開戦
人族と戦争をする。
そう言ってから、かれこれ3ヶ月が立とうとしている。
そうして俺は現在……
未だボーンシティの魔王城で、ルナーレに差し出される書類に目を通し、判を押す……いわゆる書類仕事に追われております。
えっ? 戦争するんじゃなかったのかって?
いや、してるよ?
思った形とは違ったけど……。
戦後処理と戦争の準備に追われる事およそ2ヶ月。
ようやく準備が整い、俺もこれからの戦いを覚悟して戦地に赴くべく準備をして出陣するみんなに混ざって進軍しようとすると、俺を見つけた仲間たちからお叱りを受けました。
参謀のリン曰く、『総大将はそう簡単に前線に出るものではありません!』だそうです。
今まで結構出てたじゃん……何て言ったら、以前の名ばかりの魔王ではなく、正式に世間に魔王就任を発表し、先の戦いで正統な魔王だと国内に認められた今では、前とは立場が全然違うのだそうだ。
いや、分かるけど……名ばかりな魔王とか酷くない?
何でも魔王として前線に立つのではなく、本陣でドッシリ構えていた方が兵たちの指揮が上がるとか何とか……。
他にも重要な目的を説明されたが……いろいろ小難しい事を言われたので、俺の役割だけ理解したが他はほとんど理解出来なかった。
なんにせよ頭でリンに叶うわけがないので、反論する事なく全面的にリンに丸投げ……一任する事にした。
出陣する魔王軍の面々を何とも言えない気持ちで見送る俺。
アルスが今生の別とばかりにへばりついて来て大変だったが、ルナーレのお陰で何とか無事出陣していった。
アイツは殺されても死ななそうだから大丈夫だろう。
ちなみにミルカ率いる部隊は斥候や諜報をしてもらう為、既に出陣済みだ。
その時もやはり、わんわん泣きながら離れないのでなかなかに大変だったが、頑張ったら俺とルカから何か褒美を上げると言ったら一転して、意気揚々と出陣して行った。
可愛いなと思ったのも束の間、チラッと見えた横顔があまりにもヤバい笑顔だったので、帰ってから何を要求されるのか、今から心配です。
そうして俺はリンに言われた通り、この魔王城でドッシリ構えて時が来るまで待機している。
しかし……みんなが戦っているのに、言い出しっぺが安全な本陣で、ルナーレに入れてもらったコーヒーを飲みながらただ書類仕事をしているだけってのもなぁ……。
これもまたリン曰く、それが上に立つ者の仕事であり、現場の事は現場の各担当者が処理出来るようにするのが、組織としての正しいあり方らしい。
実際、俺抜きでの進軍は破竹の勢いで進んでいる。
前回の魔族領と面した東西南3箇所から侵攻した作戦と違い、今回はミルカ以外の全ての部隊を一つに集約し、中央から真っ直ぐ王都を目指す速さを重視した進軍だ。
更に、途中落とした街も必要最低限の人員を残してそのままにしているので進軍速度は段違いに早く、出撃してまだ1ヶ月程だが、既にヤマト王国の王都目前まで進軍している。
そして、その破竹の勢いを支えているのが四天王たちの活躍だ。
全ての戦いで前線に立ち、その全てで魔王軍をほぼ無傷の完全勝利に導いている。
ジン辺りは上手い事サボってるのではと思ったが、むしろ逆で……同じ四天王のアカリたんとヒカルたんに良いところを見せようと四天王でも一二を争う活躍をしているらしい。
そんな四天王たちの目覚ましい活躍とその強さに、兵達から歴代最強の四天王と称されているようだ。
我が四天王たちの頼もしさにただただ脱帽するばかりである。
参謀のリンもまた、俺不在の魔王軍の指揮を取り、完璧と呼べるその進軍劇にその知略を駆使して多いに貢献している。
親友たちの活躍に嬉しい反面……何もできない待つだけの自分に、虚しさが増していく。
俺の出番はリンの計画通りならそろそろだが……万が一作戦が上手くいかなかった時や不測の事態が起きた時は戦場に出てもらうとの事なので、今はひたすら耐えて己の研鑽に努める。
不測の事態……。
歴代最強の四天王と呼ばれる彼らにも対処できない相手。
ようは、神態勇者が戦場に出て来た時である。
そうならないように、リン発案のある作戦が裏で実行されているが……果してあんな事でうまく行くのだろうか……。
ダッチからツノに込められた膨大な魔力を引き継ぎ、俺は前よりも更に強くなった。
戦争が始まるまでの間、その力を己のものとする為、ルカやアルスに手伝って貰い鍛錬を積んだので、今ならその力を自由に扱える。
これなら勇者とも対等に戦える!
……と言いたい所だが、正直まだ今の俺の力で勇者に勝てるかは、わからない……。
でも、やるしかない!
何故なら今の俺は、勇者の敵……魔族の王、魔王なのだから。
「魔王様。宜しいでしょうか?」
「構わない、入れ」
そうして作戦の成功を祈りながら仕事に明け暮れていると、コリアが前線の報告を携えやってきた。
「進軍中の魔王軍ですが、王都手前の街まで進軍し、その街もリン様の計略により戦闘になる事なく早々に降伏しました。これにより王都までの障害は全て取り除かれましたので、占領に必要な最低限の兵を街に置き、残りは最終決戦の地である王都を目指して再び進軍を開始したとの事です」
「……そうか、順調なようだな」
流石リン、戦わずして勝つとは軍師の鏡だな。
今回の進軍は、アルスたちが反魔王派を調教……もとい説得した結果、自ら志願して事で増えた魔王軍約4千と、骸骨兵が1万、有志で集まった魔族たちが千と合わせて約1万5千と、魔族の歴史でもかつて無いほどの大所帯での進軍となった。
半分以上がただの骸骨兵だが、それでもこれだけ集まればかなりの脅威だろう。
そして人族領に入ってからの圧勝の数々……。
その情報はリンの指示の元、ミルカたち諜報に長けた部隊が旧ローレン占領時の住民達への待遇も合わせて人族各地に流す事で瞬く間に広まり、進軍を進めるに連れ、こうして戦う事すらなく降伏する街が増えて行ったのだ。
「はい、このままの進軍速度でしたら、明日には王都に到着し、そのまま攻撃を開始出来そうです」
「そうか……いよいよ始まるんだな……」
「そう……ですね」
自らの意思で始める事になった戦争。
これまでは四天王の活躍とリンの策略により、こちらにはたいした被害もなく、また敵側にも極力死者の出ない戦いをしてきた為、互いに大きな損失もなくこれた……。
しかし、王都への侵攻となれば話は別だろう。
これまで対して反撃を受けなかったのも、初戦でこちらの強さを理解した敵が早々に他の街の防御を捨て、王都の防御に兵をさいた為でもある。
つまり、ここからは敵も死力を持って反撃してくると言う事だ。
更に王都には強力な結界もある。
この結界を利用して人族が総力を持って抵抗してくるとなると……王都攻略は互いに甚大な被害を出す事になるだろう。
誰かの為に始めた戦争だとしても……俺の決断で、これから沢山の命を失う事になる。
……命を背負う覚悟はした。
それでも……。
その事実に、気付けばコーヒーカップを持つその手は小刻みに震えていた。
「……ご主人様」
そんな俺を心配したルナーレが、そっと震える俺の手にその手を重なる。
「すまない……大丈夫だ」
その優しさに感謝しつつ、重圧に俯く俺……。
その時、ノックと共にとある人物が部屋へと入って来た。
「クリス!」
魔王である俺の仕事部屋に、許可も無しに入ってきて呼び捨てで呼ぶ人物なんて、このボーンシティに一人しか居ない。
俺の妻……ルカレット・エレンシアだ。
普段なら別に突然入って来た所で何の問題もないし、むしろ大歓迎なのだが……ルカが来てから自分の状態に改めて気付く。
今の自分の状態はマズイと……。
コーヒーカップを持つ手に添えられたルナーレの手……。
いつの間にか、俺を後ろから抱き締めるように回される腕……
そして何故か乱れて胸元が顕になったメイド服……。
いや、何やってんのこの子!? 後半二つは明らかにルカが来てからやったよね!?
こんな所、ルカに見られたら……チラッ。
「ふふ、二人とも、本当に仲が良いね」
何にもなかったぁぁああ!!!
むしろその疑う事を知らない純粋な笑顔が、俺の心をえぐっていくぅぅ!!
それとコリアは手で顔を覆っているけど、指の隙間からガン見してるの丸見えだから!!
……ヨシヨシ。
いや、慰めてるんだろうけど、この心のダメージはルナーレのせいだからね!!
さっきまでのシリアスな俺が馬鹿みたいに、いつも通りだな!
「あっ、微笑ましい光景に思わず和んじゃったけど、そうじゃなかった! クリス! 遂に来たよ!」
「ッ!? ……そう……か、どうやらグラスの作戦が上手く行ったようだな」
ルカの言葉を聞いた俺は、微笑ましいの言葉に再び傷付きつつも、その後の言葉を噛み締めるように深く頷き、立ち上がる。
シリアスとギャグの落差に若干心が置いてかれているが、何とか平然を装っている自分を褒めてあげたい。
だが、ふと先程の手の震えが治っている事に気付いた。
ルナーレを見れば、乱れた服を直しながら俺の視線に気付き、ニッコリと微笑む。
……グッ!
ルナーレの想いを理解した俺は、その微笑みを背に、震えの治った手をグッと握りしめた。
やり方はアレだが……お陰で勇気をもらえたよ。
「……悪いがコリア、あとの書類仕事は任せて良いか?」
「わかりました……ご武運をお祈りしています。魔王様」
コリアの言葉を背に、ルカとルナーレを引き連れ歩き出す。
みんなの頑張りを無駄にしない為……。
俺のやるべき事をやり遂げる。
決意を固め、とある場所へと向かうのだった。




