12 支度しましょう
しばらくしてからオスカーは立ち上がると、騎士が姫にするように恭しく見事な一礼をし、フローラの手を取った。おとぎ話に出てくるような仕草に、フローラは息をのんで目を丸くした。
(わ、なんだかお姫様になったみたい……)
子供みたいな感想が頭に浮かんだが、子供の頃に遊んでいたお姫様ごっこの騎士なんかとは比べ物にならない。
(そうだった。オスカーさんは、本物の騎士なんだ……)
手を引かれるままにフローラも立ち上がって向かい合うと、オスカーは手の甲へと口づけをした。フローラはすっかりドギマギしてしまったが、オスカーの方はもういつもの表情に戻っている。
(これは、ズルい……! オスカーさんは騎士だから、こんなの全然、なんてことないんだろうけど……だけど、こんなことされたら、惚れてしまう。いや、惚れてた。なんならさっき好きって言われて……それで……落ち着いて、私……)
そこでフローラは今更ようやく気づいたのだが、オスカーは騎士の制服を着ていた。精悍な姿に、凛々しい濃紺の騎士服がとても似合っている。
いつも下ろしている前髪も上げていた。徹夜明けで走ってきた今は、髪も幾分乱れてしまっているが、それもまた色気があってスッキリとした額の見える様は格別だ。フローラは思わず見惚れてしまう。
「では、改めて。庭園披露宴へ、私とご一緒していただけますか?」
「はいっ、もちろんです。あ、でも、そろそろ警護の当番の時間では……?」
「さすがにそこまで激務な体制は組みません。昨日からの徹夜ですから、昼過ぎまでの勤務に変わってます。明朝までは非番です」
と言っても、徹夜明けの二人の体力は、もうほとんど底をついていた。
緊張しっぱなしだった糸が切れたのか、急に睡魔が襲ってくる。ふらりと体を傾げたフローラをオスカーはやさしく受け止めてくれた。
「す、すみません」
「少し眠ってから行きましょう。庭園披露宴は夜まで開いていますから」
「ええ、今すぐ行きたいけれど、体が限界ですね」
そこで二人は顔を見合わせ互いに頷くと、少し仮眠を取ることにした。
*
熟睡していたフローラが目を覚ますと、頭はずいぶんすっきりしていた。体もだいぶん軽くなっている。短い時間でも、ぐっすりしっかり眠れたようだ。外はまだ少し明るく日が残っていて、夜までには城へ行けるだろう。
ベッドから身を起こすと、近くのソファに座ったまま眠り込んでいるオスカーの姿が目に入った。
(寝顔だと少し幼く見える、かわいい……)
もう少し近くで見たいとベッドを降りようとした時、パチリと目を開けたオスカーと目が合った。
「お、おはようございます……?」
あわてて変な挨拶をしてしまう。起きたばかりだから朝の挨拶? でももう夕方。それに寝起きの「おはようございます」なんて、ちょっと恥ずかしいような気持ちになる。
「休めましたか?」
寝起きの少し掠れた声で尋ねられ、フローラはさらにドギマギしながら返事する。
「はい、ばっちりです」
さっきのやり取りを思い出すと、少し照れくさくてぎこちない。でも、オスカーのいつもと変わらない落ち着いた声に、心が穏やかに満たされていく。
「オスカーさんこそ休めましたか? ほんと椅子なんかでごめんなさい……」
「大丈夫です。仕事柄どこでも寝られます」
「そういうものですか? 今夜はゆっくり休んでくださいね」
「ええ」
もちろん一眠りの前に、どちらがベッドを使うかで一悶着はあったのだ。怪我人をソファで寝させるわけにはいかないフローラと、家主を差し置いて女性のベッドで寝るわけにはいかないオスカーの戦いは、どちらが勝ったかは先ほどの通りだ。
「じゃあ、支度しましょうか」
フローラがそう言うと、オスカーは軽く頷き一階へと降りていった。
フローラは念入りに顔を洗って化粧をし、体を手早く拭ってから真新しいオレンジのドレスを身につけた。華やかなレースが上品でステキだと、フローラはとても気に入っている。普段は着ることのない華やかな衣装に、気持ちがふわふわと浮かれてきた。
ベージュ色の髪をとかし、くるくるとまとめ、金色の糸で編み込んだ葉っぱの形の髪飾りをつける。本当は花も飾りに使いたかったけど、全部持ち出してしまったので、アクセサリーはこれだけだ。
(うん。これはこれでシンプルでいいと思う。よし! いい……! と思う!)
一階に降りて「どうでしょうか?」と、ちょっと緊張しながらドレス姿を披露する。オスカーはこくりとひとつ頷いた。
水曜の花束に満足する顔と同じだと、フローラには分かってうれしくなった。
「これを」
オスカーはポケットから小箱を取り出して、フローラに手渡した。促されるまま開けてみれば、小さな金の花飾りのついたペンダントが入っている。
「わ、きれい……これ、私に、ですか?」
「はい。良ければ」
「ありがとうございます! すごくうれしい……今、つけてみても?」
「ええ」
でも着慣れないドレスで首の後ろの留め金を止めるのは、なんだか少し難しそう。ふと思いついて、フローラはオスカーに頼んでみる。
「つけて、下さいますか?」
オスカーは一つ頷くと、フローラの後ろに立って細い鎖を首にかけた。ほんの少し首筋にふれる指先は、やっぱりとてもやさしく丁寧で、フローラはドキドキしっぱなし。このまま永遠にペンダントをかけ続けてほしい、なんてことまで考えてしまう。
オスカーは小さな金具を止めた後、そのままそっと後ろからフローラの耳元に顔を近づけて、
「本当は、これを贈ってから告白するつもりでした」
と、低い小声で教えてくれた。
フローラはうれしさのあまり、もう返事もできなくなって、ただコクコクと何度も頷いた。