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気持ちを落ち着けたくて、ビジネスホテルに一泊した私は……
翌日、久しぶりに実家の門を前にした。
ただいまと、突然の帰宅をした私を出迎えた母さんは……
響にした作り話同様、本当にやつれてて。
どれほど心配をかけていたのかと、胸が握り潰される。
「あなたって子はっ……
出て行くのも帰って来るのも突然で……
もうっ、どれだけ心配したと思ってるのっ」
「っっ、ごめんなさいっ……」
すると、ぎゅっと抱き締められて。
「……でも良かった。
こんなに元気な姿になって……
おかえりっ」
その言葉で、涙が溢れ出す。
「んっ、ただいまっ……
母さん、私ねっ?
薬、やめれたよっ?」
途端、その人が腕をほどいて信じられない様子で私を見つめた。
「ほんと、に……
ほんとなのっ?」
「んっ……
一緒にいた人のおかげだけど、ちゃんとやめれたよっ?」
その瞬間、嗚咽を漏らして。
良かったと、片手で口元を覆う母さん。
依存性の強いタイプの眠剤だったら、きっと減薬に倍の時間がかかって……
こんなふうに母さんを安心させる報告は出来なかっただろう。
だけど私は、減薬を考えたうえで自分の症状に近い薬を選んでて……
ー「立ち直る意志があったからだよ」ー
頭に流れ込んで来た響の言葉に、またそれを気付かされる。
うん、そうだね……
だから私は、きっと乗り越えられる。
「ただね?母さん。
まだ中途覚醒は続いてるし、最近はあの頃の記憶も少し思い出して……
一時的におかしくなったり、まだまだこれからだって思うの」
これ以上心配はかけたくなかったけど。
帰って来たからにはその事を話さなきゃ、いきなりそうなった時に驚かせてしまう。
「だけど私頑張るからっ。
頑張ってちゃんと生きるからっ……
これからも、お願いします」
そう告げると、その人は声を上げて泣き出してしまった。
「っ、母さんっ?」
「うぅ、ごめんね……
ごめんねぇっ?
母さんいつも、あなたを追い詰めてしまっててっ……」
刹那、胸が詰まって私まで嗚咽が零れた。
「わかってたのっ、わかってたんだけどっ。
不安定なあなたが、あの頃にまた逆戻りしそうで怖くて……
どうやったら命を繋ぎ止められるのか、どうやったら立ち直らせられるのかっ……
不安で、つい焦ってしまってたっ」
夢で思い出した……
死にそうだった私を前に、ボロボロに泣き崩れてた母さんの姿が浮かんで。
余計涙が煽られる。
「ううんっ、母さんが焦るのも無理ないしっ。
そんな思いに背中を押されて、今まで頑張って来れたんだと思うっ……
……ありがとう。
たくさん心配かけてごめんねっ?
母さんありがとうっ……」
そうして私たちは、しばらく玄関先で泣き続けた。
それからすぐに、響と出会う前の日常が戻って来た。
「憧子っ、ドライブ行くぞっ?」
「……速攻ね」
秀人と母さんの連携プレーは相変わらずで、もう私が帰って来た情報が筒抜けだ。
そしてドライブに誘って来た事を考えると……
突然帰って来たからか、響と別れた事も察しがついてるんだろう。
「……悪いけど、そんな気分じゃないから」
「いいから付き合えっ。
話も、あるし……」
「話?
ここで話せば?」
私の部屋を提案すると。
その人は、それもそうかと隣に座った。
なのに沈黙……
「……え、なんなの話って」
「やっ……
あのガキと、別れたんだろっ?
いいのか?それで」
「だからそんな呼び方やめてってば。
とにかく、彼とは別れたけど。
いいも悪いも、もう終わった事だから」
「けど……
そいつの事、愛してんだろ?」
思わぬ問いに、見開いた目を返した。
「なんでそう思うの?」
「いやわかるだろ……
お前がここまで、いいふうに変わったんだから」
そういえばお義母さんもそんな事を言ってたし、母さんも私を見て元気な姿になったって……
響はそんなに、私に変化をもたらしてくれてたんだ。
別れたばかりなのに、会いたくてたまらなくなる。
「んっ、ごめん……
愛してる。
でも一真の事を忘れたわけじゃないからっ」
「っっ……
バーカ、そんな事聞いてねえよっ。
つか、一真はおまえの事置いてったんだから、忘れられても文句言えねっつの」
「え、そーなのっ?
本気でそー思ってる?」
前は切なげにしてたくせに。
「ったりめーだろーがっ。
生きてるおまえの幸せが、一番だっつの」
「秀人……
っ、ありがとうっ……」
「っ、とにかく……
どーゆーいきさつか知らねーけど、愛してんなら頑張れよっ」
「ううん、愛してるから別れたの。
やっと幸せを掴める彼を、邪魔したくないし。
一真を永遠に忘れられない私は、誰とも恋愛なんて出来ない。
その人を傷つけてしまうだけだから……」
「なーに純愛気取ってンだよっ。
好きなら傷付いたっていんだよ……
だいたいなァ?傷付かない恋愛とかねーっつの。
色々あんだろ、生きてんだから」
「それは、そーだろうけど……」
「けどじゃねぇーよっ。
おまえも、そいつも、生きてんだから!
諦めるとかもったいなくねぇかァ?」
「……ううん。
生きてるから、もういいの。
恋愛して、また失うのも怖いし。
愛する人が生きていて、幸せならそれでいい」
それに、あんなにも優しい愛をもらえたから……
もう十分だと思ってる。
「……じゃあもう、何も言わねぇよ。
その気持ちは、すげーよくわかるから……
まァおまえには俺もいるし?
成美も、俺もいるんだし。
おじさんも、おばさんも、あと俺もいるんだから……
元気出せっ?」
「……なんか俺だけ多くない?」
「いんだよ!
寂しい時は、そんだけ側にいてやるって事だから……」
秀人の優しさに、心がぎゅっと締め付けられる。
「……ありがとう。
でも私はもう、大丈夫だから」




