修行
鬱蒼と生い茂る森の中。
至る所に生える高層ビルのような大木により、地面は薄暗くジメジメしており、そのお陰で邪魔な草木は育ちにくく歩く分には問題ないが……。
森で囀る小鳥に変わり、大型の鳥の魔物がこちらを見つけては鳴き喚き、その声につられて次から次へと現れる多種多様な凶暴な魔物達がこちらの歩を邪魔する。
仮にも魔王である俺にとっては邪魔程度で住んでいるが、一体一体がただの魔族なら命に関わるレベルの強さを持つ魔物達が引っ切り無しに襲ってくるのだ……ここがどれだけ異常な場所なのかがわかる。
ここは獄森の奥深く、未だ魔族の手は付けられていない未開の地。
魔族領でもかなり危険な場所だ。
そんは場所にミュートとグラスに連れられ俺とルカは来ている。
「ここら辺なら良さそうだな」
「そうだねぇ」
魔物たちの襲撃を撃退しつつ進むこと数時間。
先導していたミュートはそう言っておもむろに止まると、返事をするグラスの頭の上にチョコンと着地した。
二人が良さそうと言ったこの場所は、ここまで通ってきた森とたいして違いがあるようには見えないが、どこか体にまとわり付くようなどんよりした空気漂い、先程までひっきりなしに襲ってきた魔物の襲撃がピタッと止み、それどころか気配すら感じられない異様な場所だった。
この場所は一体……それにここで何をするんだ……?
ここまでルカを信じると言った手前、どんな修行をするのかも聞けなかった俺の頭の中には少しの不安が募る。
「さて……では魔王様。これからあなたにやっていただく修行だが、それは……
ここに漂う濃厚な瘴気伴う魔素を限界以上に魔核に取り込んで貰う事です」
うん、限界以上に魔素を取り込むね……ん?
どうやらこのどんよりとした空気は濃厚な瘴気と魔素が原因だったようだが……わざわざこんな場所まではるばるやってきて、やる事が魔素を取り込むって……それだけ?
ミュートの説明に思わず拍子抜けしてしまった。
「ふむ、ピンと来ないのも当然ですな。そもそも魔素とは本来そのままではいずれにも関与されない特殊な物質。それを我々は魔核と呼ばれるこれまた特別な機関に取り込み瘴気を中和して魔力へと変換する事でようやく使用する事が出来るのです」
うん、それは以前魔法を教わった時にルカに教えてもらった通りだから知っている。
「しかし、魔核には種族によりそれぞれ処理出来る能力の上限が決まっております。この方法はそれを無理やり引き上げる事で進化と同じ現象を起こす為のものなのです」
成程、ショック療法みたいなものか。
しかし、話を聞く限りそれほど危険なようには聞こえないが……。
「簡単なように聞こえるけど、この方法は結構危険なんだよ」
しかし、そんな安易な俺の考えを読んだのか、グラスに釘を刺される。
「ミュートの説明通り魔核にはいくら鍛えようとそれ以上上がらない上限がある……それは言い換えればそれ以上魔素を取り込めば魔核が壊れてしまう限界値って事だよ。そしてこのやり方はそれを無視して無理やり魔素を送り込み続けるんだから……十中八九魔核が内側から爆散するんだ。しかも無事爆散せずに進化に成功してもこれだけ濃厚な瘴気だと、良くて自我を失い化け物になっちゃうんだよね」
あぁ……死ぬってそういう事ねぇ……爆散かぁ……骨だからなんの抵抗もなく簡単に爆散しそうだなぁ……。
ん? 待って!? 良くて自我失うとかダメじゃね!?
「えーと……自我を保ったまま取り込む事は出来ないのか?」
俺の質問にグラスの頭上のミュートの表情が険しくなったのを俺は見逃さなかった。
「一応、瘴気の影響に打ち勝つ程の強い精神を持ってすれば理論上は可能だよ。ただ、未だかつて成功した者がいないってだけで」
なんとも無しに重大な事を言ってのけるグラスに、頭上に愛らしいミュートを乗せていなければ話が違うとキレていたかもしれないなと思いました。
「詳しく説明しますと、本来魔族や魔物の強さの元となる魔核は成長に合わせて無理のない範囲でその処理能力と保有量をゆっくりと上げるものですが、それも先程説明した通り種族によってその上限は決まっています。その上限をそれまでの成長でパンパンに膨れ上がった魔力と意思の力で改変させ、新たにより純度の高い魔核を得る方法が進化です」
進化って肉体だけじゃなくて魔核自体も作り替えていたのか……進化して魔力量が増えるのもそう言う事ね。
「そして、今回やろうとしている方法は、自らの意思ではなく、外的な要因により無理やり魔核に魔素を押し込んで進化を促す方法ですので……それはもう、想像を絶する痛みと苦しみが魔王様を襲う事になります……その上で瘴気による精神汚染も侵攻しますので、よほど強靭な精神を持った者でないと成功しないのです」
成程……納得した。
本来なら成長と共にゆっくりと膨れ上がる魔核を強制的に広げて進化のきっかけを作るって事ね。
そして無理矢理広げられて爆散しようとする痛みに耐えつつ進化に至るまで勢いを抑え、その間瘴気による精神汚染も抑えろと……。
何その無理ゲー……そりゃ自我も失いますよ。
それをこれから俺がやるって事だよなぁ……。
「ちなみに、ここのように瘴気が濃くないとダメなのか? 魔素を限界以上に取り込むだけなら何とかなりそうな気がするんだが……」
「それは無理なんだぁ。だって瘴気って毒だけど、僕たち魔族や魔物の体を構成している大事な核でもあるんだもん。それは魔核も一緒……だからこの方法で濃い瘴気に魔核を晒すのも重要な事なんだ」
ダメ元で聞いてみたがバッサリ切り捨てられてしまった。
やはり世の中楽して強くなる方法なんかないと言う事何だな……。
ギュッ。
その時ここまで押し黙って話を聞いていたルカがそっと俺の手を握った。
「安心してクリス、私が着いているから。ここまでくる間に何とか自分の中の力の制御は出来るようになってきたし、クリスの進化は絶対成功させるから!」
どうやら今まで黙っていたのは未だ慣れない進化した自分の力に少しでも慣れる為だったようだ。
その下向きな努力に涙が溢れそうになる。
骸骨だから出ないけど。
「あぁ、信じてるよ」
そっと手を握り返して答える。
何にしてもこれで百人力だ! 例えルカの考えが上手く行かなかったとしても、俺にとってはルカが側に居てくれるだけで勇気を貰えるのだから、失敗する訳がない。
……と言うか絶対成功させてルカを……みんなを守る!!
「やり方を教えてくれ」
俺の信じると言う言葉により一層真剣差の増した表情をするルカに触発されるように、俺も覚悟を決めた表情で二人に説明を求めた。
「やり方と言っても師匠はただそこで飛んでくる魔素を受け入れて、痛みと苦しみに耐えて乗り切れば良いだけだよ」
「魔素の操作は我々が致しますので」
あっ、そうなの? 少しでもやる事が減るのはありがたい事だから素直に喜んでおこう。
「魔素の供給量は魔力が見えて、匂いで異常を把握出来る私が指示します」
「ふむ、それは構わないが……今回使うのは魔力ではなく魔素だぞ? 大丈夫なのか?」
「うん! それもここに来るまでに少しなら見えるようになったから任せて!」
それは凄いな!? まさか俺の為にこの短時間でそこまで自分の力を使いこなせるようになるなんて……ルカの愛が大き過ぎて涙の出ない骸骨でも泣ける気がする。
「何より……クリスの事は四六時中一緒にいて、食事の食べる順番から体を洗う順番まで、クリスの全てを把握している私が管理するのが適任だから!」
おっふ……。
これが愛……か。
これが他の誰かならゾワッとする発言なのだが……妻であるルカの言葉だと不思議と嬉しくなるのは何故だろう。
……こらそこ、哀れみの目で俺を見ない。
「ルカになら俺の全てを任せられるよ。頼んだよ……ルカ」
「うん!!」
ルカの両手を掴み向かい合ってかけた言葉に頬を染めながらも力強く頷くルカ。
「ゴッ、ゴホン……まぁ、なんだ……愛の形とは人それぞれだから何も言わんが……とりあえず、準備が出来たのなら始めたいんだが……?」
「あぁ、すまない……」
「ごめんなさい」
一瞬二人の世界に入っていた俺たちは思わず恥ずかしくなり謝る。
しかしその両手は掴んだまま。
もしかしたらこれで最後になるかも知らないんだ……最後までルカを側に感じていたいと言うわがまま位許して欲しい。
そんな気持ちを察してルカは頬を染めながらもニッコリと微笑んでくれた。
この笑顔があれば俺は何でも出来る!
ルカの笑顔を見た俺は、小さく頷き決意を改め返事をする。
「初めてくれ」
その瞬間、魔素はおろか魔力すら見えない俺でもわかる程のこの場の濃厚な瘴気をおびた魔素が唸りをあげ、俺とルカを中心に回り出したのを感じた。
「行きますよッ! 抵抗せず受け入れて下さい!」
ミュートの掛け声と共にそれらの魔素は方向を変え、俺の胸……正確には魔核へと吸い込まれて行く。
やり方はわからないが、言われるがまま魔素がすんなり魔核へと入るイメージをしながら意識していると、突然この体に生まれてから初となる『痛み』が胸を襲う。
「ガハッ!?……うぅ……ぐわああぁぁがぁあぐぁぁああ」
だが、その感覚に喜んでいる余裕などなかった……。
まるで体の内側を食い破ろうと巨大な虫が這いずり回っているような感覚と尋常ではない痛みが胸の内側から襲ってくるのだ。
意識を失えたらどれだけ良いだろう。
しかし、そんな事も許されない程の痛みの連続により、ただただ叫び声を上げることしか出来なかった。
魔力だけなら何とかなるなんて、先程の自分をぶん殴ってやりたい。
魔核って言ったら骸骨兵である俺にとって一番大事で唯一損失してはいけない器官なのだ。
それが爆散する程の無理をさせるんだ……想像出来るような痛みな訳がなかったんだ。
この痛みに耐えながら魔核か壊れないように意識する!? 無理だろ!!
既にその痛みだけで音を上げかけていたその時、頭の片隅で誰かが囁く声が聞こえた。
『……ッ……セ……ロセ……コロセ……殺せッ!!」
それは俺の声だった。
俺の声は段々と大きくなり、最後には頭がはち切れるんじゃないかと思う程の大音量で繰り返される。
もう……訳がわからない……。
胸を襲う尋常ではない痛みと、頭の中に響く爆音で繰り返される殺せと言う言葉。
それから逃れようと、みっともなくも叫び、身を捩られる。
今自分がどんな状態なのかも気にする余裕すらない。
しかし痛みから逃れようと動こうとしても先程から体は上手く動かない。
まるで誰かに体を押さえつけられているような……。
いや、これは実際に誰かに抑えられているんだ。
あぁもう!! 誰だ!?
俺にはやらなきゃいけない事があるのに邪魔する奴は!!
そうだ……。
俺にはやらなきゃ行けない事があるんだった……。
痛みのせいでスッカリ忘れていた……。
俺がやらなくちゃいけない事……。
俺は……我は魔王として
みんなを……
スベテヲ……
……コロス。




