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8 領主様の結婚式

 若葉風の心地良い、あたたかな祝福の陽射しあふれる春のよき日。


 領主の結婚式は盛大に開かれた。城での儀式の後は大通りでの結婚パレードが予定され、町全体が幸せな喧騒に包まれている。



「フローラ! 早く早く!」

「ライラ、ちょっと待って! この花飾りの組み合わせをメモしたくて!」

「えー、また? わかったわかった。帰りにまたここ通るからさ。早くしないとパレードのいい場所取れないって」


 フローラとライラは、レンガの小道を大通りに向かってパタパタと早足で歩いていく。

 町中はありとあらゆる花で飾られ、フローラはあちこち目移りして仕方がない。


 花屋も飾り付けを手伝っているが、王都から派遣されてきた装飾師が技を凝らしたものは、さらに格別だ。花の魅力を最大限以上に引き出すアレンジの数々に、フローラは興奮が収まらない。自分の店でもこんなアレンジができたらと、技を覚えたくてうずうずしっぱなしだった。


 式典会場や町を華やかに飾る花々の一部には、フローラが用意したものもたくさんある。晴れやかな日を彩る手伝いをできたことに、フローラは感慨深く誇らしくなった。



 パレードの行われる大通りの最前列は徹夜組にすっかり占領されていたが、少し段を上がれるような場所を見つけて、フローラとライラはホッと一息をつく。


「最前じゃないけど、見渡しもいいしちょうどいいんじゃない?」


 ライラがそう言ったすぐから、賑やかなラッパの音が青い空に響き渡った。

 周りから歓声がドッと沸き起こる。フローラもライラも、わあっと声を上げた。


 城の正門から、パレードの隊列が現れ始める。

 馬に乗った楽隊を先頭に、輝く旗を掲げた侍従たちや、甲冑に身を包んだ騎士たちが進んでくる。


 その後から見るからに高貴な真っ白な馬たちが引く立派な馬車が現れる。二人がけの大きなオープンな馬車には領主夫妻が並んで乗り込んでいて、沿道の観衆に手を振っていた。


 沿道に集まった人々は、手に手に握った祝福の花びらや紙吹雪を、高く空へ舞い上げる。

 

「ちょちょちょちょっと、花嫁様、めっちゃ美人じゃない……??」


 ライラが興奮して、服の裾を引っ張ってきた。


「うん、すごい、光ってるみたい……」


 遠くからでもすぐにわかる。王都からやってきた花嫁は、王族らしい金色の髪と宝石のような青い瞳。純白のドレスに身を包んだ彼女は、輝くように華やかで美しかった。


 彫像のように美しく高貴な彼女が、自分達の領主に向かってはにかみながら微笑むのを見て、領民たちはあっという間に心を掴まれた。そして沿道の一人ひとりを見渡しながら、気高い笑顔で手を振る彼女のことを、みんなすっかり好きになった。


 そして我らの領主様は、隣に座った小柄で美しい花嫁を心底愛おしそうに見つめている。

 

 フローラはその表情を見て、思わず「わあ」と声が出てしまった。

 同じことを思ったのだろう。ライラも呟いた。


「……うわ、領主様ってあんな風に笑えるんだ……」


 同じようなざわめきが周囲からも沸き起こる。


 領主様は、普段どちらかと言えば、せっかちで短気。自分にも他人にも厳しくて、新しい施策をどんどん取り入れて、辺境の城下町を豊かに変えていこうとする貪欲な人物だ。領主としては頼りになるが、お世辞にも優しいと評されることはなく、日頃は冷徹な印象も強かった。


 しかし、花嫁の隣に座る今はまるで違う。

 あんなに優しい顔もできるのかと、領民たちは呆気に取られたような衝撃と、珍しいものを見たという幸運感に満たされた。


「……何あれ、幸せすぎる……やばい、推し夫婦ができてしまった……」


 ライラがうめくように呟いていたが、領民たちの心も皆同じようなものだった。幸せいっぱいに見つめ合う領主夫妻を見て、皆幸せな気持ちになり、二人を祝福する歓声は町中に響いた。



 パレードが近づいてくる。

 楽隊の表情や纏った衣装の細かな刺繍が見えてきて、騎士たちの鎧の音もはっきり聞こえてくる。


(あっ、あのブーケのバラ)


 フローラがハッと目を止めたのは、花嫁が大事そうに手にしたブーケ。つややかで真っ白なバラが華やかにまとめられ、爽やかなグリーンが彩りを添えている。花弁の端の端までがピンと輪郭を際立たせ、世界の鮮やかさを凝縮したように鮮明な空間が、花嫁の手元で輝いている。


 誰が見ても特別なバラ。

 それを手にした彼女はとても大事に迎えられた花嫁だと、バラの花は無言のうちに教えてくれる。


 そのバラを老園芸師から仕入れてきたのはフローラだった。いつもと違う大量の注文に文句を言われながらも、ザスティックの草原からとびきりの白バラを仕入れた甲斐があった。少し小柄な純白の花嫁にふさわしい、繊細で華やかなオーバルブーケになったと聞いていたが、目にすると感慨ひとしおだ。


(なんて光栄なことだろう。こんなにも幸せな時間を彩れるなんて。ザスティックのご主人も、きっとうれしく思うだろう。丹精込めて育てた花が、あんなに大事にされて、皆からの祝福の中にいる)


 周りの歓声も手伝って、フローラは思わず感動して涙が出そうになった。


(オスカーさんもどこかでパレードを見ているかしら。話がしたいな。今、私の思っていることを話したい。オスカーさんの感じたことを聞いてみたい)


 それからしばらくしてフローラは、ああ、これは会いたいってことなんだ、と喧騒の中でぼんやりと思い至った。




 パレードが終わった後、フローラとライラは食堂で遅めの昼食を取った。


 興奮冷めやらぬ賑やかな店内の舞台では、吟遊詩人が領主と花嫁の恋愛譚を詠っている。


 王都に来ていた領主に王姪が惚れ込んで、王家一族の猛反対を振り切って求婚したという。あわや勘当という場面もあったが、なんやかんやと領主が活躍を見せ、今では国王はじめ王家一同もこの結婚を祝福しているという話。なんて幸せなハッピーエンド。


 町の人々はハラハラドキドキ、ふたりの恋物語に聞き入った。


 遠目に見た時は深窓のご令嬢に見えたけど案外元気なお姫様だ、それにしてもウチの領主様って結構やり手じゃないか、いいぞ似合いのご夫婦だ、などとあちらこちらで祝いの言葉が紡がれ、祝杯の歓声が上がる。


 フローラとライラも繰り返し祝福の乾杯を交わし、何度も幸せな場面を思い出して笑い合った。


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