悲劇
先程まで王城の中庭にいた筈だが、ルカの両親がお城に戻って行くと急に視界がボヤけ、次の瞬間には建物に囲まれた細く暗い路地裏に立っていた。
「ここが城下じゃ、今日は人も多いから私から離れないようにな、ルルカ」
「はーい、グラス先生!」
すると目の前に老人の姿のグラス様と、どこにでもいそうな町娘と言った見た目の三つ編みの少女が現れそんな会話ん始めた。
おそらく先程の会話から、その三つ編みの少女がルカが幻術で変身した姿なのだろう。
「ところでどうしてグラス先生も姿を変えているの?」
「エルフの姿は目立つと言うのもあるけど……ノリじゃよ」
「そうなんだ? よくわからないけど楽しいね!」
路地裏を進みながらそんな会話がされていたが、どうやらグラス様の軽い態度はこの頃も変わらずだが、ルカの純粋だが、無知な所も変わっていないようだ。
そんな二人にまだ数ヶ月しか経っていないのに、懐かしさと寂しさを感じながら見守っていると、目の前の路地がきれ、明るい日差しが見えてきた。
「わぁ〜っ! すごいすごい! 人がいっぱいだよ!!」
路地裏の先には、見えるだけでも何百人と行き交う大通りがあり、至る所に飾りが施され、通りの両脇には沢山の屋台が立ち並び、ガヤガヤと賑わう光景が広がっていた。
「こらこら、勝手に行ってはいかんぞ」
「あっ、ごめんなさぁい……」
そんな光景に目をキラキラさせながらハシャぐルカだが、グラスに嗜められ、しょんぼりと落ち込む。
「人が多いから、私から離れなければ楽しんでもらって構わんよ」
「うん! ……そうだ!」
途端に笑顔になりグラス様の手を取るルカと、ルカの行動に驚いた顔をするグラス。
仮にも王族であるルカが、気軽に誰かと手を繋ぐなどないので、それを知っているグラスはその行動の意味を理解出来なかったのだろう。
「これで迷子にならないよ。グラスお爺ちゃん!」
その言葉に、今はお忍びで身分を偽っているのだと気付いたグラスも、ニッコリと笑うとルカの手を握り返した。
側から見たら、その姿は仲の良いお爺ちゃんと孫だ。
「わぁ〜、見た事ない物が沢山ある! あっ、あれ可愛い!」
お祭りの屋台をキョロキョロと見回すルカ。
見る物全てが王城では見ない初めての物ばかりで、とても楽しそうだ。
その姿を隣で手を繋ぎながらニコニコと見守り、たまにルカからの質問に答えるグラス。
そこにはとても平和で、幸せな時間が流れていた。
その後も沢山の商品が並ぶ屋台を見ながら気に入った物を買っていると時間はあっという間に過ぎていった。
「ねぇねぇ、グラスお爺ちゃん。あっちから良い匂いがするよ!」
「そうじゃな、でもルルカ、今食べてしまうと夕飯のお母さんの料理が食べられなくなってしまうぞ?」
「そうだった! うぅ……我慢我慢。早くお母様のオムレツ食べたいなぁ」
「そうじゃな。そろそろ日も傾きてきたし、お家に戻ろうか」
「うん! オムレツゥ! オムレツゥ!」
お祭りを楽しみ、帰路に着きながら夕飯の母の手料理に想いを馳せる。
王族など関係なく、普通の年相応の少女の幸せな時間。
しかし、次の瞬間、その幸せは淡くも崩れ去った。
ドゴォォオオ!!!
「キャッ!?」
突然の爆音。
咄嗟にグラス様がルカを庇い、そのまま物陰へと連れて行く。
「キャー」
「敵襲かぁ!?」
「助けてぇぇ!!」
逃げ惑う群衆。
混乱に満ちたその場で、俺は音の元を探した。
そして見つけたその場所には、一部が崩れ、煙を上げる王城があった。
「お母様!! お父様!!」
どうやらルカもそれに気付いたようで、悲鳴にも似た声をあげながら、煙の上がる王城へ向かおうとするが、それをグラスが捕まえ阻止する。
「離して!! お母様とお父様が!!」
「ダメだ! 何が起こっているかわからない現状でルカを王城に向かわせる訳にはいかない!」
いつの間にか幻術での変身が解け、元の姿に戻った二人。
拘束を解こうと暴れるルカだが、力の差や体格差もあり振り解く事が出来ず、むしろ肩に担ぎ上げられ王城から離されていく。
「離して!! お母様! お父様! 早く行かなくちゃ……はな……してッ!!」
「ッ!?」
なすすべなくグラスに担がれ運ばれていたルカだが、突然身体中から膨大な魔力を噴出させ、その威力でグラス様の拘束から逃れると、その有り余る魔力で体に身体倍加を付加し凄まじい勢いで王城へと駆けて行ってしまった。
『まさかあの歳で身体倍加まで使えるとはな。知ってはいたが恐ろしい程の才能だ。……コラ、クリス君。ボーッとしている場合じゃないぞ。早くルカを追いかけるんだ』
ミュート様の言葉で今の光景に唖然としていた俺はすぐに体に身体倍加を付加し、ルカの後を追う。
ビュッ!
そんな俺の横を、同じく身体倍加をかけたグラス様が風の如くあっという間に追い抜いて行った。
同じ身体倍加なのに、これほどスピードに差が出るとは……。
これでも毎日魔法の練習も欠かさず行っているし、森に出て魔物と戦って強くなってる筈なんだけどな……。
グラス様との実力の差をまざまざと実感させられ、自分の力不足を実感させられ落ち込んだが、今はそんな事を考えている場合ではない。
一刻も早く先に駆けて行ったルカに追いつかなくては!
幸い、目指すべき王城は大きくどこからでも見えるので迷う事はない。
「しかし……住民はどこに行ったんだ?」
先程まで居た沢山の人々も、いつの間にか誰一人居なくなっていた。
逃げたと言うより、一気に居なくなってと言う感じで、物音一つ無い。
『ルカさんの夢の中なので、本人が離れれば認識していない他の住人は存在出来ないのでしょう』
リン様の解説で、合点がいった。
あまりにもリアルなので忘れていたが、突然人が現れたり消えたりするのはここはルカの夢の中だからだ。
本来ルカが認識している事しかこの夢の中では存在出来ない。
だから、むしろ俺の存在がイレギュラーなのだ。
王城に向かい走りながらその事に気付くと共に、一つの懸念事項に気付く。
人が消えるのなら、建物や、この場所自体も消えるのでは?
その考えに思い至った俺は、走りながら恐る恐る後ろを振り返る。
そこには……建物や道路だけでなく、空も含めた空間ごと全てを飲み込みながら、暗い暗い闇がだんだんと俺に迫ってきていた。
『お兄様、そこ闇に飲み込まれたら、ずっと意識がお姉様の夢の中から出られなくなっちゃうから気を付けてね』
それは予め言っておいて欲しかったんですけどぉぉお!!
ミルカの驚愕の発言に焦り、体に纏わせている魔力を増やす事でスピードを上げる。
この闇がルカの認識外だとするならば、ルカはこの闇と同じ速度で王城へ向かい走っていると言う事だ。
流石に6歳になったばかりの子供に負ける訳にはいかないと意地で走る。
『ご主人様もっと早く! 追いつかれてしまいます!』
『クリス様、頑張って!!』
『いいぞいいぞぉ、走れ走れぇ』
おい! ジン! お前飲んでるだろ!! 俺の不幸を酒のつまみにするな!
コリアとルナーレの激励と、ジンへの怒りで更に魔力を増やし加速する。
それによりようやく全てを飲み込む闇から離れる事が出来た。
そのまま走ること数分後、ようやく王城の門を越えると、いたる所に兵士と思われる死体が転がっていた。
目的の場所まで辿り着く頃には死体の数は百を越えていただろう。
目的の場所……そこは先程までルカがグラスに魔法を教わっていた中庭で、そこらじゅうに倒れている兵士の死体の中央ではルカの母親のエルレットとルシエールが一人の白い鎧の戦士と対峙していた。
そしてエルレット達と俺との間にはグラスに庇われる形で地面にヘタリ込む姿のルカもいた。
「お父様……お母様……」
「ルシエール! 変わるから一旦下がって回復するんだ!」
前に出てきたグラスに頭を振るルシエール。
その左目には斬られたのだろう、斬撃のあとがくっきりと刻まれたおり、左目が使えないどころか、その流れ出る血は放っておけば死に至る量だった。
「残念ながら、私はもう手遅れだ。……ヤツの剣はどんなものでも斬るどころか、斬った対象の概念すら斬り裂く。……ヤツの剣で斬られたら最後……回復どころか、止血すら出来なくなり死を待つだけになる」
「そんな……ありえない……そんな事が出来るのは、勇者が神よりその力の一部を授かったギフトぐらいなもの……まさか!? その武器がギフトだとでも言うのかい!?」
驚愕の表情でそう話すグラス。
ギフトといえば、ミュート様の話に出てきた最初の勇者が、荒廃した世界を救うためにふるった豊作のクワがそうだった筈だ。
「……そのまさかだ。……この武器、最強の剣は……俺が勇者として召喚された際、神より授かった……ギフトだ」
「なっ!? ……いや、でもそれはおかしい。人族が賢者の石で召喚した偽の勇者ではなく、神より使わされ、神の意思を託された、本物の勇者であるキミが……何故この国を狙うんだ? ……これまでの神はこの世界の人々を一番に思い、人々だけではどうしようもない時、神の使いとして勇者を使わし手助けしてくれていた筈だ」
「そんな事か……そんなのは簡単な話だ……神はお前たち魔族を……害悪とみなしただけの事……だから俺はここにきて……お前達を皆殺しにきた」
そう言い切ると、勇者はグラス目掛けて斬りかかってきた。
ドォォン!! ドドドォォン!!!
しかし、その直前でエルレットの魔法が勇者に直撃し、爆発を起こす。
そしてルシエールも加わり立て続けに放たれる魔法は勇者にあたり爆発を続ける。
「グラス様、お願いです。ルカを連れて逃げて下さい!」
そうお願いするエルレットの体も至る所に斬られた後があり、すぐに止血しなくては危ない状況だ。
「なっ!? それなら勇者の足止めは僕がするから、ルカの両親であるキミ達がルカを連れて逃げるべきだ!」
「……グラス様、私たちの怪我はもう治す手立てがありません。……ですので、そう長く保たずに二人とも生き絶えるでしょう」
エルレットの言葉に苦しそうに唇を噛み締め俯くグラス。
グラスも既にその事を理解していたのだろう。
「ッ!? いや……お母様!! 死なないで!!」
泣き叫び、エルレットに抱き付き懇願するルカに、優しく抱き締め微笑みかけるエルレット。
「ルカ……ごめんなさい。……でも、もうどうしようもない事なの……だから、どうか私たちの分も生きてね」
「いやいやッ!……お母様と、お父様と一緒にいるの!!」
「心配しなくても、私たちはずっとルカの側で見守っているよ。私たち吸血鬼は、魔力に想いをのせて、永遠に一緒にいる事が出来るのだから……」
ルシエールがそう言うと、魔法を放っている手とは反対側の手をルカへ向ける。
するとその手から野球ボール程の魔力の玉が出現すると、ルカの胸の中に吸い込まれていった。
「さようなら、ルカ……私たちの最愛の娘……アナタをいつまでも、愛しているわ」
エルレットもルシエールと同じように魔力の玉を作り出すと、その玉はルカの胸の中に吸い込まれていく。
「うぅ……おとうさまぁぁ……おかあさまぁ……」
泣き崩れるルカを残し、エルレットとルシエールは一歩前に出て、更に魔法の量を増やす。
「グラス様……どうか娘をよろしくお願い致します」
「クッ……わかったよ、女王様……でもその代わり……次こそは、その美しい花を愛でる栄誉を、僕に貰えるかな?」
「お前と言うヤツは……」
「ふふふ……もし天国で会えましたら、考えておきます」
「なっ!? エルレット! 冗談だよな!?」
「まったく、ルシエールったら……私が愛する夫は、世界でアナタだけよ」
「……あぁ、私もだ。……エルレット、愛しているよ」
「はいはい、目の前でイチャイチャしちゃって。邪魔者はさっさと退散しますよ……お二人共……ルカの事、任せて下さい」
「……えぇ……よろしくお願い致します」
振り返る事なく頷き、魔法を放ち続ける二人。
そして既に放心状態のルカを抱えたグラスは、その場から飛び立って行った。




