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11 子どもみたいに不器用で純粋な告白

 話を聞けば、昨日起きた花屋襲撃事件の現場に出くわしたのが、郊外を巡回していたオスカーの隊だった。


 強盗団と剣を交え、腕の傷はその時に花屋をかばってついたもの。とはいえ、大したケガではないらしい。花屋はオスカーたちに助けられたが、その騒ぎのせいで荷馬車は横転してしまい花がダメになってしまった。


 花屋の荷馬車は、嫁入り道具の貴重品を運ぶ馬車と間違われて襲われたのだ。さらに強盗団は複数に分かれて潜伏しているとの情報もあって、騎士・衛兵総出で徹夜で捜索を続け、ようやく昼前に全員捕まえることができたらしい。


 オスカーとフローラは互いの話を聞き終わると、疲れた顔を見合わせて、そろって安堵のため息をついた。


 終わりよければ全てよし、と言っていいのか、そうでないような。


(これ、キャシーが相手だったら私たちは二人とも絶対怒られてたな。約束してるのにすっぽかすなんて、仕事だからって何でも許されると思わないでって。連絡くらいしろって。だけど、私たちはそうじゃないのかな。きっとお互いそういうところが鈍いんだろう)


「どうしましたか?」


 苦笑したフローラに気付いたオスカーが尋ねる。いつもと変わらない、少し低くて穏やかな声。


「あの、怒ってませんか?」


 答えはほとんどわかっている。だけど、フローラは聞いてみたかった。


「いえ?」


 オスカーは不思議そうに答えを返す。

 フローラはやっぱり、と思いながら言葉を続けた。


「私、オスカーさんとの約束をすっぽかしたから」

「それを言うなら、俺の方こそ」


「いえ、もしオスカーさんがいらっしゃらなくても、きっと理由があると私は待っていたでしょう。結局はこうやって来てくださったし、話を聞けば分かります。オスカーさんの仕事は、領地を守る大事な仕事ですもの。だけど、私は戻ってこようと思えば、帰れたかもしれないのに……」

「フローラさんだって仕事でしょう。同じです。あんなに美しい場所を作ってくださる大事な仕事です。俺が守っているのは、そういったものです」


「でも」

「あなたも俺に怒ったりしていないでしょう?」


 フローラは首を横に振った。


「怒ってなんかいません」

「同じですよ」


 オスカーはとても優しい声でそう言った。


 自分のしたことは間違ってないと言われたようでありがたかったが、相手を後回しにした自分勝手な申し訳なさもまだあった。甘え切ってしまうのは良くないだろう。


 ただ、目の前の人と自分は、きっと同じように思っている。間違ってもいないし、正しくもないことを、同じように感じて受け止めている。そういう人がいてくれるのは、とても幸運なことだと思った。


「でも、連絡はするべきでしたね。ごめんなさい」

「確かに。俺の方も、伝令を寄越してでも状況をお伝えするべきでした。申し訳ありません」


 また互いに頭を下げ合って、安堵混じりの疲れた顔を見合わせる。


 なんだろう。もっと何か言いたいけれど、うまく言葉が出てこない。寝不足の頭は言葉のハードルを下げてしまって、心の中での呟きも、ふと声にそのまま出てしまう。

 

「こういう時は、なんて言えばいいんでしょうね」

「そうですね……お疲れ様でした、とかでしょうか」


 やけに真面目な答えに、フローラは思わず笑ってしまった。まるで一緒に仕事をしていたみたいだ。でも、実際そうなのかもしれない。


 くたくたの二人は、しばらくぼんやり互いの顔を見つめていた。


 フローラは、自分がひどい格好をしてるだろうなとふと気づく。今までで一番近い距離で、一番疲れた顔をしてるなんて。服も泥だらけだし、髪もぐちゃぐちゃ、顔だってきっとひどいものだろう。


 オスカーの前では一番きれいで上手に振る舞いたいと思うのに、なんだかいつもうまくいかない。だけど、ともかくこうして会えたのだから、心底良かったとフローラは思った。この人に会えて、本当に良かったと。


(そろそろオスカーさんは警備に行かなきゃいけない時間かな。こんなギリギリの時間なのに、わざわざ来てくれたことがとてもうれしい。一緒に庭園披露宴に行けなくなっちゃったのは残念だけど、ドレス姿を見てもらうくらいの時間はあるかしら)


 そんなことをフローラが考えていると、隣に座っていたオスカーがフローラの方を見たまま、ほろりとこぼすように、一言呟いた。


「好きです」

「…………えっ?」


 一瞬意味がわからなくて、でも、理解した瞬間、フローラは顔を真っ赤にしてオスカーの顔をまじまじと見つめた。いつもの無愛想な顔が、しまった、と言うように視線を逸らす。


「あ、いや、違う。いや、違わないです。急に言ってしまって申し訳ない。もっとちゃんと言うつもりだったのですが、思わず」


 珍しくあわてた様子のオスカーを見て、フローラもつられてあわててしまう。


「えっ、でも、あの、オスカーさんには好きな人がいらっしゃるのでは……」

「はいっ? だとしたら、あなたですよ」

「ひえ、ああありがとうございます?」


 あわてて謎のお礼を言ってしまう。


「いえ、あの、ほら以前お見かけした女性の方……あの方は特別な方なんじゃないですか?」

「あ……そうか、説明まだでしたね。申し訳ない。あの方は王姪エリザベス様です」

「ええっ、エリザベス様……って領主様とご結婚された王家の姫君様……!? でも、あの日お見かけした場所って……」


 だってあの日見かけたのは、下町の温浴場だ。オスカーはいつもの表情に戻って、淡々と答えていく。


「エリザベス様は城下へ出かけるのがとてもお好きな方でして。王都でも城にいる方が少なかったようなお方です。俺が護衛騎士の一人なものですから、あれは護衛としての仕事です。あの日は温浴場へ行きたいとおっしゃったので、もう一人侍女もいたのですが」


 もう一人には全く気づいていなかった。そういえばあの日、温浴場の湯気の向こうに美しい金髪の女性がいたような……あれって、もしかして……。結婚パレードで見た花嫁に似ていたような気もしてくる。


 新しい町にやってきてこっそり城下の温浴場に通うくらいの人ならば、なるほど吟遊詩人たちが詠った通り、(したた)かな領主と似合いの夫婦かもしれない。


「以前聞かれた時は周りに大勢人がいましたから、エリザベス様のこういった話をするのは憚られまして。いずれは城下の方も知るところになるでしょうが、正式な婚姻前なので慎重になってたんです」

「じゃあ、オスカーさんの想い人というわけでは……」

「全くないです。主君として敬愛はしていますが、それ以外の感情は一切ありません」


 そう言い切ったオスカーは、ふ、と一つ息を吐くとフローラの顔をもう一度正面から見た。


 少し表情が緩む。そして低い声でボソッとつぶやいた。


「……かわいい」

「は、はいっ」


 フローラが弾かれたように返事をすると、オスカーはまたあわてた顔で口元を手で覆った。


「うわ、……いま、俺、無意識に言ってました。その、あまりにもホッとした顔をされているのが、かわいすぎて……」

「あっ、ありがとうございます……?」

「いや、これダメですね。ちゃんと言います」


 オスカーは腰掛けたまま居住まいを正し、フローラを真っ直ぐ見つめた。


「俺、あなたが好きです。よければお付き合いをしていただけませんか?」

「はいっ、私も、好き、大好きです!」


 子供みたいな言い方をしたと、フローラは恥ずかしくなったが、オスカーも似たようなものだった。恥ずかしさと嬉しさでどんな顔をしていいかわからずに、フローラは俯いて、震える声で小さくつぶやいた。


「よ、よろしく、お願いします……」


 心臓が跳ねるようにバクバクと鳴り続けている。


 ためらいがちに大きな手が背中に回されて、そっと花束を抱えるように優しく引き寄せられる。


 フローラは胸に顔を埋めたまま、自分もおずおずと手を広い背中に回してみると、今度はぎゅっと抱きしめられた。少し埃っぽい外の匂いが、鼻をくすぐる。


(ああ、とてもあたたかくて、すごくうれしい……)


 フローラも同じように抱きしめ返す。あたたかな体温に徐々に気持ちが落ち着いてくる。座り込んだまま抱きしめ合っていると、うるさい心臓の音はどちらのものかわからなくなった。


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