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アカウント名:殉愛
ねぇ…
最愛の人を亡くして、どう生きればいいっていうの?
「ねぇ憧子、ツイッターやってみたぁ?」
バーカウンターを挟んでスタッフ側から、元親友の成美がそう尋ねて来た。
「……まぁ一応」
「マジでっ!
どうどうっ?けっこー楽しいでしょっ!?」
"気持ちを声にして吐き出せない時は、書き出してみるといいよ"
前々から掛かり付けの心療内科医に言われてた事。
書くという行為は、それに集中して気持ちが逸れたり落ち着いたりするらしい。
他にも客観的になれて解決策が浮かんだり、後々その記録が役立ったりと、ストレス解消に有効らしい。
だけどそんな気にもなれずにいた、ある日。
取り留めもない話の流れで、成美にツイッターを勧められた。
担当医からは、SNSはトラブルの元になって逆にストレスが溜まる可能性があると聞いていた。
でも私は、誰かにただ打ち明けたくて……
トラブルを防ぐために、コミュニケーションはとらないとプロフィールに明記して、その世界に踏み込んだ。
最愛の彼を亡くしてから、3年。
私はそのSNSの片隅に、ささやかな心の居場所を見つけた気がしてた。
だからって楽しいわけない。
「別に」
声を尖らせて彼女から顔を背けた。
途端。
他のお客さんが逆さにした煙草の箱を、トトンとカウンターに打ち付ける姿が視界に飛び込む。
瞬間ズキリと胸が痛んで、思わず顔を歪めた。
それは彼が生前していた、煙草の葉を詰める癖で。
私は同じ癖を見かけるたびに、もう何度この胸を貫かれただろう。
もちろん、胸を貫く思い出たちは他にも至る所に溢れてて……
むしろ自らそれを辿ってた。
3年経った今でも、悲しくて生き苦しい日々は続いてて……
たまに全部投げ出したくなる。
そんな私を気にもせず。
「オススメはぁ~、まずはこの面白動画のアカウント!
ほら見てっ、この二足歩行の猫ヤバくないっ?」
別にの返事を覆すべく、ツイッターの楽しさをアピールし始めてた成美。
ツイッターを例にすると、アカウント名を教えてとかフォローし合おうとかは言わない、その深く干渉して来ない性格は楽だ。
だけど。
「これはっ?世界の絶景アカ!
あとは心に響く名言アカとか…
あっ、照明デザイナーのアカもあったよ!」
「帰る」
「えっ、もう!?
明日休みでしょっ?」
「いいから会計して」
いつもそうだ。
私が苦しんでるのを知ってるくせに、呑気で無神経で楽しそうで……
たまに腹が立つ。
そんな彼女を、いつしか親友だとは思えなくなっていた。
成美のバーを後にして、少し前から出入りしているクラブに向かった私は……
信号待ちに夜空を仰いで、首元のネックレスをキュッと掴んだ。
会いたいよ……
ねぇ早く会いたいよっ。
数え切れないほど願った思い。
早く彼の所に行きたくて。
だけど自ら命を絶つ事は出来なくて……
だからせめてそうしたいと思いを込めて。
早く連れて行って欲しいと願いを込めて。
ツイッターのアカウント名を、殉愛と名付けた。
そしてもうひとつ。
この先彼以外に向けられる事のない私の愛は、この世では死んだも同然で。
命の代わりに彼の後を追って、日々募っては葬られるこの愛に例えた。
愛はそう、葬られるだけで……
決して私の元には戻って来ない。
惨憺たる現実を前に、思わずツイッターを開いた。
〈映画や小説なら、いつまでも愛してるで綺麗に終われるだろうけど
現実は残酷に続いてて
ずっとずっと愛してるけど、淋しいよ〉
前回のツイートが映り込む。
〈ねぇいつ迎えに来てくれるの?
あとどれくらい1人で生きなきゃいけないの?〉
新たに気持ちを文字にして吐き出した。
だけど、本当は声にして吐き出したい。
でも私の悲しみなんて誰もわかってくれない。
わかりっこない!
なのに誰かにわかって欲しくて、助けて欲しくて。
心が救いを求めて叫んでる。
誰も代わりになんかなれないのに、愛を求めて彷徨ってる。
そして晩秋は、余計淋しさや人恋しさを煽り立てる。
「ねぇおにーさん、一緒に飲まない?」
クラブに着いて、早速その辺の男に声をかけると。
「えっ……
あぁ~、また今後ねっ」
いつもはすぐ捕まるのに、かわされる。
しかも、その後も断られ続けて……
今日はなんなの?
怪訝に思ってると。
「この店じゃ無理だよ」
ふいにかけられた声。
振り向くとそこには、息を飲むほどの美青年がいた。
「無理?」
「そう。逆ナンしてんでしょ?
けどこの店じゃ無理。
お姉さん、つつもたせだと思われてる」
「つつもたせ?」
「うん、そんな噂が流れてる」
なるほど、心当たりがないわけじゃない。
だったら当分無理か。
けど声をかけて来たって事は……
「じゃあ、おにーさんが付き合ってくれない?
心配しなくても、つつもたせなんかじゃないから。
私は……
永遠の片想いをしてるの。
その淋しさを埋めたいだけ」
「……だったら、恋人として付き合わない?」
「は?
その付き合うじゃないから」
「うん、でもさ。
こんな事繰り返してたら、いつか危ない目に遭うよ?
今までがラッキーだっただけで、ヤバい奴はいっぱいいるからね」
「だとしても構わない。
別にどーなったっていいから」
この苦しみが誤魔化せるなら。
「てゆーか、説教なら間に合ってるから」
むしろもうウンザリ。
「説教のつもりなんて、全然ないよ。
たださ……
俺も永遠の片思いだから、利害が一致するかなって」
何それ、合わせてるの?
そう思って不快な視線をぶつけると。
「例えば……
愛が欲しいけど、実際もらうとしんどくない?」
確かにそれは、感じてた事で……
心のどこかで愛を求めながらも、逆ナン相手からそれを押し付けられてしんどかった。
「……うん、無理」
「だよね。
求められるのなんて輪をかけて無理だし、面倒な事態になるのは避けたいし。
傷つけてしまうのも後味悪いしね」
「……まーね」
「けど、お互い永遠の片思いならそうはならないだろうし。
やっぱり、甘えたり寂しさを紛らわす相手は欲しくない?」
「だから付き合えって?」
「まぁそんなとこ。
身代わりの恋人なんてどう?
どんなに想っても手に入らない、好きな人の身代わり。
お互い納得済みでそんな存在がいたら、便利だと思わない?」
悪くない話だとは思った。
つつもたせなんて噂が流れてる以上、店を変えなきゃ男は捕まらないし。
ここみたいに静かなエリアが多くて、接触しやすい店を探すのも面倒だ。
それに、その利害は一致する。
でも決め手になるのは……
「1人暮らし?」
「え?……まぁ」
「じゃあさ、しばらくかくまってくれない?
そしたらその話のってあげる」
「いいけど……
誰かから逃げてるの?」
「そう、全てから」
こんな世界逃げ出したい。
だけど出来なくて……
せめて知らない場所に逃げたかった。
この現実から逃げれるわけじゃないのに……
ふいに、今彼氏になった男が私の前に手を差し出す。
「俺、吉永響。
なんか順番が変だけど、これからよろしく」
「……北原憧子、よろしく」
とりあえずその手をとって。
私たちの身代わり関係が始まった。