俺の進化は止まらない
「コクーン、いつまでやってるんですか、始めますよ! 切り替えて下さい!」
先程自分で説教して落ち込ませたのに、ルナーレはそんなキツい言葉で叱咤した。
コクーンはと言うと体育座りで地面を指でなぞっていじけていたが、戦いが始まるとわかると嬉しそうに飛び上がりすぐに構えをとる。
きっとこれは先程怒られた事なんてすぐ忘れるな。
これから始まるこの戦闘狂との戦いに嫌気がさしたが、今は直ぐにでも二人を倒して先に進まなくてはいけないので素直に俺も構えをとる。
すると先程と同じく、コクーンは一瞬で俺に近づき鋭い突きの連打が放ってきた。
俺もその攻撃を避けつつ合わせて打ち合うが、先程と同じくコクーンはその攻撃を受け流してくる。
そこで次に俺は、相手と少し距離が離れたタイミングを見計らい、後ろに下がりつつ無詠唱でファイヤーボールをぶちまかす。
ドン!
進化してからの魔法はいつもより威力が上がっており、安全な距離を開けた筈が爆風で少し体が煽られる。
しかし、それ程の威力の魔法を喰らった筈なのに、やはりと言うか爆煙が消えるとそこには無傷のコクーンが立っていた。
「ルナーレ、サンキュー。流石にこんなの食らったら耐えられる自信ないから助かるよ」
「油断しないの! 私がフォローするから全力でやりなさい!」
「おう! 任せた!」
そして再び始まる打ち合い。
今度は間に蹴りも混ぜて来て、突きよりも鋭く速い蹴りは躱わすこちらからしたらかなりの脅威だ。
しかしそんな事を思っている余裕もなかった。
後ろのルナーレがこちらに杖を向けて来たのだ。
俺は攻撃を警戒するが、杖から打ち出された魔法は俺ではなくコクーンへと当たりコクーンの体を黄色く光らせるだけに終わった。
一瞬回復か? とも思ったが、その考えはコクーンのスピードが魔法を受けた後、段違いに上がった事で打ち消される。
最初は何とか攻撃を躱していたが、コクーン自身もそのスピードに慣れたのか次第に攻撃が鋭くなり、そのスピードについていけなくなった俺は彼女の突きを肋骨にモロに受け、後ろへと吹っ飛んだ。
何とか体勢を整え着地したが、打たれた肋骨が何本か折れている。
これでも咄嗟に身体強化でカバーしたのにだ。
追撃を警戒してコクーンを見るが、彼女はとてもイイ笑顔で早く戻って来いと言わんばかりに指をクイクイと曲げている。
どうやら先程の魔法は相手の身体能力を上げる補助魔法のようだ。
先程まででさえギリギリの戦いだったのに、更にスピードが上がってしまってはとても対応出来ないし、パワーアップのせいで一発でも当たればこの通りだ。
先程までは格闘戦はほぼ互角。
こちらの魔法は相手の僧侶により塞がれてしまう。
なのに相手は僧侶の補助魔法による更なるパワーアップ。
やっかいな僧侶を狙おうにも、目の前のコクーンをどうにかしないといけない。
これは……詰んだかもしれない。
「何だ、もう手は尽きたか? 隠し玉があるなら出し惜しみしないで早く出せよ。それも含めて私が全てぶっ潰してやるからな!」
このコクーンの言葉は余裕から来るものではなく、ただ純粋に戦いを楽しんでいるからこその言葉であろう。
その証拠に先程よりも獰猛で血走った瞳の笑顔で笑うコクーンがいた。
隠し玉なんて言っても、今の俺に出来るのは全て出し切った。
使徒出来る骸骨兵がいれば、まだ何とかなったかもしれないが、勇者にバレないようにする為、あいにくこの場には連れて来ていない。
……だからと言って、俺はここで諦める訳にはいかないんだ!
俺が負ければ、それはルカ達の敗北に繋がるからだ!
今俺に出来る事を全て出し切ってしまったのなら……まだ出来ない事を試すまでだ!
そう覚悟を決めた俺は、未だに成功した事のない、身体倍加を試してみる事にした。
体の中の魔力を本来より多く取り出し、身体中をいつもより多くの魔力で維持し、尚且ついつもより早く循環させる。
いつもなら魔力を多く取り出す事が出来ても、それを維持し体を循環させる事が出来なかった。
しかし今日は最初の段階からいつもと違う。
まず多くの魔力を取り出すのからして容易に出来るのだ。
そしてその魔力を体に維持する事も簡単に出来ている。
その魔力を早く循環させるのもだ。
そう、今までの苦労が嘘のように、遂に身体倍加に成功した。
身体中を巡る多くの魔力により、いつもよりも力がみなぎって来るのを感じる。
成功してみて分かった事だが、これまで上手くいかなかったのは、元の魔力総量が少なかった為だ。
少ない魔力から無理やり多くの魔力を取り出そうとするから、維持するのも難しく発動が出来なかった。
幼児が全力疾走する速度でも、大人なら早歩き、もしくは歩き程度になるので他を同時進行する余裕が出来るのと同じ事だ。
そして、そんな俺の変化に気付いたのか、更に獰猛な笑顔で構え直すコクーン。
「それがお前の隠し玉か! 良いなぇ、お前から伝わってくる覇気でたぎって来たゼ!」
そう言いながらこちらへと走って来たコクーン。
後ろのルナーレがコクーンに補助魔法をかけ直す事で途端にスピードアップする。
だが、そこに先程までの驚異的なスピードは感じない。
違う、俺の体感速度が上がっているのだ。
そして繰り出される鋭い突き。
しかし、先程までは目に限界まで身体強化しても捉えられなかった動きが余裕を持って捉える事が出来る。
それならば躱わしながらカウンターを打ち込むのも用意だ。
コクーンの突きに合わせて繰り出した俺の拳は、クロスカウンターの形でコクーンの頬へと吸い込まれる。
コクーンも先程の攻撃を躱わす事が出来なかった俺が、まさか自分の攻撃に合わせてカウンターを放ってくるなど微塵も思ってないようで、そもそもの俺の攻撃速度も上がっていて全く気付いていない。
そして拳が頬へめり込むと、自分の突きの勢いも加わりそのまま盛大に吹っ飛んだコクーンは、その後二度と立ち上がって来なかった。
そしてコクーンが自分の真横を吹っ飛んだ事で唖然とその行方を追って固まるルナーレ。
俺はそんな隙だらけのミルカに一瞬で近づき、頸へ手刀を喰らわして気絶させた。
「フゥー」
何とか二人を倒す事が出来た安堵感と、初めて成功した身体倍加に嬉しさが込み上げてくる。
しかし、今はその余韻に身を委ねている場合ではない。
分体を通してルカ達がピンチだと分かっているからだ。
名残惜しいが、俺は急ぎグラスに指定された場所を目指し走るのだった。
*****
「ハァハァハァ、こんな筈は……こんな事、ある訳ないんだ!」
そこには床に片膝を付き荒い息をする勇者と、少し離れた場所で武器を構えるまだ余裕の残るルカとグラスが居た。
「流石の勇者と言えど、僕ら二人とやるのはキツイみたいだね。ここはいい加減ルカの事は諦めて引いたらどうかな?」
この場に残された俺が使役している骸骨兵は、ルカ達の戦いを見守り今も本体へその情報を送っているが、どうやらグラスの言う通り、普通に戦った場合はルカとグラスに分があるようだ。
しかし、勇者に何か隠し玉があると睨んでいるグラスは無理に倒しに行こうとせず、勇者に逃走を促している。
それだけその隠し玉はヤバいと言う事だろうか。
「ふざけるなッ! 俺は人類最強の勇者だぞッ! こんな四天王とその副官如きに負けましたで済む訳ないだろッ! ああもう! そんなの女なんてもうどうでもいい! 俺の思い通りにならない女なんて必要ない! ……だがら、手加減するのもここで終わりだ」
その言葉で勇者の雰囲気が変わった。
ヤバい、どうやら最悪の事態になりそうだ。
俺の本体はと言うと、コクーンとの戦闘で忙しそうでまだマスタールームには辿り着けていない。
すると勇者はおもむろに頭上に向け右手を掲げた。
その瞬間その右手の先に光が集まりだすと剣の形を成形すると共に、言いようのない重圧感が伝わってきた。
そして光が止んだ時、勇者の右手には数々の宝石が散りばめられ至る所に金の装飾が施された美しい見た目の剣が握られており、その美しさとは裏腹に、ドス黒い存在感を放っていた。
「あ……あぁ……」
その剣を目にした瞬間からルカが突然震え出し、声にならない声を発すると膝から崩れ落ちそうになる。
「ルカ、落ち着いて深呼吸をするんだ」
すかさず隣にいたグラスがルカを支えるが、グラスの表情も暗く、その瞳はたった今召喚された勇者の剣から外される事はなかった。
「……勇者君、その剣はどこで手に入れたんだい?」
「あっ? この剣かぁ? イイだろう。教会のジジイに貰ったんだけど、凄い能力をもってるんだぜ」
「それは……全てを断ち切り“最強の剣“……」
ルカがか細い声でそう語った。
「何だよ、知ってるのかよ、驚かせてやろうと思ったのにな。まぁ、知ってるなら話が早いか。分かってるだろ?コイツの前ではどんな防御も無意味だって事」
全てを断ち切り最強の剣? どんな防御も無意味? それが本当ならそんなの躱わす以外に対処のしようがない。
でもグラス達の反応を見るにどうやらそれは事実みたいだし、確かにこんな隠し玉があったらよっぽど実力差でもない限り勝てないだろう。
げんに、ルカは勇者が最強の剣を召喚してからずっと怯えて震え続けている……いや、それにしても明らかに様子がおかしい。
その瞳は焦点があっておらず、剣の力に怯えていると言うよりも、何か別の事を思い出し、怯えているような……。
勇者もそんなルカの反応もあって、この剣を召喚した事で精神的に余裕が出来たのか、これまでにこの剣で魔族達をいかに倒していったかを自慢げに話し出した。
『師匠、聞こえるかい?』
その時突然グラスから念話が入った。
本体は今、コクーンとミルカとの戦闘の真っ最中なので代わりに分体で骸骨兵の一人である俺が代わりに答える。
『はい、聞こえてます』
『ルカが今は戦える精神状況じゃないから、出来たら周りの骸骨兵に命じて離れた場所に避難させてくれるかな?』
戦える精神状況じゃない?
『ルカはどうしてしまったのですか?』
『ルカは、勇者が召喚した最強の剣を見て過去のトラウマを思い出してしまっているんだ。……あの剣を持った勇者によってルカのご両親と、ルカの両親が納める国の民を皆殺しにされた当時の事をね」
ルカの両親と国民を勇者に殺された……。
それなら今ルカの精神状態は想像も出来ない程酷いものだろう。
今直ぐにでもあの場から連れ出さなくては!
『わかりました。直ぐに向かいます』
そうグラスに伝え、今も夢中で過去の話をしている勇者に気付かれないよう気をつけながら、周りで戦闘を見守っていた骸骨兵を一体ルカの元へ向かわせる。
『ルカ、立てるかい? 俺と一緒にここから離れるよ』
『ぁぁ……ク、クリス? うん……ごめんね』
ルカの元へやってきた俺の分体の骸骨兵は、グラスからルカを受け取ると体を支えながらその場から離れようとする。
ザンッ!
「なっ!?」
「逃すと思ってるの?」
しかし、そんな俺に気付いた勇者はその手に持つ最強の剣を振り抜くと、斬撃を飛ばし俺を頭から真っ二つに両断した。
支えを失い倒れ込むルカ。
そんなルカに向かい勇者は再度最強の剣を振り下ろし斬撃を飛ばす。
「ルカッ!!!」
咄嗟にグラスがルカを突き飛ばす事で斬撃を躱わす事が出来たが、ルカを突き飛ばしたグラスの左腕はその斬撃により肘から切断された。
「……ッ!? グラス!!!」
その光景を目の前で見たルカは、その衝撃で意識を取り戻しグラスへと駆け寄り必死に治癒魔法を使う。
「あれ、残念。その女を殺す筈がエルフの腕が斬れただけだったか。あっ、治癒魔法を使っても無駄だよ。この剣はどんなモノでも防御不能で斬ると共に、その斬ったモノは概念をも斬られ、元に戻る事が出来なくなるんだ。腕を斬られればそこに腕があった事が斬られ、二度と戻る事はないよ」
何だよそのチート能力……。
だが、確かに今もグラスの斬られた左腕にルカが治癒魔法をかけているが、斬り口が治るどころか、塞がりもせずに血を流し続けている。
「いや……いや、グラス……しっかりして……お願いだから治ってよ」
それでもなお必死で治癒魔法を続けるルカ。
そんなルカ達に無駄だとは分かっているが、周りで待機させていた骸骨兵達を勇者との間に移動させ守りの体制にはいる。
「ハハハ、無駄だった言ってるのに。そんなに早く死にたいの、かい!」
そんな骸骨兵達をゴミでも払うようにその剣で斬っていく勇者。
しかし、いかに治らない攻撃でも、こちらは骸骨兵だ。
斬られても残った部位を動かし少しでも時間を稼ぐべく勇者の前に立ちはだから。
「はぁー、いい加減めんどくさいな」
そう言うと、右手に特大の火の球を作り出した勇者は骸骨兵に向かい打ち放った。
咄嗟にルカとグラスの被害を軽減させる為、残った骸骨兵を火球に向かい突撃させる。
ドッゴォォオオ!!
その強烈な威力で殆どの骸骨兵は粉々に吹っ飛び、ルカとグラスへの直接の被害は防げたが、爆風で吹き飛ばされた。
残った骸骨兵もまともに動ける者はおらず、負傷したグラスや回復に夢中で精神的にも復帰してないルカも爆発で発生した熱と爆風を対処する事が出来ずに吹き飛ばされた先で倒れている。
そんなルカ達の元へと歩みを進める勇者。
このままではやられるのを待つだけと言うその時、本体からグラスへ念話が送信された。
『マスタールームに到着しました』




