ゾンビ
世界を闇と静けさが支配する魔の時間。
要するに夜だ、それも新月の真っ暗な夜中である。
ようやく作戦開始の時間になり、ボーっと座っているだけの時間から解放され、コリアとジンの案内に従い教会へと向かうこ事になった。
夜中と言う事もあり、流石に行き交う人はほぼ居ないが、それでもたまに酔っ払いが歩いていたりするので油断は出来ない。
こちらも違和感を持たれないよう、飲みの帰りのようにして酔っ払いのフリをしている。
ジンは流石歳を重ねているだけあり、そう言う相手を散々見てきて自分も沢山経験した体験だからか、その演技に一切の違和感を持たないが……問題はコリアだ。
大袈裟な千鳥足と時たま入る吐き真似は、何処ぞの芸人の往年の芸を思い出す。
道中人とすれ違う度に怪しまれるのではとヒヤヒヤしたが、何とかバレる事なく目的の場所である教会まで辿り着く事が出来た。
新月で月明かりもない暗い夜道と、すれ違う人達も酔っ払いで、まともな判断が出来ない人達だったのも良かったと思う。
目的の教会は、この国で一番の勢力を誇り、国家宗教にもなっているグリル教の本部だ。
国が信仰させている国教だけあり、本部の建物は巨大で、かなりの角度で見上げなくては上が見えない。
また広さも広大で、敷地内には教会を有した本部の建物以外に職員の宿泊する施設や墓地、そして今回の目的地である宗教的な犯罪者を閉じ込める地下の牢屋などもあり、東京○ーム一個分は有にありそうだ。
この本部の建物に登るとなるとエレベーターは閉じ込められた事を考え使えないのでかなり憂鬱になるが、今回は違う建物の、しかも地下にある牢屋だ。
忍び込めさえすれば良いのでまだ気が楽である。
そして目的の場所はこの本部の建物の裏手にあるのだが、この敷地にも簡易の結果が張られており、王都に張られた結果と違い敵を防ぐ機能は無いが、周りを囲む塀を少しでも越えようものならたちどころに施設内に警報が鳴り響き、侵入者を知らせるようになっているので、今回潜入を目的としている為、周りから入る事が出来ない。
しかし、正門には当然門番が二人立っており、この者たちに気付かれずに潜入する事は難しく、どうにかしてこの二人を排除しなくてはならない。
すると、前で様子を伺っていたコリアが小声で呪文を唱え始めた。
そして呪文を唱え終わると、先程まで微動だにせず見張りをしていた二人の見張りが突然その場に倒れて動かなくなった。
「魔法で眠らせました」
こちらを振り返って自慢げに言うコリア。
素人相手ならまだしも、相手は門番をしているくらいなので、それなりに腕も立ち、状態異常の魔法耐性もそれなりにある筈。
そんな相手を二人同時に眠らせるとは、潜入前の作戦会議で本人かはこの方法を聞いた時は大丈夫かと思ったが、どうやら自称魔法が得意は嘘ではなかったようだ。
『よくやった、それじゃ慎重に潜入するぞ』
俺の念話に頷き行動を開始する二人。
ここからはなるべく静かに行動したいので俺は念話で指示を出す。
しかし、二人は念話を使えないのでこちらの念話を聞けても向こうから返事が返ってくる事はない。
なので、予め動作や簡単なハンドサインを決めでおり、それで返答する事になっている。
敷地内へと入る際、正門で眠っている門番を確認したが、グッスリ眠っているようだったので、当分は起きなそうだ。
とりあえずこのまま寝かせていても見つかった場合問題になるので、塀の内側の周りに生えているしげみの裏に運び隠しておく。
そして敷地内に侵入して俺たちは、前を走る二人の後に続き教会本部を迂回して裏側へと向かう。
裏側への道は木々が生い茂っており林のようになっている。
その林の中は夜の暗闇も加わり敵から見つかりにくい反面、こちらからも敵を見つけにくい為、気を付けなくてはいけない。
慎重に進む事数分後、前方が突然開け、何かの建物が見えた。
事前の説明によると、確か教会関係者の宿舎になっている建物だ。
コリア達は建物の周りの広場を避け、木々に沿って迂回しながら歩いていく。
しかし途中から木々が途絶え、何も無い場所になっており、そこからは見つからないよう静かに駆け足で抜けなくては行けない。
周りを確認しつつ、ジン、コリア、俺の順で一人ずつ走り抜ける。
最後の俺も無事走り抜け、反対の林まで来たところで、この中で一番体力の無いコリアが肩で息をしているのに気付き、本人は大丈夫ですと言っていたが、万が一の時動けないでは困ると説得し、呼吸が整うのを待つ為、物陰にしゃがみ隠れる事にした。
しばらくして呼吸が整ったコリアは、俺たちに合図をすると周りを確認せずにおもむろに立ち上がってしまった。
きっと自分のせいで時間を取ってしまったと焦っていたのだろう。
そして間の悪い事に、そんなコリアを前方を見回りしていた二人の敵が見つけてしまった。
「誰だ!!」
ヤバい! 早く仲間を呼ばれる前に何とかしないと!
しかし、俺たちと見回りとではそれなりに距離が離れているのでこちらが接近するまでに仲間を呼ばれてしまう。
先程の門番の時のように眠らせるにしても、呪文を唱える時間が必要で、やはりそれまでに仲間を呼ばれてしまうだろう。
一瞬どうするか迷っていたその時、隣のジンから何かを溜める気配がしたかと思うと、瞬間移動でもしたかと思うスピードで敵に接近し、次の瞬間には一人を斬り伏せた。
ジンのスキル『縮地』である。
ただとてつもない速さで動く移動術でしかないが、単純だからこそ強く、応用も効きやすい。
俺もまた、ジンが何かを溜める気配がした瞬間、戦場での戦いを思い出し、ジンの次の行動を予想する事が出来た為、迷わずジンに続き走ると、いきなり目の前に現れて仲間を斬られた事で唖然としているもう一人の敵の溝内に拳を叩きつけ気絶させた。
助かった。
後から駆けてきたコリアは泣き出しそうな表情で、追い付くと俯いてしまった。
何と声をかけるべきか……。
横のジンを見ると肩で激しく呼吸をしながらも、そんなコリアに近付き優しく頭を撫でた。
これは任せておけば大丈夫だな。
しかし、今のジンを見ていると、やはりスキルの使用は相当体力を使うようだ。
俺のようにその代償を体力の代わりに魔力で補えると言うのは相当なアドバンテージになるな。
しかも骸骨兵が近くにいれば吸収して魔力も回復するし。
今更ながら、条件さえ揃えば随分チートじみた力を手に入れたな。
ただ、勇者の武器のような本当のチートの前では対した役にも立たない事を知っている為、勇者のように調子に乗らずに済み、そう言う意味では勇者に感謝だ。
なので、もっと力を付けて、ルカをどんな敵からも守れるくらいにならなくちゃ!
ジンの体力の回復を待ちながら、一人考え事をしていたその時、ジンが倒した敵の懐から突然大音量の機械音が鳴り響いた。
ピーーーーー!!
しまった、どうやらジンの攻撃は浅く、敵はまだ生きていたようだった。
すかさずジンが敵にトドメを刺して懐から大音量で鳴り響く小さな機械を取り出し破壊するが、時既に遅く、宿舎の窓に明かりが灯り、騒がしくなってきた。
『もう見つかるのは時間の問題だ! こうなれば強行突破しかない! 急いで地下牢へ向かうぞ』
俺の念話に頷くジン達は、敵にバレるのもお構いなしに走り出し、教会本部の裏手へと向かう。
「いたぞー! あそこだー!」
後ろの方で敵が俺たちを見つけた声が響き、それに伴い徐々に人の走る足音や声が集まり、沢山の人の追ってくる音が聞こえてくる。
だが、そんな事はお構いなしに、そのまま走る続け、林を抜け辿り着いた裏手には、ヨーロッパ風の墓地が広がっていた。
そして、その無数に広がる墓地の奥。
生い茂る木々に囲まれ、小さな小屋が見える。
その小屋こそ目的の地下牢へと続く入り口だ。
しかし、当然ながらそこにも見張りが立っており、仲間の侵入者の声を聞いた門番達は十数人で扉を固め武器を持ち臨戦体制になっていた。
俺たちが墓地の真ん中まで来た辺りで、門番は進路を妨害する為数人が前に出て手に持つ槍を構える。
そこで立ち止まり周りを確認する。
後ろには追いついた敵が続々と集まり、俺たちと一定の距離を保ちつつまわり込んで包囲していく。
すると一人の武装した敵が前に出る。
「大人しく投稿しろ。さもなくばこの場で命を落とす事になるぞ!」
なかなかのピンチである。
しかし、予め作戦を立てていた俺たちは、そこで焦る事は無かった。
俺を中心に固まるジンとコリア。
俺はそこから一歩前に出ると、それを発動する。
スキル『骸骨将軍の号令』
すると、突然地面が揺れ出すと、無数の腕が地面から生え出してきた。
その腕は生身のモノから骨だけのモノ、そしてその中間の、腐敗し、肉の腐って中の骨が少し見えているモノまで状態は多岐に渡り、その腕の持ち主がどの程度土の中で眠っていたかがわかる。
そして徐々に地面から這い出してくる体。
皆一様に土の中から這い出してきたので全身泥だらけである。
しかしそれよりも目を引くのは、老若男女様々な人の至る所が腐り落ち骨の見えた箇所のある者や、体の一部が欠けている者達の姿で、中には目玉が飛び出てぶら下がっている者達などもいて、その絵面はさながらゾンビ映画のワンシーンとなり、見るモノを恐怖に落とし入れた。
俺のスキル『骸骨将軍の号令』
その能力は骸骨を操る事だ。
この能力はもちろん生きた人間には使えない。
しかし、様々な条件で試した結果、死んだ人間ならば、例え生身の肉体があろうが操る事が出来るとわかったのだ。
その代わり、分体からリアルタイムで伝わってくる、腐敗し、今にも崩れ落ちそうな身体中の皮や肉の感覚がとても不快で、何よりも臭い。
そんな俺の苦しみの甲斐あって、敵に対して効果はテキメンで、ここにいる者達はみな聖職者なのに、その光景を見て皆が震え上がり、逃げ出す者さえいる。
そりゃこの世界にテレビや映画なんて娯楽は無いから、この光景に慣れていないうえ、作り物の映像でも怖いのに、リアルに目の前で腐った死体が動き出すのだ。
恐怖でしかない。
そして俺の指示で動き出す死体達により、恐怖して逃げ惑う者達が続出し、その場で動けなくなり神に祈る者や気絶して倒れる者、酷い者は失禁して動けなく者まで現れ、辺りは混乱の渦へと落ちていった。
予めこの事を説明しておいたコリア達でさえ、その光景に生唾を飲み込み固まっている中、この好機を逃さない為に二人に念話を送る。
『今の内に行くぞ』
俺の念話にハッとした二人は、すぐに小屋へと走る。
小屋の門番も既に逃げたあとで、見張りはおらず、簡単に中へ侵入する事が出来た。
小屋の中は机やベットなど、見張りの者が交代で休憩出来るようになっており、その中を進んだ奥の扉の中に地下へと続く階段を見つける事が出来た。
その階段を駆け下りると、いくつもの牢屋がある地下へとつく。
「みんな! 大丈夫!?」
そう言うと目の前の牢屋へ駆けるコリア。
そこにはボロボロの姿の数人の男性が閉じ込められていた。
その者達がどうやら以前の潜入任務で捕まったコリア達の仲間達のようだ。
コリアの後から向かったジンが牢屋の鍵穴を弄ると、ものの数秒で扉は開き、コリアは急いで中に入り、仲間に回復魔法をかけ始める。
いやいや、その見た目で鍵開け出来るとか、マジで本当に兵士じゃなくて盗賊とかじゃないよな……。
ジンの職業に疑問を持ちつつも、今はやるべき事があるのでその場はコリアとジンに任せ、俺は奥へと向かいミルカの姿を探す。
しかし、一番奥まで確認したが、ミルカの姿はどこにもない。
そもそもが、この牢屋に捕まっているのはコリア達の仲間以外に、一番奥の牢屋に、壁に手錠で繋がれ吊された状態の黒髪の魔族の少女がいるだけだ。
これは一体どう言う事だ? 情報は誤りだったのだろうか……。
すると目の前の壁に吊るされた少女はこちらの存在に気付いたのか、閉じていた瞼を開き、その夜の闇のような黒い瞳でこちらを見つめて話しかけてきた。
「あなたは……ルカレット様の……骸骨兵?」
なっ!? 何故俺がルカの骸骨兵だと知っているんだ!? そもそも今は幻術で見た目はただの大男になっている筈だ。
いや、よく見ればこの少女には見覚えがある。
黒髪に黒い瞳。
まだ幼いが、その整った顔立ちは誰かに似ている。
そして頭の触覚と、ボロボロの服から飛び出たその特徴的な尻尾から、彼女がサキュンバス族だとわかった。
その姿は正に、幼い……。
「……ミルカ……様……」
「はい……私が、四天王……ミルカ……です」




