聖女
先程の流れから、そこに現れたのはグロービルの本来の姿であろう、美青年姿の天使。
天使グロービルは翼を動かした訳でもないのにフワッとその身を浮かせ、度重なる激闘で今や屋根がなくなり見晴らしの良くなった空へと浮かび上がった。
いや、翼の意味ッ!? とはツッコまない。
おそらくドラゴンと同じく背中の翼はあくまでも飛行魔法を制御する為の器官でしかなのだろう。
これまでの驚愕の出来事の数々に、そんなどうでもいい事を考えて現実逃避していると、徐に空中で停止した天使グロービルが、そのほんのりと湿って薄ピンクの……神態勇者だったら男だとわかっていても飛び付きそうな妙に色気のある唇を開いた。
「エルフが大昔より神の眷属として人々を見守る存在ならば……
私は神、グリル様が、人々を救う為召喚した勇者を導き、人族の未来を守る為に神の使徒として地上に遣わされた……
人族の守護者」
その言葉と共に滑らかな動きで天へと掲げられるスラッと伸びた両手。
すると、先程まで空を覆っていた厚い雲の隙間から月明かりが差し、光の柱がグロービルへと降り注ぐ。
その光景に、思わず後ろでルナーレが無意識に膝を付き、両手を組み祈りそうになるのを直前で気付くと、苦虫を噛み締めた表情で立ち上がっていた。
長い事、聖女として崇めていた対象の使徒が現れたのだ……体が無意識に反応してしまうのも仕方ない。
そうじゃなくとも今のグロービルは、関係無い俺でも思わず崇めてしまいそうな程、神秘的なオーラを発しているのだから。
「慈悲深い我らが神グリス様は、滅びゆく世界と人々を哀れみ、その身をていして世界の一部に結界を張り、滅びゆく運命にあった世界を救った……。
更に残された人々を救う為、残った力で召喚したのが……1000年前の勇者スズキと500年前の賢者こと勇者サイトウだ。
それにより我らが神はこの世界より消滅したが……神が召喚した勇者たちの尽力により……人族の未来は守られた……。
この世界が未だ存在し続けていられのは全てッ!!
……自らを犠牲にした……神……グリル様の……お陰……」
神グリルを想い悲しみに満ちた表情でその瞳から一粒の涙をこぼすグロービル。
しかし次の瞬間にはその表情は一転する。
「だと言うのにッ!! あろう事か勇者たちは、神の想いを踏み躙り、滅ぼすべき魔族たちすら救おうとしたのだッ!!
奴らのせいで、未だ世界には穢れた存在がはびこり滅びの危機に瀕している!!
争いの絶えぬ今の歪んだ姿となったのは全て! 神の意思に反した勇者たちと!!
……その蛮行を止められなかった……不甲斐ない私のせい……」
まるで演劇でも観ているような……言葉や所作一つとっても大袈裟な程感情の籠った話。
その大袈裟な動作に、最初ならば胡散臭いと思っていた事だろう……。
でも、グロービルの目は本気だ。
狂信的な程の神への想い……
それが大袈裟な程感情の籠った動きとなり……まるで魔法でもかけられているに、一言一言が重い言葉として、聞く者へ届けられる。
「私は誓った……今はなき神に代わり、必ずこの世界より穢れた魔族と魔物を滅ぼすと!!
それが神なきこの世界に残された私の使命であり、過去の不甲斐ない自分の行いに対する償い!!
その為に……邪魔な勇者がいなくなるその日まで、着々と裏で準備を進めた……
グリル教を立ち上げ、人心を掌握し……
未熟な己を鍛え、手駒となる強き者を集めた……
そして、賢者サイトウがこの世から居なくなったのを確認し、私は遂に行動に移したのだ!
魔族こそこの世界の悪! 滅ぼすべき存在だと、神の意思を人々に広め、賢者の遺産を使い異世界より召喚した勇者を使い、魔族共と……魔王と名乗る邪悪の根源と戦ってきた!!」
何と気の長い……そして壮大な計画だ……。
それもこれも、世界を救う為、その身を犠牲にした神の想いを引き継ぐ為……。
「……」
これまで魔族と敵対していた理由も、ルカの両親や同族を虐殺させた理由も、世界を守る為なのだと知り……何も言い返す事が出来ずに黙り込む俺たち。
「どうやら私の考えが私利私欲ではなく、人々の為なのだとわかってくれたようだな……。
これまで勇者たちを使い魔族を倒して来た事も、そこの吸血鬼の同族たちを殺させたのも……世界の安定の為、必要な事だった。
そして、魔王……。
お前が私の手伝いをする事もまた……世界の為となる事なのだ」
魔族を殺す事……それが世界の為になる……。
「もちろんそれだけではない……この話はお前にも、利のある話だ」
「……俺に……利だと?」
これまで俺に協力してくれた仲間や魔族たちを殺す事が、俺にとって利益になる……そんな訳ッ!!
あり得ないと反論するつもりだった……
しかし次のグロービルの言葉に俺は口をつぐむ事になる。
「新たな魔王……いや、クリス十六世よ……。
お前は人間に戻りたいのだろう?」
「ッ!?」
コイツ……どこでそれを……。
普通意思があるだけの魔物相手に、人間に戻りたいかなど考えないだろう。
なのにこの質問……心当たりがあるとすれば……。
魔王となった俺は、自分が以前の世界で死んで、骨の状態でこの世界に召喚された転移者だと魔王軍の幹部たちには話してある。
賢者の石を手に入れたあかつきには、人間の肉体を取り戻すつもりだと言う事も……。
その事について口外を禁止していないので、その者たちから下の者にも……そしてその他の魔族たちへと噂は広がっているだろう。
それもこれも、全ては俺が人間に戻った時、少しでも魔族たちの混乱を少なくする為。
しかし、この話を話してからそれほど立っていない。
なので俺が転移者だと言う話は距離の離れた人族領にまで広まっているとは考えずらいのだが……。
「ふふ、図星なようだな。そして、お前が人間に戻るには……これが必要なのだろう?」
そう言ってグロービルが懐から取り出した物……それは飲み込まれそうな程、どこまでも深い闇を閉じ込めたような……宝玉と呼べる美しい玉だった。
まさかアレは……。
「これは賢者の石……賢者サイトウが作り出した、人智を超えた奇跡の石だ」
まさか、ここまで正確な情報が広まっているとは……。
そう言えば、先程ルナーレがグロービルなら私が生きている事を知っていてもおかしくないと言っていた……。
つまりコイツは、魔族領でもそれだけの情報網を持っていると言う事になる……。
長い時をかけ、魔族を滅ぼす準備をしていたと言うのは伊達じゃないと言う事か……。
しかし、あれが賢者の石……。
試作品はルビーのように赤い宝石のような形状だったが、完成品は黒い玉なのか……。
「どんな病も直し、死者さえ復活させるこの賢者の石ならば……魔物となったお前を生前の姿に戻す事も可能だろう」
やはり……出来るのか……?
……あれがあれば、俺は生前の姿となり……ルカと生身で触れ合う事も……二人の……子供だって授かる事が出来る……。
「ただしそれには膨大な魔力が必要になる。
……残念ながら今はそこの出来損ないの勇者を召喚するのに、内蔵した全ての魔力を使い果たし空になってしまったが……
なぁに、そんな事は魔族共を殲滅する過程で奪えば良い」
奪う……ヤマト王国が勇者を召喚する為に、犯罪者や奴隷を殺し、賢者の石に魔力を取り込んだと言う……。
「つまりは……
魔族共を殲滅する事は、お前が人に戻る為にも、必要な事なのだよ」
俺に……自分の願いを叶える為に、仲間たちを殺せ……と?
「……」
一瞬ルカの表情を見るが、そこには相変わらずこちらをジッと見つめる真面目な顔があり、その心情を読む事が出来ない。
「もちろん、殲滅と言ってもそこにいるお前の妻や大事な魔族を数名残す位なら構わない。
世界のはずれでグラスにお得意の結界を貼って貰えば、私たちの世界に影響もないだろう。
そうして人の姿を取り戻した先で……お前はその者たちと幸せな未来を送るがいい」
そう言って笑顔で手を差し伸べてくるグロービル。
100人居たら99人は思わずその手を取ってしまうような、天使の笑顔は……今の俺には悪魔の微笑みに見えてくる。
その手を取れば、この場で俺たちの命は助かり……この先の未来で少なくとも親しい友たちは助ける事が出来る……。
「そうそう……ルナーレ姫も連れて行って貰って構わないぞ。
本来なら勇者と交じえらせて、産まれた子を次の王にする予定だったが……役目を放棄して逃走するどころか、魔物の奴隷となり穢れた姫の子など、私の穢れなき世界には不要だからな」
何て勝手な……そうやって人族を思うがままに裏で操り、神の目指した世界を作ろうとしてきたのか……。
つまり、この世界に唯一存在する人族の国、ヤマト王国を本当の意味で支配しているのは……コイツ。
グロービル……コイツが諸悪の根源。
「……訂正して下さい」
その時、ルナーレが俯きながら、呟くように訴えた。
「……ん? 何か気に障ったかなルナーレ姫よ」
「先程の発言を訂正して下さい!!」
「……あぁ、そう言う事か……まだ魔王とは、そう言った関係では無かったかな?」
綺麗な顔を歪め、嫌な笑顔を浮かべるグロービル。
まさにゲスである。
見た目は美青年に変わっても、どうやら中身は変身前のオッサンのようだ。
しかし、あのルナーレが俺との関係を深読みされただけでここまで拒否反応をするとは……やはり先程の事で主人として愛想を尽かされ、嫌われてしまったのだろう……。
「その事ではありません!! むしろ勘違いしてもらって構わないので、どうぞアナタの情報網を使って、ご主人様とのあんな事やこんな卑猥な事を全世界に広めて下さい!!」
うん……嫌われるどころか、あいも変わらずいつもの変態ルナーレでした。
と言うか、そんな嘘を全力で広めさせようとするのはやめて下さい。
……何て心の中でツッコミつつも……変わらないでいてくれたルナーレに安心している自分がいる。
「私が言いたいのは、ご主人様やルカ……魔族の皆さんを穢れた存在と言った事ですッ!!」
「ッ!?」
思わぬルナーレの言葉に息を呑む。
「例えその身が瘴気を発してしまうのだとしても、皆さんは私の大切な仲間……そしてご主人様はルカたちは私の家族ですッ!! それに、魔族の方々も私たちと一緒で……毎日を必死に生き……幸せになろうと日々を一生懸命生きている『人』なんです! そんな皆さんが、穢れている訳がありませんッ!!」
それどころか、俺たちの真実を知ってもなお、家族と呼び……そして庇ってくれる……。
それが、どれだけ嬉しい事か……。
「ふっ……訂正する訳がないだろう。穢れは穢れ……それ以下はあっても、それ以上にはなりえないのだよ。
ましてやそんな穢れた魔族を仲間とは……元とは言え、グリル教の聖女が……自分の立場に自覚を持ちなさいッ!!」
コイツは……どこまで行っても何て自分勝手な!!
「聖女や……ヤマト王国の王女など……
大切な家族を家族と呼べない、そんな立場など……
私には不要ですッ!!」
グロービルの言葉をハッキリと否定するルナーレ。
何て美しく……そしてカッコいいんだ……。
その凛とした姿は、俺の心に優しい光をさし
本人は必要ないと言っていたが俺からは……
まさに、聖女のように見えたのだった。




