ルナーレ・ヤマト②
「……ん、んん〜ん」
次に目を覚ました時、木漏れ日のさす森の景色から、知らない天井に変わり、地面ではなくベットの上で寝ていました。
未だ魔力欠如の後遺症で体はダルく、頭もボーっとしています。
眠い目を擦りながら自分がどうしてここに居るのか考えますが上手く頭が回らず、無意識に小首を傾けていました。
「……ここは? ……ッ!? だ、誰!?」
そこで初めて周りを見まわした事で、自分が沢山の人に見られている事に気付き、思わず後退りしてしまいました。
「きゃっ!?」
途端にベットから落ちた私は、沢山の人が見ている中、あられもない姿でベットと壁の間に挟まれてしまいました。
何とか抜け出そうともがいてみますが、未だ体にうまく力が入らず、自力では抜け出す事が出来ません。
どうしよぅ……どうしよぅ……だ、誰か、助けて下さい!
その時、妙に硬く細い感触が私の手を握り、ベットと壁の間に挟まった私を助け出してくれました。
「あ、ありが……!? アナタはあの時の骸骨兵様!?」
驚いた事に、その相手は気絶する前まで考えていた、あの骸骨兵様でした。
「あぁ、久しぶりだな。勇者の仲間、僧侶ルナーレ」
「ッ!? 私はもう勇者の仲間ではありません!!」
骸骨兵様のその言葉に思わずカッとなり強く反論してしまいました。
それだけあの勇者の事を嫌悪していたのだと再確認したのと同時に、冷静になり骸骨兵様に失礼な態度を取ってしまった事に気付きます。
「あっ……。し、失礼しました」
「構わない、むしろ気に触る事を言ってしまい失礼した」
「いえ、骸骨兵様は何も悪くありません、私の問題ですので……それよりもそちらの方々には挨拶がまだでしたね。改めまして、以前も自己紹介致しましたが、ヤマト王国第二王女、ルナーレ・ヤマトと申します。骸骨兵様、先程は助け起こした頂きありがとうございます」
そのまま続けるとまた変な事を言ってしまいそうでしたので、無理やり話題を変えました。
それに気になっている事もありますし。
「所でここは何処でしょうか? 私は確か森の中で強力な魔物に遭遇し、何とか倒す事が出来たものの、そのまま魔力欠如で意識を失った筈ですが……まさか、アナタが助けて下さったのですか?」
言葉にする事で少しずつ頭が回るようになり、今更その事実に気付きました。
ちなみに先程の醜態も冷静になって考えるととても恥ずかしい事でしたので、素知らぬ顔で話していますが、この顔の火照りからして、きっと顔は真っ赤でしょう。
うぅ……王女としてなんたる失態……穴があったら入りたいです……。
「この場所は……秘密だ。敵の王女であるお前に話す事は出来ない。ここで寝ていたのは森で傷だらけで行き倒れになっていたのを俺が見つけてここへ連れてきたからだ。怪我の治療は部下の魔術師であるこちらのロザンヌさんがやってくれた」
あぁ……やはりこの方は、例え敵であろうと困っている方を助けてしまう、心の優しい方なのですね……。
この方なら……。
「そうでしたか……一度ならず、二度までも、この命を救って頂き感謝致します。ロザンヌ様も危ない所を治療して頂きありがとうございます」
私の言葉に骸骨兵様の後ろでローブを羽織った恰幅のいいお婆様が何でも無いように手を振っています。
「ところで骸骨兵様のお名前は、クリス十六世様で宜しかったですよね?」
「あぁ、そうだ」
「では、クリス様、助けていただき、こんな事を言うのは図々しいかと思いますが……是非、私をこの場に置いて下さい!」
先程の話から推測するに、ここはあの森の中のどこかなのでしょう。
そして、代表者が集まっているであろうこの場には人族の方々がいます……。
ここまでの情報から、ここはあの森の中で、ローレンの街での戦い以降、こつぜんと姿を消した旧ローレンの住民が避難している場所だと推測出来ます。
しかもこの場にローレンの代表者が出席している事から、人族だからと言って不当な扱いを受けず、ちゃんと人権が尊重されているのでしょう。
人族に追われている私としては、この地は願ってもない場所です。
ですが、そんなに世の中甘くはありませんよね……。
「断る」
……やはりそうですか。
「……それは、私が王国の王女で信頼出来ないからですか?」
「そうだな。お前がスパイではないと言う保証もない状態で、守るべき民のいるこの地に住まわせる事は出来ない」
当然の対応だと思います。
逆の立場なら私もそうするでしょう。
本来ならこれ以上の交渉は諦め、改めて助けて頂いたお礼をして大人しく引き下がる所ですが。
今交渉をしているこの方とならば……。
私はそこで覚悟を決め、クリス様を信じる事にしました。
「わかりました……では、信用してもらうために、私に服従の契約をかけて下さい!」
「……服従の契約?」
服従の契約もご存じないのですね。
先程ロザンヌ様と紹介されたお婆様がクリス様に説明していあげていました。
上に立つ方なら多かれ少なかれ、そう言う経験をされている筈ですが……特に後ろめたい事をされている方程、他人を信頼出来なくなり、服従の契約を行った者しか側におかなくなりますし……でも、この方はそう言う事とは無縁なのでしょう。
「本当にそんな魔法をかけられて良いのか?」
表情には出しませんでしたが、正直驚きました。
今の話を聞いて、真っ先に敵である私を心配なさるのですから。
それと共に、改めて彼ならば大丈夫だと、心の底から信頼する事が出来ました。
「もちろん、本来ならこのような事は例え自らの命がかかっているとしても、提案などしません……ですがクリス様、アナタは見返りもないのに私を二度も救ってくれました。それに、こんな提案をする私にわざわざ本当に良いのか確認までしてくれて……そんなお優しいアナタなら、例え服従の契約をかけられたとしても、私に酷い命令をしない、と感じたからです」
最後は少しいたずら心が働き、意地悪な事を言ってしまいました。
骸骨なので表情は読めませんが、私が話した直後少し体が揺れたので、きっと動揺されているのでしょう。
そんな所が可愛らしいと感じてしまう私は、どこか変なのでしょうか……。
ですが、直ぐに自分の失敗に気付きます。
もしこれが原因で彼に断られてしまったら……。
途端に心の中に不安が溢れ出し、咄嗟に謝罪の言葉をと考えたその時、彼はそんな心配を打ち消すように、優しく語りかけてくれました。
「……わかった。その提案を飲もう」
その言葉に先程までの不安が一気になくなり、逆に幸福感で胸がいっぱいになり、思わず感情がそのまま顔に出てしまいました。
直ぐに気を引き締め表情を戻しましたが、先程からの醜態もあり、王族としてあるまじき行為に恥ずかしさが込み上げてきて、顔を背けたくなります。
「それじゃ、服従の契約は私がかけてあげるよ」
ロザンヌ様の言葉に、ここぞとばかりにロザンヌ様を見る事で、クリス様から顔を背ける事が出来ました。
今はロザンヌ様が聖母に見えます。
ロザンヌ様による服従の契約の説明の間に、何とか心を落ち着かせる事が出来ました。
そしてロザンヌさんの指示で、クリス様と向かい合う形で椅子に座ります。
再びクリス様と目を合わせる形になりますが、落ち着きを取り戻した私は、王族としての教養のお陰もあり平常心でいられました。
この時ばかりは王族に生まれた事を感謝するばかりです。
「それじゃ、魔法を使うよ。この魔法は二人の同意がないと発動しないから、私が呪文を唱え終わったら二人とも返事をするように」
「はい」「わかった」
そして唱えられる呪文。
ロザンヌ様が呪文を唱えている間、クリス様と見つめあっています。
そうすると平常心を取り戻した筈が、心の中にポカポカした何かが溢れて来て、自然と表情が緩んでくるのがわかります。
あれだけ小さい頃から気持ちを制御する方法を習ってきた筈なのに、どうしてもその気持ちを抑える事が出来ません。
私は一体、どうしてしまったでしょう。
先程と違い、今は契約の儀式の最中の為、誰かが助け舟を出してくれる事もなく、今は目を背ける事も出来ないので、どうする事も出来ません。
そうだわ! もういっそ吹っ切って、せっかくの機会なのでクリス様を観察する事にしましょう!
テンパった私は、何故かそんな結論に至りました。
あれ、よく見るとクリス、少し震えていますね……緊張されているのでしょうか。
もしや……私の為に緊張されているのでしょうか?……そうでしたら、これ以上ないくらい嬉しいです!
うん! 優しい方ですし……きっとそうでしょう!
そう思うと、そんな仕草も愛らしく思えてきます。
この時点で、この状況に私の頭は混乱し、後から思えばかなり自分本意な考えになっていたと思います。
太くて逞しい骨……きっと生前はガッチリとした体格の方だったのでしょうね。
生前の姿を見ながらいろんな姿を想像してみますが、どの姿も似合っていて、キラキラして見えてきます……何故でしょう?
「……クリス十六世。お前はルナーレ・ヤマトの主人となる事を了承するか?」
「……了承する」
その言葉に胸が張り裂けそうになる程高鳴ります。
……やはり、今の私は何かおかしいです。
「ルナーレ・ヤマト。お前はクリス十六世を主人とする事を了承するか?」
……主人。
「はい、了承します」
返事をした瞬間、私の胸元が輝き出し、契約の印となる魔法陣が浮かび上がりました。
「これで契約は完了だよ」
……これで私は、クリス様と契約で結ばれました。
そう……誰も干渉する事の出来ない……クリス様との絆の証……。
何やらクリス様とロザンヌ様が話をされていますが、今の私には会話の内容が頭に入ってきません。
それよりも……私の心の中に溢れ出したこの気持ちを、少しでも彼に伝えたい……。
「あの……」
「あ、あぁ、すまない。これからよろしく頼む。ルナーレ」
これから……そうです! 服従の契約を結んだのですから、これからは私はクリス様とずっと一緒……。
……従者として!!
「はい! これからよろしくお願いしますね。ご・主・人・様・」
そう言葉を口にした瞬間、私の心の中で溢れる気持ちがスッと体全体に溶け込み、今までに感じた事がないかくらいの高揚感と幸福感に包まれました。
その感覚は、王女や聖女ではなく……初めて『ルナーレ・ヤマト』としての私個人の存在が認められたようで、この世に生まれてきた本当の意味を理解する事が出来ました。
そうです! 私が求めていた事は、勇者の仲間として魔王を倒し、国民の平和を守る事でも、王女や聖女として国民の為に奉仕する事でもなく……ただ一人の……敬愛する方の為に、私の全てを捧げて、尽くす事だったのですね!!




