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だけどやっぱり、中途覚醒は続いた。
とはいえ、この前の月命日を境にずいぶんと治まってはいて……
そんなある日。
その日は響が休みだっだから、急いで帰ると。
マンションのエレベーターが、ちょうど使われた所で……
中途覚醒の改善に、運動がてら階段を利用する事にした。
でも普段の運動不足がたたって……
目的のフロアに着くなりバテて、うずくまると。
見えない通路の先から、扉の開く音がした。
「っ、千景っ……!」
「……久しぶり。
って、この前会ったけど……」
瞬間、活発になってた心臓が止まりそうになる。
それは紛れもなく響の声で、相手は呼ばれた通りちひろさんに違いなくて……
どうしてここに!?
その疑問を、すぐさま響が投げかける。
「なんで、ここにっ?」
「突然ごめんねっ?
お店の方に行ったら、今日は休みって言われて。
それで、おばさんに住所聞いて……」
得体の知れない不安で、胸がざわざわ痛み始めると。
「ごめんなさいっ!」
いきなり謝るちひろさん。
「っ、なんで千景がっ?
っっ、俺こそごめんっ……
謝ってすむ事じゃないけど、ほんとにごめん!」
「ううん、もういいのっ。
大した事じゃなかったのに、私が混乱しちゃったせいでっ……」
「千景は悪くないっ。
混乱して当然だしっ、全部俺がっ……」
そうやって、お互い自分を責め合って……
その流れで、ちひろさんから事の真相が明かされた。
彼女が彼氏である響の親友に、この事を打ち明けたのは……
混乱の最中、何があったのかと尋問されたからで。
だけど彼氏の激昂で我に返り、誰にも言わないで欲しいと固く口止めしていたらしい。
でも嫉妬からその約束は破られて……
その彼の暴走により、響を孤独に追いやってしまったと。
そして自分を想う彼の手前、どうする事も出来なかったと。
その人は泣きながら謝っていた。
「っ、俺はいいよっ。
それだけの事をしたと思ってるし……
千景は何ひとつ悪くないっ」
そう告げた響は、泣いてるその人を抱きしめているのだろうか……
身代わりの私に、いつもそうしてくれてるように。
どうしよう……
これ以上聞いていられないほど、胸が痛い。
けど2人がどうなるのか気が気じゃなくて、この場から動けない。
当前響は、私以上に動揺しているのだろう。
部屋に上げるわけでも、場所を変えるわけでもなく、その場で話は続けられ……
「私、ね?
響の事は、兄妹みたいに思ってたから……
告白された時は、ものすごく驚いたし。
響を信頼してたから、その後の行動にはショックを受けた」
「っっ、ごめんっ……」
「違うのっ、聞いて?
だけどそれで、初めて男として意識して。
だから混乱して……
今思えば、響との絶対的な関係が壊れるのが怖かったんだと思う」
絶対的な関係……
そんな関係に、泣きそうな気持ちになったけど。
もし泣き声が漏れてしまったら、ここにいるのがバレてしまう。
「でも事を大きくしてしまって……
響に申し訳なくてっ……
それからは響の事ばっかり考えるようになって、自分の気持ちがわかんなくなった。
だけど響がいなくなって、やっと気づいたの」
いや、言わないで……
「私にとって、1番大事な存在だって」
ぼろっと、涙が不可効力に零れ落ちた。
響は今、どんな顔をしているだろう。
どれほど胸を高鳴らせてるだろう。
それはきっと、響が欲しくてたまらなかった言葉で……
そして、この関係の終わりを意味する言葉で。
ダメっ!
泣いちゃダメっっ……
必死に息ごと閉じ込めた。
「っ、彼とはねっ?
それからすぐに、別れたの」
「っ、えっ!?」
「響のせいじゃないっ。
私が心変わりしただけ……
あんな事がなくてもきっと、響がいなくなった時点でそうなってた。
でも彼はもちろん、巻き込んじゃった両方の親とか、なにより響に申し訳なくてっ……
今さらどうする事も出来なかった。
だけど、この前会ったら気持ちが溢れちゃって……
それに、響は帰って来たいんじゃないかと思って……
それでねっ?
この1か月、親同士のわだかまりを解いて仲直りさせてたのっ。
けど驚かせたくて、秘密にしてもらってたの」
もちろん響は、驚きの声を漏らして。
私は、到底敵わない本命の純愛に……
この身代わりを、用済み宣告された気がした。
「それとねっ?
彼の事も大丈夫だから。
今じゃいい友達で……
聞いたよっ?当時の事」
そう語られた話によると……
どうやらその彼は、響からちひろさんへの想いを聞かされてる内に。
いつしかその気持ちと同化して、響を裏切る形で付き合い始めたようだ。
「元々は俺が先に裏切ったから、おあいこだよなって……
だから響は、もう何も気にしなくていい。
いつでも帰って来ていいからねっ?」
「っっ、ありがとう……
ごめん、ありがとうっ……」
その声は泣いていて、孤独と罪悪感の深さを物語っていた。
「ううん、遅くなってごめんねっ?
長い間、苦しめててごめんねっ……
会いたかった」
それは、永遠の片想いが実った瞬間で。
決して実る事のない、私のそれを前に……
ぶわっと、やるせない涙が溢れた。
堪えきれず、静かに階段を下り始めると。
ちゃんと想いを告げる声が聞こえた。
「今でもずっと、響が好き」
その声は少し籠っていて……
2人は抱き合っているのだろうか。
そこに聞きたくも聞くまでもない響の答えが、容赦なく私を追いかける。
「っっ、俺も……
ずっと千景に会いたかった」
わかっていても、それはこの胸を大きく切り裂いて……
「……だけどごめん!
もう、付き合ってる人がいるんだ……」
その辛そうな声に、胸がさらに抉られる。
私のせいでっ……
必死に嗚咽を飲み込んで、階下に急いだ。
そうだ、響はそういう人だった。
ー〈俺は永遠に身代わりで構わない〉ー
人に無償の純愛を与えられる人だから。
そして、優しくて私の事を心から心配してくれてるから……
ー「ずっと俺が、憧子さんの安定剤でいるからっ」ー
その約束に縛られてるんだ!
駐車場の車に戻るなり。
声をあげて、一気に涙を解放させた。
響が好き、愛してるっ……
響を、響との時間を、失いたくないっ。
だけど私は、ちひろさんのように……
居場所を取り戻して、響を孤独や罪悪感から救ってあげる事も出来なければ。
ただ響を、一番に愛してあげる事すら出来ない。
迷惑や心配をかけることしか出来ないっ。
なにより、ちひろさんは……
響がずっと愛して、手に入れたくてたまらなかった人で。
ー「会いたいんだっ!
千景が好きなんだよっ。
ずっと!」
「愛してる!
愛してるよっ……
ごめん、愛してる……」ー
そんな切ない叫びが、頭の中に響き渡る。
なのに私との約束のせいで、身動き出来なくなってるのなら。
私が響に与えられる愛は、してあげれる事は……
響を安心させて、この身代わり関係を終わらせる事。
ー「じゃあ、誓いのキス。
憧子さんを、生涯守るよ」ー
この前の甘い冗談に、胸が切なく潰される。
でも、それでも!
両思いなのに結ばれない悲しさは、何よりもわかってるから……




