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名もなき花

作者: テンコウ

春になるとその花はいつもそこに咲いていた。

通学路から少しはなれた河川敷の土手。

春になると色んな花が咲いていた。

そんな中、私はその一輪の花がお気に入りだった。

特段に目立つ存在ではない、名前も知らない花だけど、地に根を下ろして咲き誇るその花は私には眩しく見えた。

私はクラスでも目立たない、地味な性格だった。

だから友達という友達もいなかった。

クラスメイトのお誕生日会に呼ばれたことすらない影の薄い存在。

それが私だった。

幼心に自分の存在のなさにいつもため息をつく日々だった。

だからだろう。

私はその花を描くようになった。

その花を知りたかった。

その花のように自分を自分らしく表現したかった。

だから毎日のようにその花を描き続けた。

ある日のこと、いつものように一心不乱にその花を描いていると不意に背後から声をかけられた。

「いつもこの花をかいてるね。」

少年だった。

この辺りでは見たことがない、だけどどこか懐かしい感じのする少年だった。

「うん。」

私は答えながら絵を描き続けた。

「この花、好きなの?」

「うん。」

私は赤い絵の具をパレットに出すと少し濃いめに着色した。

少年は私が描いた絵を見ながら呟いた。

「この花の色、こんなに鮮やかなんだね。」

「え?」

私は不思議なことをいう少年だと思った。

私はただ見えた色をそのまま表現しただけだったから。

「変・・・かな?」

私が恐る恐る尋ねると少年は満面の笑みを浮かべた。

「ううん。全然いいと思うよ。すごく奇麗だし。」

私は少年の言葉が嬉しかった。

「本当!?」

「うん。この花もきっと喜んでると思うよ。」

「花が?」

「だって、こんなに奇麗に、一生懸命に、楽しそうに描かれてるんだもん。」

私は意外だった。

ただ一心不乱に描いていることが一生懸命に楽しそうに見えていたんだと。

「明日も来る?」

少年の問いかけに私は無言で頷いた。

次の日も私はその少年と一緒に花を描いた。

そんな日々が続いた。

私は楽しかったし、充実していた。

私が描く隣で、ものすごく楽しそうにしている少年。

そんな少年を見るのが嬉しくて仕方がなかった。

春も終わりに近づき、梅雨の季節がやってきた。

雨の日が多くなり、絵を描くことができない日が続いた。

そして、久しぶりに晴れ間が広がったその日。

私は意気揚々と花を描きに出かけた。

するとそこには項垂れた少年がいた。

「どうしたの?」

私は嫌な予感がした。

「お別れを言わなきゃいけない。」

少年は唐突に答えた。

「お別れ・・・?」

私は突然の言葉に絶句した。

「もうじきに僕はここからいなくなるんだ。」

「何で?お引越しするの?」

少年は無言で首を横に振った。

「僕の命は短いんだ。」

私はその言葉の意味が理解できなかった。

「だったら、お医者さんに行こ?ね、先生に診てもらおう?」

私は必死に少年の手を引いて促した。

少年はそっと私の手に触れると呟くように言った。

「僕は行かなきゃいけない。じゃないと次の花が咲かないから。」

私は益々意味が分からなくなっていた。

「嫌だよ、なんで?ねぇ?嫌だよ・・・」

私は泣き崩れた。

楽しかった。

嬉しかった。

少年と過ごす時間が好きだった。

大好きだった。

だから泣いた。

「僕、君が描いた絵がすごく好きだったんだ。」

少年は泣き崩れる私の肩に手を添えながら呟いた。

「僕は君にそういう風に見えていたんだって。」

私ははっとして顔を上げた。

「君の描く僕は真っすぐに凛とした姿で赤は燃えるように鮮やかだった。」

私はようやく少年が何を言っているのか理解した。

「僕はもうすぐいなくなるけど、ちっとも寂しくないよ。」

私は少年の足元の花を見た。

そこには凛とした真っ赤な花ではなく、今にも散りそうな弱り切ったその花があった。

「僕は君に描かれるために生まれてきたんだね。」

少年の姿は徐々に周りの景色に同化していった。

私はどうしようもなく、ただ大声で叫び続けた。

「私はあなたがいたから楽しかった!嬉しかった!ここが好きだった!」

「嫌だよ、いなくならないでよ、ずっと一緒にいてよ、お願いだから、お願いだから!」

私の願いは空しく河川敷に響いていた。

そして、一陣の風がほほを撫でたとき、少年は言った。

満面の笑顔でそしてその眼には涙を浮かべながら・・・

「ありがとう・・・」

そう告げると少年は風と共に私の前から姿を消した。

私はしおれた花を見つめながらひたすら泣いた。

でも、できるだけ務めて笑顔で語りかけた。

「こっちこそ、ありがとう、ありがとう、ありがとう・・・ね。」


そして月日は経った。

あれから少年とは二度と出会うことはなかった。

あの少年は幼心が作り出した幻影だったのかもしれない。

でも、私は少年と出会えたことで大きく変われたような気がする。

あの時、人目もはばからず大声で自分の本当の気持ちを吐き出した。

自分の気持ちに初めて向き合えた瞬間だったのかもしれない。

私は今、結婚もして一児の母になった。

だからもう、少年にあえるような純粋な心は薄れてしまったのかもしれない。


私は今、娘と二人であの河川敷だった場所に来ている。

あの日、あの場所に咲いていた花たちは今はもういない。

今は新しくできたバイパスがその河川敷を通っている。

「ここはね、昔、春になるといっぱいお花が咲いていたのよ。」

「今じゃ車がいっぱい走る道になっちゃったけど。」

私は自虐的に笑いながら娘に告げた。

「お花はもうないの?」

娘の言葉に胸が締め付けられた。

「そうね、もうここには・・・」

私はこみ上げるものが抑えれなくなった。

私はその場にしゃがみ込み声を殺して泣いた。

すると娘が肩を叩きながら言った。

「お母さん、男の子が手を振ってるよ?」

私は我に戻り、涙を拭きながら顔を上げた。

そして私は目の前の景色を見て絶句した。

そして万感の思いを乗せてその言葉を口にした。

「おかえりなさい。」


小さな花が風に揺られて咲いていた。















一部誤解を招く表現があったため訂正いたしました。

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