とある日常
朝と言うか夜中からだが、日課となっている鍛錬を終えた俺は、間借りであるが我が家となっている平屋の家に戻り朝食の準備をしている。
「……おはようございます、ご主人様」
キッチンで料理をしていると、その匂いに誘われ起きたのか、簡易ベットで目を擦りながら起き出してきたルナーレが、俺に挨拶をしてきた。
人族軍襲来から数日、ルナーレと服従の契約をしてから、ルナーレは俺の事をご主人様と呼ぶようになった。
あくまでも俺たちがルナーレを信頼する為の手段であり、本当の主従関係になる必要がないのだからと言っているのだが、ルナーレは頑なにそれを断り続けている。
ただせめて、呼び方は何とかしてほしい。
「……その、ご主人様って言うの……やっぱりやめないか?」
すると先程までの眠そうな態度から一変、目を見開いたルナーレは力説し出した。
「何を言うんですか! 服従の契約で主人と従者となったのですから、ご主人様をご主人様と呼ぶのは当然の事です!」
こんな感じである。
いっそ命令で辞めさせようか……。
「いちよう言っておきますが、命令で辞めさせようだなんて考えるのはやめてくださいね」
何処か凄みのある笑顔で言われ、図星だったので冷や汗が出そうになる。
骸骨だから出ないけど。
しかし何故わかった。
エスパーか?
「わ、わかった、とりあえずもうすぐ朝ごはんが出来るからミルカも起こして支度してくれ」
俺の言葉に満足そうな笑顔になると、隣の簡易ベットに寝ているミルカを揺すり起こす。
「ミルカ、朝ですよ、起きてください」
「うう〜ん……あと、いっしゅ〜かん」
「魔族の時間感覚のギャップがエグ過ぎです!! もう、ふざけてないで、起きて下さい! ご主人様が朝ごはんを作ってくれていますよ!」
「ホント!! やったー! おはようお兄さまぁ!!」
先程までの眠そうな態度が嘘のように元気に起き出すミルカ。
その姿を呆れた表情のルナーレが後ろで見ていた。
「おはようミルカ、もう少しで出来るから、ルナーレと一緒に支度しておいで」
「は〜い。ほら、ナーレ、ボーッとしてないで行くよ!」
元気に答えたミルカは呆れた表情のルナーレの手を取り洗面所の扉へ向かった。
「ちょっ!? 私が起こしたのに、それはおかしくないですか!?」
ルナーレの抗議も虚しくそのまま洗面所へと消えて行く。
四天王と人族の王女と敵同士という事で、最初は仲良く出来るか不安だったが、今ではミルカはナーレと愛称で呼び、ルナーレも珍しく呼び捨てで名前を呼んでおり、今みたいに何だかんだで仲良くしている。
出来上がった料理をダイニングテーブルに並べていると、支度を終えた二人が洗面所の扉を開けて出てくる。
ミルカの格好はルカの部屋着とお揃いの物を骸骨のウサギにリメイクした物で、今日はオレンジ色だ。
服をプレゼントしてから、自分でも買い足したようで、同じデザインで毎日違う色の物を普段着として着ている。
幼い見た目も合わさりとても可愛らしく、似合っている。
そしてもう一人……どこで買ってきたのか、黒いワンピースに白いヒラヒラのエプロンとカチューシャにロングソックス、アクセントに瞳の色と同じスカイブルーのリボンが所々にあしらってあり可愛らしいが、そのデザインは確実に見覚えのある……いわんるメイド服を着ているルナーレがいた。
しかも清楚なイメージと違い、膝上十五センチのワンピースを着ている為、白いロングソックスとスカートの間で絹のように滑らかで柔らかそうな太ももが見えている。
「どうですか、ご主人様?」
そう言いながら頬を赤く染めながらもその場でヒラリ回ってみせるルナーレ。
その際スカートがフワリと浮かび上がり、下着が見えそうになるが、ギリギリのところで見えないと言う、何とも男心をくすぐる状態になった。
「あ、あぁ……似合っているんじゃないかな……その服はどうしたんだ?」
「ふふふ、ご主人様に仕える従者として相応しい格好と言ったらこれかと思い、街の方で買ってきました」
「確かに、メイド服なら相応しいかもしれないが……その、なんだ……スカートが、短過ぎないか?」
「確かに普通のメイドはもっと長いですが……その方がご主人様が喜ぶと、魔術師のお爺様達から聞きました」
あの変態共の仕業か!! グラス様がいなくても相変わらずだな!
「あの……もしや、お嫌い……でしたか?」
……好きか嫌いで言ったら、そりゃ……。
「嫌い……ではない」
「良かったぁ! ご主人様に気に入って頂いて嬉しいです!」
途端に花が咲いたようにパァーと満面の笑みになるルナーレ。
俺のバカバカ! こんな体になっても欲望が抑えられないなんて!
「それじゃ……襟のボタンを外して……た、谷間を……見せた方が更に良いと言うのも……本当なのですか?」
「それはしなくていい!!」
マジであの変態共、なに吹き込んでやがるんだ!!
「そう……ですか……流石にこれ以上は恥ずかしかったので、良かったです。でも……もし、ご主人様様が望むのでしたら……二人っきりの時だけでしたら……いい……ですよ」
ガハッ!? 恥ずかしそうに上目遣いで話すルナーレに、俺の理性は会心の一撃を喰らった。
「お兄様お兄様! 私も言ってくれればいくらでも見せるよ!」
ミルカの純粋な言葉に一気に現実に戻され冷静さを取り戻した。
ありがとう、ミルカ。
「ありがとう、でも大丈夫だよ。そういうのは大人になって、本当に好きになった人にだけ見せてあげな」
「ブー、子供扱いして! お兄様の事本当に好きだもん! そんな事言うなら……ほら」
ポンッ。
「「なっ!?」」
その言葉と共に、幻術により超ミニスカのいろいろ際どいワンピースを着た大人版ミルカへ変身すると、谷間を強調するように前屈みになるミルカ。
俺とルナーレはその姿に驚き、固まった。
「ミルカ! はしたないから止めなさい!!」
すぐに現実に戻ったルナーレが、俺とミルカの間に入り視界を阻む。
俺も目線を逸らしてそちらを見ないようにした。
「え〜、ナーレだけズルいじゃなぁぃ! 私もお兄様に谷間を見てもらうんだからぁ!」
「それじゃ谷間だけじゃなくて大事な所もいろいろ見えちゃうじゃない!!」
「あらぁ、もしかして嫉妬ぉ? 私の方が胸が大きいものねぇ」
「なっ!? その姿は幻術ですよね!?」
「幻術でもぉ、私の幻術は実際に触れるのよぉ? ほらほらぁ」
「ぐぬぬぅ……幻術とは思えぬ吸い付くようなモチモチの弾力に、スベスベの感触……」
何やってるかわかりませんが、いい加減朝ごはんにしませんかねぇ……。
この後、しばらくこんなやり取りは続いたが、なんだかんだ谷間を見せる話はうやむやになったから、とりあえずは良かった。
俺は今、朝の朝食を終え、ミルカと分体の骸骨兵に留守番を任せて街の見回りをしている。
そしてルナーレはあのメイド服のまま、そんな俺の斜め後ろを付き従うように歩いているが、自分の格好が恥ずかしいのか、終始俯き気味で、たまに上げる顔も赤い。
「その格好……恥ずかしいなら、止めれば良いんじゃないか?」
「いえ! 従者としてこれが普通の格好なので、このぐらいでは譲れません!」
「お、おう……」
その頑なまでの決意に負けてそれ以上何も言えなかった。
それにまた先程の話を蒸し返されても困るしな。
「これはこれは、骸骨の旦那! 今日も朝早くから見回りですかい? いつもご苦労様ですだ」
そう声をかけてきたのは市場で店の準備をしている亭主だ。
この避難地はインフラ関係や食料、衣類の生産など、人が生活する上で必要な事は全て、骸骨兵達が担っている。
なので本来は働く必要も無いのだが、この亭主のように働きたいと希望する人族も多くおり、そう言った人々には農地を与えたり、店を準備したりして自由に働いて貰っている。
「これも仕事だからな。何か困った事はないか?」
「この前部下の骸骨兵さん達に畑で悪さするモグラ退治もしてもらえて、お陰様で何も心配事もなく仕事がやってられますだ」
「それは良かった、また何か困った事があれば気楽に頼んでくれ」
そう言って手を振り別れると、また見回りを続ける。
ルカがローレンを統治下においてから、その善政の甲斐あり街の住人の魔族や骸骨兵に対する信頼は厚く、他にも道を歩いているとすれ違う人々皆から声を掛けられる。
魔族からしたら人族は勤勉で皆働き者だと評判で、お互いとても良い関係が築けている。
そうして一通り見回りをしながら街を回っていると、時間もお昼頃になるので、途中で昼食を買って帰る事が多い。
「お兄ちゃんおかえりーッ!」
家に着き扉を開けると前方から駆けてきたミルカが、その勢いのまま俺に飛びついて来た。
そのまま受け止めるとこちらは骨なので痛いだろうと思い、勢いを後ろに下がって逃し、優しく受け止める。
「お兄ちゃん……グヘヘ」
俺にグリグリ抱き付いても痛いと思うんだが、それでも嬉しそうにするミルカ……てか、グヘヘって。
ふとルナーレを見ると、何だが羨ましそうな目でこちらを見ていた。
なんだ? ミルカに抱きつかれるのが羨ましいのか?
性格はあれだが、見た目は可愛らしいからな。
「あっ、マ◯クだ! おもちゃ、おもちゃ!」
昼食にと買ったマ◯クの包み紙を見つけ喜ぶミルカ。
「いつも買わなくても、言ってくれれば私が作るのに……」
ルナーレが小声で文句を言っているのが聞こえたが、聞こえなかった事にした。
何故なら、服従の契約をしたその日、主人になったのだから面倒はクリスが見なと、ロザンヌさんの鶴の一声でルナーレも一緒に住む事になったのだが、この家に案内した夕方、「お世話になるのですから夕飯は私が作りますね!」と意気揚々とキッチンへ向かい、それから一時間程で持ってきた料理は
泡の混ざった白米。
味噌が溶けない程山盛りで盛られて、具のない味噌汁。
野菜は皮も剥かずにそのまま、抱えられない程の大きな魚まるまる一匹と一緒に炒めたのだろう、全てが真っ暗に焦げた丸焼き料理
と、とても料理と呼べる代物ではなかったのだ。
「初めて作りましたが、料理って以外と簡単ですね」
なんて嬉しそうに言っていたが、これは料理と呼べるのだろうか……。
「……お兄ちゃん」
テーブルに並べられた料理を、絶望の表情で見つめ、助けを求めるようにこちらに呼び掛けるミルカ。
俺は意を決して全てのお皿を自分の前へ持って行くと、箸を持って食べ始めた。
ルナーレを絶望させない為……そしてミルカの体を守る為!
口に入れた瞬間広がる味は、とても言葉では言い表せないものだった。
見た目ではわからなかったが、何やら色々な調味料やスパイスが入れられていたようだ。
アレンジで調味料を足すなど、初心者が一番やっちゃダメな事だな。
そんな事をシミジミと思った後の記憶はない。
気付いた時には目の前のお皿の料理は無くなり、満面の笑顔のルナーレと、俺を見て号泣するミルカの姿があった。
俺は……勝ったのか……。
だがそこでふと、とある事実に気付く。
魔法で再現している味覚を消せば良かったのではないかと……。
その後の絶望感は忘れもしない。
ただ、ミルカはそんな事は出来ないので、結局それ以降はルナーレに料理はさせず、俺が作るか買うようにしている。
そんな少し前の出来事を思い出しながら、安定の美味しさのマ◯クを、不満げなルナーレを他所に、美味しいねとミルカと言いながら食べるのだった。
ちなみに料理以外もご想像の通り、家事は全て絶望的で、掃除をすればあっという間に足場の無いゴミ屋敷状態になり、洗濯をすれば洋服はただのボロボロの布切れと化す為、お世話と言っても料理を並べるなど簡単な事しかさせていない。
なので昼間は俺と一緒に見回りのおともをしてもらっていたのだ。
しかし……ただ一人分家事の負担が増えただけと言う……主従関係とはなんぞや。
唯一の救いは、自分が何人もいれば良いのにと悩む世の家事を任されている方々の夢を、俺は実際に出来る事だろう。
マジで骸骨兵に転生して良かった。
夕食を終え食休みをしていると、早々に食べ終わり、ハッ◯ーセットに付いてくるオモチャで遊んでいたミルカが突然立ち上がると、俺に飛びついてきた。
「お兄様! お風呂入ろう!」
「アナタはまた……一緒にお風呂だなんて、うらや……じゃなく。ダメに決まってるじゃないですか!」
ミルカの言葉に怒り出すルナーレ。
ルナーレが来るまでは、幻術で大人の女性の姿になっているならともかく、今のミルカの見た目は子供だし、特に何も考えずに誘われるがまま一緒にお風呂に入っていたが、どうやら人族的にはダメらしい。
確かに公共の温泉施設も、異性のお風呂に入れる年齢で問題になり引き下げられたもんな。
「えーっ、何でダメなの?」
「ダメなものはダメなんです!! ミルカは私と入りますよ!」
そう言ってミルカの首根っこを掴みお風呂へと向かうルナーレ。
ミルカもジタバタと抵抗しているが、体格差もあるが、流石勇者パーティーにいただけあり、身体能力も高いようで、そのままヒョイっと持ち上げ連行されていく。
「助けてお兄様ぁぁああ」
この世の終わりみたいな表情で助けを求めてきているが、まぁ、俺としても一緒に入ると何だかんだ理由を付けて体を洗われ、その間後ろから「グヘヘ」と変な声がして身の危険を感じる事もあるので、二人で入ってくれるなら助かる。
と言う事で手を振って見送る。
しかし、二人が来てから毎日が賑やかで、ルカを思って落ち込む暇もなくなり、二人には感謝してもしきれないな。
それにミルカの体調も順調に回復しているので、近いうちにルカを治す許可もおりるだろう。
ルカが起きたら、まずは二人を紹介しないとな。
知らないうちに居候が二人も増えて、どんな反応をするのだろう……。
三人とも癖は強いけど、みんな良い子達だから時間はかかっても良い友達になれると思うんだよなぁ。
初めての女友達だし、きっとルカは大喜びたろう。
早くルカの喜ぶ顔が見たい……。
「お兄様お待たせぇ!!」
俺が感情に浸っていると、扉を勢いよく開けてミルカが飛び出してきた。
一糸纏わぬ裸のままで。
「コラ! そんな格好でそっちに行ってはダメです! ……ッ!? キャー!?」
その後から体にバスタオルを巻いただけで、髪もまだ濡れた状態のルナーレがやってくるが、俺の姿を見て自らの姿を思い出したのか、叫び声を上げて戻っていった。
うん……ありがとうございます。
「お兄様! どう? 欲情する?」
俺に飛び付いたミルカが訳のわからない事を口走っている。
「する訳ないだろ? 変な事言ってないで、風邪をひくから早く服を着ろ」
ボンッ!
「これでも?」
すると幻術で妖艶な大人の女性に変身したミルカが、俺に裸で抱き付いたままそんな事を聞いてくる。
ゴンッ!
「イッタ〜ィ!?」
「なんて事してるんですか!? 早く着替えますよ!」
しかし、すぐに手早く着替えたルナーレに頭を叩かれ、お風呂へ連行されていった。
うん……いろいろトラブルもあるけど、賑やかで楽しい日々だ。




