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そしてこの中途覚醒も、いつかはきっと治まるだろう。
相変わらずそれは手強いけれど、のんびり向き合う事にした。
そんな、とある日曜日。
響の喜ぶ顔が見たくて、土日だけお弁当作りを再開した私は……
身体に回された腕をほどいて、アラームを止めると。
「おはよ、憧子さん」
目覚めたその人から、すぐに唇を塞がれる。
瞬時に蕩けて……
唇を離した響を、その余韻で見つめると。
「そんな艶っぽい目しないでよ。
止められなくなる」
再び唇を重ねられて、これ以上ないくらい溶け合う。
「響っ、仕事っ……」
「ん、わかってる……」
だけど唇が離れると。
淋しさと愛しさにまた、どうしようもなく惹かれ合う。
挙句。
バタバタお弁当を作って、丸ごとバナナにかぶりつく羽目に。
しかもせっかく作ったそのお弁当を、響のバッグに入れ忘れてしまう。
洗濯していて、気付くのが遅くなった私は……
まぁいいかと、自分のお昼に食べようと思ったところで。
響なら休憩を削って取りに戻りそうだと、頭によぎる。
もしくは、忙しいからそのままお昼抜きにしたりとか……
時間を見ると、開店にはまだ時間があったから。
そんなに邪魔にはならないだろうと、届ける事にした。
お店の近くに車を停めて、そこを目前に歩いてると……
いきなり店内から、響と秀人が現れて。
なんで秀人が今ここにっ?
どういう状況かと、思わず身を潜めてしまう。
響とよりが戻った事は伝えてて。
良かったなと言ってくれてはいたけど……
私を心配する秀人の事だから、もう離れる事がないように釘でも刺すつもりだろうか。
大工なだけに、と呑気な事を浮かべながらも。
気になって、近くの路地に入った2人を急いで追った。
「悪いな、仕事中に。
けど憧子に内緒であんたと話すには、他に方法が思いつかなかった」
「いえ、みんなに差し入れまでいただいたし。
オーナーも視察で会った時から ひでとさんの事を気に入ってて、快くOKしてくれたんで大丈夫です」
路地の入り口に差し掛かると、ちょうど会話が始まったところで。
憧子に内緒という前置きが気になって、悪いと思いながらもまた立ち聞きしてしまう。
「単刀直入に聞く。
あんた、一真の事は知ってんのか?」
「……知ってます」
「ふぅん……
じゃあそんなのも引っくるめて、全部背負う覚悟があるって事でいんだな?」
「もちろんです」
はっきりと言い切った響に、胸がぎゅっと締め付けられる。
「……ならいーけど。
ただ、それはあんたが考えてるよりずっと辛ぇぞ?
憧子は当時の事を曖昧にしか覚えてねぇ。
けどおばさんの話だと、最近少しずつ思い出してるらしい。
そうなったら、取り乱したり塞ぎ込んだりするかもしれねぇ。
それはあんたにとっても相当辛いはずだ。
その覚悟が、ほんとにあるって言えんのか?」
「それは、既に目の当たりにしました。
そんなのとっくに、覚悟の上です」
途端、ぐわっと涙が込み上げる。
おかしくなってたあの時、響はどんな思いだっただろう……
どれほど苦しかっただろうっ……
それなのに一緒にいたいと、覚悟の上だと言ってくれた響に。
ただただ胸が打ち付けられる。
「……ならもう言う事はねぇよ。
憧子の事、頼むな」
「っ、はい。
……でも ひでとさんは、それでいんですか?」
「っ、あ?」
「いえ……
よくなくても譲れないくせに、すみません。
けどこうやって俺なんかのフォローまでして……
見守るだけで、後悔しないんですか?」
「っ……
あいつと同じ事、聞くんだな」
「えっ?」
「けど後悔なんかしねぇ……
俺は2人が幸せなら、それでいいと思ってた。
一生報われなくたって、あいつに生きててほしかった!
憧子に幸せになってほしかった……」
何かを引き金に、溢れ出した秀人の感情。
その言葉に、私の涙も溢れ出す。
「なのに俺には何も出来なくてっ……
憧子はずっと泣いて、錯乱して吐き続けてて……
心は人形みたいに無くなって。
それでもどーにも出来なくて!
このまま憧子までいなくなるんじゃないかって、気が狂いそうだった……」
夢で思い出した秀人の姿と重なって、胸が抉られる。
もしかしたら、大丈夫だからと慰めてくれてたその言葉は……
心配でたまらなかった秀人が、自分にも言い聞かせてたのかもしれない。
そして、そんな私を目の当たりにして来たから。
やたらと心配して、いつも必死に元気づけようとしてくれたんだろう……
そう思って、涙がいっそう煽られる。
「ほんとは俺が立ち直らせたかった。
幸せにしてやりたかった……
でも今幸せなら、それでいい。
憧子をここまで立ち直らせてくれて、ありがとなっ」
「っっ、俺の力じゃ、ありません。
今の話や、取り乱した時の様子から……
俺が出会った時にはもう、かなり立ち直ってた状態だったと思います。
俺はただ、そのために頑張りすぎて疲れきってた憧子さんに、一息つける場所を提供したにすぎません」
「けどあんたと出会わなかったら、今の憧子はなかった。
そう、頑張り屋な憧子だから……
あの壮絶な時期を乗り越えた憧子だからっ。
逃げ出すなんて……
それほど追い詰められてたなんて思わなかった!
あんたと出会った頃の、荒んだ状態からも。
必ず立ち直ってくれるって信じてたし……
おかしくなったり、廃人みたいな姿を見て来たからっ、だからっ!
それよりマシだって……
あの頃よりマシだって!
辛くてもそう言い聞かせて、見守ってるつもりだった……
だけど俺はっ、ずっと近くにいたのに!
全然わかってあげれなかった……」
「っ、いいえ。
それに、わからなくても無理ないと思います。
きっと憧子さんは、これ以上心配をかけないように、気持ちを隠して来たと思うから……
だけど、壮絶な時期を乗り越えられたのは。
憧子さんが頑張れたのはっ……
ご両親や成美さん、そして秀人さんが。
憧子さんを愛して、支えて来たからで……
同じように憧子さんも、みんなを愛していたからだと思います」
秀人の想いと響の言葉に、心が大きく揺さぶられる。
一真の所に行きたかった、それも本心。
でも自ら行けなかったのは……
あの壮絶な時期を乗り越えて来たのは……
心配をかけたくないと、必死に立ち直って来たのは……
生への執着を失くしながらも、立ち直る意志があったのは……
そうきっと、私を愛する人たちを愛してたからだ。
愛は死んでなんかいなかった……
響は新しい愛を芽生えさせてくれただけじゃなく、ちゃんとここにあった愛まで気づかせてくれた。
「ありがとうっ……」
秀人の震える声を最後に。
私は見つからないように、その場を後にした。
そして立ち聞きや泣き顔に気付かれないように、お弁当は営業中に申し訳ないけど、後で届ける事にして。
すぐに成美の家に向かった。
そっちには朝っぱらから申し訳ないけど、騒めく疑問を確かめずにはいられなかったのだ。




