シグナル紳士も恐れる交差点
※1000文字以下の短編企画『なろうラジオ大賞3』参加作品です。
選択キーワード:『交差点』
私はシグナル紳士。
数多の交差点を股にかけた実力者。
私に渡れない交差点は無い。
横断歩道とはすなわち、私のバージンロードなのですから。
さて今日は〝絶対に渡れない〟と噂の交差点にやって参りました。
なんでも、交通事故をきっかけに不思議な現象が続いているのだとか。
心霊スポットというわけですか。
ありえない。
幽霊など、いるはずもありません。
ご覧下さい、この晴れ渡る青空。
横断歩道の白と黒が互いを認め合っています。
一体どこに幽霊の介在する余地があるのです?
コホン、前置きはともかく。
まずは左右の安全確認。
ヨシ、見渡す限りの地平線。
歩行者用の信号を確認。
ヨシ、青のスポットライトは歓迎の証。
横断歩道は一歩ずつ、慎重かつ迅速に。
赤子の肌を歩くように優しく、決して引きずらず。
ああ、感じる。
こちらの交差点、寂しがっています。
怖がって誰も近寄らなかったのでしょう。
強い日差しにも関わらず、足元はシンシンと冷えております。
人の温もりを求めているに違いありません。
良いでしょう、私がしっかり温めて……ハッ⁉︎
信号が、点滅している!
まだ半分も渡っていないのに!
しかもこの点滅、見たこともない速さだ!
間に合わない、引き返すしか!
はぁ、はぁ……あやうく交通違反に……ゴールド免許を失うところでした。
なるほど、点滅が速すぎて渡れない。
そういうカラクリでしたか。
良いでしょう、私シグナル紳士。
次こそは渡り切って見せますと……も……。
……え。
横断歩道が、分断されている⁉︎
いつの間にか向こう側があんなに遠く……。
私のバージンロードが悲鳴を上げている!
「ゴゴゴゴゴ」
え、本当に悲鳴を上げてる?
「ガタガタガタ!」
あわわわわ、じ、地震⁉︎
怖い怖い怖い!
横揺れが激しくて立てない!
神様ー!
◇◇
十分後。
シグナル紳士が這いながら脱出した交差点。
そこには人っ子一人残されていなかったが。
「こ、怖かった〜」
交差点中央の小さい隙間から、か細い声が絞り出された。
「久々に人間が来たからすっごくドキドキしちゃった」
信号が脈打つように点滅する。
「踏まれた瞬間、あの時を思い出したなぁ。
信号無視したトラックが人間とぶつかって、赤い液体が私の体に……
あぁ、思い出すだけでも震えが止まらない」
白と黒の模様が、まるで歯のようにガタガタと打ち鳴らされる。
「怖いよ、もう誰も来ないで……!」
〝絶対に渡れない交差点〟とは。
交通違反者はおろか、シグナル紳士も恐れる交差点だった。