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JUN-AI ~身がわりラヴァーズ~  作者: よつば猫
殉愛
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 それから私たちは、タクシーで響の家に向かった。



「近いのね」


「そう、だからあの店に通ってる」


「歩いて帰ればよかったのに」


「うんでも、憧子さん寒そうだったから」


 憧子さん……

タクシー内の会話で、響が23歳だと知った。

そして私が3つ上だと知ったその男は、名前をさん付けで呼ぶ。





「狭いけど、どうぞっ」


「嫌味?」


「え、なんでっ?」


 狭いから私が居座るスペースないよ?って言われてるようで……


 けどそうじゃなく、ほんとに狭い1DK。

でもかなりハイセンスで、綺麗に片付けられていた。



 ふと、人影を感じて視線を向けると。


「生首……

どんな趣味?」


「あぁそれ、仕事用。

急に閃いた時とかに便利で。

それより怖くなかった?

そのマネキン見て驚かなかったの、憧子さんが初めてだよっ」


 怖くなんかない。

怖いという恐怖心は、生への執着から生まれる感情だから。


「仕事用って、美容師?」


「うん、これ名刺」


 会話の流れから渡すつもりだったようで、すぐにそれを差し出された。


 どおりでそんな髪……

響の髪色は、ワインレッドブラウン。

髪型もオシャレだし、その色もすごく綺麗だけど。

普通の会社勤めじゃ難しい。



「缶ビールでいい?」


 その声かけに頷いて、差し出されたそれを受け取ると……

誘導されたソファに、肩を並べて座った。



「それで憧子さんは?何してる人?」


「工場でライン作業してる」


「え、意外。

なんか華やかな仕事してるかと思った」


「地味ってはっきり言えば?」


「まぁ地味だけど、そーゆう仕事が出来るのってすごいよね」


「は?」


「だって単調な作業をひたすら繰り返すんでしょ?

集中力とか忍耐力がなきゃ出来ないよ」


 誰にでも出来る仕事だと馬鹿にされた事はあっても、そんなふうに言われたのは初めてだった。

まぁ美容師って仕事がら、相手を褒める話術には長けてるんだろう。


 そんな事を思いながら、ビールを何口か喉に流し込んでると……

ふと、見つめられてる事に気付く。


「何?」


「やっ、綺麗だなって」


「それはそっちでしょ」


 改めて見ると、響は本当に……

完璧すぎるほど整った正統派な美形。

口元はセクシーだけど、その瞳は力強くて男っぽさも兼ね備えてる。


「え、俺っ?

それはどーも」

照れくさそうに苦笑う。


「あ、そうだ。

さっそく今日からここで暮らす?」


「ううん、いったん帰って必要な荷物まとめて……

明日の昼くらいにまた来るから」


「明日の昼?

じゃあ合鍵渡しとく。

俺、仕事だからさ」

そう立ち上がって、ガサガサ棚を漁り始めた。


 あぁそうか、サービス業だから日曜は仕事か……

なんだか今さら悪い気がした。


「別に夜でもいいけど。

てゆーか、そんな簡単に信用していいの?」


「だって色々気にしてたら一緒に住めなくない?

だから、都合いい時に来て適当にくつろいでてよ」

と合鍵を渡される。


「……ありがとう」


「全然いいよっ」

そう向けられた笑顔は、あったかいのに翳って見えて……


 心にそっと馴染んだ気がした。





 翌日。


「ちょっ、憧子!

なにその荷物っ、どこ行く気なの!?」


 こっそり抜け出して事後報告するつもりだったのに、母さんに見つかってしまった。


「友達の家。

しばらくそこで暮らすから」


「は?

何言ってるのっ、何考えてるの!?

あなたまだそんな状態じゃないでしょ!」


「大丈夫だって!私はもう大丈夫っ。

仕事だってちゃんとしてるし、母さんの言う通り立ち直って来たじゃないっ」


「まだ薬に頼ってて何言ってるの!

だいたい友達って誰なの!?成美ちゃんっ?」


「……会社の人」


「だから誰なの!

知らない人にあなたを任せられないわっ。

……まさか。

あなたまさかっ、また竹宮さんの家に押し掛ける気っ?」


 竹宮一真たけみやかずま、それは亡くなった彼の名前で。

うろ覚えだけど……

私は以前その実家に、居るはずもない彼を探して居座っていたようだ。


「だから会社の人だってば!

いいからもうほっといてっ」


「ほっとける訳ないでしょう!

あなた週末、深夜に徘徊してるでしょうっ?

変な男にも付きまとわれてたみたいだしっ……

ねえっ、あなたがいつまでもそんな調子だと、天国の一真くんは悲しむだけよっ!?」


「いいかげんにしてっ!もう聞き飽きたっ……」

耳を塞いでうずくまる。


 そういうのが逆に私を追い詰めてるって解らないのっ?


「とにかく!

いったん部屋に戻って頭を冷やしなさいっ」


「……わかった」

でもごめん、そう見せかけて……


 私はその後、母さんがトイレに行った隙を狙って抜け出した。



 もう無理……

無理なの!


 彼が亡くなった当初の事は、曖昧にしか覚えてない。

信じたくないと受け入れられず、現実逃避の世界に埋もれて……

たぶん、廃人のようだったんじゃないかと思う。


 そのうち薬のおかげで、少しずつ落ち着いてはいったけど……

涙と放心を繰り返して、ただ生きてた日々。


 それでもどうにか、離脱症状に苦しみながらも減薬して。

延々と延々と、いつまで続くかわからない絶望の日々を……

うんざりするくらい呼吸して。

悲しみにもがきながらも、なんとか社会復帰まで果たして来たのに。


 ねえ、これ以上どう立ち直れっていうの!?



 引き止めるように携帯電話が鳴り響いてるけど……

着信はだいたい3件で収まる。

しつこくかけると、私が電源を切ってしまうからだ。


 だけど響のマンション近くのコインパーキングに着いたところで、新たに予想通りの人から着信が入る。


「な~にやってんだよっ!オ・マ・エ・わっ」


「……あのさ秀人ひでと、私も言いたい事があるんだけど」


「わかった、言い分はた~っぷり聞いてやるから!

とりあえず、今どこだ?」


「いつも助けてくれるのはありがたいんだけど。

今まで付きまとって来た男達に、どんな脅しかけて来たの?

私、つつもたせなんて噂が流れてるんだけど」


「つつもたせぇ?

別にそんな脅しかけてねえよっ。

つーか俺の質問はスルーかよ!」

なんて、常にハイテンション気味な年上の友人、秀人は……

彼の親友で。


 彼が亡くなってからは、「俺があいつの代わりに守ってやる」と。

自分だって辛かったはずなのに、いつも私を支えてくれてた。


 だから逆ナンした男達に付きまとわれたり、なにかトラブルが起きた時には頼りになる。

大工という仕事がら強靭な体だし、高身長だから迫力もあってなおさら。

まぁその屈強な雰囲気のせいで、つつもたせなんて思われたのかもしれないけど……


「じゃあいつもなんて言ってたの?」


「んんっ?まぁ普通に。

今度憧子に近づいたら、てめーの人生喰い潰すぞ。とか?」


「とか?じゃないから。

そんな怖い声でそーゆう事言ってたら、つつもたせだって勘違いされてもおかしくないから」


「おまえが変なヤツ捕まえるからだろ~がっ!

だいたいなァ、そんな寂しいならなァっ……

そのっ、俺の愛をやるよっ」


「やめてよ気持ち悪い」


「きもっ……

おまえっひどくねえかァ!?」


「そうじゃなくて。

私たちは友達なんだし、そーゆうのは違うでしょ」


 秀人は気持ち悪いどころか、かなりの男前だし相当にモテる。

だけど私にとっては彼の親友で、彼が生きてた頃からの友人で。

そんな対象にしたくもなければ、今さら見れるわけもない。


「うっせーな……つか話変えんなっ!

とにかく、いつものカラオケに集合な?」


「は?

なんでそーなるワケ?」


「とりあえず、溜まったストレスを歌って吐き出せ!」


 歌ってって……

私は歌う気になんかなれるはずもなく、いつも秀人が1人で歌ってるだけなんだけど。


 そんなふうに秀人は、いつも私を楽しい場所とか明るい場所に連れ出そうとする。

そしていつもは、いくら断っても家まで迎えに来て強制連行されてたけど……


「私はもう大丈夫だから。

じゃあ切るわね」


「ちょ、待てって!落ち着けっ」


「秀人が落ち着いたら?」


「どっちでもいーけどっ!

とにかく俺にだけは行き先ぐらい教えろよっ。

おばさんには上手く言っとくから。

じゃねぇと、なんかあった時守れねぇだろ」


 確かに秀人は、親と私の要求を上手く取り持つ。

だから親からの信頼も厚い。

でもこの予想を裏切らない電話のように、親との綿密な連携プレーにはうんざりする。


「もうその必要はないから。

じゃあね、秀人」

焦って引き止めてる声を耳から遠ざけて、通話終了をタップした。


 当分は守ってもらう必要はない。

そもそも、守ってもらわなくてもよかった。

逆ナンのトラブル処理を頼んだのだって、面倒だから助かるのもあったけど。

秀人の誘いをそういう用事で潰すためだったりもした。


 後追いコールは、親の時と同じ理由で1度きり。

それを見送ると、足早に響のマンションへ向かった。



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