四天王ミルカ
魔族領にある名もない大きな森。
その場所に作られたローレン住民の避難場所である仮設の街から少し離れた丘の上、そこにある木々に囲まれた平屋の家の横の広場に、黄色いドラゴンゾンビに乗った俺たちは降り立った。
最初は鳥型の魔物に乗っていたが、待ち合わせ場所で無事コリア達と合流した際、みんなで乗ってもドラゴンゾンビの方が断然飛行速度が早かった為、鳥型の魔物はスキルを解除して死体に返し、ドラゴンゾンビのみで飛んで来たのだ。
この場所へ降り立つ際、街の方からこちら事務官達や兵士連中が走って向かってくるのが見えた。
事務官達は以前の王都への潜入に参加したメンバーで、兵士達は捕えられていた兵士達の同僚であろう。
街の防衛の為の結界を超える際に専用の識別タグを使用しているので、どうやらそれで関連部署へ連絡が行き、俺達の帰りを知ったコリア達の仲間が急ぎ向かってきたようだ。
集まってきた者達はみなコリア達の無事の帰還を喜び、助け出された兵士達を抱きしめ無事を確認し、涙していた。
皆、仲間想いの良い奴らだな。
……いや、ジンだけスルーされてるな。
その後ろ姿には哀愁が漂っている。
大隊長の扱いが酷すぎないか?
……ま、まぁ、救出した兵士達は彼等に任せ、俺たちはルカの元へ向おう!
とりあえず面倒そうなのでそのまま放っておき、俺とミルカ様は俺の案内で家へと向かった。
家の扉を開けると、そこには優雅に紅茶を楽しむ元魔王ドラミュート様と、給仕をするリン様の姿があった。
特注で作ったのか、小型犬サイズの魔王様に合う小さな椅子とテーブルを机の上に置き、そこに座ったドラミュート様が、これまた小さなティーカップに入った紅茶に舌鼓を打っている。
何この癒し光景……王都のゾンビフェスティバルと言う地獄の光景を見てきた俺の荒んだ心が洗われるようだ。
「お帰りクリス君。それとミルカも無事で何よりだよ」
俺たちを見るとそう優しく話しかけるドラミュート様。
しかし、隣のミルカ様はキョトンとした顔をしている。
「この坊やわぁ、誰なのぉ?」
自分の頬に手を添えながら困った感じで質問するミルカ様。
そりゃあの見た目じゃわからないよねぇ。
「ミルカさん、こちらのお方は魔王ドラミュート様ですよ」
すかさずリン様が説明すると、ミルカは目を見開き驚愕の表情へと変わる。
そして直ぐに青ざめると、その場に片膝で跪き、頭を下げて謝罪を始めた。
「も、申し訳ありません魔王様!! 知らなかったとはいえ無礼な対応をお許し下さい!!」
「いい、いい。この様な姿ではわからないのも仕方がない。それに勇者に敗れた私は、既に魔王ではないのだから、これからは魔王ではなく、この体に合うよう、きさくにミュートと呼んでくれ。クリス君もそれでよろしく頼む」
ドラミュート、いやミュート様の言葉に伺う様に顔を上げるミルカ様。
流石に魔王様をいきなり名前で呼びずらいですよねぇ。
でも、お願いと言う名の命令のようなモノなので、ミルカ様は意を決した表情に変わると話し出した。
「寛大なお言葉、ありがとうございます。……では、ミュ……ミュート様。失礼ながら、そのお姿は、一体?」
「これか? ちょっと勇者にやられて生まれ変わったのだ」
ちょっとコンビニ行ってきた、みたいな軽いノリで答えてるけど、とてもそんな軽いもんじゃないからね!?
ほら見て、ミルカ様は返答に困って固まってるから!
魔王様ってこんな感じでしたっけ!? もっと硬そうなイメージだったけど、その体になってから冗談も言うし、何だが今の体に精神が引きずられている気がする。
でも可愛いからそのお腹プニプニしたい! ……じゃ無かった!? 危ない危ない、あの見た目は、狂気だな。
「お姿についての理由はわかりましたぁ……いえ、理解は出来てないですけど……それでぇ、私が助けられた理由はなんでしょぅ? まさかぁ、危険を冒して敵の本拠地である王都まで助けに来たのですからぁ、ただ助ける為、だけではないですよねぇ?」
おっ、話し方が途中から戻った。
きっと理解するのを諦めたんだな。
「うむ、流石察しがいいな。ミルカ……君には、勇者との戦い以降眠りについているルカレットを目覚めさせる為、ルカレットの精神世界へ入る協力をして欲しいのだ」
「ルカレットお姉様……いえ、ルカレットのですねぇ、わかりましたぁ。そう言う事でしたらぁ、私の夢魔法にお任せ下さぃ」
「うむ、助かる」
良かった、これでルカを眠りから目覚めさせる事が出来る。
「それでぇ、ルカレットはどこにいるのですかぁ?」
「ルカレットさんならこちらのベットでお眠りになられております」
リン様に案内され、奥のベットへと向かうミルカ様。
ミュート様はリン様の頭に飛び乗りそのまま座っている。
ん? 今、ミュート様の愛らしさに夢中で良く見てなかったけど、ミルカ様の姿が少しブレたような……。
「こちらです」
ベットの横についたリン様がカーテンに手をかけたので、気にはなったがそこで思考を切り替える。
そしてレースのカーテンが開かれ、ベットで眠るルカの姿を久しぶりに見る事が出来た。
「こ、これは!?」
肌掛けの上から出た胸より上のルカレットの姿は、可愛らしいフワフワでピンクのパーカーを着た姿で、ご丁寧にパーカーのフードまで被せてあり、フードに付いたウサギの耳がとても可愛らしい。
うん……毎度の事ながらルカが部屋着のままでした。
普段のクールな姿のルカしか知らない人からしたら、驚きの姿だろうと思い、隣のミルカを見ると、下を向き、プルプルと震えている。
「……なんて……なんて姿を……ルカレットお姉様にさせている……」
小声で聞き取り辛いが、そんな言葉が聞こえた。
……もしかして、怒っているのか?
そう言えば、さっきもルカをお姉様付けで呼んで訂正していたし、もしかしたら幻術でルカのように妖艶な姿をしていたのは、密かにルカに憧れを抱いていたから、とかだったりするのか?
それだと、今のルカの姿を見て怒るのも頷ける。
例えそれがルカ本人が好きで着ていたとしても、普段のイメージしか知らない人からしたら、そんな事は信じないだろう。
なら、この姿は誰かに着せられたと考えるのが妥当か?
もし、憧れの人が寝ているウチにこんな本人のイメージと合わない姿をさせられていたと知ったら、着せた奴に怒り狂うかもしれない。
そして主にルカを看病しているのは俺なわけで……。
あれ? 俺、死んだんじゃない?
いや、骸骨だからもう死んでるけど。
その間もミルカは同じ言葉を繰り返し、それはだんだんと大きな声へと変わってきた。
それに伴い、自らに施した幻術はブレ、モヤのように解けていき、元の少女の姿へと戻っていく。
そして、完全に元の姿へと変わり、独り言も既にしっかり聞き取れる程になったその時、急に黙り込んだ。
とうとう怒りが爆発すると思われたが、カバッと顔を上げたミルカ様は、ルカを見ながら光悦に満ちた表情で言った。
「何て素敵な格好をルカレットお姉様にさせているのぉぉお!!」
うん……何だろう、何かしらの変態性を感じる。
「あの妖艶でこの世のすべての美を濃縮したような美しくもクールなルカレットお姉様が……ハァハァ……この様な……この様な可愛らしいお洋服に身を包み……ぁあん……もう、たまらないッ!!」
そう話しながら身を捩り、舐め回すようにルカの姿を凝視するミルカ様。
その目は血走り、狂気すら感じる。
どうしてだ……この世界には、どうしてこうも、変態で溢れている。
目を逸らしたくなる光景に現実逃避したくなるのを抑え、ルカを治すよう進言しようとした時、突然それまで身を捩りまくって興奮していたミルカ様が一際大きな喘ぎ声を出したかと思うと、天を仰ぎ、そのま倒れてきた。
咄嗟にミルカ様を受け止める。
「ッ!? 大丈夫ですかミルカ様!!」
抱き止めたミルカ様に話しかけるが反応が返ってこない。
完全に白目を剥いて気絶している。
「うむ、私とした事が見落としていた。体の傷もそうだが、見るに、かなり体力を消耗しているようだな。急いで治癒魔法の得意な者を連れてきて治療させなさい」
ミュート様の言葉に自分も失念していた事を思い出す。
幻術で見た目を変えていたが、本来はこんなにも傷だらけで痩せ細っていたではないか。
俺は急ぎソファにミルカ様を寝かせると、ロザンヌさんを呼びに外へと駆けた。
その後、やってきたロザンヌさんにミルカ様を見せると、こんな状態の女の子に無理をさせるなんて何を考えているんだい! と、かなりお怒りだった。
流石にルカの姿を見て興奮して気絶したとは言えず、ただ、ルカを治す事で頭がいっぱいになり、ミルカ様の体調を気にしてあげられていなかったのも事実なので、潔く怒られました。
ロザンヌさんの治療でミルカ様の体の傷は回復したものの、栄養失調や、長い間狭い牢屋に手錠で繋がれていた事で体力の低下も心配された為、しばらくは休息が必要だと言う事になり、ルカの治療はミルカ様が完全に治ってからと言う事になった。
ルカの事も心配だけど、自分を治す為にこんな小さな少女に無理をさせたなんて知ったら、起きた時悲しむに決まっているので、今はミルカ様の回復を大人しく待とう。




