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ボーンライフ  作者: ユキ
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リン

 目を覚ますとチクチクする物の上に寝かされていた。


 周りを見ようとするが上手く体が動かず、視界もボンヤリとして集点があわない為、どこかの天井のある暗い場所としかわからなかった。


 記憶が曖昧だが、誰かに抱かれ温かな体温に包まれて安心する感覚は覚えている。

 それが無い今は凄く心細く、いい歳した大人なのに今にも泣き出してしまいそうな程精神的に不安定な状態だ。


 その内抗えないような眠気に襲われたのでまた眠りについた。




 数日が経過した。


 あれから視界もハッキリしてきて体もいくぶん自由がきくようになったが、それでもその場から自力で起きる事は出来ていない。


 その状態でもわかった事だが、私はどうやら赤ちゃんで、ここは藁で出来たテレビで見る原住民が住んでいたようなお粗末な家だと言う事だ。


 これはいわゆる転生という物なのだろう。

 何故なら私には転生前の記憶があるからだ。



 この体に生まれる前はエリートと呼ばれる分類の人間だった。


 生まれた家は裕福な家庭で、お金に困る事もなく。

 私は頭も良く、運動も出来、自分で言うのもアレだが、顔もイケメンと言われる分類だった。


 日本でも一番の大学に入り、経済学などを学びながら、趣味の歴史、特に戦国時代の武将について調べつつ、休日は不特性多数の女性と過ごし充実した時を過ごしており、側から見れば幸せな人生を送っていただろう。


 しかしその内では、両親は会社の後継者の為だけに私を産み、育児は家政婦に任せっきりで親からの愛情を全く受けず育った。


 また私に近づく人は私の見た目や財産、そして親と繋がりたいと言う自分の欲望しか考えない汚い人間ばかりで、頭の良い私は幼い頃からそれをわかっており、周りとは表面上の付き合いのみで、本当の友達や恋人と言う物を作らなかった。


 体を重ねた沢山の女性達も、心に空いた寂しさを埋める為に一緒に居ただけで、相手に対して本当の愛情を持った事はない。


 相手もまたそんな私の見た目やお金にしか興味が無かった為、深く関わってくる物も居なかった。

 いや、そうなりそうな女性は予め自分から距離を置いていたので深い付き合いになる筈もなかったのだ。


 そんな生活に嫌気をさした私は、大学卒業を機に親の反対を押し切り親の会社を継がず、自分で見つけた就職先である地方の中小企業に入社した。


 しかし、その選択は誤りだった。



 私が入社した会社は毎日日付が変わるまでサービス残業が続き、休みの日はお得意様との接待で潰れ、まともに休める日は月に一度あるかないかだった。

 また上司からのパワハラも強く、その理由がその上司が以前私の親の会社の面接で落ち、それを恨んでいる為当たりが強いのだと噂で聞いた事がある。


 そんな毎日を過ごす内に私の精神はすり減り、疲れ切ってしまった。


 しかし、親とはこの会社に入る為に絶縁状態になり、周りと表面上だけの付き合いしかしてこなかった私には友人と呼べる存在もおらず、誰かに相談する事も出来なかった。


 そんなある日、いつものように終電を逃して歩きで帰路についている時、ある歩道橋で、私は飛び降りた。


 正直何故飛び降りたのかと聞かれても衝動的だったとしか答える事が出来ない。


 そこで飛び降りた私は死に、全てが無に帰る、筈だった。


 しかし、目覚めると今の現状が待っていたのだ。



 すると藁の家に誰かが入ってきた。


 服は何かの動物の皮を適当に縫い合わせ、大事な部分しか隠していないが胸も隠している事から女性だとわかる。

 

 身長は子供程で、筋肉質な肌は緑色。

 尖った耳に伸びた鼻で顔中イボだらけのとても醜くい顔をしている。

 

 そう、そこには物語によく出て来る、ゴブリンが立っていたのだ。


 そしてその女ゴブリンこそが、この新しい体であるゴブリンの赤ちゃんこと、私の母親である。


「????」


 何を言っているかわからないが、私を抱き上げるその手は、とても優しく、ゴツゴツしている筈なのに包まれているととても柔らかく感じる。


 これが母親という物なのだろうか。


 記憶力の良かった私は人間だった時の小さな頃の記憶も鮮明に残っているが、ミルクで育ち、移動される以外は自動で動くバウンサーに乗せられ、家に居ない親の代わりに面倒を見るのは専属の家政婦さんだった為、このような愛情のこもった温かい人の温もりと言うものを初めて知った。


 そうして安心した気持ちでいるとまた数人のゴブリンが家に入ってきた。


「??!??」


 キーキー言いながら入ってきた一際大きく、きている物は腰ミノのみで、右手には血のついた不恰好な棍棒を、左手にはその棍棒で仕留めたのであろう、頭の潰れた生き物の死体を持っているゴブリンが私の父親だ。


「?????」


「?????」


 きのみを土の壺で持って帰り、母親に見せているのは私の兄で、帰って真っ先に俺を抱っこしにきたのは私の姉だ。


「??????????」


「「「???」」」


 母親が何かを言うと嬉しそうに声を揃えて喋る家族。


 母親は父親と兄達が持ってきた食材で夕飯を作る。

 そして始まる家族団欒での賑やかな夕飯の時間。

 そして、その家族の団欒の中でみんなから交互に抱っこされ注がれる無償の愛。


 どれも転生前の自分が一度も味わった事のないものばかりだ。


 これが……家族……か。



 ーー 三ヶ月後 ーー


 私は今、姉のブンと兄のゴンと共に野原で近所の子と遊んでいる。


 ゴブリンは成長が早く、今では外を走り回る事が出来る程になった。人間で言えば3歳くらいであろうか。

 ゴブリンの言葉は意外と簡単で、既にマスターしている。ただこれは転生前の知識があって出来る事で、普通の子供に比べれば大分早いようだ。

 現に同じ時期に生まれた幼馴染の女の子ブリはまだカタコトで喋っている。


 そしてこれまでの親や周りの大人との会話から、ここは魔族領の北西の山脈の麓にある森の中にあるゴブリンの村だとわかった。


「リン! そっち行ったぞ!」


 兄の名前はゴンといい、今し方ゴンに言われた方を見ると、草むらの中をネズミがこちらにかけて来た。

 私はすかさず手に持つ、棒にツルで編んだネットを付けた特製虫取り網でそいつを捕まえる。


「やった! やっぱリンの作ったその虫取り網ってスゲーな! コツはいるけどそんな簡単に捕まえられるなんて!」


「この前のその網ってのをもっとデカくしたのも凄いよね。私、魚があんなに大量に取れたのなんて初めてみたよ」


 この会話を聞いて貰ってわかる通り、この村の生活レベルはかなり低い。

 それこそ原始時代の人間と大差なく、獲物を取る時は基本石や棒で殴るか投げるだ。


 その為食べる物を確保するのも難しく、子供達の遊びと言ってもこうして小さな動物を狩ったり、森できのみを集まる事になる。


そこで転生前の知識を活かし簡単な狩りの道具を作ってみたら、この通りだ。


「大人達も褒めてたよ。リンのお陰で冬の蓄えも出来て、今年は餓死者も出なそうだって」


 ギュッ


 突然横から抱きつかれそちらを見ると幼馴染のブリが嬉しそうに俺に抱き付いていた。


「リン……スゴイ」


 まだ言葉はおぼつかないが、俺を褒めてくれているようだ。


「凄いでしょ! 流石私の弟だよ!」


「何でお前が自慢げなんだよ」


 近所の子に褒められ嬉しかったのか、何故か姉のブンがドヤ顔で自慢するが、ゴンにツッコまれ周りに子供達の笑い声が響く。

 その姿を見ていると私もなんだか嬉しくなってくる。


 この村は人口十六人しか居ない村とも言えない小さな村だが、住んでいる人はみんな家族のように親しく、争いもなく平和な村だ。


 そんな転生前には無かった人との繋がりに、とても幸せを感じる日々をおくっている。





 私がゴブリンに転生してから二年の歳月が流れた。


 ゴブリンにとって二歳は成人の歳で、私もはれて大人の仲間入りとなった。


 二年の間に転生前の知識を使いこの村の生活レベルも向上した。

 今までは狩りや森に実きのみなどを取って生活していたので、その時々で取れる量もかわり、下手をすると冬には餓死者が出る状態だった。


 そこで周りの木を切り耕した私は、農業にも挑戦した。

 その成果も出始めた今年は安定した食料を確保出来そうだと皆大喜びだ。


 その成果もあり、村には子供が増え今では二十一人にまでなった。


 その増えた内の二人は姉であるブンの双子の子供で、男の子のダン、女の子のデンだ。

 二人とも既にヨチヨチ歩きが出来るようになり、私にも懐きリー、リーと呼びながら抱きついてきて実に可愛い。


 両親も初めて出来た孫に毎日デレデレで、ようも無いのに姉夫婦の家に遊びに行っては孫と遊んでいる。


 兄のゴンは今だに独身だが、他のゴブリンより大きく逞しく育ち、腕っぷしも村一番と言う事で、その腕っぷしを活かし今は村の自警団の団長を勤めている。

 また畑を耕す時も大活躍で、今では独身の女の子達からモテモテなので、結婚もそう遠くないだろう。



 そして私自身もある大きな変化があった。


 幼馴染のブリと結婚し、ブリのお腹の中には赤ちゃんがいるのだ。

 しかもいつ産まれてもおかしくない状態だ。


 ブリは転生前に出会ったどんな女性よりも見た目は劣り、頭も良くないが、その中身は天使のように優しく、いつも私を気遣い寄り添ってくれる存在だ。


 私はゴブリンに生まれ、家族から無償の愛を貰う内に、自分もまた他人を信用し愛する事を知る事が出来た。


 とても幸せだった。


 こんな日々がいつまでも続くと思っていた。




 しかし、それは突然起きた。



 ある晴れた日、私は仲間と共に新しい畑の候補地となる場所を見に行っていた。


 しかし、ふと村の方を見ると煙が上がっており、嫌な予感がした私たちは急いで村へと戻った。


 村に戻ると、そこには惨状が広がっていた。


 荒れ果てた畑に燃える家。


 そして村の中には斬り殺され無惨な仲間の死体がいくつもころがっており、その中に、母親と父親の死体もあった。



 私に初めて無償の愛を教えてくれた存在。



 孫も出来、毎日嬉しそうに面倒を見ていたのに……。



 大切な両親の死体に今にも崩れ落ちそうな気持ちを何とか立て直す。


 まだ姉のブンやその家族、兄のゴン、そして妻のブリとそのお腹の赤ちゃんの生存を確認出来ていないのだ。


 周りを見回すと、村の中にある死体はどれも年老いたゴブリン達だった。


 そう、老い先短い自らの命を犠牲にしてまだ若い村の仲間を逃したのだ。


 震える体に力を入れ手がかりを探す。

 すると反対の森の中から奇声が聞こえてきたので、近くにあった棍棒を広い仲間と共にそちらへと走った。


 森に入り少し経つと戦闘音が聞こえてきた。

 そして戦闘音に近づくにつれ、増えて行く仲間の死体。


 二十一人しか居ない小さな村だ。

 誰もかれも顔見知りで、みんな家族のように親しい人達である。

 その人達が、一人、また一人死体となって転がっている。


 泣きそうになる目に力を入れ、今はただ戦闘音のする方へと走る。


 少しでも早く向かい仲間を助ける為に!



 そしてやっと立っている人影を見つける事が出来た。


 しかし、その人影はゴブリンにして、大き過ぎる。


 近づくにつれ、その人影は鮮明になりその姿を現した。


 人族である。


 人族が四人、それぞれ異なる防具と血のついた武器を身につけていた。

 おそらく冒険者だろう。


 そしてその人族の前にゴブリン達が三人見える。


 ゴン達自警団の方々だ! 自警団は子供や女性を守るように棍棒を持ち牽制している。


 体にはいくつもの斬り傷があり、ゴンの持っている棍棒も上が半分斬られて無くなっている。


 ここまで相当頑張って逃げて来たのだろう。

 しかし、後ろは切り立った崖の為、人族に囲まれ逃げる事が出来ないようだ。


 そして守られている仲間の中には姉のブンや子供達、そしてブリが居た。


 私は棍棒を振りかぶり、必死に走った。

 仲間を助ける為、ブリやお腹の赤ちゃんを守る為。


 一緒に来た仲間も俺に続き、ゴンと対峙している人間へと走る。


 しかし、途中後ろで待機していてたローブを着た人族の冒険者が私達に気付き、振り向きながら杖で私の脇腹を横薙ぎに振り抜き吹き飛ばされた。


 私はそのまま吹っ飛び木にぶつかり地べたに転がる。


 その間にも突撃した仲間達は周りの人族に斬られ死んでいく。


 そして私が吹っ飛ぶのを見たゴンも、守りから攻めに転じるが、今まで守りに徹する事でなんとか持ち堪える事が出来ていただけでその実力差は歴然だった為、ゴンもまた人族に肩から両断され絶命した。


 守りの要を失った自警団もまたあっという間に切り伏せられ、残された女、子供達もまた一人、一人と殺されていく。

 姉のブンもまたダンとデンを庇うように覆い被さり、子供諸共斬られ絶命した。


 私は杖で殴られた脇腹と木にぶつかった時に打ち付けた頭部の痛みを耐えながら何とか立ち上がろうとするが、視界が歪みまた倒れてしまう。


 地に伏せ、歪む視界。


 言う事を聞かない自分の体に怒り、兄弟やその子供が殺された絶望に打ちひしがれる。


 そんな中歪む視界にブリの姿がうつった。


 お腹を守りうずくまるブリ。


 その目の前には今にも剣を振り下ろそうとしている人族。


「ヤァメロォォォオオ!!」


 何とか止めようと動かぬ体の代わりに叫ぶが、その言葉は虚しく、振り下ろされた剣により私の叫びは止まる。


 剣は容易にブリの首を切り落とし、転がってきた頭が私の前で止まった。


「ぁ……ぁあ……ぁぁああッ」


 言葉にならない叫び声が漏れ出る。


 その声に気付いた人族はトドメを刺す為に私に近づく。


 どうやら私はここで殺されるようだ。

 両親、兄、姉、双子の姪と甥、村の仲間達、殺されたみんなの顔が脳裏によぎる。

 そして目の前のブリの顔……怖かったのだろう、泣いた跡が残る顔は顔全体に力が入り恐怖に歪んでいる。


 ……何故みんながこんな目に合わなくちゃいけないのだ。



「どうやらそいつで最後みたいだぞ。あ〜、ダリ〜。ゴブリン退治なんてたいして金にならねぇし、次はもっと大物狙おうぜ」


「いやいや、俺らみたいな駆け出しの冒険者じゃホブゴブリンでさえ死ねるから。こんなんでも酒代位にはなるんだがら我慢しろ」


 日本語? コイツらは日本人なのか? そんな事より今、何て言った? 酒……代?

 私らの命はこいつらが今晩飲む酒の価値しか無いって言うのか?


「ふざ、けるなぁ……ふざケルナァァァアアッ!!」


「なっ!?」


 私は叫びながら怒りで痛みなど忘れ、近くに居るのに自分達の話に夢中になりよそ見をしていた人族に向かいしがみつき倒した。


 そして奴の腰に携えてあったナイフを鞘から引き抜くと喉元を切り裂く。


「カハッ!? ゴボッ! ガハッ!?」


 喉を斬られた事で溢れ出した血で気道が詰まり咳き込む人族。


 トドメを刺そうとナイフを振りかぶった時横からの衝撃で吹っ飛ばされる。


 どうやら仲間を助けようと人族に、体当たりされたようだ。


 ゴブリンは大人でも人族の幼児程しか身長がない。


 その為人族に体当たりをされると言う事は、大人が子供に体当たりをする事と変わらない。


 杖による殴打に続き本気のタックルをくらい、体のあちこちが尋常じゃない痛みを発している。

 見るとタックルされた方の腕は変な方向に曲がっている。

 きっと身体中の骨も同じように折れているのだろう。


「クソッ、ケビン大丈夫か!? しっかりしろ!」


 人族達は必死に私が斬りつけた仲間を介抱しているが、あまり良くないらしい。


「……やりやがったなこのゴブリン野郎が!」


 その時人族の一人に上から頭を踏みつけられる。


 何度も、何度も、何度も、何度も


 踏みつけられる度に鼻が折れ、歯が取れ、頭蓋骨にヒビが入る。


 私はここで死ぬのか……何とか一人はやったが、まだ仲間の仇が目の前に居るのに……。


 まだだ。


 まだコイツらを殺すまでは、死ね……ない!


 その思いに答えるように突然私の体は光出した。



 突然光出した私に、私を踏みつけていた人族は狼狽えて後ろに下がる。


 私はと言うと今まで痛かった体の痛みが嘘のように引いていき、むしろ身体中から力が湧き出してきていた。


 自分の体の変化に疑問も感じたが、今はそれよりもコイツらだ。


 私は元気になった体を起こすと近くに落ちていた棍棒を拾い上げながら立ち上がる。

 すると不思議な事に今までよりも格段に視界が上になっている事に気付く。

 今は人族よりも少し高いくらいの位置から見下ろしている感じだ。


 まぁ、大きくなったのなら都合が良い。

 これで体のアドバンテージは逆転した。


 目の前には今だに私の変化に驚愕し、固まっている人族が三人。


 私はまず目の前で先程まで私を踏み付けていた男に向かい棍棒を振り上げた。


「ホブゴブリッ……」


 何かを言いかけていたが、そんな事お構いなしに棍棒を振り下ろし男の頭部が弾け飛ぶ。


 仲間を殺され我に帰ったのか、ローブを着ていた男が怯えながら後ろに下がる。


 私はそいつに狙いを定め、走って近づくとまた棍棒を振り上げる。


 しかし今回は相手も怯えているがちゃんと持っている杖で防御してきた。


 そんな事はお構いなしに振り下ろす棍棒。


 すると防御した杖はへし折れ真っ二つになり、そのままそいつの頭部を陥没させてしまった。


 どうやら力も強くなっているようだ。

 でもこれならコイツらを殺すのにちょうど良い。


 残った一人は必死で呼吸を整えようとしているのか胸を抑え力を込めている。


 そんな事はお構いなしに突っ込む私。

 剣技など習った事がない私は、こうして何故か強化された体を使い力技で相手を倒すしかない。


 しかし、相手も私が突っ込んで来る事で覚悟を決めたのか、呼吸が落ち着き私の振り下ろした棍棒を避けると脇腹に斬撃を入れてきた。


 その瞬間痛みが身体中を駆け巡るが、先程までの痛みに比べれば我慢出来ない程でもない。


 それよりも私に斬撃が入り油断して笑っている男へと怯む事なく近付き左手で男の首を鷲掴みにする。


 驚愕の表情でこちらを見る男。

 そしてすぐに反撃しようと剣を振りかぶるが、もう遅い。


 男を鷲掴みにすると同時に振り上げた棍棒を男に向かい振り下ろす。


 左手に伝わる衝撃。


 飛び散る血飛沫が顔にかかり、頭を潰された男の体は力を失い、それ以上動かなくなった。


 もうこの場で立っている者は私しかいない。

 そこでふと、私がナイフで斬った男が目に入る。

 どうやら仲間の介抱も虚しく死んでいたようだ。


「終わった……」


 男を鷲掴みにしていた手を離した私はブリの元へと向かう。


 先程斬られた脇腹からは血が流れ出ているが、今は痛みすら感じない。

 それどころか自分が立っているのかわからないようなフワフした状態だ。

 ただ、自然と足だけはブリの元へと向かう。


 そしてブリの頭を優しく拾うとブリの体の元へ向かい、そっと座りブリの頭と体を抱きしめた。


 ブリはまだほのかに暖かく、生きてた頃の温もりを感じる事が出来た。

 もしかしたらまだ生きているのかもしれない。

 そんな淡い期待をいだき、瞳を開けるが目の前の現実がブリはもう死んでいる事を告げている。


 その瞬間涙が溢れ出してきた。

「ぁぁ……ぁあぁ………ぁぁああッ!」


 一度泣き出すとその涙は止まる事が無く、沢山の思い出と共に次から次へと溢れ出してくる。


 私のブリ、私の……。


 昨日まではあんなに幸せな日々だったのに……。


 お腹の中の子供も、もうまもなく産まれる筈だったのに……。


 毎日お腹に耳を当て元気に産まれてくると良いねと語り合った日々。


 その日々を思い出し、赤ちゃんが出来たと言われてから毎日のようにしていたブリのお腹へ耳を当てる。


 ……トクン。


「ッ!?」


 今確かに小さいが心音がした!


 でも頭を斬られた状態でしばらく立つ。

 そんな状態で心音がする訳がない。


 そう思い、もう一度お腹に耳を当てる。


 ……トクン……トクン。


 確かに心音だ! だがブリは既に亡くなっている……と言う事は、お腹の赤ちゃんはまだ生きているんだ!


 先程までの虚無感は消え去り、直ぐに立ち上がった俺は周りを見回し、先程男を斬ったナイフを見つける。


 ブリを抱き上げそのナイフを拾った私は、仲間の死体に後でちゃんと埋葬するから今は待ってくれと言い、村へと駆けた。




 村にはまだ火が燻っていた。

 ただあらかた燃え切ったようで殆ど鎮火している。


 私はそんな中外の共同炊飯場へ向かう。

 幸いな事にここは火を使うので周りに燃えやすい物は避けて置いていた為燃えていなかった。

 そして釜戸に火がついたままで、鍋に掛けられたお湯が沸騰していた。


 これ幸いと、ブリの体を離れた所に置いてあった藁の上に寝かせた私は、ナイフを水瓶の水で洗ってから鍋の中に入れ煮沸させる。


 その間に再びブリのお腹に耳を当てる。


 ………トクン………トクン。


 先程よりも心音が弱っている。


 ブリが死んでしまい酸素が送られていないんだ!


 煮沸消毒としては短い時間だが、そんな事言ってられない。


 鍋からナイフを取り出した私は、まだ熱くて火傷する自分の手などお構いなしにナイフを持つ。


「ブリ……ごめん」


 そう言うとブリのお腹にナイフをあて切り裂く。


 お腹の赤ちゃんに刃が当たらないように、慎重に……慎重に。


 何とか赤ちゃんをお腹から取り出す事が出来た。


 何故か大きくなってしまったこの体では、手のひらに収まる程の大きさだ。


 しかし、赤ちゃんは泣かない。


 赤ちゃんの胸に耳を当てるがかなり心音が弱い。



 姉の子供が産まれた時の事を思い出す。


 あの時も双子の内、男の子のダンが産まれてからもなかなか泣かなかったので、出産に立ち会った母親が赤ちゃんの足を持ち、逆さまでお尻を叩いていた。


 私はその時を真似て赤ちゃんの足を持ち、逆さまにしてお尻を慎重に叩く。


 溢れる汗と涙。


「泣け……泣け……泣いてくれッ!」


 そのまま何度もお尻を叩いていると遂にその時が来た。


「ォ……ォギャァァアア」


 遂に赤ちゃんが泣いてくれた!


 私の目からも涙が次から次へと溢れ出してくる。


 へその緒をナイフで処理してから、そっと抱きしめる。


 すると人肌で安心したのか赤ちゃんは泣き止んだ。


 赤ちゃんの体はとても暖かく、肌を通して小さいが力強い心音が伝わってくる。


 こんな小さな体なのに、こんなにも力強く生きようとしているんだ。

 なんて愛おしいのだろう……。


「……父さんが、絶対に守るからな……」


 その小さい命に誓った私だが、気が抜けたのかそのまま倒れてしまう。


 何とか体勢を変え赤ちゃんを守る事が出来たが、何故か起き上がる事が出来ない。


 痛む脇腹。


 そうだった、脇腹を斬られていたんだ。


 どうやら斬られたままにしていた為、血を流し過ぎてしまったようだ。


「オギャァ、オギャァ、オギャァ」


 急に倒れた為泣き出す赤ちゃん。


 守ると誓ったばかりなのに、こんな所で倒れてどうするんだ!


 だが、必死に起きあがろうとするが体に力を入れる事が出来ない。



「煙が見えて、泣き声も聞こえたので来てみたが、これは……キミ、大丈夫かい?」


 その時後ろから声がした。


 頭を動かしそちらを見ると、そこには全身黒ずくめで爬虫類の顔の人が立っていた。


 何者かはわからない……だが、少なくともこちらを心配して声をかけてくれている事から悪い、人? ではないのだろう。


 加えて今は守るべき子がいるが、自らの体を動かす事が出来ない。


「助……けて……くだ……さい」


 藁をも下がる思いだった。

 何とか発した言葉に彼は反応すると、素早く俺に近付き手をかざす。


「私に任せなさい!」


 その心強い言葉と、手から発せられた優しく温かい光に安心し、私は意識を手放した。

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