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どんなに辛くても……
離脱症状というあの酷い副作用に苦しみながら、せっかく断薬した安定剤には頼りたくない。
でも今日は全く眠れなくて……
堪らず、眠剤をもう一錠追加しようと。
キッチンの引き出しに隠してる、薬ポーチを取り出した。
だけどPTPシートから押し出そうとして、ためらう。
本当はそれから抜け出したいから。
ほんと、なにやってるんだろうっ……
響のおかげで、親たちへの罪悪感は少し和らいだし。
今は逃げて、自分の心を守ろうと思ってる。
だけど現状はそれを許してくれなくて……
その関わりから1日たりとも逃げられない。
とりあえず、話すだけ話してみようかとも思ったけど。
わかってもらえないのは目に見えてるし。
こうも電話を無視してしまうと、今さらなんて言えばいいのかわからない。
こんなんじゃ例え帰りたくなっても帰りにくいし、自分を守ったつもりがどんどん追い詰められてる気がして……
茫然と立ち尽くした。
「どしたの?」
突然かけられた声に、ビクッとPTPシートをシンクに落としてしまう。
「あ、ごめん驚かし、て……」
すぐにそれを拾った響が、印字された薬品名を目にしてか、語尾を遅らす。
眠剤だとわかったのだろうか?
内心少し戸惑うと。
「……毎日飲んでんの?」
「まぁ……」
「もう、長い?」
あぁ多分、わかってる……
その質問に、そんな気がした。
「3年、近くかな」
「……そっか……辛いね」
瞬間、何かが弾けて。
「んっ……辛い……」
ぼろっと、不可抗に涙が落ちた。
眠れないのは辛い。
果てしなく感じる動かない時間の中で、孤独に押し潰されてどうにかなりそうになる。
薬に頼らなきゃならないのも、情けなくて辛いし。
一生抜け出せないんじゃないかって、不安と恐怖が付き纏う。
だけど、自分の意志じゃどうにもならなくて。
励ましやアドバイスはプレッシャーにしかならなくて。
わかってもらえないどころか、家族まで苦しめてしまう。
そんな辛い思いが……
辛いねって受け止め先を見つけて、零れ出してしまってた。
ふいに、穏やかな温もり包まれる。
その人は見て見ぬフリしたり、変に気を回したりするわけじゃなく。
下手に諭したり、無理に励ましたりするわけでもなく。
ただそっと、私の心に寄り添ってくれた。
そしてふわりと、優しく髪が撫でられて……
思わずその人にしがみついた。
撫でて欲しいのはこの手じゃない。
だけどそれでも、あったかい。
とはいえ。
「……ありがとう。
もう大丈夫だからっ、響は眠って?」
「ん……
でももう少し、一緒にいていい?」
「ごめん。
1人にしてくれる?」
ずっと慰められるのは好きじゃない。
だって、泣き止まないといけなくなるから。
それに気が済むまで泣くと……
泣き疲れるのか、少し眠れたりするから。
それから数日後。
「おはよ、憧子さん。
朝食作ったから一緒に食べよ?」
「……どうしたの、急に」
出勤時間が私より1時間遅い響は、いつもならこの時間はまだ寝てる。
「俺、朝はバナナなんだ。
最近は怠けてたんだけど、12月はハードだからエネルギー付けときたくて。
あ、バナナ食べれる?」
「食べれるけど……」
朝はあんまり食べたくない。
「じゃあせっかく作ったんだし食べてよっ。
1人で食べんのって寂しかったんだけど、憧子さんがいてくれてよかったよ」
そう言われると、お世話になってる手前もあって……
「……いただきます」
渋々席に座った。
それはスライスしたバナナにミルクを注いで、蜂蜜をかけたもの。
作ったというほどのものじゃないけど、料理をしない響からすれば充分に料理で。
作る事の大変さを身にしみた私は、誰かの料理をもう残したくなかったのだ。
だけど、食後に出されたガムは断った。
「嫌い?」
「そうじゃないけど、別にいい」
それは料理じゃないし、そこまで付き合わなくてもいいだろう。
なのに響までそれを食べなくて、なんとなく後味悪い気持ちになった。
それから用意を終わらせて、家を出ようとすると。
「憧子さん」
呼び止められて、振り向いたと同時。
後頭部に手を回されて、唇が重ねられた。
いきなりすぎて驚く私に……
つぅ、と爽やかなミントが口移される。
「ごめんっ、こーゆうのやってみたかったんだけど……
ダメ?」
「……別に、いーけど」
だって私たちは、一応恋人関係で。
ここに居させてもらう限りは仕方ない。
でもその日から、朝食とキスガムは毎日続いた。
バナナは飽きないように、ヨーグルトだったりシナモンバターだったり、トッピングが工夫されてて……
今日はなんだろう?と、少し私の興味を引いた。
それに朝食のおかげか、最近は仕事の効率が上がってた。
だから……
「いつもありがとう」
自然と、出されたそれに感謝を零すと。
嬉しそうに首を横に振る響。
そして。
「あ、そうだ。クリスマスどうする?
俺、仕事で遅くなるけど……」
ふいに出た話題。
「大丈夫。
私、イベント事好きじゃないから。
普通にすごそ?」
イベントを楽しむ気持ちになんか、到底なれない。
特にクリスマスは、イルミネーションが辛い。
だから秀人に無理やり誘われてた時は、正直苦しかった。
だけど響からは、そういうのを求められなくてちょうどいい。
それに、響との生活もちょうど良かった。
土日休みの私と平日休みの響は、休日も被らないし。
美容師は勤務時間が長いから、一緒に過ごす時間もあまりない。
第3日曜は休みらしいけど、今月みたいに忙しい月は返上されるそうだし。
休みでもセミナーに参加するらしく、先月もそうだった。
それはちょっとした一人暮らしをさせてもらってるようで、気が楽だし。
一緒にいる時は気にかけてくれるから、寂しさを埋めるには充分で……
そのちょうどいい逃げ場とちょうどいいフォローが、追い詰められた心に歯止めをかけてくれていた。




