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10 間違ってもないし、正しくもないこと

 庭園披露宴開場の定刻に、ラッパの音が鳴り響く。


 城門が開く音と同時に、人々のざわめきが庭園に聞こえてきた。


 城の庭園は昨日からの悪戦苦闘の跡を微塵も感じさせることなく、上品で優雅に領民たちを迎えいれる。初夏の明るい陽射しと輝かしい未来を詰め込んだような空間は、もともとこうであったかのように、完璧な美しさだった。初めて城の中に入る町の人々は、色とりどりの花に飾られた城内に感嘆の声を上げる。


 庭園披露宴が始まって領主様と奥様も登場し、溢れんばかりの花のアーチの下で幸せいっぱいのスピーチを行うと、参列した領民たちは大歓声。なんと飛び入りで花嫁の父でもある王弟も登場した。


 あまりに高貴な身分の王族に領民たちは一瞬固まってしまったが、号泣しながら娘をよろしくと頼む姿を見て、王族と言っても普通の父親でもあるのだなあと、皆ほっこりとした気持ちになった。



 そんな美しく華やかな表舞台とは対照的に、いまだ裏方の奮闘は続いている。城の厨房は戦場のようだし、給仕係に案内係も優雅な姿で大忙し。楽隊の指揮に、大道芸や踊り子たちも演目を滞りなく進めていく。予期せぬ出来事も次々起こる。それでも決して表には気取られないよう仕事は続く。


 フローラも同じように汗だくで駆け回っていた。


 途中入れ替えの花をきちんと手入れして用意したり、来場者が誤って傷めた場所への交換などをこっそり行っていく。夜に合わせた花の追加も予定していて、その準備も必要だ。


 本来、その仕事をするはずの装飾師たちが昨夜からのリカバリーに必死で手が回らず、フローラは手伝いを離れることができなかった。


 朝になる頃にはホラスの主人も奥さんも合流し、それに酔い潰れていた花屋の店主・ヒルダ姉さんも慌ててやってきていたが、仕事は山のようにある。ようやく作業の区切りがついたのは、昼も過ぎた頃だった。




 庭園会場は、色とりどりの花に飾られて完璧な美しさだ。


 フローラも最後の花の手入れを終えた。

 そして、美しい会場と楽しく談笑する人々をぐるりと見渡して泣きたくなった。

 こんなに美しく、すばらしい場所なのに。

 心の中に広がった満足感は、あっという間に後悔に塗りつぶされていく。

 

 オスカーとの約束の時間は朝だった。一緒にいられる時間も、昼過ぎまでしかない。なのに、昼はもうとっくに過ぎてしまった。連絡すらしていない。店を出る時に手紙でも置いておけば良かったと、何度も後悔がよぎる。


 フローラ、と呼ばれて振り返ると、すっかりしょげ返ったヒルダ姉さんが項垂れていた。


「本当に面目ないったらありゃしない。まさかこんな事件が起こっていたとも知らず、朝まで眠りこけてしまっていたなんて……」

 

 酔い潰れていた店主のヒルダ姉さんが、申し訳なさそうにフローラに向かって頭を下げる。フローラは慌てて、明るい声でこう言った。


「いいえ、ヒルダ姉さんが謝ることないですよ。顔を上げてくださいな。あんなに幸せな結婚式でしたし、祝杯は皆浴びてましたもの」

「でもねえ。ホラスの旦那が大変な目にあった上に、フローラ一人に夜通し働かせてしまったでしょう。それに、あんたは朝から庭園披露宴に行く約束もあったんじゃないのかい。本当に悪かったよ」

「何言ってるんです。悪い人なんて、馬車を襲った盗賊団しかいませんよ」


 フローラは泣きそうになる気持ちを抑えて、笑顔を作った。これ以上、ヒルダ姉さんに沈んだままでいてほしくない。それにオスカーとした約束のことは、口に出すのも怖かった。どんな理由があったとしても、破ってしまったのは自分だから。


「大丈夫ですよ。ホラスのご主人も無事だったのですから。私も、これから急いで帰って支度します。ヒルダ姉さんも、後でまた庭園で会いましょう!」


 まだ何か言いたそうなヒルダ姉さんに向かって、お疲れ様でした! と、無理に明るく手を振って踵を返す。これ以上、何か喋ると泣いてしまいそうだった。何が大丈夫なものだろう。でも、大丈夫だって、嘘でも言わなきゃ自分が崩れてしまいそうだ。


 フローラは大急ぎで店に向かって走っていった。

 

 オスカーはきっとしばらく店の前で待ってくれていたはずだ。だけど、さすがに昼も過ぎている。警護の時間もあるのだから、もう待ってはいないだろう。それでも万が一だけど、まだ待っていたらと、フローラは疲れた体で城壁沿いに全力で走った。




 店の前には誰もいなかった。


 フローラは休業中の店が並ぶ静かな通りで、店の前にぼんやりと立っていた。はぁはぁと自分の荒い呼吸の音だけが、やけに耳につく。しばらくして息が整ってくると、ノロノロと体を動かし店の鍵を開けた。


 店内は薄暗く、花を全て持ち出していたため、がらんとして寒々しい。フローラは悲しい気持ちで扉を閉めた。あわてて出て行ったため、ずいぶん散らかっている。後片付けもしなくては。


(私、間違えたのかな。仕事しなきゃって気を張って、こんな時間になってしまったけど、オスカーさんを待ちぼうけにさせてまでやらなきゃダメだったのかな。……手が離せなかったのは本当だけど、私、花を飾るのが楽しくなって、もっとこうしたらああしたらなんて、結局自分も夢中になってしまって……一度家に帰って置き手紙くらいすればよかった。オスカーさんに謝りたい)


 体は疲労でくたくただった。徹夜明けの睡魔がぐっと間近に迫ってくる。


 庭園披露宴は夜まで続く。少し休んでから着替えて夜だけでも行ってみようと思った。夜は妹夫婦に合流すると約束もしている。そして、会場のどこかで警護をしているはずのオスカーを見つけて謝りたかった。


 寝不足の頭でしばらくぼんやりしていると、


 ドンドン!


 突然、やや強めの音で店の扉が叩かれた。


 ビクッとして目が覚める。


 誰だろう。

 また何かトラブルが起きたのだろうか。


 それとも。

 花屋の荷馬車を襲った盗賊団のことが頭に浮かぶ。

 そういえば彼らは捕まったのだろうか。


 おそるおそる鍵穴から覗いてみると、そこには肩で息を切らせたオスカーがいた。焦燥でいっぱいの表情を見て、フローラはたまらなくなった。



「オスカーさんっ!」


 勢いよく扉を開けると、フローラの顔を見るなりオスカーは頭を下げた。同時にフローラも頭を下げる。


「申し訳ありません!」「ごめんなさい!」


 二人の声は同時に重なって、互いに顔を上げ、びっくりして相手の顔を見つめる。オスカーの焦った顔は初めて見たし、こんなに大きな声を聞いたのも初めてだった。


 戸惑うフローラにオスカーは頭を下げて、もう一度謝罪を繰り返した。


「待って、待ってください。どうしてオスカーさんが謝るんです?」

「こんなに遅くなってしまって。本当に、申し訳ない」

「えっ、いえ、私の方こそ、こんな時間になって、それに支度もまだ……」


 改めてオスカーを見ると、すっかり息は上がっているし汗びっしょりだ。どうやらここまで走って来たようだ。それに、腕に包帯を巻いている。


「け、怪我なさってるんですか!? 一体どうなさったんです!?」

「フローラさんこそ、泥だらけじゃないですか! 一体何があったんです?」


 そこで二人は、店先の縁石に並んで腰掛けて、それぞれに起きたことを話し合った。


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