噛ませ犬
ヒューーーー……ドゴンッ、ゴロゴロゴロ、ダンッ!! スタ。
「ペッペッ……クソッ! あのクソカマ野郎! よくも俺様をこんなとこまで放り投げやがったなッ!」
アルスによって放り投げられたランドは盛大に地面に叩きつけられ転がるが、流石元四天王だけあって転がりながら勢いを殺し、途中で地面を蹴り飛び上がって着地すると、そんな愚痴を溢す余裕すら見せた。
「……だがお陰で頭も冷えた。危なく俺の奴隷になる筈のルカを殺す所だったからな……お礼の気持ちも込めて、あのクソカマ野郎は殺さず四肢を食いちぎるだけにしといてやろう。ふふふ……あの図体じゃダルマになっちまうなぁ!」
「あら、私の見た目をしたダルマだなんて素敵じゃない」
「ッ!?」
ダッ!!
戦場から遠く飛ばされ、着地の前に周辺に人影が無いのを確認した筈なのに、突然背後からかけられた声に驚き咄嗟に飛び退き距離をおく。
「そんなに怖がらなくても良いじゃない。せっかく犬っコロちゃんと遊ぼうと思ってここまで追いかけてきたのに」
先程まで立っていた場所の真後ろには、自分をここまでその馬鹿力で放り投げた元凶であるアルスの姿があった。
「テメぇ……いつの間に俺様の背後に……」
ランドはウルフ族として、その優れた嗅覚と聴覚により敵の探知能力に絶対の自信を持っていた。
それなのにこの男はあろう事かそんなランドの探知を潜り抜け、声をかけられるまで気付かれる事なく真後ろに立って見せたのだ。
コイツは……バカみたいな頑丈さやパワーだけじゃなく、そんな超絶技能まで持っているのか?
その可能性に自分が絶対的強者だと言うランドの自信が揺れる。
「安心して良いよ。あーちゃんはパワーと頑丈さしか取り柄がないから」
「ッ!?」
ダッ!!
その時、再び今度は違う声で真後ろから声をかけられた事で、再度驚き飛び退く事となった。
あり得ない!! 俺様の探知能力を続けて二度も潜り抜けられるなんて!!
飛びながら焦った気持ちで先程まで自分が立っていた場所を急ぎ確認する。
そこには、フードに骸骨のウサギが描かれたフワフワのパーカーを着た一人の小柄な人物が立っていた。
スタッ。
「そう言う事か……俺様の、魔族でも最高の探知能力をそこのクソカマ野郎が潜り抜けるなんて変だと思ったんだ……お前の仕業なんだろ、なぁミルカよぉ!」
その人物は以前あった頃と姿は違うが、ヤツの情報によるとその天才的な幻術の才能と魔力量により俺様と共に四天王の一角を担っていた、サキュンバス族のミルカだった。
それなら納得だ。
コイツの得意な幻術なら実体がないのだから、匂いや音などする訳もなく、俺様が気付かないのも当然だ。
蓋を開けてみれば簡単な事。
俺様の探知能力を潜り抜けたんじゃなく、ただ実体のない偽物をそこにいるように見せただけじゃねぇか。
ハッ! 俺様と同じ四天王を名乗っていたのだからどれだけ凄いのかと思えば、まともにやる合う事も出来ない弱小種族らしいコスいやり方で成り上がったクソザコ野郎じゃねぇか。
ランドの予想通り、声をかけられるとそれまで存在していたミルカの姿は霧のように消え、代わりに少し離れた場所に三人の人影が現れる。
「あはっ……気付くの遅すぎるよ。これだから噛ませ犬はからかいがいがあるよねぇ」
「誰が噛ませ犬だ!! 脅かす事しか出来ないクソザコの分際で、調子に乗るな!!」
姿を現して早々にからかい出すミルカに、自分より劣る存在だと認識した相手が自分を侮辱し出すものだから、途端に怒り出すランド。
「もう、ダメじゃないですかミルカ。やるなら驚かせるだけじゃなくて……痛みも与えて、ジワリジワリと恐怖心も煽らないと」
「そっか! 流石ナーレ!」
「ハッ! 弱小種族がふざけた事言うな!! テメェらなんかの攻撃で俺様が恐怖するなんざありえねぇんだよ!!」
二人の言葉に舐めた口調で言い返すランドだが、ミルカたちは特に気にした様子も見せずにランドを無視して会話を続ける。
「ちょっと! そんな事よりさっきのは聞き捨てならないわ! 私にはパワーと頑丈さだけじゃなく、この溢れ出す美しさと……何より魔王様への海よりも深い愛があるんだから!」
「あはは……そうでしたね……でも、お兄様への愛だったらミルカの方が上だけどね!」
「あら、ならご主人様への愛の大きさは私が一番と言う事ですね」
「俺様の話を聞け!!」
他人に侮辱されるのが大嫌いな俺様野郎だからこそ、無視されるなどもっての他だった。
だから尚も無視され続け、更には自分ではなく、別の男への愛の大きさを比べ合い、言い合う3人の姿を見せられる事で、簡単にランドの怒りのボルテージは上がって行く。
「いやいや、ナーレが一番なのはその無駄に大きな胸だけでしょ」
「そうね。だらし無く大きな贅肉の塊だけは私たちの中で一番かしら」
「テメェら俺様を無視するな!!」
「知ってます? アナタたちが言うその無駄に大きな贅肉を、ご主人様はいつもチラチラ見てくるんですよ」
尚も無視する2人の女とクソカマ野郎。
自慢気に自らの胸を寄せて見せ付ける絶世の美女に、普段なら自然と目が奪われていただろうが、今はただ苛立ちを増すばかりだ。
「だらし無いからじゃない?」
「絶壁が黙りなさい!!」
「テメェら……俺を無視するとはいい度胸だなぁ!!」
「私なんて魔王様は恥ずかしがっちゃって目も合わせないわよ」
「「それはアルスが怖いだけ」です」
「ぁん! 喧嘩売ってんのかゴラァ!!」
「……」
とうとう言い争いを始めた三人の前で、額に青筋を作り言葉すら発する事を止めプルプルと震え出すランド。
コイツらは俺様を舐めた口調で侮辱した上、次期魔王である俺様をこんなにも……こんなにも無視しやがってッ!!
「テメェら!! 次期魔王である俺様を目の前にして無視してるんじゃねェェエエ!!」
こうして簡単に怒りが頂点に達したランドは先程の事など忘れて、ただ相手を叩きのめす為だけに愚かな突撃をする。
それが為に……。
ドスッ!!
ガシッ!
「これだけ単純だと扱うのも簡単でいいわねぇ。犬っころちゃんで厄介なのってそのスピードだけだもの。捕まえちゃえばこっちのものね」
先程と同じく、ただそのスピードとパワーに任せた一撃ではアルスに聞くわけもなく、簡単にその腕を捕まれる。
「クッ! 離しやがれこのデカブツがぁ!!」
捕まれた腕を何とか離させようとその場でアルスにパンチやキックを加えるが、助走を付けた渾身の一撃が全く聞かないアルスにそんな攻撃が聞くわけもなく平然としている。
「あーちゃんって本当に頑丈だよね。……どうなってるの?」
「うふ、それは乙女のヒ・ミ・ツ・よ」
口の前で人差し指を立てながら話すその仕草に2人は思わず身震いする。
「……筋肉が脳まで支配して痛みを感じないんじゃないですか?」
「流石に私の筋肉が凄いからってそこまで超越してないわよぉ〜。単純に魔王様を思う私の想いがスキルを強化してくれただけよ」
「「ハァ〜」」
嫌味を嫌味と捉えず褒め事と捉えるアルスに呆れ顔になる2人。
こうして3人は普通に話しているが、この間もランドは必死にアルスに攻撃を加えているので何ともおかしな光景が広がっている。
「……ん? スキルの強化?」
「そっ! 私のスキルは愛する力を筋肉に変える『恋する乙女は100万力』。つまり魔王様に出会う前の自分を愛する想いを強さに変えていた時より、魔王様と出会い……魔王様への愛に目覚めた私の想いの方が強く、力も強くなるのは当然の事なのよ!!」
両手を上げて悦の表情で天を仰ぐようにアルス。
「……つまり、魔王様への……愛……の力で筋肉が増強され、痛みを感じない程になったと言う事ですか……それって……」
「そう言う事よぉ」
クリスや普通の人からしたら何とも恐ろしい事実である。
しかしこの場にいるのは変態達であって……。
「「なんて羨ましい!!」の!!」
愛する想いが力になるなど、この変態達にとっては喉から手が出る程欲しい能力だった。
「いい加減に離しやがれッ!!」
その時、とうとう業を煮やしたランドが最後の手段として、アルスのその腕を食い千切るべく自らのその鋭く尖った自慢の牙で噛み付いた。
ガキンッ!
「はわッ!?」
しかしその牙もアルスの硬い筋肉に傷を付ける事は出来ず、それどころかランドのその硬い牙が欠けると言う驚くべき結果に終わる。
「あら、噛み付くなんてお馬鹿さんねぇ。そんな貧弱な顎とキバじゃ私の筋肉に傷を付ける事なんて出来る訳ないのに……」
現実的に可笑しな事を言っているが、アルスにとってはそれが当たり前であり、そしてランドの姿が当然の結果だった。
「こ、このぉ、化け物がぁ!!」
「あら、失礼しちゃうわね、全く。……礼儀の知らない犬っころちゃんにはお仕置きが必要みたいね……歯ぁ食いしばりやがれやァァアア!!!
「ヒッ!?」
ボッコーーーン!!
本日3度目の見事なアーチを描いて吹っ飛ぶランド。
ただ、今回はあのアルスの本気のパンチなのだから、ただでは済まないだろう。
哀れランド……たいした見せ場もなくやられるTha噛ませ犬であった。
「……これ……ミルカたち必要あった?」
「……それは言わない約束よ。それよりもちゃんと回収しに行きますよ」
「えぇ〜!? もう良くない? 早く戻ってお兄様の勇姿を見たいんだけどぉ」
「ダメです。駄犬にはご主人様に二度と舐めた口がきけないようちゃんと躾をしないと行けませんからね」
「うぅ〜、それはそうだけど……はぁ、しょうがないなぁ。あーちゃんも行くよ」
こうして再び3人は飛んで行ったランドを追いかけ歩き出すのだった。




