事後
何か……寒いし眠い……。
先程まで苦しみが嘘のように引き、定まらない意識の中で感じたのはそんな感覚だった。
この体では眠ることも出来ないから、久しぶりの感覚だ……。
寒くはあるが、眠る前のふわふわした……何とも心地良い感覚……。
出来ることならこのまま再び眠りにつきたい……。
全てを忘れて、ただただこの心地良さに任せて深い眠りへ……。
「……ス」
ふと誰かの声がした。
それはとても小さな声だったが、何故だが心を強く打ち付けるような……懐かしい声だった。
誰だろう……。
でも、そんな事どうでもよくなるような心地よい眠気がまた襲ってくる。
「……クリス……」
今度は先程よりもハッキリと聞こえた……俺の名を呼ぶ声が。
それと共に、先程までの寒さがなくなり、暖かななにかに体を包まれているような感覚も伝ってくる。
その温もりを……その声を、俺はハッキリと覚えている。
「クリス! もう少しだよ!」
俺の名を呼ぶ最愛の女性……ルカレット・エレンシアだ。
目には見えないが、彼女が今、目の前に居る!
俺を心配し、強く抱き締めてくれている!
何だが異様に体を擦り付けられている感覚もあるが……それだけ俺を心配してくれているのだろう!
その事を思うと無性にやる気が湧いてくる!
そうだ! 俺にはやらなきゃ行けないことがあるじゃないか!!
みんなを……ルカを守るんじゃなかったのか!!
こんな所で寝ている時間なんてない!
早く目覚めて、ルカの元へ行かなくちゃ!
その時、再びルカの声が響き渡る。
それはとてもとても……
エロい声で。
「もう少しで……一緒にイケるから!!」
「ブッ!?」
その瞬間眠気などあっという間に吹っ飛んだ。
それと共に男として何だが一皮剥けた気がした。
いや! 俺が寝ている間に俺の体でナニしてるのおおぉぉォォオオ!!!
*****
目覚めると、事後だった……。
事後……物事が起こったあと。また、物事が済んだあと。by 国語辞典
目の前には
乱れた服装……。
漏れる甘い吐息……。
赤く染まった頬……。
何故か全身ヌルヌルの彼女は疲れ切った表情で、地面に青向きで眠る俺に抱き付き、あられもない姿をしていた……。
えっ? 俺いつの間にか大人の階段上っちゃったの!? そうなの!? そうなんですか!?
混乱する頭の中とは裏腹に、疲れ切って意識を失った様子のルカを起こさないように細心の注意を払って抱き上げ起き上がる。
その時、こんな場面では絶対に聞きたくない声がした。
「いやぁ〜、凄かったね師匠!」
「ふむ……まさかこの目で世紀の瞬間を拝むことが出来るとは……私も年甲斐もなく興奮してしまいましたよ」
ど直球のセクハラを来たぁぁあ!!
同性だからって触れても良い事と悪い事があると思います!
そして夫婦の営みとか完全に触れちゃいけないどころか、それを覗き見してたなんて……しかもその相手が真態のグラスだなんて、この世の終わりだ!!
ましてやグラスだけじゃなくミュートまでそんな事するなんて! ……そんな龍じゃないって信じてたのに!!
「いやぁ〜、ルカのそりゃもうエロい事! 育ての親として鼻が高いよ!」
黙れ真態! 例え育ての親でもルカのあられもない姿を見て良いのは俺だけだ!!
「あの惚れ惚れするテクニック……感服するばかりですな」
ミュートはその愛らしい姿でそれ以上親父発言はやめてくれぇ!!
「本当にルカレットの技術は素晴らしかった! 今度是非私にも教えてもらいたいものですな!」
うぅ……魔王城で初めて見たあのカッコよかった魔王様はどこへ行ってしまったんだ……。
「ホントホント! 今度は僕も混ぜて欲しいな」
混ぜる訳ないだろうが! 何を考えているんだこの年齢詐欺二人組は!!
話の流れからオール1000歳オーバーの若作り二人。
生まれ変わったミュートはともかく、グラスは片腕を失ったとはいえ、千年の内に得たその強さは健在。
だからってなんだ!!
恥ずかしさのあまり大人しくしていたが、そろそろ俺も我慢の限界だ!!
例え勝ち目がなくとも一発入れないと気が済まない!
よーし、覚悟は出来た! 歯食いしばれやぁ!
「ルカレットが起きたら是非また見せてくれとお願いしよう! ……体外での魔力の行使の方法を」
「……へ?」
そんな俺の覚悟はミュートの言葉で粉々に砕け散る。
「おぉ、そうでしたな。魔王様は意識を失っていたから知らないのでしょうが……ルカレットは魔素の圧力により壊れそうになる魔王様の魔核を、あろう事か体外で魔力を行使し、治して見せたのですよ!」
「……えっと……つまりミュートの言う素晴らしかったってのは……」
「はい! ルカレットの体外での魔力の行使です! あれは正に芸術! どうやったらあんな事が出来るのか、知識を学ぶ者として興味が尽きませんな!」
う……うわぁぁぁ! 完全に勘違いしてたぁぁぁ! 穴があったら入りたい!!
「いやいや、何言ってるのさ。そんな事よりルカのあのエロい姿こそ芸術でしょ!」
そしてこっちは勘違いじゃなかったぁぁあ! 流石真態だぁぁ!
……ほんと、マジでなんなんコイツ。
「ふむ、まぁその話は長くなるだろうから置いといて……どうです魔王様? 体の具合は?」
いろいろ混乱していた為、ミュートに言われて今頃思い出した。
そう言えば俺は進化する為にこんな所まで来たのだった。
今まで気にしていなかったので、改めて体の調子を確かめる為、意識を体に集中する。
決して勘違いが恥ずかしくて誤魔化してる訳じゃないんだからね!
するとどうだろう、そんな事がどうでもよくなる位とんでもない力が、体の奥底から溢れ出てくるではないか。
その変化に驚いているとミュートは満足気に頷いていた。
「どうやら上手く行ったようですな。その姿もなかなかカッコいいですよ」
そう言ってミュートは魔法により目の前に鏡を作り出した。
鏡に写った俺の体。
それは、以前よりも一回りは大きくなり、骨もガッチリした3メートル近い巨大な骸骨兵の姿だった。
しかもそれだけではない。
それまでは他の骸骨兵と違うところと言ったら大きな体と、特徴的なツノだけだったのだが……。
今では全身の骨がツノと同じく真っ黒くなり、所々に赤いラインの入った明らかに他の骸骨兵と異質な姿に変わっていた。
その姿を視認した事で、脳内に俺の種族名が浮き上がってくる。
「骸骨……吸血王?(ボーンヴァンパイアキング)」
「ふむ……ヴァンパイアですか……なるほどなるほど、通りでその姿に……」
俺の呟きに一人納得するミュート。
しかし、俺にはヴァンパイアキングなんて大層な種族になっている理由がわからない。
骸骨王ならわかる……しかし、何故に骸骨吸血王?
「どうやらよくわかっていない様子ですな……」
そんな俺の様子に気付いたミュートが自分の考えを説明してくれた。
ミュートの考察によると、どうやら先程の進化の際、吸血女王であるルカが俺を助けようと自らの魔力を泡状に変化させ、俺の魔核や身体中に自らの体を使って練り込んだそうだ。
吸血鬼の始祖たるルカの魔法に変換していない純粋な魔力……そんな強力なモノを進化の途中で直接塗り込まれたからこそ、それが影響して、骸骨吸血王なんて聞いた事もないような特殊な進化をしたのではないかとの事だった。
進化の謎が溶けると共に、ルカのあの淫らに乱れた姿の謎も解けた。
それであんなに服は乱れ、全身ヌルヌルだったのね……。
少し残念だったような……初めてはちゃんと意識のしっかりした時が良いと思い安心したような複雑な気持ちになる。
……って、じゃなかった! 今はこの進化した体の事だ。
再びミュートの出した鏡を見ると、骸骨吸血王と言うだけあり、よく見たら歯には長く尖った犬歯が生えている。
ルカと同じなら血を吸うわけではないのだろうが……ザ・吸血鬼と言った感じがして少しテンションが上がる。
そして、見た目以外の変化もあった。
薄らとだが、体のラインにそって光る何かが漂っているのが見えるのだ。
それは鏡に写った俺だけでなく、鏡の後ろでこちらの反応を見ているミュートやグラス……そして俺の腕の中で眠りにつくルカにも、それぞれ色の違う光る何かが見えた。
「これはもしかして……魔力……」
「ふむ……吸血鬼になった事で魔力を見る目も手に入れたと言う事ですか……これは興味深い……魔王様の存在は進化の新たな可能性を広げるものになるやもしれないですな……」
俺の言葉に何やらブツブツと独り言を呟くミュート。
その後呼びかけても反応は返ってこなくなった。
ダメだこれ。完全に変態研究者モードになってる。
まぁ、おおかた体の変化も理解したしいいが……これからどうするか……。
片や研究者モードのミュート……片や未だ俺の腕の中で眠りにつくルカ。
「悩んでるねぇ師匠。ミュートはあぁなったらしばらく戻ってこないし、ルカも慣れない体外魔力操作を相当無理して使ってたからしばらく起きないんと思うんだ……と、言う事で……せっかくの修行だし、ここは修行らしく、新しい力を試すと言う事で僕と手合わせしない?」
ニコニコ笑顔のグラスによる突然の提案。
確かにせっかく手に入れた新しい力だけど、試しもしないでいきなり実践で試すのは怖い。
街に戻ってから試そうにも……この内側から湧き出る尋常じゃない力じゃ、下手に全力で戦ったら街を半壊しかねないからなぁ……。
これから戦う敵は全盛期のミュートと互角の戦いを繰り広げた化け物。
半端な力ではすぐにやられてしまう。
なのでグラスの提案は俺にとって渡りに船だ。
「良いのか? 今の俺なら全盛期のミュートにも引けを取らないと思うが……そんな片腕を失った状態で」
「あはは、大丈夫大丈夫。例え片手を失ったとは言え、力に目覚めたばかりの師匠に負けるつもりはないからね」
……ほう。流石にそれは聞き捨てならないなぁ。
仮にも俺は魔王……そう簡単に負けるわけにはいかないんだよね……。
そしてこの湧き上がる力なら……。
「良いだろう……その伸びに伸びた鼻っ柱……へし折ってやる」
さっきのふざけた発言の制裁もしなくちゃいけないしな!
「あはは……折れる鼻が自分のじゃないといいね!」
更に挑発を続けるグラス。
内心グラスの発言にイライラしつつも冷静にスキルを使用し、ここにくるまでに倒した手頃な魔物の死骸を操る。
すぐに俺の呼び掛けに答えた分体に寝ているルカと、今だにブツブツ言っているミュートを回収させ、この場から離れさせた。
「……このぐらい離れれば大丈夫だろう」
「そうだね。これなら師匠が誤射しても大丈夫かな。じゃぁ、軽く相手してあげるよ」
ピキッ……。
「……いつまでも、言わせておけばぁぁぁああ!!」
グラスの言葉に遂に堪忍袋の尾が切れた俺は、有り余る力を身体倍加にありったけ回し、グラスへと突撃して行った。
こうしてグラスの安い挑発に乗った事で、目にも止まらぬ速さでの訓練と言う名の死闘が始まったのだった。




