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響と過ごす、この逃げ場がなければ……
もう限界だと、とっくにこの世から逃げ出していたかもしれない。
ふとそんなふうに思った。
「……ありがとう。
でも私、食欲ないから、響だけ買って来て?」
「……ん、でもその前に。
何があったか、聞いてもいい?」
そうやって優しく気にかけてくれるのは嬉しい。
それに響ならきっと、変に深入りはせず……
私の心に、ただ寄り添ってくれるだろう。
「……うん。
ちょっと、拒絶されちゃって……」
「っ……
そっか、ショックだよね……
その気持ち、わかるよ」
「……わかる?」
思わぬ軽薄な反応に、気持ちが少し逆撫でされる。
「ん……
俺、大好きな人に拒絶されて、嫌われたからさ。
そんな時のショックとか、悲しくて遣る瀬無い気持ちは、よくわかるよ」
あぁ、そうか……
今まで興味もなかったし、人の事どころじゃなくて考えもしなかったけど。
響の永遠の片想いはきっと、単なる失恋で。
その相手は多分、生きている。
そんなのどっちでもいいんだけど。
だけど……
勝手に仲間だと思ってたから、同じ類の片思いだと思ってたから。
心が不安定だった私は、なんだか裏切られた気分になった。
「一緒にしないでよ」
「……え?」
「たかが失恋でしょっ?
そんなのと一緒にしないでっ」
突き放して睨みつけると。
響は驚きを浮かべて、悲しげに眉をひそめた。
「憧子さんには、わかんないよ」
「うん、わかんない。
わかんないけど、これだけは言える。
そんなの、会えるだけ幸せだから」
「会えないよ。
……酷いことしたんだ。
俺の顔なんて2度と見たくないだろうし、もう会わす顔なんてない」
「そんなの気持ちの問題でしょう!?
別に会えないわけじゃないっ。
会うのが怖くて、ただ逃げてるだけじゃない!」
「でも会えば彼女を苦しめるっ!
だからどんなに会いたくても、俺の都合じゃ会えないんだよっ」
「会えるってば!
だって生きてるじゃないっ!」
えっ、と響が表情をなくした。
「そんなの、会えないうちに入らないっ……
会おうとすれば会えるんだしっ、苦しめたって生きてれば挽回出来る!
遠目に見る事だって出来るんだし、いくらでも可能性があるじゃないっ。
でも私は会えないのっ!
望めば声が聞けた人と……
ずっと一緒にいた人とっ……
もう2度と会えなくなるなんて想像出来るっ!?
ううんきっと、想像とは全然違うっ。
けど響の会いたい人は、生きてるんだからいいじゃないっ!
たとえ会えなくたって、生きてるだけで救われるっ……」
「っ、それが生き地獄でもっ?」
苦しげにそう返されて。
言葉を失った。
生き地獄……
私も今そこにいる。
それでも生きてるだけで救われると、周りから言われれば……
勝手だと思っただろう。
だとしても。
本当に会えない私は、そんな理屈的な会えないが腹立たしくて……
ただ顔を歪めると。
「ごめん、ちょっと……頭冷やしてくる。
あと弁当も」
そう言って響は部屋を出た。
思わず悔し涙が零れて……
即座に私は、荷物をまとめ始めた。
ここにはもういられないと思ったし、いたくなかった。
やっぱり誰もわかってくれない。
そもそも、わかるはずなんてないんだけど。
この1カ月半を通して、響は違うんじゃないかって気がしてたのにっ……
少ない荷物はすぐにまとまって。
お世話になりましたと書き置きを残すと、合鍵をドアポストに入れてマンションを後にした。
でも親元には戻りたくなくて。
かといって行く当てなんかなくて……
行きたい所はただひとつ。
会いたいよ一真……
もう嫌、会いたいっ。
どうにかしてよ!会いたいよっ……
会えるくせに会えない理屈をつけて、会わない人がいる中で……
私は死んでもいいくらい会いたいのに、生きてる限り会えなくて。
だったら生きるのがバカバカしい。
バカバカしくて、バカバカしくて……
ねぇなんで生きなきゃいけないのっ!?
そんな思いで、ふらふら彷徨って……
気付けば結局。
響のマンションから近い、成美が働くバーの前にいた。
なぜだろう……
腹が立つのに、この関わりもシャットダウンしたかったのに、彼女の元を訪れてしまう。
「あ~憧子っ!
いらっしゃい、なに飲むっ?」
私が家出してる事は耳に入ってるはずなのに、この深く干渉しない性格が楽だからだろうか……
それに情報も得られる。
「ところでさぁ!
さっき秀人くん来てたよっ?」
「え、そーなの?」
「うん、ここ最近はけっこー頻繁に」
それは家出した私を捜してると言ってるようなもので……
「なんか、言ってた?」
「まぁ、少し前に家出の事は相談されたよ?
なんか、すっごく心配だったみたいでさっ。
変な事考えてるんじゃないかって、徹夜で探し回ったらしいよ?」
「えっ……
そうなんだ……」
胸が罪悪感で苛まれる。
「でも荷物を持ってった事と、仕事にはちゃんと出てた事で、ひとまず安心したみたいだけど」
ごめんね秀人……
だけどね?
その心配が、逆に私を追い詰めるの。
なるべく涙を我慢しなきゃって。
うまく悲しみを隠さなきゃって。
もう平気なふりをしなきゃって。
とっくに限界なのに、もっと立ち直らなきゃって……
そんな重すぎるプレッシャーに、思わず顔を歪めると。
「それよりさっ、聞いてくれるぅ!?」
それより……
私の家出なんかよりと切り替えられた話は、好きな歌手の話で。
あぁそうか……
彼女は深く干渉しないんじゃない。
ただ、私の事なんかどうでもいいのだ。




