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翌日。
さっそく響に、母さんから教わった新メニューを振舞うと。
その人は大好物が増えたと感激してくれて。
そのあと久しぶりに、極上シャンプーをしてもらった。
「ん、いい匂い……」
ネロリの香りと相変わらずの快楽に、身も心も委ねてると。
「今度の休み、髪染め直そっか」
すっかり色落ちしたそれに、そう提案される。
「ありがとう。
じゃあ私も、響と一緒の黒がいい」
その人は親への挨拶の時に、わざわざ染めてくれたのだ。
私も照明デザイナーに戻るからには、クライアントの手前、身だしなみも整えなきゃいけないし。
今は、バカップルでも一緒がいい。
すると、ふはっと嬉しそうな笑声が降って来て……
ふっと唇に、響のそれが重ねられた。
「好きだよ、憧子さん」
「っ……
うん、私も好き……」
ふいうちの威力と慣れない言葉にやられて、甘い視線から逃れながら応えると。
「憧子さんいきなり可愛すぎるんだけどっ」
そう言われて、余計戸惑ってしまう。
「とにかくっ。
あの夕陽の世界は、髪じゃなくて照明で反映するから」
照れくささを誤魔化すようにそう切り替えると。
「うん。それめちゃくちゃ楽しみにしてる」
響は嬉しそうに目を細めた。
照明デザイナーに戻る事と、そのいきさつは……
あの日コンビニの駐車場で、フォローのお礼や響のおかげだという感謝とともに話してて。
その時も響は、自分の事みたいに喜んでくれていた。
「あとさ……
もう1つ、反映してほしい事があるんだけど」
「なに?」
「ん……
俺の夢も、憧子さんの照明で反映してもらえないかなって」
「響の夢?」
それはちひろさんのために、カリスマ美容師になる事だろうか……
「うん、俺さ。
今の店で働いたおかげで、はっきり確信出来たんだ。
多くの人に認められたり感謝されるのも、嬉しいしやり甲斐を感じるけど。
俺は俺のやり方で、一人一人の髪を大切にして。
心から幸せに感じてもらえるような、癒しの美容を提供したいなって。
それに憧子さんの言葉があったから……
誰かのためじゃなく、自分が本当に目指したい道が決まったんだ。
いつか、そんな自分の店を持ちたいなって」
ー「響も誰かのためじゃなく、ちゃんと自分の幸せを掴んでね」ー
思い当たった私の言葉は、そんな形で役に立ってて……
「響らしくて、すごく素敵な夢だと思う。
私まで、そのお店に通いたいくらい」
「ありがとうっ。
それでさ?
その店の照明を、憧子さんにお願いしたいんだ。
俺の夢を、憧子さんの光で一緒に支えてほしい」
なぜだか心が震えて……
涙が滲んだ。
自分の創った光が、愛する人の夢を支える。
それは、なんて素敵な事だろう。
そう、私にも出来る事がある。
心を照らし続けてくれた響を、今度は私が照らしたい。
「……んっ、喜んで」
そして響の幸せそうな「ありがとう」をスイッチに、脳内が点灯する。
昼間は自然光を活かした、柔らかな照明。
陽が落ちてきたら、それを払拭するような暖かな照明。
なにより、響が施術しやすい照明。
そして心地よい光の粒やその波動で、お客さんが癒される空間を創りたい。
それは、とても難しそうだけど……
そんな想像に楽しくなった。
照明は建築に寄り添う光だと、よく聞いてた。
そして私は、一真の設計に照明で寄り添う夢を見てたけど……
そうきっと、夢も変化するのだ。
響の夢に、その未来に寄り添いたい。
だけど少し、新たな夢に不安がよぎる。
一度そんな夢を失った私は、また失うのが怖いのだ。
*
*
*
「なぁ憧子。
俺もっともっと勉強して、世界一幸せなマイホームを設計するからさっ。
憧子はそれに、世界一幸せな照明をよろしくなっ?」
「それ、スケール大きすぎなんだけどっ」
「あれ、そんな弱気っ?
夢も目標も、志が大事なんだって!」
「まぁ、確かに……
うん、いつかそんな家に住みたいねっ」
「住みたいじゃなくて、住もうなっ?」
*
*
*
「起こすよ?憧子さん。
……憧子さん?」
そう覗き込まれて、ハッとする。
「あっ、ごめん……」
平静を装いながらも、胸の痛みを引き摺ってると。
叶えられなくなった夢を知ってるその人は、私の気持ちを察してくれたのだろう。
起こした身体が、横からふわりとその体温に守られて……
気持ちがぶわっと溢れ出す。
「お願いっ、響はいなくならないでっ……」
「っ、いなくならないよっ?
何があっても、憧子さんを守り抜く。
だって俺、諦め悪いからさっ」
その言葉で……
ー「俺はまだ、彼氏のつもりなんだけど」
「諦め悪くて、ごめん」ー
いつだって引き下がらなかった響が浮かんだ。
なんだかそんな不確かな約束でも、心の小指が繋がれた気がして……
その人にぎゅっとしがみ付くと。
さらにぎゅうっと抱き包まれて、濡れ髪がゆるりと撫でられる。
あったかい。
あったかい。
あったかい……
そう、私たちは生きている。
きっとゆるやかに、私の愛はあたためられて……
変化していくのだろう。




