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1 フローラと灰色さん

 入口の鐘がカランと一つ鳴って、客の訪れを告げる。

 開け放したままの店の扉から、客と一緒に涼しい秋風がサアッと店内に入ってきた。


「いらっしゃいませ」


 フローラは花束を作る手から目を上げて、店先に向かって明るい声をかける。


 花屋の店先には、色とりどりの華やかな場所には似合わない、旅装束のような暗い灰色のフードを被った男が一人立っていた。やや高めの背丈に、武人らしい引き締まった体つき。フードの中の表情は無愛想で、少々威圧感のある雰囲気をまとっている。


 男はフローラのかけた言葉に、無言で小さく頷くだけの会釈を返す。


(あ、灰色さんだ。今週も来てくれた……!)


 フローラは男の姿を見て胸を高鳴らせる。

 そして平気な素振りで手元に視線を戻し、花束を作る作業を続けた。


 初めて見た時はあまり見ない風体の客にギョッとしたが、怪しい人ではないともう知っている。


 夏の終わり頃から毎週水曜に花を買いに来てくれている。もうすっかり常連のお客様だ。だけど何度も通ってくれているのに、他の客とは違って、話をしたことはほとんどない。灰色フードの男はいつもどおり無言のまま、店先の花を選びはじめた。




 ここは王都から離れた小さな城下町。

 フローラは領主の城に面した通りで、小さな花屋を営んでいる。


 少しカールした明るいベージュの髪に、大きな緑の瞳。頬には薄くそばかすが散らばっていて、整った顔立ちに親しみのある印象を与えている。幼い頃から花や植物が大好きで、明るく朗らかな性格のフローラは、花屋という商売に向いていた。独立心も強く、若いながらも早々に自分の店を構え、フローラの小さな店はそれなりに繁盛している。


 大抵の人は、美人なフローラが見せる人懐っこくて気さくな笑顔に気を許し、すぐに話を弾ませる。フローラも人と話をするのは大好きだ。でも、そうじゃない人がいることもわかっていて、この灰色フードの人はそういう人だ。こちらから話しかけたりはしない。


 誰とでも仲良くなれたフローラだけど、特別な人はこれまでいなかった。仕事柄、他人の恋愛を垣間見ることは多いから、運命の人なんてものに憧れる気持ちは持っている。でも仕事ばかりしていたために、すっかり恋愛ごとに疎くなってしまった。


 見た目がそこそこ良いために、何人かの男から誘いを受けたことはある。花屋という仕事も、きっと可憐さを増すのだろう。 


 だけど、話題といえばいつも植物のことばかり。華奢に見えるけど、実は意外と力仕事が得意。あちこち花を仕入れに行くから、休日もそんなに空いてない。泥や汚れも気にしない。甘く繊細で美しい姿に惹かれた男たちは、シュンっと心を冷やすのだろう。花屋の仕事に夢中のフローラは、「思ってたのとちょっと違った」なんて理由で、すぐに勝手に振られてしまう。


 そんな男なんてこっちから願い下げ! といつも友人は怒ってくれる。

 お姉ちゃんは仕事ばっかりで相手のことを考えなさすぎ! と妹には怒られる。


 どちらにしても、自分が相手を本気で好きじゃないからそんなふうになってしまうんだろうなと、フローラはなんだか相手に申し訳ないような気持ちばかり。すっかり恋愛から遠ざかってしまっている。


 けれどこの灰色フードの人のことは、なぜかフローラの中で特別気になる人になっていた。


 最初は他のお客様とずいぶん違う雰囲気が、正直、ちょっと怖かった。だけど、灰色さんは毎週花を買いにきた。無愛想な男の人が、毎週花を買いに来るのが珍しくって気になった。


 灰色さんは、いつも静かに花を選ぶ。無骨に見えて、花を触る手つきはとても丁寧。本人の雰囲気とは正反対の明るい花束を、大事そうに抱えて帰っていく。歩く姿も姿勢がいい。フローラはそんな後ろ姿を、いつも見えなくなるまで見送ってしまう。


 心の中で、灰色さん、なんてこっそり呼び名をつけているのもこの人だけだ。

 そしていつの間にか、毎週水曜日が楽しみになって、会えたらなんだかうれしくなった。そんな気持ちが積み重なった。



「これを」


 低く落ち着いた声が間近で聞こえて、顔を上げる。

 灰色さんが、花を手にしてカウンターの前に立っていた。灰色さんは声もいい。


 今日選んできたのは黄色とオレンジ色のダリア。花弁が幾重にも重なり、華やかで優しく美しい花。この人は、いつも明るくて優しい色の花を選ぶ。


「アレンジしましょうか?」

「お任せします」


 いつものやり取り。灰色さんの答えは毎回同じだが、フローラは今日もきちんと確認する。

 ダリアの色に合わせて季節の花とグリーンをあしらって、丁寧に花束を作っていく。



 灰色さんは自分のことを話したりしない。でもフローラは、彼が領主の城の門衛であると密かに知っている。


 フローラの花屋は、城の西門が少しだけ見える位置にある。門と言っても正門ではないため、面した道もそこまで大きな通りではないので、城門とも離れてはいるが人の顔はギリギリ判別できる距離だ。


 そこに立っている青年が灰色さんだと気づいた時、フローラはなんだかとてもうれしくなって、思わず手を振りそうになってしまった。もちろん、そんなことはしなかったけど。


 ある日、門前を通り過ぎる小さな子供が門衛に向かってバイバイと手を振った時、彼が小さく笑って手を振り返すのを見てしまい、心臓を撃ち抜かれたようになってしまったこともある。


 だけど、彼が門衛であることに気づいたと言っても、それを話のネタにするような人でもない。

 門衛さんなんですね、と言ったところで、そうです、と言われて会話は終わってしまいそうだ。もしかすると、灰色さんもこちらの花屋を門から見ていて、それで買いに来たのかもしれないし。


 灰色さんの門衛当番は水曜日。花を買いに来るのも水曜日。きっと仕事帰りに立ち寄っているのだろう。



 花束を仕上げる。ダリアの花は一輪だけでも華やかだけど、他の花たちと一緒になってなんだかとても楽しそう。


「いかがでしょうか」


 出来を尋ねれば、いつも無言で頷かれる。

 初めの頃は気に入ってるのか分からず戸惑ったが、今では満足していると分かるようになってきた。


 金額を告げる。

 大きめの骨張った手が、革袋から硬貨を取り出す仕草がやけに丁寧で、フローラはいつも見入ってしまう。


 会計を終え、フローラが「ありがとうございました」とお礼を言うと、灰色さんはまた小さく会釈して店を出ていった。


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