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魔王様の娘  作者: 神崎右京
第五章

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95、太陽祭①

 それは、アリアネルが学園に入学して数ヶ月が経ち、白地に金糸の入った制服も夏服へと衣替えを終えて、初夏の日差しが眩しくなってきた頃だった。

 

「あ~~~、もうっ!いい小遣い稼ぎと思って始めたことだけど、さすがにそろそろ、面倒くさくなってきたわね……!」


 昼休みを終える頃に教室に戻ってきたマナリーアは、うんざりした口調で吐き捨てる。

 若草色の瞳をキリキリと吊り上げているところを見るに、どうやらなかなかに苛ついているらしい。


「いくら太陽祭が近いからって、どいつもこいつも浮かれ過ぎよ!第五位階の魔法くらい、自主練で使いこなせるようになってほしいわ!」


 フン、と鼻を鳴らしながら髪をかき上げるような仕草をして――そこに何の手触りもないことに少しバツの悪そうな顔をする。

 マナリーアは、アリアネルが編入してきてから程なくして、それまでの十年余りの人生で自慢げに伸ばしていた栗色の長髪をばっさりと短く切ってしまったのだが、長年沁みついた癖というのはそうそう簡単に無くなるものでもないのだろう。

 

 マナリーアがそれまで周囲に自慢するように長く伸ばしていた髪を短くしてしまったのは、アリアネルとの出逢いが大きい。アリアネルの珍しい色合いをした美しく豊かな長髪を見て、自身の平民を象徴するような栗色の髪が、急にみすぼらしく思えて、思い切ってボブカットにしてしまったのだ。

 当然、アリアネルはマナリーアが髪を切った理由など知る由もないが、突然の断髪に奇異の眼差しを送る学友を尻目に「短いのもすごく似合ってる!可愛いね」と、天使のような笑顔で無邪気に褒められときは、眩しさに目が潰れそうだった。


 外見だけではなく心まで天使のように清らかな少女を前に、それまで己が築いていた”学園一の美少女”の座を奪われたと否応なく実感し、同時に、無様に対抗する気力すら失ってしまったのだ。


「まぁ、魔法に関してはお前が一番頼れるからだろ。種子からの発芽は難易度が高い魔法だし、それをさらに花を咲かせるところまで――ってなると、魔法適性が低い奴らじゃ自主練でどうこう出来るもんでもないから、頼りたくなる気持ちも理解してやれよ」

「そうですよね~、未来の勇者候補のシグルト様ですら、『これでいいんだよな…?』とか言ってお伺いを立てに来るくらいですもんね~」

「ちょっ、おまっ、余計なこと言うな!」


 シグルトのフォローに返す刀で切って捨てたマナリーアは、きょとん、とした顔をしているアリアネルを振り返って一つため息を吐いた。


「今期最初の魔法試験じゃ、私より好成績を出した子がいるっていうのに。どいつもこいつも、アリィには絶対聞きに行かないんだから」

「えっと……私に、手伝えることなら――」

「あ~、いいのいいの。皆、アンタには頼めないと思うから」


 パタパタと手を振ってあしらうように言われて、アリアネルは困った顔を返す。


(第五位階でも、花天使は人間に好意的な天使で、二代目正天使とはさほど親しくない天使だから、魔法も自由に使っていいってパパに言われてるんだけどな……)


 幼い頃の師の教えを思い出しながら、学友の力になれないもどかしさを胸に収める。

 学園に編入してから数か月の間に、既に何度か、耐えきれずに授業中に倒れてしまったことがある。そんな虚弱体質な女には、魔法講義など頼めない、ということだろうか。


(パパに教えてもらった魔法だけは、自信あるんだけどな……) 


 父が魔王であることなど、当然誰にも打ち明けることは出来ない。元第一位階の天使に直接魔法の手ほどきを受けたなどと、荒唐無稽すぎて信じてもらえないだろう。そもそも、人間界に伝わる”常識”の中には、命天使の存在すらすっぽりと抜け落ち、『二大天使』という表記しかどの教本にも見当たらないのが現実だ。


 だが、例え誰にも存在を告げることが出来なくても、アリアネルにとっては、たった一人の自慢の父なのだ。

 アリアネルにとって、魔王から魔法を教わるのは、かけがえのない大切な時間だった。人間界は勿論、魔界でも冷酷無比な存在だと認識されている彼が――誕生日にプレゼントはおろか「おめでとう」の一言すら言ってくれたことはない彼が――唯一アリアネルの成長に向き合って、忙しい日々の中で時間を割いてくれる貴重な機会なのだから。

 どれだけ努力をしても、ほぼ全ての天使と魔族の魔法を無詠唱で操れる彼の眼鏡にかなうことはなくて、相変わらず『脆弱な生き物』というレッテルを張られて褒められたことなどついぞ一度もないが、どうやら人間たちの基準で言えば相当高度な練度を誇っていることがこの学園に入学してわかったのだ。

 父の教えを褒めてもらえたようで――ひいては父の素晴らしさを認めてもらえたようで、アリアネルはこの学園に来て初めて胸を張って魔法を披露することが出来るようになった。


 だから、教えを乞われるのなら、喜んで腕を披露したいと思っているのだが――どうやら、虚弱体質という噂のせいで、それは叶わないらしい。


「……ねぇちょっと。もしかしてアリィ、太陽祭がどんなお祭りか、知らないのかしら。まるで自分には完全に無関係、みたいな顔してるわよ」

「お、おぅ……まぁ確かに、今までずっと山の上のお屋敷から出たことなくて、街の様子とかは使用人から教わる知識だけしかない、って言ってたもんな……」


 自分を頼ってもらえない不甲斐なさにしゅん、としてしまったアリアネルの愁いを帯びた横顔を見て、マナリーアとシグルトはヒソヒソ、と声を潜める。


「いくら世間知らずって言ってもさすがにそれは――あぁでも、一般クラスに一緒に編入してきたミヴァっていう女の子くらいしか同世代はいなかったっていう話だし――もしかしてもしかすると、本気で知らない可能性もある……かも……?」

「だな。……教えておかないと、当日、哀しい誤解が生まれるかもしれないな」


 こくり、とシグルトが頷くと、マナリーアは呆れて馬鹿にしたような顔で幼馴染を見返した。


「そうね。当日、緊張でガッチガチになりながら、魔法で育てた季節外れの竜胆の花を渡したのに、『くれるの?ありがとう!』って邪気ゼロの顔で言われて、勘違いして舞い上がる男か、意図が伝わらずに撃沈する男がぽこぽこ出るのは想像に難くないもんね。……どっかの勇者サマを筆頭に」

「だから一言多いんだよ、お前は……!」


 口が達者な女との腐れ縁と言うのは本当に面倒くさい。こうしてことあるごとに揶揄されて、頬を赤くするばかりで何も言い返すことが出来ないのだ。

 

 季節は初夏。

 もうあと半月もすれば、ル=ガルト神聖王国で最も市民に親しまれる『太陽祭』がやってくる――


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