13 それからふたりで
夕暮れが赤く空を染める頃、城壁に沿って歩きながら二人はたくさん話をした。と言ってもほとんどはフローラがしゃべっていたし、オスカーの方はポツリポツリと話すだけ。それでも、今までに比べれば随分たくさん話をしてくれた。
オスカーは、この町にやってきた経緯ももう一度きちんと話をしてくれた。
元々は王姪エリザベスの護衛騎士として王都に務めており、彼女がこの領地に嫁ぐと決まったと同時に異動を命じられた騎士のひとりだった。
確かにオスカーが花を買いに来始めたのは、領主様の婚約が決まって少し経った頃だ。主人である王姪が当地に移る前に、領地のことを把握しておきたいという騎士団の意向で、オスカーを含め数名の騎士が早めにこちらの領地へ着任してきたという。
「王都に比べれば随分と小さな町でしょう。がっかりなさったのでは?」
「まさか。規模は大きくなくとも、活気のある良い町です。それに、門からあなたの花屋が見えるのですが、たくさんの人が花を買いに来るでしょう。それを見ていると、この町の暮らしがとても明るく幸せに思えて、この地に移って良かったと思ったのですよ」
王族の護衛騎士がなぜ門衛を? と聞けば、新しい場所だからこそ、どんな町でどんな人がいるか、実地で見ていたと言う。水曜以外には別の門に立つこともあったし、週の半分以上は町中の通りを歩き回って探索していたとのことだ。巡回で見る景色と、ひとところから見える景色はやはり違うらしい。
「騎士であることも隠すつもりはなかったのですが」
「いえ、びっくりしただけです。特に何と言うことは」
「来週からは護衛の任務に移ります。奥様の領地視察が続くでしょうから」
「やっぱりお城にはあまりいらっしゃらない方なのですね」
「ええ」
話を聞く限り、門衛の仕事はなくなるのだろう。となると、水曜に門衛姿のオスカーを見ることはもうなさそうだ。
「水曜の楽しみがなくなって、残念です」
「いつでも会いに行きますよ。花も買いたいですし」
「ええ、ぜひ。もうすぐ夏の花も増えてきますし、オスカーさんの気に入りそうな明るい花もたくさん入りますよ」
オスカーは小さく頷く。
「そういえば、いつも明るめの花をお選びですよね」
「ああ、それはあなたみたいなので」
「……っ、そ、そうですか」
オスカーは時々、不意打ちのように甘い言葉を言うけれど、あまりにも普段と声の調子が変わらない。フローラは自分ばかりが意識しているみたいだと、ちょっと恥ずかしい。
それでも、頬を染めた顔でオスカーを見れば、表情を緩めた顔を見せてくれる。ほんの少しオスカーの頬も赤く見えるのは、きっと夕焼けのせいだけじゃないと思う。
「そうだ、妹夫婦に夜会を一緒に過ごせなくなったことを言いに行かなくちゃ。オスカーさんのことも紹介したいんですが、いいですか?」
「ええ、もちろん。俺も主人にあなたを紹介させてください。というか、絶対紹介しろと向こうからやってくると思うので……」
「えっ、オスカーさんのご主人って……エリザベス様では!??」
「……領主様も一緒に来られると思います」
「ひええ、恐れ多い……そんな、私なんかがいいんですか?」
びっくりして目を白黒させるフローラに、すかさず「あなたがいいんですよ」と言ってから、オスカーは申し訳なさそうにした。
「俺が庭園披露宴の相手がいると言ったら、絶対挨拶すると聞かなくて」
「そ、粗相のないように頑張ります……!」
「いや、大丈夫です。あのお二人は幸せ真っ最中なので、人におせっかいを焼きたくて仕方ないと言いますか。庭園披露宴の相手がいると言うまでは、あの令嬢はどうだ、この侍女はどうだと散々勧められまして……」
後半はぼやくようなオスカーの言葉だったが、今更ながら、オスカーの身分は結構高いのではと思い至り、フローラはヒヤリと背筋を凍らせた。王都出身で、王族の護衛騎士といえば、それなりの身分の家柄だろう。大事な護衛騎士についた変な田舎虫を追い払おうとされても不思議ではない。
「あ、あの、私、全然家柄とか考えなしで……全然、釣り合いが取れないと思うんですけど」
「俺が選んだと言えば、それで済む話です」
「あっ、はい……」
オスカーはまた淡々とした口調で、当たり前のように言う。
「それに品定めとかじゃないですよ。単に、俺が初めて好きになった人を見たいという好奇心なだけです。だから、そんなに緊張しなくても……ってフローラさん? 大丈夫ですか?」
「は、はい。ちょっと、いただいた言葉の破壊力がすごくて……」
いつもポツポツと必要なことしか話さない寡黙なオスカーが、自分のために言葉をたくさんくれるのが、フローラはたまらなく嬉しかった。正直、ちょっとキャパオーバーだった。だけど、今言ったような言葉たちを、オスカーが必要だと思って伝えてくれているのなら、なんて幸せなことだろう。
そんな風に話をしていると、あっという間に城の正門が見えてきた。城門は開け放たれ、中でたくさんの人が賑わっている。
フローラがオスカーの腕にそっと手を添えると、オスカーはもう片方の腕でその手を優しく包んでくれた。なんだかずっと昔からこうやって一緒にいたような気がして、ドキドキするのにすごく落ち着いた。
(ライラとアレックスにも会えるかな。あっ、ジル奥様もいらしてる。なんて素敵なドレス。こちらに気付いて手を振ってくださっているわ。あら、ホラスのご主人の大きな笑い声も聞こえてきた。ご無事でよかった。きっと大好きなお酒を飲みにきたのでしょうね。ヒルダ姉さんにも挨拶したいな。ご覧の通り、全部すっかり大丈夫ですよって伝えたい)
日が沈み、空が群青に変わり始める。会場内に飾られたオレンジのランプ草がポツリポツリと灯されて、庭園はあたたかな光に包まれていく。
会場はどこもかしこも美しく、祝福を告げる鮮やかな花々と人々の笑顔に満ちている。フローラやオスカーたちに起きた昨日からの大事件など、全くなかったかのような平和な光景だ。
当たり前の毎日と、時にはこうやって特別な日を過ごせる暮らしが、ずっとずっと続けばいい。大切な人がいて、みんなが笑っていられるような。多分、本当は当たり前なんかじゃなくて、きっと誰かが一生懸命につなげているような平凡な日々。私の花がその日々を彩る手助けになるのなら、こんなにうれしいことはないだろう。
フローラは思わず胸がいっぱいになって、オスカーを見上げて微笑んだ。自然と目が合い、オスカーが小さく微笑みを返す。
遠くから見ていた、あのとびきりステキな笑顔だった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
2023.11/8追記:
番外編として、妹のキャシーが主人公の短編を投稿しました。
よければぜひお手にとってみてください。
「美人の姉と町を歩いていたら公開プロポーズが始まった。私? 私は太眉たぬき顔の妹ですが、あれ……何か様子がおかしい?」(https://ncode.syosetu.com/n4810im/)