6
「……私、ね?
前職は、照明デザイナーの駆け出しで。
さっきの人は、よく面倒を見てくれてた先輩なの。
あんな態度しか、出来なかったけど……」
今になって、申し訳ない気持ちが押し寄せる。
心配してくれてたみたいなのに……
だけど、まだ会いたくはなかった。
「……大丈夫だよ。
うちのお得意だから、今度来た時フォローしとくし。
あの人なら、わかってくれてると思う」
「……ん、ありがとう」
それから話の核心に向けて、ゆっくりと続きを口にした。
「私、子供の頃からね?
光とか色の世界に惹かれてて。
大学は建築科に入って、照明の道に進んだの。
夏休みには、イベントアシスタントのバイトをして……
そこで彼と出会ったの。
彼は建築士を目指す、他の大学の1コ先輩で。
その人柄に、すぐに惹かれた。
それから友達になって、恋人に発展して。
忙しかったけど、順調に愛を育んで。
お互い目指してた仕事に就いて、交際から4年経った頃だった。
プロポーズされて、婚約中に……
彼は、仕事中の現場事故で亡くなった」
ピクッと、響の指が一瞬止まった。
「なんで彼が、って……
今でも思う。
……当時はショックが激しくて、仕事どころじゃなかったし。
彼の命を奪ったその業界に、関わりたくもなかったし。
それに携わる、自分の仕事も嫌いになった。
彼が設計して、私が照明をデザインして。
いつかそんな家に住もうねって。
そんな、ささやかだけど幸せな夢も語ってたのにっ……
叶えられなくなった2人の夢が辛くて、その仕事が出来なくなった。
私はっ、自分が目指した道からも逃げ続けて、向き合えないでいるっ……」
はらはらと、いつしか涙が溢れてた。
だから先輩と会って、照明デザイナーという過去を突きつけられて。
嫌いなものに対する拒絶反応や、辛い思い。
向き合えない現状や、心に潜む葛藤に……
動揺して、居た堪れなくなったのだ。
「……っごめん。
今すごく、抱きしめたいのにっ……」
響がそう顔を歪ました。
今は施術中だし、私の頭はカラー剤まみれだから、無理もない。
だけど、自分の事のように辛そうにしてる姿を見れば……
心に寄り添ってくれてるのがわかる。
「ううん、ありがとう……」
そして、カラー剤の塗布が終わると。
「見て、憧子さん」
指差された窓には、ショッピングモールに併設された観覧車が覗いてた。
「……なに?」
それがなんなのだろうと、意図を尋ねる。
「最近のお客さんで、タロット好きな人がいてさ。
観覧車の事を、運命の輪みたいだって」
「運命の、輪?」
「うん、そのカードによると。
全ては変化するし、どれも必然で意味があるって。
だから……
向き合えない時間も、必要な時間で。
それにもきっと、意味があるんだよ。
それに、辛い状況がずっと続くわけじゃない。
たとえ今は運気が下降してても、必ずいつか上がる。
あの観覧車みたいに」
「……でもそれだと、そのうちまた下がるじゃない」
「うん。
でもまた上がる。
また何度だって上がるんだよ」
また何度だって上がる……
それは希望に満ちた言葉で。
まるで希望の象徴のようだと、その観覧車を見つめた。
「だから流れに任せて、ゆっくり上がろう?」
抱きしめられなくても、そう夕陽の笑顔に包まれる。
ゆっくり……
そう、ゆっくり。
心でそう呟くと。
響がオレンジフラワーティーのおかわりと、クッキーを取りに行った間に。
今年になってからあまり開かなくなった、ツイッターを開いた。
〈無理して立ち直らない。
向き合えない時間も必要で、きっと意味がある〉
改めて念を押すように、文字にして言い聞かすと。
ふいに、観覧車とその話に触発されて。
手元の携帯動画が無性に見たくなって、それを開いた。
「何見てるの?」
見終わる間際、戻って来た響に声かけられる。
「あ……
観覧車での動画。
……見る?」
覗き込んで来たその人に、流れで訊くと。
頷きが返されて、もう一度それを再生した。
『観覧車でーす!』
『頂上でーすっ』
一真に続いて、久しぶりのデートにはしゃいでる私。
『はいっ、憧子の変顔~!』
携帯のカメラ片手に、いきなり私の顔をいじる一真。
『ちょっ、やめてよっ』
『大丈夫だって!
なにやったって可愛いんだからっ』
『そんなわけないでしょっ。
はいっ、一真の変顔~っ』
今度は私が横からいじる。
『はあい!俺の変顔~』
『あははっ!ヤバいってそれっ』
『じゃあ勝負なっ?
憧子の変顔~!』
『えっ……』
いきなり振られて慌てた私は、とりとめのない顔を晒してしまう。
『ぶははっ!憧子可愛いっっ』
『もぉっ、バカにしてるっ?』
『してないしてないっ、ほんとに可愛いんだって!
じゃあ一緒に~っ?
2人の変顔~!』
顔を寄せあって、変顔して、笑い合う私たち。
動画はそこで終了。
途中、チラと鏡越しに映した響は……
少し切なげな、驚いてるような、複雑な顔をしていて。
動画が終わると第一声。
「っ、カズマさん、イメケンだねっ」
「でしょっ?」
一真の事を褒められて嬉しくなる。
「……どんな人だったの?」
「見たまんま。
元気で明るくて、やんちゃで人懐こくて……
それで、いきなりトリップちゃう人」
「トリップ?」
「そう。
すごい建物を見たり、急に閃いたりすると。
没頭して、私の事なんて置いてけぼり」
「へぇ……
仕事人って感じで、カッコいいね。
けど、憧子さんは寂しくなかった?」
「それは全然。
むしろ、そんな彼を見つめてるのが好きだった……」
「……いいね、そういうの。
すごく幸せそう……
その、観覧車の動画も」
「……うんすごく、幸せだった」
私は……
「ん……そんな笑顔してた」
笑顔……
もうそれの作り方も忘れてしまったけど。
なんだか今さら、その笑顔や変顔が恥ずかしくなって。
切り替えるように話を振った。
「響は、ちひろさんの写真とか動画、ないの?」
「っ、うん……
こっちに来た時、全部消しちゃった」
「……そっか。
綺麗な人?」
「うん、すごく……
あ、カラー流そっか」
とそこで話が打ち切られて、シャンプー台への移動を促される。
私は、そのリクライニングに身体を預けながら……
再び観覧車を見つめて、瞳を閉じた。
ー「すごく幸せそう」
「うんすごく、幸せだった」ー
なのに私はっ……
首元のネックレスをぎゅっとした。
一真がいないのに、今下がってる私の観覧車がこの先上がる事なんてあるのだろうか……
その時。
「あ……
気持ちいい……」
さっきもそうだったけど、相変わらず響のシャンプーは極上に気持ちいい。
「だったら毎日するのに。
ダメ?」
「いい、けど……
じゃあ、お願いしようかな」
そうしてこの日から、極上シャンプーと頭皮マッサージに癒やされる日々が始まった。




