愛の奴隷
ガン! ゴン!
「クソッ! やっと骸骨兵とやり合えるって言うのに、邪魔するなルナーレ!!」
「そうは行きません。先程も言いましたが、魔王様は社会のゴミを掃除するのにお忙しいのです」
相変わらず、勇者は元仲間なのに容赦ない言葉を発するルナーレ。
その間もコクーンの猛攻を自ら張った結界で全て防ぎ続ける。
「そんな事知るか!! ゴミなんかほっとけば良いんだよ!」
こっちもこっちで、ルナーレの言葉を否定するでもなく、なかなかに辛辣なお言葉を被せて流れるような連打をルナーレの結界に浴びせ続ける。
万が一に備えて持たせた分体から見える二人の戦いは、先程から勇者の悪口と共に繰り広げられているのだった。
てか、それだと勇者はゴミだと肯定してる事になるからね?
「ほっとくにはあまりに大き過ぎるゴミなのです。それこそ、周りの全てもゴミに変えてしまう程に……」
「ハッ! 確かにそうだか……だとしても、私には関係ない事だね!
例え周りがどうなろうが……私は私のやりたいようにやるだけだ!
そしてルナーレ……アンタは私の楽しみの……
邪魔なんだよ!!
スキルッ! 『自由奔放』!!」
その言葉と共に、コクーンのその身が光だし、その光が右手に集まると、正拳突きと共に目に見える拳の形を成して飛び出し、ルナーレの結界に激突した。
ドッゴーン!!
その威力に、先程までビクともしなかった結界ごと後ろのルナーレも吹き飛ばされ、後方の壁に激突し、その勢いで壁が崩れ去る。
「フッ……防御か支援しか取り柄のないアンタに、修行でスキルを習得して、以前よりも遥かに強くなったこの私を、止められる訳ないだろう」
その言葉を残し、既に勝負はついたとばかりに勇者と戦う魔王の元へと歩き出すコクーン。
シュン!!
そんなコクーンに向かい、とんでもない速度の何かが近づいてくるのを感じ取り、コクーンは咄嗟に後ろに回避する事で難を逃れた。
しかし、自分が回避する原因となった、正体に気付くと、その顔を歪ませる。
先程まで自分が立っていた場所……
そこにはロットを振り下ろした状態のルナーレの姿があったからだ。
以前のルナーレなら先程の一撃で床とお友達になっていた筈……。
しかも、ロットを振り下ろしたその場所は陥没し、尋常ではない威力でロットを床に叩きつけた事がわかる。
「ルナーレ……アンタがやったのか?」
その光景に、それまでのルナーレを知るコクーンは思わずそんな質問をしていた。
ニコリ。
答えるまでもないとばかりにニコリと笑ったルナーレは、次の瞬間にはコクーンの目の前に移動し、横薙ぎにロットが振るう。
咄嗟に腕を入れて防御するコクーン。
ボキッ!
しかしその威力を抑える事は出来ず、嫌な音と共に後方へ吹き飛ばされた。
吹き飛ばされながらも、流石数々の武道大会で優勝するだけあり、空中で体制を立て直したコクーンは、勢いを殺して地面に着地する……が、その腕はあらぬ方向を向き、明らかに折れている事がわかった。
「ふふふ……あははは! そんな力があるのに、私たちには言わず隠し持っていたのか、ルナーレ!!」
そんな状態でも嬉しそうに笑い出すコクーン。
その瞳は、新たな獲物を見つけた肉食獣のようにギラギラと輝いている。
「いいえ、この力はコクーンたちと共に居た時は持っていませんでした。
この力は……ご主人様と出会い、ご主人様を思う事で目覚めた……
愛の結晶です!」
対するルナーレは、敵を目の前にしているのに明らかに敵ではない別の一人しか目に映っていません……と言わんばかりに完全にトリップした表情で他所を向いている。
そんなルナーレの反応は、本来相手をしている敵からしたら眼中にないと言われているのと同じで、キレられてもおかしくないのだが……今回の相手は。
「良い……ハァハァ……良いよルナーレ!! 滾らせてくれるじゃないか!! 骸骨兵には及ばないが、前哨戦には十分楽しめそうだ!!」
変態なのでむしろ興奮しだしております。
かたや、自身の体を抱き締め身悶えしながら、勇者と戦う主人の姿を熱烈な視線で見つめる変態……。
かたや、折れた腕を気にもせず、新たな獲物に荒い吐息を繰り返しながらジリジリと近付く変態……。
人族と魔族の種族を賭けた頂上決戦を横に行われる、変態同士の戦い……。
ルナーレには悪いが、本体の気が散るから他所でやって欲しい戦いだ。
バッコーーーン!! ガラガラ……。
そんな空気を察してか、本体と勇者は盛大な勢いで天井を突き破り、戦いの舞台を外へと変えた。
「ぁ……」
残念そうに呟くルナーレに、天井の崩壊を合図にハァハァ言っていたコクーンが走り出し、攻撃を繰り出す。
バシッ! ビシッ!
繰り出されるパンチやキックの連打。
コクーンのスキル『自由奔放』は、体力を気と呼ばれる力に変え自在に操り、先程のように魔法のように撃ち出し強力な攻撃に使う事も、体に纏い身体強化にも使える、スキル名に違わぬ万能な能力だ。
今はその気を体に纏い、先程までよりも数段早く、強力な攻撃を繰り出し続けている。
先程までのルナーレなら、その攻撃に結界が耐えられず、数打で終わっていただろう。
しかし、今のルナーレは結界で防ぐどころか、コクーンの猛攻にその手に持つ長く伸ばしたロットを薙刀のように操り……その全てを防ぎ、いなして真っ向から渡り合っている。
ルナーレのスキル『ご主人様の奴隷』は、指定した者の傷を癒し、身体能力を向上させるスキル。
そのスキルで自らの身体能力を強化し、コクーンと互角の身体能力を得ているのだ。
「ハハハ! 何だルナーレ、アンタ防御と支援しか出来ないのかと思ったら、武術も出来たのかい?」
「私はこれでも元は王女ですからね。幼少より王女として必要なありとあらゆる教育を受けておりましたので、このくらいの薙刀術……出来て当然です」
「出来る程度でこの私と互角の打ち合いを出来るなんて、普通ありえないんだけどね……」
数々の武道大会で優勝し、その格闘技術で言えば勇者すら超えるコクーン。
人族でも最高峰と呼べる武道家の猛攻と渡り合うと言う事は……ルナーレの薙刀術もまた、最高峰の技術を有していると言う事になる……。
私以上の……天才。
コクーンの脳裏にそんなあり得ない文字が思い浮かぶ。
でも、そんな事ある訳がない!
今まで自分以上に武術の才能に恵まれた者など出会った事がない。
あの勇者でさえ、化け物のような身体能力が無ければ私には敵わないと言う自負もある。
唯一自分と渡り合えた人物と言えば……。
先程まで勇者と戦っていた、今は魔王となった骸骨兵が思い浮かぶ。
下手をしたら自分よりも上かもしれないと思える者……。
そんな筈はないと思いながらも、心の片隅に芽生えたその疑問を解消する為……。
前回の汚名を返上する為……。
全てを捨て……自分を鍛え直してここまでやって来た。
それなのに、自分は相手にされず骸骨兵は勇者と戦い……あろう事か同じ土俵にすら上がっていなかったルナーレが、私の邪魔をし……更にはその隠れた才能で私と互角の戦いをしている。
いや……その道をひたすらに突き詰めて来た私と違い、幼少期に齧った程度のルナーレが身体能力が互角の現状で互角の戦いをしている時点で……互角とは言えない……。
だが、そんな筈はない!!
……そんな筈は。
「それはアナタの才能がその程度だった……と言う事じゃないですか」
……ブチッ。
だからこそ、普段なら流してしまうようなその言葉に、コクーンの何かがキレた。
「……ぶっ殺す」
その言葉と共に、それまでの戦闘を楽しむ姿は消え去り、怒りに任せて力を捻り出す。
それにより背中に気が形を成して翼のようなモノを出現させた。
それはまるで飛ぶように鋭く、早い動きだった。
翼を生やしたコクーンの動きは、先程までよりも更に数段早く、そのスピードを活かして怒涛の攻撃を繰り出す。
「クッ……」
「ほらほら、さっきまでの威勢はどうした!? 私よりも才能があるんじゃなかったのか!?」
それまで均衡していた戦いが、コクーンのスピードが上がった事で徐々にルナーレが押され始め、服が裂け、体に生傷が増えていく。
ドッ!!
「かはっ!?」
捌ききれなかったコクーンのパンチを腹部にモロに受け、ルナーレは床に膝をついてうずくまった。
「はぁ、はぁ……ザマァ見ろ。結局私が……はぁ、はぁ……一番、なんだよ!」
膝をついてうずくまるルナーレを見下ろし、そう吐き捨てるコクーン。
スキルの多様で荒い呼吸となったその顔は、疲労混ざる狂気にも似た笑顔を浮かべている。
しかし、その顔は直ぐに訝しげな表情へと変わった。
自分の足下にうずくまるルナーレの反応を見て。
「……うふ……ふふふ……」
痛みで震えていると思っていた。
しかし、微かに聞こえる声は、まるで笑いを堪えているようで……でもそうなると、この震えは……ッ!?
その瞬間何やら得体の知れないゾッとした感じが背筋を襲い、咄嗟にコクーンはルナーレと距離をとった。
「うふふ……うふふふふ……はぁ〜」
甘い吐息と共に俯いたまま立ち上がったルナーレ。
服は至る所が破け、どう見てもボロボロの姿なのだが……よく見ると、その下に負った筈の傷がどこにも見当たらない。
「ハァハァ……私の今の姿を見たら、ご主人様はどう思うかしら……。
落胆?
軽蔑?
いいえ……きっと真っ先に心配してくれるでしょう。
とても優しいご主人様だから……。
そしてその後は、どこも怪我をしてない事に気付いて、顔を赤らめるの。
私のこの、露わになった肌を見て……。
うふふ……あはははははッ!!
……はぁ〜……最っ高ッ!!」
その言葉と共に、ルナーレの纏う魔力がどんどん膨れ上がっているのが伝わって来た。
それは不意に訪れたスキルの強化。
ルナーレのスキル『ご主人様の愛の奴隷』
指定した者の傷を癒し、身体能力を向上させる。
そして……ご主人様であるクリスへの想いが強ければ強いだけ、その効果は更に跳ね上がって行く。
ご主人様への想いが強さに変わり、怪我をしようが主人と同じく不死身の如き回復力で復活し、どんな強敵でも食い下がる……。
更に怪我をすれば勝手な脳内変換で興奮し、更に強くなるオマケ付き。
まさにご主人様への愛の奴隷。
ランドとの戦闘で、アルスのスキルの新たな力を聞き、心の底から羨ましがる事がキッカケで得た……新たなスキルの能力。
ルナーレは、持ってはいけない能力を手に入れてしまったのだ。
「ヒィ!?」
本能で危険を察知したコクーンは、踵を返して逃げようとする……が
既に遅かった。
「なっ!? ぐはっ!?」
振り返った先にはいつの間に移動したのか高揚した頬でこちらを見つめるルナーレ。
驚くコクーンに、さっきのお返しとばかりに一瞬で懐に潜ると、強烈な一撃をお腹に入れて、コクーンは意識を手放し床に沈んだ。
あっけない幕引き。
それだけ強力なスキルだったと言うことだろう。
戦闘が終わり、倒れたコクーンを見下ろすルナーレ。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
その呼吸は荒く、目は虚で、かなり無理をしていた事がわかる。
無理もないだろう、アレだけの強力な力を使ったのだから。
「……んっ……はぁ〜……ご主人……様」
……違った。
これ、ただ興奮しているだけだ。
アレなので今まで触れずにいたが、他に入れる場所があったろうに、何故か豊満な胸の谷間に入れられた分体の俺。
その俺に、わざと先程の戦いで少し汗ばみ、火照った胸を押し付けてくるのだ。
その行為を身動きの取れない俺は、今回の戦いを思い出す事で考えないようにする。
この戦いの勝敗。
それを分けたのは、最後まで自分を貫き。心を強く持った事にある……と俺は思う。
そう! それぞれ持つ変態と言う信念を捨てなかったからこそ、ルナーレは新たな力に目覚め、勝てたのだ。
そして俺は思う……。
……最初から最後まで俺は、何を見せられたのだろう……と。




