ドリームダイブ
「うん、体も魔核も問題ないね! これならもう大丈夫だよ」
領主城の一室でミルカの診察をしていたロザンヌさんは、一通り体の状態を確認すると、そう診断結果を出した。
「やったー! これでルカレットお姉様を起こせるね、お兄様」
「ぁあ! 頼むぞミルカ!」
飛び跳ねながら喜ぶミルカ。
俺もつられて年甲斐もなく飛び跳ねてしまった。
自分の年齢もわからないが。
「任せておいて! 善は急げだよ! 早く早く!」
余程ルカを早く起こしたいのだろう、俺の腕を引っ張り先お急がす。
その後ろで微笑みながらロザンヌさんもついてきてくれた。
これでやっとルカを起こせる……。
最初、眠り続けている時は疲れただけだろうと思った。
しかし、一日経っても目覚めないルカに徐々に焦りがつのり、二日目になりロザンヌさんに診察してもらう事にした。
その診断結果で、精神的な負荷が原因でいつ目覚めるかわからないと言われ、何とか治せないかと博識な魔術師さん達や、ローレンの医者にも聞いて回ったり、自分で書庫を調べまくったりもした。
試せる事は全て試し、それでも治らないルカの姿を見て、俺の心を絶望感が支配した。
しかし、そんな時、リン様とミュート様が現れたのだ。
ミュート様の話で再び希望が生まれたが、そこからが大変だった。
ミルカ救出の為に潜入した王都では、結果的に王都全体をゾンビパニックに落とし入れ、更に明らかに強さの次元が違う聖騎士隊長に襲われそうになり、命からがら逃げ帰ったり……。
この避難地が勇者と人族軍の脅威に晒されそうになり、何とかリン様の策略で免れる事が出来たり……。
ミルカの奇行からルカを守ったり……。
自らもミルカの視線に貞操の危機を感じたり……。
ルナーレの食事で死ぬ危険を味わったり……。
あれ? 後半の理由がほぼ身内じゃね?
……ま、まぁ、何だかんだあったけど、何とかここまでくる事が出来た。
感傷に浸りながらもミルカに引かれ、家で眠るルカレットの元へ向かうと、家の前には既に数人が待っていた。
「ロザンヌから念話で聞いたぞ、遂にルカを起こす時が来たか」
そう話すのはリン様の腕に抱かれた元魔王、ミュート様だ。
後ろを振り返るとロザンヌさんがニッコリ微笑んでいる。
流石ルカの部下だ、ロザンヌさんもこう見えて他の魔術師さん達と同じく性癖がアレなのだが、仕事は優秀だし、気配りもよくきかせる事が出来る有能な方だ。
「クリス様、頑張って下さいね!」
ローレン側の事務官代表のコリアが俺の手を握り笑顔で応援してくれた。
その後ろでやる気のない目をしたジンが手を上げている。
来てくれたのはありがたいが、もう少しコリアを見習って欲しい。
彼らと合流し扉を開けると、いつものメイド服姿のルナーレが出迎えてくれた。
「お帰りなさい、クリス様。皆様も、ようこそいらっしゃいました」
「ただいま、今日はこれからルカレット様を治すので、皆さんにも来て貰ったよ」
「そうなのですね! おめでとうございます! 遂にルカレット様とお話し出来るようになるのですね。今から楽しみです!」
「あぁ、その時は仲良くしてあげてくれ!」
「私も私も! お姉様と今度こそ仲良くするの!」
以前ルカがミルカとあまり話した事がないと言っていたが、どうやらルカに憧れていたミルカは、ルカを真似てクールで妖艶な大人の女性を演じていて、その役柄、自分から話しかける事が出来なかったそうだ。
当然ルカから話しかける事もなかったわけで……。
だが、今の素のミルカなら、その天真爛漫な性格のお陰ですぐに仲良くなれるだろう。
問題は好きな者に対して変態とも言える態度を取る事だが……まぁ、ルカなら大丈夫だろう。
「あぁ、ミルカもよろしく頼む」
「うん!!」
しかし、こんなにもルカの目覚めを待ち望んでいる人達がいるのだがら、ルカには早く目覚めてもらわなくちゃな!
決意を新たに、ルカの眠るベットへと向かうと、その隣には簡易ベットが設置されており、俺はその上に寝そべった。
集まってくれた皆は俺とルカのベットを囲むように立ち並ぶ。
横を見るとルカはいつも通り可愛らしい寝巻きの姿だか、これまでに皆この姿に見慣れているので、誰も何も言わずにこちらを見つめている。
最初は隠すべきかとも思ったが、皆がルカの本当の性格を知ってくれれば、今までのように無理に自分を装う必要もなくなるので、結果的にはルカの為になると思い誤魔化さずにそのままにしている。
最初は戸惑い心配するだろうが、魔王軍は解散し、他の部隊の目を気にする必要がない今、既に住民にもルカのその可愛い本性が知れ渡っているこの地で、それでも皆魔族達を支持されているのだが、今更気にする必要はないだろう。
むしろ住民の間では前の冷たそうな印象よりも、親しみやすいと好評だしね。
部下の魔術師さん達? あの人は最初から知っていて、それでも自分の欲求の為にグラス様に乗っかってた外道達なので、気にする必要はありません。
もちろんロザンヌさんもだ。
あの人は女性だが、恋愛対象が女性だそうだ。
それだけなら問題ないが、性癖が他の魔術師さん達と一緒と言う……ようは変態です。
マジで、この世界は変態で溢れてやがる。
「それでは、クリスさん。打ち合わせ通り、ルカレットさんの精神世界に入るのは、彼女の負担を考えて、彼女と一番関係の深い貴方一人にお任せ致します。ミルカさんは魔法の制御に集中して頂き、我々の声をクリスさんに届ける事は出来るそうですので、サポートはお任せ下さい」
おっと、考え事をしていたら、リン様が改めて打ち合わせで決めていた内容を説明してくれていた。
皆もそれに頷いたので、俺も気を取り直して頷く。
今は集中しなくては!
「それじゃ、いっくよぉー!
夢の世界へ誘え……ドリームダイブ!」
ミルカの呪文が発動すると、この体になってから初めての眠気が遅う。
意識がだんだんと薄れていくと共に、体の骨がつま先から徐々に制御を失い維持する事が出来なくなり、バラけていくのを感じる。
再度横を見ると安からに眠るルカの姿。
必ず、目覚めさせるからな……。
その寝顔に改めて決意を固め、そのまま視界がボヤけ、意識を手放した。
*****
目覚めるとそこはよく手入れされた芝生の上だった。
視界の端には石造りの灰色の大きなお城が見え、起き上がり周りを見渡す事で、ここがどこかのお城と城壁で囲まれた広い中庭である事がわかった。
「ここは……」
『そこは、二百年前にルカレットの両親が治めていた魔族の国、エレンシア王国だな』
俺の呟きに頭の中にミュート様の声が響き答える。
向こうでも俺の見ている光景が確認出来、声を届ける事が出来るので、こうしてサポートしてもらう事になっているのだ。
すると目の前に先程までいなかった筈の少女が突然現れると、手を前にして目をギュッとと瞑り、何かをブツブツと唱え出した。
身長からして6歳程だろうか、その少女は可愛らしい赤いドレスを着ており、目鼻立ちが整い、肌もきめ細かく、クリクリの大きな目はルビーのように綺麗な赤で、薄らと赤みの入った銀の長髪はとても滑らかで、まるで精巧に作られた人形のようにこの世のモノとは思えない程可愛らしい少女だった。
何よりその姿はルカにそっくりで、ルカが幼くなったらこんな風に愛らしい姿なのだろうと感じさせる。
「そうそう、魔法を生み出す時はイメージが大事だからね。強い魔法を作りたければより鮮明に、細部までイメージする事が大切だよ」
すると横から聞き覚えのある声がした。
「はい! グラス先生!」
……やっぱり。
そこには二百年前だと言うのに見た目の全く変わっていない青年の姿のグラス様がいたのだ。
と言う事は、このグラスの教えを素直に受け止め、目をギュッと瞑って必死にイメージを固めているこの少女こそ、ルカレット本人なのだろう。
「やっているわね」
すると王城からルカとお揃いの赤いドレスを着て、それに負けずとも劣らない美しい真紅の髪と瞳が特徴のルカレットとそっくりな絶世の美女が優雅に歩いてきた。
『そのルカレットとうり二つな女性こそ、このエレンシア王国の女王でルカの母親のエルレット・エレンシアだ』
「お母様! お父様!」
ルカレットが母親の姿を見付けると魔法の練習を止め、満面の笑顔で駆け出した。
ん? お父様?
すると、先程まで居なかった筈だが、エルレットの横で両手を広げたダンディーな口髭を生やして銀髪をオールバックにした紳士が、胸に飛び込んだ幼いルカを受け止めた。
『その口髭を生やしたオールバックの男が、王配でルカの父親のルシエール・エレンシアだな』
「こらこらルカ、レディが走ったり飛び付いたらはしたないよ」
そう注意するが、ルシエールの顔は愛娘の可愛さにデレデレだ。
「これはこれは麗しき女王様。今日もその美しさはまるで天界に咲く一輪の花が如き神々しさをも感じるよ。もし公務が終わったのなら僕にその美しい花を愛でる栄誉を与えてくれないかな?」
そう言いながらエルレットへと近づこうとするグラスの前にルシエールはすかさず入る。
「お前は……人の妻を口説くなと何度言えばわかるんだ」
「あれ? ルシエール居たんだ。その無精髭で雑草と勘違いしてたよ」
「この……」
グラスのその発言に怒り心頭のルシエールの肩をエルレットはそっと叩く事でルシエールは我に返る。
「グラス様、貴方は相変わらずですね。残念ながらこの後も公務がありますので、少しルカとの時間を堪能したら戻ります。ところでルカの魔法の方はどうですか?」
「それは残念。でも貴女の美しいお姿を少しでも拝めただけで僕は幸せだよ。ルカはね。一言で言ったら天才だね。飲み込みも早くて教えた魔法は直ぐに覚えるし、保有する魔力総量は6才で既に四天王クラス。流石始祖の吸血姫の生まれ変わりと言われるだけあるね。この僕をわざわざ教師に呼ぶ理由がわかったよ」
「そうですか! やはり天才なのですね! 世界で一番可愛いだけでなく、聡明で魔法の才能まであるなんて、流石私達の娘ですわ!」
そう言って今度はエルレットの横に来て、グラスの言葉に自慢げにエルレットを見上げるルカを抱き締める。
そこに先程までグラスを睨んでいたルシエールも加わり、二人して娘を褒めちぎっている。
グラスの言葉に異常に喜んでいる姿からわかる通り、完全な親バカである。
しかし、二人に抱きしめられながら幸せそうに笑う幼いルカを見ていると、こちらまで幸せな気持ちになってくる。
なんなら俺も加わり褒めちぎりたい!
「ルカ、今日は貴方の6歳の誕生日だから、今夜はお城で盛大な誕生日パーティーを行うわよ! 美味しい料理も沢山あるから楽しみにしててね!」
「お母様のオムレツもある?」
「もちろん! 貴方の大好物だもの、腕によりを掛けて作るわ!」
「やったぁぁ!! 夜が楽しみ! いっぱい魔法の練習してお腹空かさなくちゃ!」
「ふふふ、楽しみにしていてね」
「お父さんも、誕生日プレゼントを準備してあるから、楽しみにしてていいぞ」
「ホントに!? やったぁ! もしかして前にお願いしてたクマさんの?」
「どうだろうねぇ? 夜まで楽しみにしていなさい」
「うん!!」
そこには王族など関係ない、普通の家族との幸せな時間が流れいて、見ているこちらも笑みが溢れる。
「そういえば、城下ではルカの誕生日を祝いお祭りが開かれるそうだよ」
「ホントにお父様!? 行ってみたいなぁ……お母様、行ってきてもいい?」
上目遣いでおねだりする娘の姿に口元が緩みきっているルシエール。
これは断れないだろうなぁ。
「そうね……グラス様と一緒なら良いわよ」
「やったぁ!」
「その代わり、ちゃんと正体を隠して行くのよ?」
「それなら僕に任せておいて。幻術で姿を変えるなんて朝飯前さ」
そう言ってグラスは自らの姿を見覚えのある老人の姿に変える。
「どうじゃ、これでわからんじゃろ?」
「ホント……流石ですねグラス様!」
「陛下……そろそろ」
すると、部下であろう人物が現れると、エルレットに声をかけた。
「もう時間ですか、わかりました……それでは名残惜しいですが、公務がありますので私たちは離れます。グラス様、ルカの事、くれぐれもよろしくお願い致します」
「任せておいて」
「ルカ、城下には悪い人も居ますから、グラス様の言う事をよく聞いて、気をつけて行ってくるのよ」
「うん! わかりましたお母様!」
「それじゃ二人とも、今夜の誕生パーティーでまた会いましょう」
その言葉に寂しそうな表情になるルカだったが、最後に二人からハグをされると、また満面の笑みになり二人を送り出すのだった。




