夏の憂鬱~ファミレスにて~
「もうすっかり秋ですね」
「秋だね」
ファミレスの窓から見える街路樹の葉の色が赤黄に変わる中、ハンドポケットで歩く人々を見ながら木枯らしが舞う夕暮れ時に秋を感じていた。
約束通り残念後輩の由希……さんに奢るため、ファミレスの四人席で対面に座りお茶している僕達。
目の前に座る後輩は、それはそれは幸せそうにチョコパフェを食べていた。
「……美味しそうだね」
「一口食べます?」
「そう言う意味じゃなくて、美味しそうに食べるね」
「はい先輩、アーン」
「だからそう言う意味じゃないって!」
スプーンにパフェの一角を乗せ、そのまま僕の口に伸ばそうとするが両手を振って拒否する。
「間接キッスはお嫌ですか?」
「直接言われたら抵抗がある」
「私は構いませんよ」
「僕が構う」
「先輩は意識しすぎですよ。…………私のこと、意識してくれてるんですか?」
「いただきます!」
目の前に置かれたスプーンにがぶりつき、味を堪能する暇もなく喉に流す。単純と笑いたければ笑うがいい。これで不毛な会話が終わればいいのだから。
「ふふっ、先輩は本当に可愛いですね」
「なんとでも言え。けどこれで僕が意識していない事が証明され……」
「先輩先輩」
先ほど僕が口に含んだスプーンでパフェをすくい、ゆっくりと滑らかに、艶やかに口元に運びパフェを食べる後輩。
スプーンを口に含んだまま舌でペロリと下唇とスプーンを舐める。
その目は誘うように、色っぽく、上目遣いで僕を見つめる。
そしてなぜか急に頬を赤く染めて、
「せ、先輩、その……見すぎ……ですよ」
「やべっ!見惚れてた!」
思わず、本当に思わず本音がこぼれた。こぼれたってレベルではない。ぶっちゃけたのだ。無意識に。
「せんぱっ!……うぅぅ……」
沈黙が流れた。お互い顔を真っ赤にしながらテーブルを見ている。とても相手の顔を見る勇気がない。見られる勇気さえもない。
アカン。今朝のお詫びでお茶に誘ったのはいいけど、何か今日は駄目だ。駄目駄目だ。僕も由希さんもお互いを意識しすぎてる。
いや、きっと僕が意識しすぎているな。
昼休憩で思わず盗み聞きしてしまった由希さんの本音……
どうもあれから僕のペースが狂いっぱなしだ。
そもそもお詫びだからって僕が由希さんをお茶に誘うなんて……
ピロリーン♪
レベルが上がった……ではなく、ラインの通知だ。しかも
「勇太から?」
メッセージを読んでみるとそこには『助けてくれ』と書かれていた。
この時間帯なら勇太は今頃、汐織と一緒に仲良く帰宅中のはず。なんだろう、汐織に襲われたかな?うん、ありそうで怖い。
由希さんに断って勇太に『どうしたの?』とラインを送る。するとすぐに返信がきた。『今どこにいる?』と。『ファミレス』と送ると、「先輩、先輩」と由希さんが僕を呼び窓の外を指差す。
店内の僕達に気づいた勇太が手を振っていた。もちろん隣には汐織もいた。
▽▽▽▽▽
「なぁ、おかしくないか、この座る位置」
「……別におかしくないだろ」
店内に入ってきた勇太達が僕達のテーブルに近づくと、突然、由希さんが立ち上がり僕の隣に移動した。由希さんのチョコパフェを見た勇太が同じ物を、汐織は僕と同じホットコーヒーを注文して座る。
すると対面にはもちろん勇太と汐織が座るのだが……
「普通は僕の隣は勇太じゃないか?」
今までだったら、勇太と汐織と三人でこういう店に来たときは、僕と勇太が並んで座り、対面に汐織が座っていた。つまり男と女で別れていたのに……
「私から勇太を遠ざけようとしているの?歩には後で話があるわ。遺言書を用意しとくことね」
「僕の机の二段目の引き出しに既に用意してあるよ」
「え、歩って遺言書を書いたの?ちょっと待て!悩みがあるなら相談にのるから、早まるなよ!」
遺言書から僕が何かとてつもない問題を抱えていると連想したのだろう、おろおろする勇太。実際抱えていたんだけどね、最近までは。主に勇太と汐織をカップルにするために……
「早まってないよ。もしもの時のためだよ。何時如何なる時でも死を覚悟して生きているのさ。後悔が無いようにね」
それは侍の生きざまのように。勇太もそのうちわかるよ。汐織と一緒にいるということは、死と隣り合わせだということを。
「何を格好つけてるの。三段目の引き出しの中身、バラすわよ」
「歩先輩、三段目の引き出しに何が入っているんですか?エロ本ですか?それともエロ本ですか?まさかエロ本ですか?」
「どんだけエロ本を推してくんだよ!」
今日の残念後輩はいつもよりテンションがおかしい。勇太達がいるのに暴走下ネタ超特急に成りかねないぐらいのご様子。頼むからおとなしくしてほしい。
「じゃあ何が入っているんだよ?」
勇太の疑問に僕は簡潔に答える。
「エロ本だよ!それより何で汐織が知ってんだよ!?」
「薫(歩の母)さんから聞いたのよ。喜んでいたわよ。『歩君はやっぱり男の子だったのね』って」
「ガッデム!」
隠してあったエロ本が母親に見つかり、あまつさえ微笑ましくスルーされる、それはいい。いや良くは無いけど。ただ喜びのあまり汐織に言うことはないと思う。
「あの……歩先輩、先輩のエロ本ってどんな系統なんですか?とても気になるんですけど」
何故そこが気になるのかこの残念後輩は。
「およしなさい栗原さん。どうせ下品極まる代物なのだから。耳と感性が汚されるわよ」
「 ……勇太に聞けよ。勇太から貰ったモノだから」
「ブホッ!」
「勇太……」
我関せずの態度でチョコパフェを食べていた勇太が噎せて僕を睨む。いい気味である。そしてそんな勇太を冷たく見つめる汐織に怯え恐れるがいい。
「……先輩、いくらなんでも勇太先輩の使い古しは……私が新しいのを用意しますから。ちなみにどんな系統が良いですか?縛り系ですか?それとも蝋燭系?」
「それだと校長の使い古しになるんじゃ……それよりお前はちょっと黙ろうか」
「……回収するべきかしら。でも歩の使用後には触れたくないわね。燃やしてしまいましょう。いいわね二人とも」
「「は、はい!」」
溢れる程の満面の笑みで異論を認めない空気を醸し出す汐織に僕と勇太には反論などの選択は出来ず、ただイエスマンになるしかなかった。
「では今から歩の家に向かいましょう。古い家だから良く燃えそうね。火災保険はバッチリのはずだから問題無いわね。良かったわね、新築が建てれるわよ。ついでに歩も燃やしましょう。熱いの好きだったわよね?」
「歩先輩は熱いのがお好き……では蝋燭系で……」
「お前は本当に黙れ!熱いのはお風呂の話だから!あと家ごと燃やす気か汐織!たかがエロ本一冊のために!」
「一冊?」
「ん~~~、さ、三冊……です」
何故にこんな恥ずかしい確認を取らされているのか。
「嘘ついた罰ね。今すぐ縛り首にしてあげるわ。縛られるの好きよね歩」
「歩先輩は縛られるのが好き……では……」
「言いがかり!嘘八百だから!僕をアブノーマルにするな!」
僕を変態にしようとする汐織に、僕を変態と認識している後輩の会話は僕の心を抉りとる。
「……なんで遺言書からエロ本の話になるかな?」
勇太の疑問ももっともだ。
「……全く。女子の前でよくそんな話が出来るわね。エロ本エロ本と。恥を知りなさい歩」
「お前が言い出したんだよ!」
汐織の余計な告げ口がなければ、こんな無意味で時間の無駄な会話など……
「……縛りに蝋燭……歩先輩は受け?それとも攻め……」
ぶつぶつと小さな声で呟く残念後輩の言葉をあえてスルーする僕。
「……それより勇太、なんか相談があるんだろ。『助けてくれ』って一体何があったんだよ?」
「あぁ、それなんだけど……」
そもそも勇太の相談自体がおかしな話なのだ。勇太が本当に悩み困っているのなら、汐織がほっとく訳がないし、解決さえ自ら進んでするだろう。なのに呑気にコーヒーを啜る汐織に僕は違和感を拭えない。それともこの問題は汐織にさえ手におえない代物なのか?
「歩さ、俺がちょっと前に話した『歩美ちゃん』って女の子、憶えてるか?」
「ブホッ!」
「せ、先輩!?」
思わず噎せた僕の背中を優しく擦る由希さん。そしてそんな焦っている僕を見てプルプルと手に持ったコーヒーカップを揺らしている汐織。
クソ汐織め、だから勇太の悩みを僕に丸投げしたのか!全て知っているくせに!そもそも発端はお前が……
「歩、憶えていないか?」
「あぁ、大丈夫だよ、憶えてるから。で、その歩美ちゃんがどうしたのさ?」
気を取り直した僕に、今度は由希さんが質問をかけた。
「あの……『歩美ちゃん』って誰なんですか?」
正直、正直この話に由希さんを関わらせたくないのだか。どう説明しようか悩んでいる僕の代わりに勇太が説明する。
「……八月にね、短期で運送会社の荷運びのバイトを歩としていたんだけど、そのバイト先の先輩にね、合コンに誘われたんだよ」
「合コン!?……へぇー、合コンに行ったんですか、歩先輩も」
棘を幾分も含んだ口調で僕を責める言い方をする由希さん。
「僕は誘われなかったんだ」
「……………………なんかごめんなさい先輩!」
いたたまれないような、とても悲しい表情で頭を下げる由希さん。
「気にしなくていいよ。どのみち僕は行く気は無かったからね!」
負け惜しみではないよ本当だよ。だからそんな優しい顔で僕を見ないで由希さん。それと肩をプルプルと震わせながら笑うのを我慢するな汐織!震え過ぎてコーヒーが溢れてるぞ!
「あれから二ヶ月以上経ってんだけど、今日偶然そのバイト先の先輩に会っちゃってさ、俺と汐織を見て『お前、彼女出来たのか!?ズルいぞ、俺にも女を紹介しろよ!あの時お前がお持ち帰りした女の子……歩美ちゃんを紹介してくれ!』って言われてさ」
「お持ち帰りって……汐織先輩の前でその話はちょっとまずいのでは……」
「大丈夫よ栗原さん。勇太はそんな事をする人間ではないから」
自信満々の、余裕を醸し出した様子でコーヒーを口にする汐織。どうやら震えはおさまったようだチクショウ。
「先輩は勘違いをしているんだよ。俺と歩美ちゃん達は合コンを途中で抜け出したからそう思ったんだ。ただ途中まで帰りを送っただけなんだけどね。でも信じて貰えなくてね」
どうやらそれが勇太の相談事のようだ。くだらない。なら話は簡単だ。
「無視しとけばいいんだよ。大体、歩美ちゃんの連絡先もわからないんだろ。もう接点もないし」
「俺も先輩にそう言ったさ。でも先輩、諦めきれないんだってさ。あんなすごい美人と会う機会なんて一生無いかもって言ってさ」
「そんなすごい美人さんなんですか?」
「ちょっと待ってな。えっと……お、あった。コレ、合コンの時に撮った写真」
スマホをイジリながら写真を由希さんに見せる勇太。余計な事を。
そして写真に写る『歩美ちゃん』を見て驚く由希さん。
「うひゃー、本当にすごく可愛いらしい……美……人……さん……です……ね…………えっ?」
驚きの声をあげた後、なぜか写真の『歩美ちゃん』と僕の顔を交互に見て、えっ、えっ、えっと呟く由希さん。……どうやら気づいてしまったようだ。『歩美ちゃん』の正体に。
逆によく気づいたな。なにせ……
「な。すごい美人だろ。如何にも清楚なお嬢様って感じの。凛としていてそれでいて儚げそうで」
長年の親友すら気づいていないのに。
四人の中でたった一人だけ、勇太だけ、この『歩美ちゃん』の正体を知らない。気づけていない。そして再び声を出さずに肩を震わせ顔は明後日の方向を向きながら笑いを必死で堪えている汐織のウ○コヤロー。
『歩美ちゃん』の正体は、女装した僕なのだ。
もちろん僕にそんな趣味は全く無い。
そもそもこれは汐織のせいなのだ。
合コンに参加する勇太を、当時はまだ彼女ではなかった汐織が止めることも出来なかったので、僕に女装させて勇太に近づくビッチどもの魔の手から守らせたのだ。無茶振りであった。
本当に大変だった。
合コンに参加する女性達を調べ、その中の一人に接触して合コンをボイコットさせた。そして代わりに『歩美ちゃん』をその人の代役として潜り込ませたのだ。
きっと変態を見るような、冷たい視線を僕に送っているのだろうこの後輩は。僕はその視線をあえて無視しながらコーヒーを口に啜る。
「……あのー、『歩美ちゃん』ってどんな人でした?」
「そうだな……さっぱりとした性格で、すごい『男前』だったよ」
次話に続く。