やり過ぎたらダメ、絶対
魔力枯渇で体調が悪いのだろう、立ったはいるが俯きフラフラとしている勇者。
しかし、次の瞬間……
勇者が消えた。
人によっては透明にでもなったのかと思う程一瞬の出来事……。
しかし、そうではない。
何故なら勇者は今まさに……
俺の後ろでその手に持つ最強の剣を振り下ろそうとしているのだから。
瞬きすら間に合わない程の超スピードでの移動。
いくら勇者の身体能力が化け物並とは言え、魔力が切れ、身体倍加どころか身体強化も出来ない今の勇者が、これほどの素早い動きで移動出来る訳がない。
つまりはスキルの力。
魔力切れを起こした勇者は最後の手段としてスキルを使用したのだ。
スキル『縮地』
体力をかなり消費して、あたかも瞬間移動したかと思う程のスピードで短距離を移動する事が出来る。
ただし、あまりの速さに使用者もコントロールが難しく、移動は直進移動に限り、また途中で止まる事も出来ない。
それがジンから聞いたスキル『縮地』の能力だった。
しかし、勇者は俺を警戒し、わざわざ後ろに回り込んでいる事から、移動をコントロール出来ている。
ジンのようにスキルが進化したのかとも思ったが、その割には先程の戦闘速度からの倍率が高くない。
つまり、勇者は『縮地』を進化させたのではなく、デメリットとなるコントロールを自らの身体能力で克服していると言うことだ。
脳内で高速で行われる勇者のスキルについての分析。
その間にも、勇者はその手に持つ剣を振り下ろしつつある。
最早避けられる距離ではない。
かと言って、防ごうにも既に振り下ろされている途中の最強の剣は、その刃に概念すら斬り裂く能力を発動し、受け止める事は叶わないだろう。
……普通の武器ならば。
キンッ!!
「なっ!?」
本日何度目になるのかわからない驚愕の勇者の表情。
その先には振り下ろされればその能力により受け止められない筈の最強の剣と鍔迫り合う、愛剣クレット。
戦闘中だと言うのにあり得ない事象に固まる勇者の隙を見逃す筈もなく、固まる勇者を剣ごと押し返すと、そのまま斜めに斬りかかる。
「ッ!? しゅ、縮地ッ!! 飛斬!!」
寸前で我に帰った勇者だが、普通に避けては間に合わないと判断し、縮地で瞬時に距離を開けると、追撃を防ぐ為立て続けに新たなスキル『飛斬』を発動し斬撃を飛ばして来た。
その斬撃の巨大な事……。
咄嗟に放った筈なのに、この広い室内の幅いっぱいの巨大な斬撃は、部屋の柱を斬り裂きながらこちらへと迫る。
俺の後ろには長身の女性と何やら話しているルカや、コクーンと激闘を繰り広げているルナーレがいる。
俺が避ければ後ろの二人に当たってしまうと悟った俺は、覚悟を決め巨大な飛ぶ斬撃を受け止めるべく上段に構え、迫る斬撃に合わせてクレットを振り抜いた。
ザシュッ!!
「ばか……な」
何とか巨大な斬撃を斬り裂きクレットにより吸収が出来たが、その際荒れ狂う斬撃に体の数箇所が触れ斬り裂かれてしまった。
……やはり直らないか。
試しに修復を試みるが、やはりと言うか、飛斬による斬撃に最強の剣の能力がプラスされていて、破損した骨の修復が出来ない。
マジでチート過ぎるだろ……。
しょうがないのでスキルにより組み換えを行い直したように見せる。
戦闘に支障はない程度の損傷だったが、これも勇者の精神を揺さぶる為……何事も繰り返しが大切だよね。
「なん……なんだ……」
その甲斐あって勇者の表情は、最初の頃にあった全てを見下す自信満々なものから、困惑と恐怖に塗りつぶされた表情へと変わっていた。
目の前で立て続けに防ぐ事が出来ないと絶対の自身を持っていた自分の攻撃を防がれ、当たれば治す事が出来ない傷を当たり前のように直されたように見せられてしまったのだ……もはや勇者の脳内は絶望で埋め尽くされている筈だ。
「なんなんだよ……オマエハァァアアァァッ!!」
そう叫びながらひたすら飛斬を連発して飛ばしてくる勇者。
まるで目の前にいる恐怖の象徴を必死に打ち消すように。
しかし……。
ザシュ! ザンッ! ザクッ!
その全てを俺はクレットによって無慈悲に斬り裂き、吸収する。
その際やはり体に多少の斬撃を受けるが、受けた傷は全て瞬時に組み換え直し……あたかも勇者の攻撃は全て無駄だと印象付けるのも忘れない。
「ハァハァ……なん、なんだ……ゴホッゴホッ……何で、俺の攻撃が……グッ……ハァハァ……効かないんだ……」
アレだけスキルを連発した結果、息も絶え絶えになる勇者。
常人ならそもそもあんな連発出来ない筈だが……どうやらスキル発動に使用する体力消費も常人より少なくて済むようだ。
戦闘中に休みながら発動されていたら、これほど体力を消耗させる事は出来なかっただろう……。
本当に存在自体がチートだな。
だが、それも精神攻撃による作戦がうまくいき、最早勇者は虫の息。
流石……鍛治師国宝であるゴルズが打ち直した剣だな
勇者の偽ギフトである最強の剣でも斬られる事なく受けきっている。
この事を教えてくれたグラスに感謝だ。
グラスから明かされた衝撃の事実……
それは、勇者の持つ最強の剣は、神から与えられたギフトではなく、500年前の勇者、賢者斉藤が作り出した……人工のギフトだと言う事だった。
神具であるギフトを仮とは言え作り出すとか、神の召喚した本物の勇者はどれだけ凄いんだよ……。
だが、それでも偽物は偽物。
その性能は本物に劣り……そして、人が作り出した物なら、必ず対抗する事も出来る。
そこで白羽の矢が向けられたのが、歴代の鍛治師国宝でも『最高』と名高い名工……ゴルズだ。
こちらも驚きだが、ルカよりプレゼントされたクレットは元々ゴルズが作った物だったようで、いろいろあって俺と共に進化したクレットを見て、その変わりように驚いていた。
それと共に創作意欲を刺激されたゴルズは、快く俺の願いを引き受けてくれ、最高の名工ゴルズにより、持てる技術の粋を全て込めて打ち直されたクレットは、国宝と呼ばれてもおかしくない程の業物へと昇華された。
その名を『魔王剣クレット』
それでも、正直賭けだった……。
次元の違う存在が作り出した最高峰の武器に、歴代最高の名工と呼ばれているとは言え、この世界の人間が作り出した武器が通じるのか……。
しかし……その賭けに俺たちは勝てたのだ。
そうして今までの精神的揺さぶりが効いて、現在勇者の表情は絶望で塗り潰され、心が折れかかる寸前まで追い込む事が出来た。
全てはみんなの協力のお陰……。
コイツさえ倒してしまえば、これ以上みんなに無駄な血を流させずに済む……。
ここまでくればそう簡単に立ち直る事は出来ないだろうが……念の為、あと一息……。
「何だ忘れたのか?」
その想いと共に俺の発した言葉……
それに反応した勇者は顔を上げ、空な瞳でこちらを見つめてくる。
「……俺は魔王
勇者を……
殺す存在だ」
「ぁ……あぁ」
見る見る内に顔を青ざめ、言葉にならない声を漏らす勇者。
「う……うわぁぁああぁぁあああッ!!!」
自らの死を理解したのか、その表情は恐怖へと変わり、腰を抜かしながらも必死に俺から逃げようと這いずり出す。
既に勝負は決した。
魔力は枯渇し、体力も使い果たし、精神さえポッキリ折れた勇者。
もはやここから挽回などあり得ない。
あとは後顧の憂いを無くす為、勇者にトドメをさすだけ……。
その……筈だった。
必死に逃げようと這いずる勇者の後を追い、トドメをさすべくクレットを振り上げる……。
その時鼻を刺激するツンとした臭いが漂って来た。
「ぁ……ぁぁ……」
死を目の前にして勇者の恐怖が絶頂を超え、股間から黄色い液体を垂れ流したのだ。
そんな姿に若干の哀れみを感じ、立ち止まったのが失敗だった。
ドンッ!!!
突然勇者の体からとてつもない量の魔力が噴出し、思わず後退りする。
その間に溢れ出した勇者の魔力は形を変え、翼のようなものへと変わると、羽ばたきと共に勢いよく天井を突き破り、空高くへと飛び立った。
「……ッ!? 逃すか!!」
俺も勇者の後を追う為、背中に骨の翼を作り出す。
骨なのでスカスカだが、あくまでも飛行を制御する為の機構……浮力を受ける肉体が無くても問題ない。
ドラゴンゾンビでの飛行経験を共有し、融合した俺なら可能な方法だ。
作り出した翼を羽ばたかせ、勇者の開けた天井の穴を通り、厚く真っ黒な雲が覆う大空へと一気に飛び上がる。
「……いた!」
てっきり逃げるのかに思われた勇者だったが、空へと飛び上がっただけで上空で停止し、先程より更に深い闇に塗り潰された瞳でこちらを見ていた。
「ハハ……ハハハ……アハハハハハハハッ!!!」
突然まるで壊れたように笑い出す勇者。
いや、実際俺により散々追い詰められた精神は崩壊し、壊れてしまったのだ。
その証拠に……
「コロスコロスコロスコロスコロス……」
ピタリと止まった笑い声の後には、ブツブツとコロスと繰り返す、まるで壊れたオモチャのようになってしまった。
しかし、今の勇者に容易には近づけない。
あれだけ綿密な作戦と準備を重ね……精神を追い込み魔力を枯渇させ、体力も使い果たさせたのに……。
あと少しで勇者を倒せると言うところだったのに……。
何故か今の勇者からは溢れる程の魔力が漲り、体力も万全な状態に戻っているからだ。
まだこんな隠し球を持っていたのか……。
心の中で舌打ちし、今後の対象を高速で考えていると……。
勇者は突然黙り込み、再び姿を消し……。
衝撃と共に俺は、吹き飛ばされていた。




