。
ないないないない。
そもそも俺は骸骨だ! そう言った事をしようにも、何もない……生身がない……骨しかないから付いてない……。
あぁ……なんだろう……自分で言っていてなんだか虚しくなってきた……。
そうだよなぁ……俺……骸骨だもんなぁ……。
……いや、しかし!
生身がなくとも、溢れる愛と、骨はある! 普通の骸骨兵よりも大きく太く逞しい、この骨たちが!
そうだ! 今こそ生身を超える時なんだ! 俺の骨たちよ!!
唸れ俺の上腕骨!!
奏でろ俺の肋骨達!
キシキシキシ。
俺の想いに答えるように、体の骨たちが軋み音をたてる。
よし! これなら行ける! 俺たちならどんな高みだろうと一緒に行けるぜ! ハッハハハハハ!
先程の昂り不完全燃焼となった精神の影響もあり、明日の決闘の事など忘れ、そんなアホな事ばかり考えながら可笑しなテンションで高笑いをする。
ハハハハ、ハァ……うん、何やってんだろ俺……お風呂行こう。
しかし、そんな状態が長く続く訳もなく、しばらくして我に返ると急に恥ずかしくなり、一先ず気持ちを切り替える為、大浴場へと向かうのだった。
*****
「ただいまぁ、はぁ〜、さっぱりした」
お風呂も済ませ部屋へ戻りソファに座っていると、しばらくして同じくお風呂へ行っていたルカも部屋へと戻ってきた。
お風呂に入り大分気持ちも落ち着いた俺は、今度は男として余裕の態度で接するぞ! と意気込み出迎えの言葉を送ろうとルカを見るが、そこで思考が停止した。
部屋に入ってきたルカのその姿は
いつもの黒に赤いラインの入った和服姿でも、可愛らしいモコモコの部屋着姿でもなく、その瞳の色と同じルビーのように真っ赤なネグリジェ姿だったのだ。
その姿は全ての男性を魅了する魔性の女神のようで、そんな魅力的な姿を間近で見た俺は、心臓がない筈なのに、左胸をドクドクと痛いくらいの心音が打ち、急速に血液が身体中を駆け巡る錯覚すらおこさせた。
「温泉に入る前に、リビングでアルスさんに魔王様が喜ぶだろうからって渡されたんだけど……変じゃ……ないかな?」
ルカの姿を見て固まる俺に気付いたルカが、恥じらいながらも自分の姿がおかしくないか聞いてくる。
「変なんてそんな……凄く……綺麗だよ」
そんな姿に更に心臓が早くなる錯覚をおこすが、なんとかルカの問いに答える事が出来た。
「……う、うん……ありがとう」
俺の言葉に顔を真っ赤にして俯くルカ。
その仕草が、その姿と合わさり破壊的な威力を発揮する。
……アルスさん……俺はアナタを誤解していたかもしれない。
こんなにも素敵なサプライズを用意してくれるのだかろ……。
俺の中のアルスさんの評価が一段どころか数段上がった所で、俺の言葉に照れながらも、俺の座る横にちょこんとルカが腰掛けてきた。
再び訪れる沈黙の時間。
ヤバい……せっかく落ち着いた筈の俺の精神も、こんな魅力的な姿をしたルカが隣に座る事で一瞬で先程と同じようにソワソワし出す。
しかし、そんな俺の気持ちとは裏腹に、隣に座ったルカはしばらくすると、先程までの照れた態度がだんだんと薄れていき、今度は何か思い詰めたような表情へと変わっていった。
そして意を決してポツリポツリと喋り出すルカ。
「……クリス……私、さっきは思わずあんな事言っちゃったけど……明日の決闘……大丈夫だよね?」
その言葉で先程までルカの様子がおかしかったのは、俺の心配をしての事だと気付く。
一気に冷える頭。それと共に恥ずかしさが込み上げてくる。
あぁ……俺は何てバカなんだろう。
夫婦になったからって、この状況に浮かれて……期待して。
ルカはいつも周りの事を一番に考えているのに、今の俺は自分の事ばかりじゃないか……。
夫婦になっても、ルカはルカのままなのに。
ただ、それはとても嬉しい事だけど……何故だろう……心に少し、ポッカリと穴が空いたような虚無感を感じる。
「あぁ、大丈夫。必ずアルスに勝ってみせるよ。その代わり……俺のこと応援してくれるかな?」
そんな自分を誤魔化すように、平然を装い答える。
「もちろん応援するよ! ……でも、心配だから怪我しないでね?」
あのアルスさん相手に怪我をするなとは……ウチの妻はなかなか無茶を言う。
でも……ルカの願いなら。
「わかった!」
例え無理難題だとしても、ルカの為……自分の気持ちを誤魔化すように、そう力強く返事をしたのだった。
そこで話が終わると、見つめ合ったままの二人にしばしの静寂が訪れた。
トン。
すると突然ルカが俺の肩にもたれかかってきたではないか。
「クリス……もう一つお願いしても良い?」
そのまま話出すルカに、内心ドキドキしながらも再び平然を装い答える。
「あ、あぁ……もちろん!」
しかし、ルカの思いもよらない行動に平然など保てなかった俺は、思わず声がうわずってしまった。
「あのね……ルナーレには淑女が男性と簡単に一緒には寝ていけません、って言われてるんだけど……今日は二人っきりだし……クリスと一緒に寝たいなぁ……って、思うんだけど……ダメ……かな?」
そう遠慮がちに聞いてくるルカ。
ッ!? ダメな訳ない。むしろとても嬉しい!
そんな思いがあったが、先程の事もあり、そのルカの言葉に深い意味などなく、友達と一緒に寝たいだけなのだと思うと、虚しさが込み上げてきてなんて言ったら良いのかわからなくなってしまい、言葉が出てこなかった。
そんな俺の反応をあまり良いものと捉えなかったルカは、少し暗い顔をして更に言葉を続けた。
「今までは親しい人とは一緒に寝るものなんだよってグラスに言われたから、クリスと一緒に寝るのは普通だと思ってた……だから、クリスが頑なに一緒に寝てくれないのはなんでだろうって思ってたし……少し悲しかった」
それはグラスの欲望の為の誤った常識です。
今の雰囲気でそんな事は言える訳もなく、ルカを悲しませる原因を作った、ここにいないグラスに恨みを飛ばしておく。
「でも、ルナーレにそれはおかしい事だって、特に淑女は家族でも普通は別に寝るものだって教わって……街の人たちにも聞いたら、やっぱりルナーレと同じ答えだった……だから今は親しくても一緒に寝ちゃダメだってわかったし、いつもクリスがはぐらかして寝てくれなかった理由もわかったよ」
そう……なのか? ならどうして俺と寝ようと誘ってくるんだ?
「……でも……クリスに告白されてから段々と強く思うようになったの……クリスとずっと側に居たい……クリスと触れていたい……それが例え寝る時でも、クリスを近くに感じでいたい……他の誰でもない……私の愛するただ一人のクリスと、って」
その言葉に、先程まで感じでいた心の虚無感が塞がり、逆に暖かな気持ちが溢れてくる。
「……もちろん! クリスが嫌なら、断ってくれても良いよ……。でも……二人っきりの時だけは、出来ればすぐ側でクリスを感じでいたい……だから、一緒に寝てくれないかな?」
ルカの想いを聞き、安堵している自分がいる。
ルカと少しでも側に居たいと思っていたのは俺だけじゃなかったんだ。
「……俺も……ルカと一緒に寝たい」
その言葉は自然と口から出て来た、俺の本心だ。
それが伝わったのか、俺の言葉にパァーっと効果音でもしそうな程、眩しい笑顔になるルカ。
きっと、一人悶々と考え、悩んでいたのはルカも一緒だったんだ。
その事にお互いが気付いた事で、一気に心の距離が近づいたように感じた。
「うん!! じゃぁ一緒寝よう!!」
溢れてくる幸せを噛み締めていると、俺の手を引きベットへと向かうルカによって現実に引き戻される。
でも、この言葉に裏などなく、ただ純粋に一緒に寝たいだけなんだよなぁ……だから俺は、その想いを裏切らないようにしなくちゃいけないな。
今はまだ芽生えたばかりのルカの想いを大切にする為に。
そしていつか……俺の体が元に戻った時には……。
こうして、俺の中でこんな新たな夢が生まれたのだった。




