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僕と幼馴染と後輩

「なぁ、ビーカーてエロいのか?」


 科学の授業が終わり使用した実験用具を洗浄する僕はビーカー片手にふと朝っぱらから卑猥な言葉を連発していた残念後輩の栗原(くりはら)さんの発言を思い出して勇太(ゆうたに尋ねた。


「えっ、何だって?」


「いや、何でもない」


 だか、ラノベの主人公体質である勇太は僕の思わず口に出してしまった失言にスキル難聴で対応してくれた。

 ありがたい体質である。


「それよりも(あゆむさ、……もしかして由希(ゆき)ちゃんと付き合ってるのか?」


 手に持っていたビーカーが滑り落ちそうになった。


「な、何でそう思ったの!?付き合ってないよ僕達は!」


「……だって朝手を繋いで登校してたからさ」


「ングッ!!」


 そうなのだ。

 朝から下ネタモードの栗原さんを人通りの多い場所まで手を引いて走っていたら、先に行っていた勇太と汐織(しおり)に追い付いてしまった。

 すぐに手を離したのだがやっぱり見られていたようだ。

 お互いに気まずい雰囲気の中、仕方なく一緒に登校した僕達四人。

 終始無言の中、汐織の冷たい視線が僕に突き刺さった。

『このお邪魔虫が』というアイコンタクトに僕は無視した。

 気づかないふりをした。

 だって怖かったから。


「て、手を繋いでたのは遅刻しそうになったと思って思わず栗原さんの手を引いちゃっただけで、他意はないんだって!だから別に勇太達の邪魔をするつもりもなかったんだ!」


「いや、俺達は別に気にしてないけど……」


 勇太は優しいから気にしないだろうけど汐織は違うからね。

 アイツは根に持つタイプだから。


「でも歩は由希ちゃんのこと好きだろ」


「ブホッ!」


 勇太の見えないボディブローが僕の腹に突き刺さった。

 仰け反る僕はどうにかビーカーをテーブルに置いて平静を取り戻そうと早口で反論する。


「す、好きじゃないし!別になんとも思ってないし!何いい加減な事言ってんのさ!」


 まるでツンデレのようなセリフを吐く俺に首をかしげる勇太。


「だって半年前、初めて由希ちゃんと会った時、歩、見惚れてただろ」


「グワッ!!」


 今度は脳天に見えないハンマーが振り下ろされた。


「あの時、俺の弁当を届けにきた真理と付き添いできた由希ちゃんが俺達の教室に来た時、歩が熱心に由希ちゃんを見つめててボーとしてたろ。これは一目惚れしたなと思ってたんだ」


 ラノベの主人公体質ならもっと鈍感に徹してくれ!

 それとも自分に寄せられる好意には鈍感でも周りの人に対してはよく気づけるのはラノベ主人公らしいのか。


 確かに、確かに僕はあの時栗原さんに見惚れてた。

 もしかしたら勇太の言うとおり一目惚れしてたのかもしれない。

 でもあの時栗原さんの『真理ちゃんのお兄さんってカッコいいね』と発言を聞いて一気に冷めたと思う。


 別に勇太に嫉妬したからではない。

 ただ、栗原さんもか、と思っただけで。

 それに少しは嬉しかった。

 親友の勇太に惚れるなんて見る目があるなと。


 けどそのあとの『べ、別にうちのアニキなんてカッコよくないし!お弁当を忘れて妹に届けさす駄目アニキだし!もう死ねばいいのに!』と罵詈雑言を吐く真理ちゃんにはかなり引いた。

 それと近くにいた汐織から『死ねばいいのに』と怨嗟のこもった呟きが聞こえて寒気がした。

 その死の宣告は僕と勇太を通り越して可愛い二人の後輩に向けられた事を僕だけは知っている。

 惚けた気分なんて一瞬で消えましたよ。


「……とにかく、僕と栗原さんは付き合ってないし今後もそんな予定はありません!何なの?あれか、リア充の余裕ってヤツですか?彼女が出来て幸せだから僕にもその幸せをお薦めしてくれてんのか?余計なお世話だよ」


 どう聞いても嫉妬心と逆ギレ、心の狭いモテない男のセリフだ。

 自分で言ってて虚しくなる。

 朝はあれほど二人を祝福していたのに何と心の小さいことだろう。

 勇太に栗原さんの事を言われて少し動揺してるにしてもだ。


「俺は歩に感謝してるんだ。歩のおかげで俺と汐織は付き合えたから。だから歩にも幸せになってもらいたいし手助けがしたいんだ。もし歩が由希ちゃんのことが好きなら俺がんばって協力するから……」


「……お前誰だよ?え、勇太だよね?僕と同じ陰キャラでリア充を、カップルを心底憎んでた勇太だよね?本当にどうしたの?彼女が出来たらこうも変わっちゃうもんなの?」


「俺を一体どんな風に……別に憎んでなんかなかったからな!それに今でも陰キャラだし!ただほら、ダブルデートとかなんか楽しそうだから……」


「もうあの頃の勇太はいないんだ……以前の勇太ならダブルデートなんて絶対に言わなかった。おめでとうよこのリア充さんが!」


 恋愛は人を変える。

 今の勇太を見てると本当によくわかる。

 ここまで価値観が急激に変化するなんて。

 でもそれは勇太にとって今が本当に幸せだということなんだろう。


 そして不安でもあるのだろう。

 勇太自身が嫌っていたリア充になってしまってどうしたらいいのか混乱している。

 慣れていないから。

 彼女が出来てどうしたらいいのか。

 だから仲間を欲しがっている。

 同じ悩みを共有できる仲間を。


 ぎこちなく髪をかきむしりながら顔をしかめる勇太の困惑した表情を見てるとそれがよくわかってしまう。

 だからといって僕まで巻き沿いにしなくてもいいと思うけど。


「なぁ勇太。愚痴や相談ならいつでも聞くからさ、だから自分の事だけ考えてろ。て言うか今はそれが精一杯だろ。僕のことは気にしなくていいから」


 お前と汐織をくっつけた責任、結構重圧が凄いんだよ。


「歩……ありがとうな。それと悪かったよ。俺ちょっとテンパってるみたいだな。余計なことまで言っちゃって。俺、付き合うなんて初めてだからさ、どうしたらいいのかわからなくて……」


「お前のペースでいいんだよ。周りのカップルなんて気にするな。お前達が幸せになることが大事なんだから。だからゆっくりと焦らずにな」


 そう、ゆっくりとだよ。

 これ大事だから。

 汐織のペースに合わせてたら高校卒業後には籍入れられてるぞ。

 責任取らされるぞ。

 逃げ場無いぞ。

 いやほんとマジで。

 なんたってあの汐織という女は……


「ねぇ、片付け終わった?もうとっくに昼休憩だけど」


 教室のドアから顔を覗かせる汐織に照れ笑いで反応する勇太に、恐怖のあまり背筋が硬直する僕。

 そして二人分の弁当をちらつかせながら「早くお弁当一緒に食べよう」と催促する汐織。

「じゃあ三人で……」と場の空気を全く読まない勇太の発言に「僕今日は食堂で食べるから」とちゃんとお断りする。


 勇太の「でもやっぱり……」という言葉をあえて無視して僕は一人食堂に向かった。

 すれ違い様に『今度は邪魔するなよ』という汐織のアイコンタクトに『イエス、ユアハイネス!』と心の中で答えた。


 優しい勇太と地雷女の汐織をくっつけた責任に、僕の心は本当に押し潰されそうになった。






 ▽▽▽▽▽






「あれ、歩先輩お一人ですか?」


 会いたくない時に限ってどうしてこうなっちゃうのだろうか。

 食堂の売店で売れ残っていたパンを買って校庭の片隅で一人黙々と食べていると、ジュース片手に残念後輩の栗原さんが声を掛けてきた。


「お一人ですけど何か。てーかそっちも一人なのか?いつも一緒の真理ちゃんはどうしたのさ?」


「あー、それはですね……」


 困惑した表情の栗原さんが死角になっている校庭の方に指を指す。

 そっと壁際から覗いてみると、そこには勇太と汐織と、そして何故か勇太の義妹の真理ちゃんが言い争いをしていた。

 すぐさま顔を引っ込める僕。


「修羅場じゃねえか」


「修羅場ってますね」


 頭を抱える僕とため息を吐く栗原さん。

 流石にあの中に無策で突撃する勇気は僕にはない。


「真理ちゃんにバレたのか」


「バレちゃったと言うか、昨夜から怪しんでいたみたいですよ。勇太先輩の様子がなんかおかしいって。さっき教室から汐織先輩と二人でお弁当を食べてる姿を見かけてすぐに突進してました。私はその付き添いでここまで来たんですけど歩先輩の匂いがしたので」


「そっか、まあ真理ちゃんにバレるのも時間の問題だったから……え、僕の匂いって?そんなに匂うの?激臭レベル?」


 思わず自分の体臭を確認してしまう僕に「私にはわかるんです」と、また妖艶な目で僕を見つめる栗原さん。

 その視線を敢えて無視する。

 こんなところで下ネタモードになられても困るから。


「真理ちゃんはもう勇太先輩のことは諦めてると思いますけど、まだ完全に吹っ切れているわけではないだけですよ。だから心配しなくても大丈夫ですよ」


 飲みきったジュースの空き缶を地面に置いて両足の土踏まずで挟んで軽く跳んでる栗原さん。

 まるで子供みたいに無邪気に遊んでいるようだ。


「そりゃ汐織にとって最大のライバルは真理ちゃんだったから。だから細心の注意をはらったさ」


 ライトブラウンのロングヘアーで人を惹き付ける美貌の持ち主の真理ちゃんに、同じ屋根の下で暮らす勇太が迫られて……そう想像しただけで汐織は発狂して勇太を殺して自分も死ぬだろう。

 そんな惨劇を回避するべく僕は……


「一体どうやってあの真理ちゃんを諦めさせたんですか?歩先輩」


 ピョンピョン跳ねながら僕の方に向きなおす栗原さん。


「……別の男をあてがえた」


「はい?」


「だから、真理ちゃんに男を紹介した。正確には真理ちゃん好みの男を近付けさした。まだ付き合っていないと思うけど気になる存在ぐらいにはなっているかも」


「……それは本当ですか?その男の人は大丈夫なんですか?」


 真理ちゃんの親友である栗原さんの心配はもっともだ。

 僕も相手の男には厳選したから。


「名前は言えないけど相手の男は栗原さんと同じ高校一年生でお兄ちゃんスキルの持ち主。孤高のボッチで一見クール系、しかし情に厚く困った人をほっとけないタイプ。身長も平均より高く頭脳、運動もかなり高スペックでも目立つのが嫌いなので上手く普通を演じてるちょっとコミュ障の平凡な男だな。あとイケボ」


「どこの少女マンガのヒーローですか、それともラノベの主人公?でもそれって……」


「勇太の劣化版ってわけじゃないぞ。勇太に似てるけど異なる存在かな」


「よくそんな存在を見つけましたね。大変だったでしょう?」


「命がかかっていたからね」


 もし勇太に似た男を見つけなければ、きっと汐織と真理ちゃん、巻き沿いで勇太、とばっちりで僕が死んでいたかもしれない案件だった。

 この半年程の出来事を思い出して僕の頬に一筋の涙が流れた。


「……生きてるって素晴らしい」


「歩先輩……」


 蒼窮の空を眺めて生の実感に堪能してる僕に相変わらず空き缶を挟んでピョンピョン跳ねながら近付く栗原さん。


「どうでもいいけどさっきから一体何をしているのさ?」


「え、筋トレですけど」


「筋トレ?あぁ、太もものインナーマッスルを鍛えるってヤツか。細い足を目指してるの?でもそんな必要は……」


 そんな必要はないでしょ、スタイルいいんだからって言ったらセクハラになるのだろうか?難しいな。

 それに女性の理想は男子よりも遥かに高そうだし。


「鍛えているのは骨盤底筋です」


「骨盤底筋?お、お尻のこと?」


 思わずどもってしまった。

 だって男子高校生だから。

 お尻ってワードだけで変に焦ってしまいますよ。

 もうこの話は掘り下げないほうがいいのでは……


「お尻というか、ココですね」


 ご自分の股間に指を指す栗原さん。


「え……え~と、ソコを鍛えてるの?」


「だって締まりがいいほうが歩先輩、喜ぶと思って」


「一体何を言って……」


 言いかけてハッと気づく。これはいつもの下ネタのパターンではないか!もうこの話題を終わらせよう、話を逸らそうと言葉を被せようとして……


「だから、セッ「アァ―――――――――――――――――!!!」の時よく締まるほうが「アァ――――――――――――――!!!」も嬉しいでしょ。それに私の感度も「アァ――――――――――――――!!!」上がるらしくて、これはもう今から「アァ――――――――――――――――――――!!!」鍛えておかなくては「アァ――――――!!!」と思って」


 ゼイゼイと息を荒巻ながら呼吸を整える僕。大声をあげてすこしむせてしまった。


「歩先輩、聞いてます?」


「聞いてねぇよ!聞きたくないよこのボケが!!何なの!?社会的に抹殺したいの僕を!!言っとくけど栗原さんもかなりヤバイことになるよ!!こんな校庭でそんな戯言ほざいてたら!」


 もうこれ以上に無いくらい真剣に怒ってますよ僕は。

 なのに怒られていると実感が無いのか、ムッとする栗原さん。


「歩先輩、いい加減私のことは由希と呼んで下さいって言いましたよね。先輩のそのいやらしい声で苗字を呼ばれると股間が疼いちゃうんですよ」


「そのネタまだ引っ張るの!?」


「引っ張るって……歩先輩、私のナニを引っ張るつもりなんですか?さすがにここではちょっと……出来ればどこか二人っきりになれる室内でお願いします。まだ外っていうのは……その……覚悟と勇気が……恥ずかしい!」


「よし!貴様はもう黙れ!!!」


 もうこの残念後輩の照れと恥じらいの基準が全くわからない。

 取り敢えず黙らせようと手で後輩の口を塞ごうとしたその時、シュッ!と僕の頬を何かが高速で掠めた。


 その何かはまるで銃弾のような矢のような、そして校舎の壁にビシッと突き刺さった。

 突き刺さったモノは、よく見ればそれは一本の箸で……背後をゆっくりと振り向くと、そこには鬼の形相をした般若……


 汐織がいた。


「朝といい昼まで……そんなに私達の邪魔をしたいの?歩……」


 汐織の右手にはもう一本の箸が握られていた。


 頬から流れる血など気にせず、僕は再び残念後輩の手を握り、全速力で逃げ出した。後ろを振り向くことなく。それはまるで……




「まるで愛の逃避行みたいですね、歩先輩!」












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