悩み
ルカレット達の家の裏手、少し森に入った場所。
そこには開けた空間に、夜空が水面に浮かび幻想的な光景が広がる湖があった。
そのほとりに膝を抱えて座る、美しい女性が一人。
「はぁ〜」
どうしよう……あれからクリスを見るたびに、恥ずかしさとあらがえない欲求がどんどん強くなってきて、さっきはクリスの魔力の匂いを察知したらつい逃げてきちゃった。
別にクリスが嫌いになった訳じゃないのに……。
それどころか、あの夢から目覚めて以降……うんん、あの夢でクリスに家族になってくれないかと言われてから、目を閉じれば、何度もあの時の映像が繰り返される……その事を思い出す度にクリスの事を考えてしまい、頭から離れない。
それと共に抑えきれない欲求が私を支配する。
クリスと一緒に居たい……。
その硬く逞しい骨に触れていたい……。
私を……ずっと見ていて欲しい……。
でも、そんな事言ったらクリスを困らせてしまう。
それに、クリスと一緒にいると恥ずかしさと緊張で手に汗をかき、顔は赤らみ、心臓がはち切れそうなくらい早く鼓動を打ってしまい、話すどころではなくなってしまう。
前はこんな事なかったのに……私はどこかおかしくなっちゃったのかなぁ……。
前までは、クリスと一緒だと心が安らぎ、とても幸せな気持ちになったのに……。
「あっ、お姉様見つけたぁ!」
私が物思いにふけっているとそんな明るい声が後ろからした。
それと共に背中にその人物が飛びついてくる。
横を向くとそこには、可愛らしいフードを被ったミルカの幸せそうな顔があった。
四天王時代と違い、可愛らしい少女の姿になった今のミルカは、何故か私をお姉様と言ってとても懐いてくれている。
それがとても可愛くて……本当の妹が出来たようでとても幸せな気持ちになる。
「ルカ、探しましたよ」
「……ナーレ」
ナーレは魔族の敵であるヤマト王国の王女だ。
最初の顔合わせでは、お互い警戒してか少し険悪な雰囲気にもなったが、私の家族になってくれて、話してみればとても良い子で気も合い、今ではお互い愛称で呼ぶほどの仲になっている。
その容姿は今まで見て来たどんな女性よりも美しく、所作や仕草は王女としての教育もありとても洗練され、容姿と合わさり、女である私から見ても見惚れる程である。
人族領では聖女と呼ばれていたらしいが、まさに彼女にピッタリの呼び名だ。
そんな彼女が何故か時々私をライバルと言う事がある。
容姿や所作などはとても勝てる気がしない。
なら戦闘で……?
でも戦闘なら、四天王でも最強を自負していた私としては、例え勇者の元仲間だとしても負ける気しないし、彼女もそれはわかっているだろう。
なら一体何のライバルなのだろう?
何にしても、そんな所でさえ彼女の魅力として見えてしまう。
私はそんな彼女が……羨ましい。
女性としての魅力も……私には既に無くなってしまった、契約と言う名の繋がりがある事も……。
そんな彼女がミルカに抱き付かれた私の横まで来ると、右隣に腰掛けた。
「何か悩み事ですか?」
そう問いかける彼女の瞳は風で揺れる湖を見ており、その長く整ったまつ毛と、瞳に映る湖に反射した星の光でとても綺麗で、思わず悩みも忘れて見惚れてしまう。
「最近……クリスとまともに話せないの……それどころか、今日は顔すら合わせられずに逃げてしまったし……」
そう話して自分でも驚いた。
こんな事話すつもりはなかったのに、この場所とナーレのその幻想的な光景で、自然と自分の気持ちが口からこぼれ落ちていく。
「本当はクリスと話したいし、側に居たい……それなのにクリスを近くに感じると途端に恥ずかしくなって……」
一度漏れ出た感情は、いくら止めようとしても涙と共に次々と溢れてきてしまい、止まる事が出来なかった。
それは四天王としてこれまで素の自分を偽り隠して来たルカレットにとって、初めての事で……そんな自分に混乱する事で余計感情が爆発する。
そんな私を心配して、今まで背中に抱き付いていたミルカはナーレと反対の私の隣に座り、私の頭を優しく撫でてくれた。
そんな彼女の優しさで、今まで何とか自分の感情を抑えようとしていた理性も解けてなくなる。
「それでも自分の気持ちがどんどん溢れてきて……もう、何が何だかわからなくなってしまったの……」
「ご主人様……いえ、クリス様に自分の本心が知られるのが、怖いのね」
「怖い……確かに……そうなのかもしれない」
以前だったらクリスと友達になれた事が嬉しくて、クリスの事を沢山知りたかったし、私の事も何でも知ってもらいたかった。
……でも今は……私のこの自分でもどうしようもない程膨れ上がって抑えられない気持ちを、知られるのが……怖い。
「こんな事ばかり考えてるなんてクリスが知ったら……嫌われてしまうかもしれない……それがどうしようもなく怖いの」
クリスに嫌われてしまったら……そう考えるだけで、胸がはち切れそうな程苦しくなり、更に涙が溢れてくる。
私は、いつからこんなにも臆病になってしまったのだろう。
「それだけ、ルカにとってクリス様がとても大きな存在なんだね」
その言葉で納得する。
そっか……私が臆病になったんじゃなくて、クリスがそれだけ私の中で大きく、大切な存在になったんだ。
大切ならその分だけ、別れを恐れて臆病になってしまうのは当然だ。
クリスに命令で友達になった事を話した時……私はクリスとの別れを覚悟した。
それはとても辛い決断で……心を引き裂かれたようだった。
……だけど契約を解除した後もクリスは友達だと言ってくれて……それどころか今度は友達以上の、家族にもなってくれた。
だからこそ、友達としての別れの辛さを経験したうえで、それ以上の関係になった今……また別れる事になったらと思うと……とても、耐えられる自信がなくて……こんなにも臆病になってしまうのだ。
その事に気付くとなんだが心が軽くなった気がした。
「うん! 私にとってクリスは、友達であり、家族であり……それ以上に……とても……とても大切な……特別な存在だよ!」
「そぉ……特別か……その気持ちが理解出来てるなら大丈夫! 後はクリス様を信じるだけね」
先程までの湖に映る星空を見ていたミルカが、その言葉と共にこちらをその真っ直ぐで曇りのない、真剣な眼差しで見つめて来た。
「クリスを……信じる……」
「えぇ! だってあのクリス様が、ルカの本心を知ったところで嫌いになるわけないもの!」
確かにそうだ……。
私は今まで、嫌われる事を恐れるばかりで、クリスの事をしっかりと見ていなかった。
命令がなくなっても友達でいてくれて……それどころか私を助ける為に、自らの命の危険もかえりみず、勇者と戦い守ってくれたクリス。
私を目覚めさせる為に王都に潜入し、命からがらミルカ救出を成功させたクリス。
夢の中にまで来てくれて、私の家族になってくれたクリス。
どんな時でも私の為にと頑張ってくれていた。
そんな彼が、私の本心を知ったところで、私を嫌いになるだろうか……。
「うん!! 私が間違ってた! クリスが私の本心を知ったからって私を嫌いになるわけないよね!!」
そう、彼は決して私を嫌いにならない!
「それじゃ、その気持ちを伝える為にも、クリス様の所へ行きましょう」
「うん!」
伝えようと……私のこの気持ちを……。
何て言葉にすれば良いのかはまだわからないけど……それでも今伝えられるだけのことを……全部!
「お姉様が元気になって良かったぁ!」
そう言って笑顔で抱き付くミルカ。
その無邪気な笑顔が私の決意を後押ししてくれているようで、とても心強く感じた。
「心配させてごめんね。ありがとう」
そう言って感謝の気持ちを込めてミルカを抱きしめ返す。
とても暖かくて、幸せ……。
クリスとの話が終わったら、この幸せをクリスにも教えてあげなくちゃ!
*****
「ふふふ……作戦は完璧。あとはルナーレとミルカがうまくルカを連れて来てくれれば良いだけだ」
そう心の中でほくそ笑む俺は、現在クーちゃんこと、ルカの巨大なクマのぬいぐるみの中に隠れて、家でルカが来るのを待っている。
俺の立てた作戦は単純だ。
一、クーちゃんのぬいぐるみに隠れ、ルナーレたちがルカを連れてくるのを待つ。
二、ルカが家に入ったら、あらかじめ外に待機させている使途した骸骨兵達に扉や窓を全て抑えてもらい、逃げられないようにする。
三、あとは当たって砕けろ!
最後は行き当たりばったりだが、話せさえすればきっと誤解? も溶けるし大丈夫だろう!
「さぁルカ、いつでも来るが良い! ふふふ……ははは……はははははは!」
クリスは酔っていた。
本来お酒は魔力に変換するだけなので、酔う事はないが、今日は飲み会を楽しむ為に、あえて酔うように体の中に消化器官を魔力で再現させたのだ。
そのせいで気付いていない。
ルカレットが本気で逃げようとしたら扉など関係なく破壊して逃げられるうえ、そもそもクリスが帰って来るのを予め知る事が出来たのに、隠れているのがわからない訳ないだろうと。
そんな、はたから聞いたら穴だらけの作戦だが、酔ったクリスは自分の作戦が完璧だと信じ、実行に移したのだった。
*****
「ナーレ……良かったの?」
ルカがご主人様の元へと向かうのを見送ると、ミルカがそんな事を聞いて来た。
「もちろん、それでご主人様の悩みが解決するのですから」
「でも……これで二人が自分の気持ちに気付いてしまったら……ナーレは辛い思いをするんじゃない? ……だってナーレはご主人様の事を……」
「あぁ、その事ですか。それなら問題ありません。私は王女です。幼い頃より教えられていたので、力ある者が一人の女性だけを愛するなどあり得ない事だと理解しています。それに思ったのです。私はご主人様の……二番目の女性でも構わないと」
その言葉に泣き出しそうになるミルカ。
私を心配してそんな表情をしてくれているのですね。
なんて優しい子でしょう。
ですが……それは勘違いです。
私は未来の姿を想像してしまったのです。
ご主人様とルカが恋人同士になり……私は偶にご主人様の気まぐれで夜を共にする女……。
そんな未来を想像してしまったら……。
「むしろ、その方が燃えるでは……」
おっと、危ない危ない。
思わず本音とヨダレが漏れてしまいました。
すぐに口元をぬぐい、平常心を装いましたが、先程の私の言葉と、おそらく緩みきった表情を見られていたようで、ミルカはドン引きした顔をしています。
これはいけない……。
「ミルカだって、良いのですか?」
とりあえず私の話題を変える為、ミルカにその矛先を変えました。
「私? 私は全然大丈夫だよ。むしろ大好きなお姉様とお兄様がくっつくのなら大歓迎だよ!」
二人を大好きなミルカならそうですよね。
「だってそうなったら……毎日二人のあんな姿や、こんな姿が見えるかもしれないじゃん!」
その言葉に今度は私がドン引きしてしまいました。
この子も大概、業の深い子でしたね。
そんなこの子の趣味を、理解は出来ませんが、同意は出来てしまう私……。
いえ、もうこの事を考えるのはやめましょう!
「まぁ、何はともあれ……二人がうまくいく事を祈るばかりですね」
「うん!!」




