ー91ー 暗殺対象
地上に向かってゆっくりと降りる。
バリアは既に張り直した。解除していた時間は短かったからそこまで影響はでていない。
地面に降り立つと臨戦態勢を解いてゆっくりと息を吐きだした。マキナちゃんとフィルがこっちに向かってきているのが見える。
「ごめんね、あんまり役に立てなかった」
「すまない、ほとんどまかせっきりになってしまったな」
「そんなことない。助かったよ、二人とも」
戦闘のほとんどを僕がしていたことに負い目を感じているらしい。危ないところを魔法で助けてもらったし、最後の一撃も二人の大技がなければあんなに簡単に当たらなかっただろう。そんなに気にしなくてもいいのに。
「それにしても何だったんだアイツ」
「ソラにどうにかしてもらうまで全然気付けなかったよ」
「私が原因だ」
「フィルが? どういうこと?」
フィルが暗い表情でぼそりとつぶやく。どうやら心当たりがあるようだけどアイツが言っていた王子様ってのが関係あるのかな?
「おそらくアイツは私の命を狙ってきた暗殺者だ」
「暗殺者? フィルってばなにか人に恨まれるようなことしたの?」
「相手からしたら私が生きているだけで気に食わないんだろうな」
「もしかしてフィルってどこかの国の王子様だったりする?」
「どうしてそれを!?」
「アイツが最初に言ってたんだ。あのときはまだ対策してなかったから二人には聞こえてなかったと思うけど」
「じゃあフィルってヴァントゥールの王子様なの!?」
マキナちゃんが驚きの声を上げる。無理もないだろう、ヴァントゥールはガトランドと同じくらい歴史のある国家だ。何気なく接していた相手がそんなところの王子様だと聞けば驚きもする。
「二人をここまで巻き込んでしまったんだ。もう隠し事は無しだ。マキナが言う通り私はヴァントゥールの第二王子だ」
「うわぁ、どうしよう。王子様相手に友達と話すような口の利き方しちゃったよ」
「それを言ったら僕もだよ。今からでも直した方がいいかな?」
「やめてくれ、二人とも。前にも言っただろう、一緒にヴァントゥールに向かう仲間だし私も二人を友人だと思ってるんだ。今さら畏まった話し方をされると寂しいだろう」
確かに以前もそんなようなことを言っていた。急に他人行儀になりそうな僕達をしょぼくれた顔で止めてきた。
「まあ、そういうなら」
「話を戻すけどアイツは敵国からの刺客ってこと? ヴァントゥールが今どこかと敵対しているなんて聞かないけど」
「いや、おそらく兄上だ」
「は? 兄上って第一王子? 跡目争いかなにかってこと?」
「違う。ヴァントゥールは長子が跡を継ぐと決まっている。争うまでもなく次の王は兄上だ」
「じゃあ、なんだって暗殺者なんか」
王の座を争うっていうのはよく昔話や創作で聞く話だけどそれが原因じゃないならいったい何が原因なんだ?
「私には家族を殺そうとするなんて信じられないや。その第一王子はフィルが生きていると何か都合が悪いの?」
「さっきも言ったろう、兄上は私が生きているだけで気に食わないんだ」
「そうは言っても嫌いになる原因はあるでしょ。それこそ生きてるだけでなんてよっぽどのことじゃない?」
「私が何かをした記憶はないんだがな。気づいた時にはこうなっていた。流石に暗殺者を差し向けられたのは初めてだが」
「まあでも、あくまで予想でしょ。第一王子じゃないかもしれないじゃん」
「だといいんだがな」
そういうフィルの顔は犯人が第一王子であることを疑っていなかった。
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水をかき分ける音と共に水面から腕が伸びる。
腕が岩を掴み水中から人が陸に上がってきた。
「はあ、はあ。く、くそっ、ふざけやがって」
水中から上がってきた人間は先程までソラと戦っていた暗殺者だった。
戦闘地点から遠く離れた海に着水し、やっとの思いで地上まで戻ってきたのだ。
装束はところどころ破損し、魔法の余波の影響で軽く火傷も負っている。内臓にダメージがあるのか時折吐血し、呼吸もしづらそうにしている。
そんな暗殺者の元に一人の人影が歩み寄る。
「あなたの装備の異常が確認されたって聞いたから見に来てみれば随分な有様ね」
長めの髪を毛先の辺りでまとめた美女だった。見た目におかしな点は無いというのに妖しげな雰囲気を周囲に振りまいている。
「リリーか」
倒れている暗殺者を抱きおこし、薬のようなものを口に含ませる。
少しして正常に呼吸をし始めた暗殺者を見て、リリーと呼ばれた女は事情を尋ねる。
「それで? あなたがこんなになるなんて何があったの? ヴァントゥールの第二王子は年齢の割に強いとはいえ、あなたが負けるほどではなかったと思うのだけれど」
「王子様じゃねえ。誰かは知らんが一緒にいた野郎だ」
「あら? 第二王子に護衛はついていないと聞いていたけれど?」
「オレだってそう聞いた。だが現に王子の他に二人いた。普人種の野郎と森人種のガキだ」
「随分と手練れだったのねその二人。それにしてもどうしてこんなところに?」
「ああ?」
暗殺者が苛立ったように反応する。
それを気にせずリリーが続けて問いかけた。
「海に潜って逃げたのならここからそれほど離れていない場所で戦ったのでしょう? でも元々はバンバッハ周辺で仕掛ける予定ではなかったの?」
「戦ったのはここじゃねえ。バンバッハから少し離れた街道だ」
「ならどうしてここに? あなた転移なんてできないでしょう?」
「殴り飛ばされた」
「え?」
「だから殴り飛ばされたんだよ!! バンバッハからここまで!!」
暗殺者が怒鳴りながらバンバッハから遠く離れたここまで殴り飛ばされた答えたことに、リリーが呆然とする。
「嘘でしょう!? ここからバンバッハまでどれだけ離れてると思ってるの!?」
「知らねえよ!? オレはここが何処かもまだわかってねえんだ!!」
「信じられない。あなたよく生きてたわね」
「だからこんな有様なんじゃねえか、正直この装備がなきゃ死んでたろうよ」
「とんでもないやつもいたものね。この分だと第二王子を暗殺するのは手古摺りそうね」
「いや、今回の暗殺は降りる」
「冗談でしょう!?」
「冗談じゃない。馬鹿げたパワー以外にも妙なやつだった。最初からオレのことを認識していたし相性がかなり悪い。もう一人のガキはオレのことが見えてなかったようだが正面切って戦うなら相当てこずる。あの二人と一緒にいる第二王子を暗殺するのはリスクが高い」
「あなたがそこまで言うなんて相当なのね。しかたないわね、とりあえず帰りましょう」
そう言ってリリーが軽く手を振ると黒い渦ができる。二人がその渦に入り込むとまるで何もなかったかのようにその場から消えてしまった。




