キリ・キリマイ
獄森の巨木の枝を飛び移りながら高速移動する二人の人影。
あまりの速さと静かさに近くにいる魔物も二人の存在に気付く事なく、その近くを一瞬で通り過ぎて行く。
グラスのポケットに入れられた通信用分体である俺は、布越しから外の様子を伺う。
ジンの時の反省を生かし、通信用分体にも骸骨兵と同じしくみの目にした事で服や鎧の内側からでも外が確認出来るようにしたのだ。
「……悪いんだけど師匠。ここからは他の分体には情報の共有は無しにしてもらえるかな」
するとそんな俺に小さな声でグラスがお願いしてきた。
何か隠したい事があるのだろうと、特に問題もないので念話で了承した事を伝えると分体との通信を切る。
しかし、何を隠したいんだ? この敵と何か関係があるのだろうか?
「ハハァーン! この辺で良さそうだなぁ!」
と、疑問に思っている間に何か条件に合った場所が見つかったのか、目の前を行くキリ・キリマイがそう言って地面に飛び降り、その後に続きグラスも地面へと降り立つ。
そこは戦地からだいぶ離れてはいるが、特に他と変わりばえのしない巨木立ち並び、突然現れた獲物に驚きつつもいつ飛び出すかとタイミングを見計らう魔物達が多数存在する、獄森のありふれた風景だった。
「さーぁ! 楽しい楽しい殺戮ショーの始まりだぁ!! 俺の獲物はもちろんお前だ! お互いの趣味趣向について、その体で楽しく語り合おうぜ!」
手に持つ双剣の刃を舐めるキリ・キリマイ。
その行動は如何にもザ・ヤバい奴である。
こんな奴、漫画以外に本当にいるだなぁ……。
若干引き気味の俺とは違い、たいして相手の行動など気にした様子も見せずにグラスは、キリ・キリマイにとんでもない事を言った。
「その見た目と話し方いつまで続けるの?
……姉さん?」
は……? 姉さん? この先程からヤバい発言と行動をしているカマキリ男が、グラスの……お姉さん?
「あらぁ〜、やっぱりグラスちゃんにはバレちゃいますかぁ」
混乱する俺を他所に、それまでの声から変わり、その姿からは違和感しかないホンワカした女性の声でなんて事なさげに答えたキリ・キリマイ。
次の瞬間その体が光に包まれ見えなくなると、光が収まった時には見た目も性別も違う全くの別人がそこに立っていた。
その人物はピンクの髪に尖った耳が特徴のグラマラスな姿の絶世の美女で、目の前のグラスとソックリな顔をしている。
話の流れからこの人はグラスのお姉さん……そう! この世界に来てロザンヌに続き2人目のエルフの女性と言う事になる。
エルフ……。
ザ・男の夢とも言えるファンタジー世界の王道……エルフ。
本来ならそんな存在に出会ったのだからもっと興奮していただろう。
しかし、なにぶんその格好がねぇ……。
良くアニメで見るようなエルフが着る、輝く純白のドレスや、自然感じる緑を主体とした衣装を想像していたのだが……。
目の前のエルフの女性は何故か、いろいろ際どい所が開いたハイレグで赤いボンテージスーツ姿……いわゆるSMの女王様が着ているような服を着てるのだ……。
何故この世界はこうもファンタジーのお約束をぶち壊す変態ばかりなんだろう……。
この世界の現実に打ちひしがれている俺を他所に、二人の会話は続く。
「そりゃねぇ、こんな猟奇的な思考の持ち主で、キリ・キリマイなんて壊滅的なネーミングセンスの人、そうは居ないよ」
「あらぁ〜、グラスちゃんに褒められちゃいましたぁ」
「いや、褒めてないから」
お姉さんの反応に呆れ顔で答えるグラス。
あのグラスがこんな反応するなんて……このお姉さん只者じゃないな。
一先ずお姉さんの服装については置いておく事にした俺は、二人の会話に耳を傾ける。
「はぁ……それで、今はヤマト王国で人権を認められて、転職だって言って楽しそうに働いていた筈だけど、何でこんな所に? しかも、わざわざ敵の中に潜り込んで師匠の命を狙うなんて……どんな了見?」
最後は身内だと言うのに若干低い声で脅すように話すグラス。
しかし、このお姉さんにはその程度で動じる事はなかった。
「それはね……ヒ・ミ・ツ」
絶世の美女が人差し指を口の前で左右に振る姿は目を惹くものがあるのだが……それが身内ならイラッとするのだろう。
実際グラスも頭に来たようで、今度は先程より凄みを利かせて言った。
「良いから言え!!」
「あ〜ん、グラスちゃんがこ〜わ〜い。小さい頃は『お姉ちゃんお姉ちゃん』て、いつも私の後を付いてきたとっても可愛かったのに〜ぃ」
「……」
グラスが怒った所で相変わらずふざけた態度でからかうように答えるだけで、話しが全く進まない。
完全にお姉さんが会話のペースを握っている。
あのいつもヘラヘラと無駄口ばかりたたいているグラスがムスッとした表情で沈黙しているくらいなのだから……。
「もう! そんなに睨まないで! わかった、言います、言いますよ!」
すると流石にグラスの反応を見て悪いと思ったのか、遂に本題を話出すグラスのお姉さん。
「単純に今の魔王様に興味が沸いたのよ」
「……興味?」
ん? 俺に興味? このお姉さんが?
そこでお姉さんの格好が目に入る。
……明らかに、Mな方に『お仕置き』と言う名の『ご褒美』をあげる方ですよね……。
……俺にそっちの気はないですよ?
いや……でも……もし相手がルカなら……いやいやいや! 何を考えているんだ俺は!! あのルカがそんな事する訳ないだろう!!
……でも、もしルカが望むなら……。
何故か変な妄想に走るクリス。
「だってぇ〜、グラスちゃんのお気に入りのあのルカレットちゃんをお嫁さんにしてるのよぉ? それってグラスちゃんがあの魔王様を認めてるって事でしょ! さっきなんか『師匠』って呼んでたしぃ。しかも、私の『息子』……うんん、今は『娘』のアルスちゃんまで魔王様にほの字みたいじゃない! こんなの興味が湧くに決まってるわよぉ!」
あっ、そう言う事ね!! いやいや良かった! 俺の内にまだ気付かぬ才能が眠ってなくて!!
はっはっは! 一瞬有りかもなんて絶対考えてないから! うん! 絶対ない!
誰に言い訳しているのか、クリスは必死に心の中で言い訳を続けている。
「それにぃ、殿方としても興味がない訳じゃないのよ……きっとあの人、私と趣味が合うと思うのよねぇ」
なっ!? い、言いがかりだ!! そ、そんな事あるわけがない!! 絶対にだ!! 俺にそんな隠された変態性など……ある訳がない!! ……よね?
「うふ……」
ないと言ってくれェェエエエ!!!
そんな心の叫びなど伝わる筈もなく、グラスたちの会話は続けられる。
「何より……グラスちゃんのお姉ちゃんとしても、アルスちゃんのお母さんとしても、魔王様がどんな人なのか確認しなくちゃいけないじゃない?」
……ん? お母さん?
そう言えばさっきアルスを息子? 娘? って言ってたよな……。
目の前にいるのはどう見ても20代前半にしか見えない色気たっぷりの女性だ。
……エルフが長寿だとは聞いてたが、成人した子持ちの母親なのにここまでとは……。
いや、グラスの見た目も大概だから前にお姉さんが居るって聞いた時に予想はついたよ? でも、予想と実際に見るのとはねぇ……。
改めてエルフの神秘を実感する。
「それでわざわざ姿を変え、変な名前まで付けて別人として名声を上げて、敵の軍に加わったと……」
「そうなのぉ! でも、実力を見るついでにあわよくば突然の怪我に驚き怯えるさまを見ようと背後から襲撃したらグラスちゃんに止められちゃったから……結局何にも見れず終いなのよねぇ」
そしてそのヤバさも……。
もうエルフと付く種族にろくなの居ねぇじゃねぇか!!
考え方もそうだが、それを実行する行動力と実力も伴っているから更にタチが悪いわ!!
「そう……なら、この後また師匠を襲うつもり?」
「うん! ……って言ったら……どうする?」
その瞬間、濃厚な魔力が殺意となってグラスの体から溢れ出した。
その魔力の大きさに先程まで脳内で行われていた馬鹿騒ぎなどあっという間に飛んでいってしまい、強制的に現実に戻される。
魔力を敏感に察知した周りの魔物達も一斉にこの場から離れようと駆け出すが、ある程度進んだ所で見えない壁に阻まれ逃げる事が出来ないでいる。
結界か? しかも、よく見るとここら辺一帯を覆うように巨大な……でも、そんなものいつの間に張ったんだ?
「例え姉さんでも……殺すよ?」
その言葉で更に漏れ出す魔力はより強大になっていく。
これは……。
俺は完全にグラスを見誤っていた……。
強いとのはわかっていた……それでも全盛期のミュートや先程本体が対峙したダッチと同等か少しばかり劣る程度だと……。
でも、この魔力量は……とてもそんなレベルじゃない。
そして、そんなグラスの濃厚な殺意こもった強大な魔力を真正面から浴びて、ニコニコと平気な顔で立っているグラスのお姉さんって……。
「うふふ、小さい頃散々体に教えてあげたのに……まだ力の差がわからないのかしら?」
その言葉と共に今度はお姉さんから濃厚な魔力に乗った殺意が溢れ出す。
……グラスよりもより大きく、強力な……。
その魔力によって、逃げられずに結界の近くで怯えていた魔物達がバタバタと泡を吹いて倒れて行く。
ハハハ……こりゃ、本体よぉ……進化して魔王としての力を手に入れたからって慢心してたらダメだわ。
じゃないと、すぐに消されるぞ。
世の中には勇者以外にも、まだまだこんなにも規格外の化け物がいるんだから……。




