稲荷編その7
今年の4月に入って学校が始まってすぐのことだった。
宏一郎の妻の百合子がちょっと朋子の部屋に来て、と言って一緒に階段を上がった。胸の高鳴りを押さえられなかった…何かある!
宏一郎の直感がそう言っていた。
部屋に入って朋子の様子を見た宏一郎は事態の深刻さを理解した。
どこかいつもと違うのは明らかだった。講義に身が入らないと言っていた。手術の痛みもあるのだろう…息苦しい時もあるのかもしれない。
しかし…
一体どうしたというんだ、宏一郎はうろたえ、しかしすんでのところで踏みとどまって語りかけた。
そうか、朋子、少し休むか、気にすることはない、ゆっくり休め。
学校の先生とも話したけど、病気だし、成績が悪いわけでもないので休学という選択肢もあるらしいと百合子は付け加えた。
手術から日にちが経っていないのだから、まずは体を休めてしっかり直そうよ。
健康が第一だよ
朋子は泣いていた。
なにも泣くことでもないぞ、
勇気づける宏一郎の笑顔も強ばっていたのかもしれない。
朋子が重圧から解放された瞬間だった。
近くにゆきが寄り添っていたが、宏一郎にはわかるよしもない。
境内には次から次へと参拝客が現れては手を合わせていった。暖かい日だった、桜も今が満開のようだった。
ここまで思い出していたが、それでもよかったというべきかも知れない、これが就職とか進学とかで私たちの目の届かないところで起きたとしたら…ぞっとすることだった、
まだ私たちがついているではないか。
宏一郎には力が沸いて来るようだった。きっとうまくいく、この一年は彼女にとっても必要なことなのかもしれない。
宏一郎は拝殿裏参拝所にもう一度行くと人が回りにいないことを確かめて、今度はみそぎの大祓いの祝詞を朗々とのべた。
そして、神様に感謝した。
幸い人が来なかったのは神様の配慮かも知れないと思った。
大神さまと北辰は宏一郎の願いをしばらく聞き入っていたが、多胡の呼ぶ声が聞こえて、声のする方へ歩いていった。
実は宏一郎は宏一郎で問題を抱えていた、事務所の拡張が迫っていて、その報告などもあったわけだ、何しろここは、父が商売をしていたときからの家のメインの神様でもあるのだから。
宏一郎は神意というのを重要視していた、誰しも人事は尽くす訳だから、それが神意に叶うものであるかどうか、ということがとても重要に思われたのだ。
それを探る一つの手段として、おみくじがあった。
宏一郎は階下の自販機でコーヒーを買って近くのベンチに座っておみくじを読み返した。
ここのおみくじで良い内容というのもそうないことだったがまずまずの内容である。良いときも悪いときもタイムリー内容で定評があった。
大丈夫だろう、私も娘も。宏一郎は晴れやかな心持ちだった。
次回、朋子の事情に続きます。(©️2022 keizo kawahara眷属物語)