2
そんな事より、やり切れないのはそれだけじゃなく。
ー「大好きな人に拒絶されて、嫌われたからさ」ー
確か、酷い事したって言ってたけど……
きっとそれが原因で。
ー「会えなくたって、生きてるだけで救われるっ」
「それが生き地獄でもっ?」ー
結果、大好きな人を生き地獄に陥れたのだとしたら……
どれだけ辛かっただろう。
どれだけ自分を責めただろう。
その辛さは計り知れないけど、似た気持ちはよくわかる。
なのに私は、逃げてるだけだなんて酷い事言った。
自分だって色んなものから逃げてるくせに……
ー「憧子さんには、わかんないよ」ー
改めて、勝手な事を言ったと申し訳なく思った。
せめて響も、吐き出す事で少しは楽になれないだろうか……
「ねぇ……
何があったのか、聞いてもいい?」
響がそうしてくれたように、私もその心を訪れた。
少しためらったその人は……
「いいよ。だだ……
憧子さん、引いちゃうと思うけど」
そう前置きして、語り始めた。
「俺と親友が、高校を卒業する時に。
千景が告白して、その2人が付き合うようになったんだ。
それでも俺は、千景が好きで……
だけどそんな状態がずっと続いて、もう苦しくなって。
県外に就職して離れる事も考えてたから。
その決断をする前に、ダメ元でぶつかろうって。
なのに、断られたらなんかっ、気持ちが抑えられなくなって……
無理やり押し倒したっ」
辛そうに眉を顰めて。
「愛されないならいっそ、嫌われた方がマシだと思ったのかもしれない」と言い添えられる。
「けどいざ嫌われると、やり切れなくて。
罪悪感でおかしくなりそうでっ……
そんな俺と千景の様子が、変な事に気付いた親友は、何があったのか聞いてきて。
取り繕えないと思ったのか、千景がそれを打ち明けて。
当然激怒した親友からは、殴られたし縁を切られたし。
俺と千景は家族ぐるみで仲良かったから、そいつは千景を守るために、俺たちの家族にもその事を暴露したんだ。
もちろん親父にも殴られたし、母親には泣かれたし、家族付き合いも気まずくなって……
俺はそこからひとり逃げて、こっちに就職したんだ」
そう告げた響の瞳は、自分を蔑むように翳って見えた。
「色々と、思い詰めた時期もあったけど……
後になって、千景に対してはこっちに来たのが正解だったかなって。
俺の顔なんて偶然でも見たくないだろうし、俺が近くにいたら余計苦しむだろうから。
まぁ千景に限らず、みんな俺の顔なんて見たくないだろうけど……
せめて俺は、みんなへの謝罪の代わりに。
そして、ただ逃げただけで終わらないように。
今じゃすっかりのめり込んでるこの仕事で、認められるように頑張ろうって。
千景は俺がカリスマ美容師になるのを夢見てくれてたから、それを目標に……
って、引いたよね」
ハッとしたように、話がそこで締めくくられる。
「引いた、ってゆーか……
嫌な事、訊いていい?」
「……いいよ」
「……それ、最後までやったの?」
すると首が横に振られて。
「あんなふうに拒まれたら……
千景の涙を見たらっ……
出来るわけないっ」
そう顔が歪められた。
「……そっか。
そんな状況で最後までやってたら、最低だったけど、」
「っ、最後までやってなくても最低だよ!
重要なのはどこまでじゃなく、どれだけ傷付けたかだからっ。
もしかしたらトラウマになって、今でも苦しんでるかもしれないっ……」
だから生き地獄って……
「まぁ確かに、無理やりなのは最低だけど……
でも。
それでも私は、響の味方だから」
そう受け入れると。
その人は驚きの表情でゆっくりと私を映した。
「響だって私の味方なんでしょ?
それに、感情がつい暴走しちゃう事なんて、人間なら誰でもある。
私もそう……
でも響は途中でそれを止めたし、ちゃんと後悔して反省して、苦しんでる」
きっと誰よりも。
笑顔に映る翳りは、その心を表してるようで……
傷つけて酷く苦しんだ響だから、人の心に寄り添えるんだと思った。
「だから私は、そんな響の味方だから」
「っっ……
俺っ、その事でずっと……
周りから、自分から、責められて来たからさっ。
味方だって言われる事がっ、こんなに心強いとは思わなかった……」
言葉の合間に唇を噛んで、涙をこらえてるような響が痛々しい。
「響も……
ちゃんと泣いて、ちゃんと吐き出そう?」
思わずそっと抱きしめると。
「っっ、ありがとうっ……」
ぎゅっと抱き返された。
「……全部自業自得だってわかってるっ。
だけど俺っ、千景に嫌われて、世界が終わった気がしてた。
千景をっ、親友を、家族を裏切って、傷付けてっ……
そんな最低な自分なんかっ、存在する価値すらないって……
ほんとはずっと消えてしまいたかった!」
泣いているのか、そう身体を震わす響。
逃げるが勝ち、ふとそう慰めてくれた言葉を思い出して……
きっと響は、そう言い聞かせなければ心が保てなかったんだろうと思った。
「……でも私は、響の存在に救われてる」
悲しみの淵にいる自分が、誰かを慰めてるなんて。
なんだか不思議に感じながらも。
ー「彼女の気持ち考えたら、今はやっぱり会えないけど……
それでも、いつかはって」ー
そのいつかが訪れるよう祈りながら、夕陽色の髪を優しく撫でた。




