僕と共犯者と後輩
「朝といい昼といい夜といい、いったいどれだけ私の邪魔をするつもりなのかしら。もしかしてわざとなの?」
淡々とした感情の無い機械的な口調。それが彼女の、汐織のいつも通りの喋り方だ。たとえ怒っていても機嫌が良くてもそれは変わらない。変わらないのだけど……
「聞いてるの歩?朝は二人での登校を邪魔して昼は昼食の妨害、夜は恋人達の語らいに割り込んできて、一体私に何の恨みがあるのかしら?もしかして嫉妬してるの?ごめんなさいね、私、歩の事はいい友人と思っているけど男として見た事はこれっぽっちもないの。それとも実は勇太狙いなのかしら?もしそうなら皮膚を剥ぎ取って頭を切り落として内臓を抜いてコロすわよ」
……変わらないのだけど、普通に怖い。だって冗談に聞こえないから。
「今日はいろんな人に殺人予告されたなぁ。でも汐織ほど具体的なのは無かったよ。別に嬉しくないけどね。てかそれって皮膚を鱗に変えたら魚料理の下ごしらえだぞ。血抜きを忘れるなよ」
「明日の勇太のお弁当には鮭のムニエルを入れるつもりなの。歩だと思って鮭を捌くわ、ザックリと」
「勇太が美味しく食べる姿を想像しながら弁当作れよ。隠し味の愛情は大切だぞ。殺意を混入するな」
「大丈夫よ、勇太への愛情はすでにカンストしてるわ。歩への殺意は……カンストまで時間の問題かしら」
「ごめんなさい!朝は二人っきりの登校を邪魔してごめんなさい!昼は二人っきりのランチタイムを妨害してごめんなさい!夜は恋人同士の電話に乱入してごめんなさい!だから殺さないで捌かないでこんがり焼かないで!」
僕は自室のベッドの上で、電話の話し相手である汐織にひたすら平身低頭する。
「冗談よ」
「わっかりづらいわ!お前、昼休憩の時、僕に向かって箸を投げたろ!アレ、当たっていたら死んでたよ!」
「かよわい女子が投げた箸に大袈裟ね。心と体がちっぽけね、だから身長が伸びないのよ歩」
「ちっぽけって言うな!あと身長は関係ない!それにかよわい女子は銃弾のような勢いで箸を投げない!コンクリートの校舎に突き刺さったんだぞ!射殺されそうになったんだぞ!」
「嘘、大袈裟、紛らわしい。訴えるわよ」
「真実だろ!」
アブノーマルな趣味を隠し持つ(?)校長の孫娘、残念後輩の栗原由希を家まで送り届けた僕は、家に帰ってひと風呂浴びた後、勇太にメールを送った。内容は『去年の文化祭、ありがとな』と。するとすぐに勇太から『電話で話そう』と返信がきたのですぐに携帯電話にかけた。そして去年の文化祭をネタに三人で話をした。僕と勇太と……汐織の三人で。
すぐに会話を打ち切ろうとしたけど気心が知れた者同士の会話はネタが尽きず気付けば夜の11時30分、1時間ほど話し込んでしまった。電話を終えて五分後、汐織から電話がかかり冒頭のように責められた訳だけど。ただ僕にも言い分がある。
「勇太から誘われたんだから仕方ないだろ。それにまさか汐織も一緒とは思わなくて」
何が悲しくて恋人同士の電話に参加しなくちゃいけないんだ。まるで空気読めない親戚のオッサンか。
「そういう時は用事があるからと言ってすぐに退散するものなのよ。例えば……親が危篤とか。家が火事だとか」
「確かに電話どころじゃないな」
「もっと頭を使いなさい。歩は悪知恵だけは無駄に回る小悪党なのに気だけは回らないのだから」
「ちょいちょい会話に悪口を挟むの止めない?しかも本人に向かって」
「私、陰口嫌いなの」
「偉いなぁってならないからな!堂々と悪口を言うな!それと人の親を危篤とか火事だとかそんな嘘は最低だから!冗談でも勇太が信じたら……アイツ信じそうだな」
「私の彼氏は素直で優しいから。大事な事だからもう一度言うわ。私の彼氏……ウフフ」
「大事なのはそこなんだ。惚気か。昨夜みたいに感極まって叫びながら踊るなよ、うるさいから。それで何用で電話したのさ?お説教だけが目的じゃないんだろ?」
「フッ♪フッ♪フッ♪」
「……もしかして本当に踊ってる?」
「踊ってない、気のせいよ。それにお説教が本題なの。ただついでに聞きたいことがあって。去年の文化祭の件、あの栗原由希から話を聞いたのよね?」
「そうだけど」
「ならもう気付いているのよね?」
「……何が?」
「そう、気付いているのならいいわ」
「だから何が!?あ、俺の絵がヤバイって事か!?うるさいなほっとけ!」
「誤魔化し方がヘタね。歩の絵なんて地べたを這うぐらい最初っから底辺でしょ。昔も今も、そしてこれからも。で、歩はどうするの?」
「……どうするって何の事だよ」
「栗原由希の事よ。告白するの?」
「な、何でそうなるんだよ!しないよ告白なんて!す、好きでもないし!」
「両想いの二人が中々付き合わないのって見ててイライラするのよね。いつまでもグダグダして、ハッキリしなさいってね、わかるでしょ?」
「わかるよ、すごくわかるよ。僕が半年間、汐織達を見てずっと思ってたからね。それと僕達は両想いじゃないからな!」
「まだそんな事を言ってるの?万年発情期の歩らしくもない。ヘタレなの?あ、ヘタレだわね歩は」
「汐織の中で僕はどういうキャラなんだ?発情期キャラ?そんなに盛ってた?わりとショックなんだけど。それとなんだ、リア充はすぐにカップルを量産したがるよな、勇太といい汐織といい」
「似た者カップルだから。フフフッ、似た者カップル……いえ、ベストカップルね。ひれ伏せて拝んでもいいわよ」
「いきなり神の領域まで一足飛びだな、スゲーなリア充って」
「そうよ、リア充はすごいのよ。羨ましいでしょ。だから歩も勇太みたいにかっこよく……は無理ね。土下座して命乞いをするが如く栗原由希にその邪な気持ちを伝えなさい。そうすれば頭をグリグリと踏んで貰えるわよ。よかったわね歩」
「汐織が僕の事まだまだ怒っているのはよくわかったから、そろそろ機嫌を直してくれ。僕の心はだいぶ削られてるよ。泣きそうになるくらい」
「失礼ね、後押しをしてあげてるのよ、感謝しなさい」
「後押しなんだ。でもそんな告白は絶対しない」
「じゃあどんな告白するの?」
「それは……いや違う!そもそもなんで告白前提の話しになってんのさ!?」
「……歩には感謝しているのよ」
「いきなりなんだよ?」
「私と勇太が付き合えるようになったのは歩が裏でいろいろとフォローしてくれたおかげだから。だから恩返ししたいのよ。歩が困っているなら手助けしたいの」
「汐織……」
「憶えているかしら、私達が小学四年生だった頃の事……小さい頃からいつも一緒に遊んでた私達三人が男女として意識しだして疎遠になったわね。男の子のグループで楽しく遊んでた勇太と歩、でも私は今更女子のグループに馴染めなくて、そしていじめられて……二人が助けてくれたこと」
「……僕は何もしていないよ。汐織を助けたのは勇太だよ。いじめっこに注意して、先生にも告げ口して、そして女子達から総スカンくらって、あの頃からボッチになったよな勇太」
「今でも勇太のセリフは憶えているわ。『何なの、汐織が可愛いから嫉妬してるのか!だからいじめるのか!お前らは外見で友達を選ぶのか!自分より劣る者としか友達になれないのか!最低だな!そのうち刺されるぞ!だから今のうちに汐織に謝れ!死にたくなければ!』って。かっこよかったな勇太。今思えばあの頃から勇太の事が好きになったのよね」
「一言一句憶えている汐織が怖いわ。あと勇太のセリフが必死過ぎてひくレベルだよ。なんだよ『死にたくなければ』って。どちらかと言えば、汐織の逆襲からいじめっこを守ってた感があるよな」
「何を言ってるの?勇太を動かしたのは歩でしょ。いじめにあって部屋で泣いていた私を見て、すぐさま包丁片手に『いじめっこ達をコロす』って駆け出して……私と勇太が必死で止めて……だから勇太が動いたのよ。歩に事件を起こさせないために。憶えていないの?」
「え、え~と……あれ?僕そんな事したっけ?」
「……あなたは今も昔も危ない人よ。なまじ情が深く熱い分、質が悪いのだけど。だから私も変わったのよ。このままいじめられているだけの弱いままだったら、いずれ歩が人の道を踏み外すって思ったから」
「そうか、昔の僕が汐織をこんな怪物に変えたのか。くそ!何て事したんだ昔の僕は!」
「誰が怪物よ。私はただ少し強くなっただけ。いじめっこ達に一生消えないトラウマを植え付けるくらいにね。でも命を失うよりマシでしょ」
「エグいんだよ、汐織のヤられたら相手の傷口にハバネロを塗りつけて火で炙るやり方。倍返しが可愛く思えるくらい」
「エグいのはあなたでしょ。勇太に寄ってきた女共にどんな仕打ちをしたのか忘れた訳じゃないでしょ。まさに鬼畜、女の敵ね。腹を斬りなさい歩。介錯はしてあげるわ、ノコギリでギコギコと」
「死んじゃうから!それから介錯する気ないだろ!どんな拷問だよ!あとそんな酷い事はしていない!人を外道みたいに言うな!」
「クラスの委員長は泣いてたわね。まさかあんなラブホテルの写真とか……勿論ちゃんと残してるわよね、あれはまた後日脅しに使えるネタなんだから。消したら駄目よ」
「おい外道、腹を斬れ。介錯は糸ノコギリでキコキコと地道にしてやるから。それと写真は消してないよ、ちゃんと残してるから」
「そう……忘れないでね歩。私とあなたは一蓮托生、私達は共犯者なのだから」
「……首謀者だろお前は」
▽▽▽▽▽
汐織との電話を終わらせふと時計を見ると夜の11時55分。長かった一日がもうすぐ終わ……
プルルルルルッ♪
……らなかった。
「あ、歩先輩、起きてました?もし寝てたらどうしようかと……」
電話に出るとかけてきたのは残念後輩の栗原由希。
「何か用?今日はもう寝ようかと……」
本当に今日は疲れた。長く内容の濃い一日だった。もう宿題をする元気も無いくらいに。それに……
『告白するの?』
ヤバイ。汐織のセリフが頭の中を反芻している。しないしない、電話で告白なんてしないからな!ちゃんと顔を見ながら……いやそこじゃない!
「え~とですね、改めて歩先輩にお詫びとお礼をと思いまして。おば様とお爺様が迷惑をかけてすみませんでした。それと私を家まで送ってくれてありがとうございました。疲れましたよね」
「その件は本当にもういいよ。それに……」
それに疲れたのは主に君の暴走機関車並の下ネタトークが原因だけどね。
「そ、それでですね、お詫びといってはなんですが……ち、ちょっと待ってくださいね」
ピロリーン♪
栗原由希から携帯電話に写真が送られた。見てみるとそこには、ベッドの上で女の子座りしている、白地に半袖半ズボン、ピンクのハート柄のパジャマを着た、恥ずかしそうに視線を送る栗原由希が写っていた。
エロ……くはない。多分。白く綺麗な生足がちょっと……そうじゃない!でも顔を赤らめた上目遣いは……かわい……いや騙されるな!今日何度騙されたのか学習しろよ僕!きっとこの写真を使って……
「その……恥ずかしい……ですね。って何やってんだろ私。へ、変じゃないですか?」
「へ、変じゃ……ない……よ」
あかん、心臓がバックンバックンしてきた。
「そ、それでですね、その写真あげますから、私も、歩先輩の今の写真が欲しい……ので、その……送って貰えませんか?」
「あ、うん」
まるで操られてるように、ただ生まれて初めて自撮りをして写真を送った。
「自室のベッドの上で胡座をかいてるタンクトップで短パン姿の先輩……レア級。SSRですね。肌も想像以上に白くて鎖骨が輝いて……綺麗」
ゾクリと鳥肌がたった。また暴走機関車が煙の代わりに下ネタを振り撒くそんな予感。もう早く電話切ろう。
「歩先輩、ビデオ通話しませんか?」
電話を切ろうとした指が止まる。
「歩先輩の顔を見ながらお話ししたいなぁ」
通話切のボタンからビデオ通話のボタンに指がスライドした。そして携帯の画面には自室のベッドに寝そべっている栗原由希の姿が。
「歩先輩だ!エヘヘ、先輩だぁ……」
「……おっす」
テンション高く喜んでいる後輩と、どうにか平静を保とうと頑張っている僕。
ベッドに無防備で寝転がってお互いの姿を見ながら電話している僕達。これでは、これではまるで……
「歩先輩、私達まるで……」
僕達まるで恋人どう……
「まるでアダルトビデオチャットしてるみたいですね、なんかドキドキしませんか?歩先輩、何か言ってみてください。『可愛いね』とか、『そろそろ脱いでみようか』とか、『オ○ニーが見たい』とか。あ、歩先輩は私がさっきあげた写真をオカズにしていいですからね。私も歩先輩の写真で……」
「おやすみ」
プツッ!
ツ――――――――――――。