絶望の森のダンジョンマスターはガチャで嫁を排出しました~でも我はフェンリルだから裸猿の雌を貰っても困るのだが……あ、コーラ美味ぁ!!~
連載を検討して短編を投稿中!
とりあえず第一弾ダンジョンマスター系のお話です。
我が名は【エンド】。
この大陸の3割の大地を浸食しているフィールド型迷宮【絶望の森】のダンジョンマスターであり、最高純度の魔力の証である【純白の毛並み】を持つ、最強のフェンリルである。
ちなみにダンジョンとは、神が人間に与える試練の一つだ。
神の作りしダンジョンコアに登録されし我々マスターは、ダンジョンポイントを使用して支配領域を広げ、人間はそれに立ち向かって己の存在を高めていく。そうやって切磋琢磨するのが世界の大きな流れなのだ。
ただ人間って弱っちいから、そこそこ弱い魔物も用意してバランスを取ってやらんと簡単に滅びてしまうのが難点じゃな。あと何かとお金が必要みたいじゃから、時には宝箱なんかを設置して、美味しい特典を用意してやるのもポイントである。
まあ、その辺は配下のダンジョンフェアリーに一任しておるがな!
我のお仕事は、ぐーたら寝るだけである。
別にサボっておるわけではないぞ?
ちゃんと我はラスボスとして待機しておるのだ。
でもダンマスの所まで人間がたどり着けないから、しょーがないじゃろ?。
我が領域【森】は階層等が存在しないフェールド型ダンジョンである。
それはつまり洞窟やタワー型ダンジョンとは異なり、上階への階段という分かりやすい目印が無いということだ。ぶっちゃけ皆、勝手に迷子になっておるんじゃな。
広大な森の中をあてもなく探索し続ける苦痛。幾日、幾月、幾年とダンジョンコアを求め続ける強者たちが、最後は力尽きて魔物の餌になっていく。その顔に映るのは絶望。故に、ここは人々から【絶望の森】と呼ばれ、三千年以上攻略されていない最古のダンジョンとして名を馳せているのだ。
凄いじゃろ?
でも我ってば何もしてないから気まずいのだ。
ダンジョンフェアリーが忙しそうにしているのをボーっと眺めて、気付いたら寝落ちしている――我はそんな日々を過ごしているからな。
「ぺっ、何であんなごく潰しがダンマスなんですの?」
フェアリーの屑を見るような目が今日も胸に突き刺さる。
止めろ。その台詞は我に効いてるぞ!
だがそんな我にも最近密かな楽しみが出来たのじゃ。
それは最近追加されたガチャ機能だ。
このガチャは神様から与えられたご褒美で、毎日一回無料で引けるのだ。
「お、そろそろ時間か」
ステータス画面に表示された時間を確認すると、我はよっこらせと巨体を持ち上げる。別にそのままの体勢でも問題ないが、こういうのは姿勢を正した方が良いものが当たりそうじゃろ?
本当はDPをつぎ込みたいのじゃが、それをやるとフェアリーに本気で絶縁すると言われたので渋々我慢しておる。故に、一日一回の単発ガチャに我は全てを賭けるのだ。
さあ、今日もスタートボタンをタップするぞい。
「良いの来い。良いの来い。スケルトンの骨は美味かったが、流石にもう飽きたんじゃ!」
ピ、ピ、ピ、ピ、ピロリンピロリン!
おお、何か良い感じの音と共に、金色のカプセルが現れた。
やった。これ当たりじゃね?
そう思って鑑定スキルを掛けると、そこには【嫁】と書かれていた。
「嫁って番のことじゃよな?」
フェンリルの雌を想像する。我との番――つまり対を成す存在だというのなら、黒い毛色がいいのう。だって我真っ白だし。だが毛並みはそこまで拘らんぞ。我、臭い派じゃからな。あ、でもしっぽの形は綺麗な方がそそるぞい。
性格はもちろん包容力のある優しい雌を希望する。フェアリーに傷つけられた心を癒して貰いつつ、さり気なく交尾に持ち込むのとか想像するだけで滾るのう!
わふー、テンション上がってきたぜ。
とりあえず犬科動物としては真っ先にお尻の匂いをチェックする予定じゃぞい!
何かフェアリーが「早く死んでくれないかな、この糞童貞」と呟いてるが無視を決め込んで、我はさっそく金のカプセルを開いた。
するとピカッと派手な光が出て、もくもくと煙が立ち込める。
そして出てきたのは我のリクエスト通りの黒い毛並をした――13歳ぐらいの二足歩行の裸猿じゃった。
「えー、裸猿じゃん」
「えー、犬じゃん」
我らは互いに「ないわー」と呟き合って肩を落とした。
これが我と嫁の初めての出会いである。
大体一年ぐらい前の話じゃな。
我を犬呼ばわりした失礼な嫁の名はヨメ。
……名前の事に突っ込んだらいかんぞ。笑ったら聖剣でどつかれるからのう。
実は、こやつは異世界転生してきた元勇者らしい。
「元々は地球で女子大生やってたんだけどね。うっかり交通事故で死んじゃったら、神様に勇者になって魔王を倒して下さいって土下座されて、渋々引き受けたんだー」
ニコニコと明るい口調で話しているが、気を抜くな。
過去を語る時のこやつの目は、常に死んだゴブリンの如く濁っている。
「んで、転生して村娘スタートから頑張って魔王ぶっ殺したんだけど、何かパーティー追放された挙句に自称聖女の男爵令嬢に王子を寝取られて、学園の卒業式で婚約破棄されたのさ」
「何じゃそれは。色々濃すぎじゃろ」
「でしょ。転生者テンプレ欲張りセットかっての!」
ケラケラ笑ってはいるが、相変わらず目が笑って無い。怖い。
しかし転生して真面目に勇者やってきたのに酷い扱いじゃな。13歳の割にちびっこいのは、恐らく過酷な旅に加えて、保存食ばっかり食っていたせいだろう。聞くところによると3歳の時に教会で勇者判定を受けてから、人生のほとんどが魔物討伐の旅じゃったらしい。よく観察したら体中に小さな傷が残っておるし、腰まで伸びた黒髪は荒れ放題じゃ。人類ってめちゃくちゃブラックだのう。
そう思っていると、ヨメの瞳からツーっと一筋の涙が流れ落ちた。
「おまけに『魔王の脅威が去った今、勇者の存在は世界にとって害悪でしかない』とか言われて、世界会議で勇者の処刑が決まったの。あはは、笑っちゃうよね!」
全然笑えんぞ。この子めっちゃ可哀想じゃ。
踏んだり蹴ったりじゃないか。せめて我だけでも優しくしてやろう。
慰めるように鼻先を近付けると、ヨメは「ありがと」と呟いてワシの首へ抱きついた。
「ああ、モフモフに癒されるわー」
「うむ、我の自慢の毛並みを堪能するが良い」
すると我の首元から、寂しそうな呟きがポツリと漏れた。
「あーあ、リアルシム●ティしたいって腕力で訴えただけなのになぁ」
「よくわからんが、王達の判断は間違って無い気がしてきたぞ」
ちょっぴり前言撤回じゃ。この子もこの子で結構クレイジーなとこあるわ。
遊び感覚で国家運営したがる暴力者とか危険過ぎるじゃろうに。
つーか、力めっちゃ強いのう。勢い余って我の首をへし折らんでくれよ?
我が色んな意味で胸をドキドキさせていると、危険人物は不満を口にする。
「私頑張ったのに、こんな扱いってひどいじゃん? 皆を守ったのに社会的にも命的にも抹殺するとかやり過ぎだと思うっしょ?」
「まあ、確かにそれは思うが……」
「だよねー。だから私、天界に乗り込んで神様にカチコミ仕掛けたんだ!」
ちょい待って。色々驚愕なのだが。神に会いに行ったのか? 自分から? どうやって?
我にも無理だぞ、そんなこと!
「そんなの次元の壁を切り裂いたに決まってるじゃん。こう、ちょちょいっと」
うん。意味分からない。
そもそも報復するなら婚約破棄した王子や、お主を追放したパーティー仲間とか、直接的な加害者が地上におるじゃろう。なんでいきなり天界に乗り込むのじゃ!?
そう問いかけると、ヨメは純粋無垢な瞳をこちらへ向けて、首をコテンと傾けた。。
「人間の不始末は神様がするべきだよ」
……これがジェネレーションギャップというやつか。
最近の若者ってダンジョンより摩訶不思議じゃ。
そんでもって結局ヨメは神様をボコボコにした挙句、「もう田舎スローライフ系でいいよ!」と人生の路線を変更したそうだ。
「そうしたら神様にガチャの中へ放り込まれた……ってわけよ」
やれやれと肩を竦める我の嫁のヨメ。
だがここは田舎というよりも、モンスターだらけの人外魔境なんじゃがのう。
「あー、その辺は良いよ。むしろ人間とか、もう信用出来ないし」
暗い瞳が我の姿を映している。やばい、思ったよりも闇は深いのう。
我がちょっとビビっていると、ヨメは「モフッ」とこちらに全体重を預ける。
フカフカの白い体毛に覆われると、硬かった声色が徐々にだらしなく緩んでいく。
「それにエンドと毎日モフモフ遊ぶのも楽しいしね!」
そう言うと、ニカっと明るい笑顔を我に向けてくれる。
むう、その顔は反則だ。うっかり惚れてしまうじゃろ。
「えへへ、大丈夫。襲われたらこの聖剣で切り落として雌にするから!」
「もうやだ。この子ってばマジで怖い」
冗談じゃろ? なぁ、そうじゃろ?
頼むからハイライトを失った瞳で我の股間を見つめるのは止めてくれ!
そうして色々あってヨメとの共同生活が始まったわけなのだが……
これが中々に興味深い日々じゃった。
なんせ彼女をダンジョンのサブマスターに任命したら、DPを消費して物を生み出す機能に【異世界のアイテム】が追加されたのじゃ。
ヨメの種族が【異世界人】であることが関係しておるらしいのだが、細かい所はどうでもいい。問題はその異世界アイテムを購入できるのが、ヨメ本人だけという点だ。
おかげで我はヨメに土下座するのが日課となっている。
「すまぬ、ヨメよ。我、またコーラが飲みたいのだが!」
「いいよー。代わりに東地区のリザードマン達がまた縄張り争いしているから、ちょっと仲裁して来てよ」
「うおおお、わかったぞい!」
コーラを飲む為なら労働も止む無し。
おかげで我、最近はかなり働き者なのだ。
その光景をダンジョンフェアリーは涙を浮かべながら見つめている。
「ああ……あの糞童貞のダンマスが真面目にダンジョン運営をする日が来るなんて。さすが奥様! わたくし一生貴女に付いていきますわ!」
こいつヨメにだけは異常にデレるんじゃー。
でもそれも仕方が無いじゃろう。
ヨメはカレーやハンバーガーにラーメン、アイスクリームと次々と異世界の食べ物を御馳走してくれるのだ。その美味さに、我ら絶望の森の魔物たちはあっという間に魅了された。
我もたまにDPで飯を出していたが、基本的に同じ生肉ばっかりで皆不満に思っていたそうじゃ。かという我も、もうこいつの飯以外食えんレベルで餌付けされてしもうたがな!
おっと、そんなことを考えていると次の仕事が来たようじゃ。
「奥様。北の浅層に人間の侵入者が来ましたわ!」
「え、人間? あの腐った肉の塊のこと? あはは、駆逐してやる!」
生気を失った瞳を携えて、少女は走り去って行った。
ダンジョンとしては正しいのだが、この子の行く末がちょっと心配じゃわい。
もちろんヨメとの関係は仕事だけのものじゃない。
我らは普通に仲良しなので、空いた時間はいつも一緒に遊ぶのだ。
――カン! カン! カン! カカン!
絶望の森の最奥で、甲高い音が鳴り響く。
大きめのテーブルを挟んで向かい合うのは、フェンリルである我と嫁のヨメだ。
「ぐはは、フェンリルスマッシュの威力を思い知るが良い!」
「甘いわ。勇者秘技ダブルガード!」
「両手でマレット使うのは卑怯じゃぞ!」
我らが腕を動かすごとに、カツンと衝突音が轟き、機械音が鳴る台の上を白く平べったい丸型のパックが高速で移動する。壁に跳ね返ることで変わった軌道を瞬時に把握出来ねば、あっという間にポイントは相手の物だ。うーむ、このゲームも中々に奥が深い。
皆は知っておるか?
エアーホッケーは超楽しいぞ!
「そりゃ! 必殺マレットアタック」
「ぐあッ! 打つやつを投げるのは反則じゃろう!」
まあ、こうやってふざけ合うのもいつものことじゃ。
それよりもヨメがマレットを失っているうちに、すかさずポイントをゲットだぜ。
カツ―ン! ピロリロリ―ン!
「あ、また点取られたぁー。何でこんなに上手いのよ。犬の癖に!」
「ガハハ、この日の為に器用さにポイント振ったからのう」
スキル【サイズ変化】を使い、大型犬ぐらいのサイズになった我は、肉球と爪を巧みに使って、パックを討つ棒――マレットを動かしている。
犬の手で器用に行う2フィンガーの持ち方は、いつか世界大会に出場する時を視野に入れたもの。我はいつでも高みを見据えるフェンリルなのだ。
スキル【念動】で動かせばいいじゃん? という野暮なツッコミは禁止だぞ。
絶望の森の主として、そんな美学の欠片もない戦術は受け入れられぬからのう。
「ねー、この勝負にまた何か賭ける?」
「うむ、ならば我は1.5Lのコーラを所望して――」
「エンドってばそればっかじゃん。次はジンジャエールとかにしない? 美味しいよ!」
「何それ。超飲みたいぞい!」
絶対に勝たねば!
カンカンカンッ、カンカンカンッ! カンカンカンカンカンッ!
反響音が鳴る度に、我と嫁の手元で激しく火花が飛び散る。
実はこれってば、結構ヤバい速度が出てるおるのだ。
見学しているフェアリーが「こんなのに当たったら、頭がプリンみたいにはじけ飛びますわ」と呟いているのは正しい認識である。
勇者とフェンリル。共に世界のトップクラスだからこそ出来る戯れじゃな。
おっと、そろそろ決着がつきそうだ。
ヨメが辛そうに肩を震わせている。
「え、エアホッケーするワンワンとか超可愛い。エンドの後ろ足がさっきからプルプルして萌え過ぎるぅ」
そうだろう。そうやって我に魅惚れるのも計算の内よ!
よし。入った。
「これで残すは後一点じゃな。次で決めてやるぞ!」
「くそぅ、集中出来ない。インスタに投稿したい。いいね欲しい」
ヨメは口を押さえて、目じりに涙を浮かべている。
がはは、隙だらけじゃな。いざ勝利を我が手に!
そう思っていたら、我は勢い余ってエアーの噴き出し口へ前足を置いてしまった。
「あふ、エアーが肉球に当たって力が抜けるぅ。我、そこ弱いんじゃー」
へなへなと腰が抜けている間に逆転されてしまった。
だが写真の撮影というのに協力したので、ジンジャエールは貰えたぞい。
ちなみに我は、辛めのものが好みじゃ。
この様に毎日我と戯れているヨメだが、彼女は決してDPを無駄遣いしない。
遊びは遊び、仕事は仕事――と、きちんと資産を分けて日々運用をしている。
一度、「我のポイントを自由に使っても良いぞ」と提案したが、あっさり断られてしまった。
「いくら親しくても、金銭の貸し借りは良くないよ。私はエンドのことを便利なATMなんて思いたくないんだから!」
「うむ。そういうものか。しっかりしとるのう」
「あ、でもたまに奢ってくれると、好感度は上がるよ。頑張って空気読んでね!」
「犬畜生には難易度高いのう」
とにもかくにも夫婦でも財布は別派らしい。
そんな彼女の主な収入源は、「開拓」だ。
モンスターの村を作り、畑や施設を育成するとDPが儲かるのだ。
暇を見つけては、メニュー画面を操作して各村のステータスをチェックしている。
「お、とうもろこし畑が収穫時期じゃん。またゴブさん達に刈り取りお願いしよっか」
我の体にもたれかかりながら、ヨメはにんまりと笑う。
心なしか彼女の笑顔も増えてきた気がするのう。
「これポップコーンになるやつだから、後で作ってあげるね。塩とキャラメルどっちが良い?」
「わふ。両方欲しいぞい!」
だらしなく口を半開きにして、我は尻尾をブンブンと振り回す。
そういえば尻尾がご機嫌に動くのなんて何百年ぶりじゃろうか……いや、下手したら生まれてから三千年の中でも初めてかもしれん。
ヨメを見ていると勝手に動き始める尻尾に、我は戸惑いを覚える。
彼女はそんな我に目もくれずに、手慣れた手つきでダンジョンモンスター達へメッセージを飛ばした。
すると森の奥からわらわらとゴブリン達が現れる。
「いつもありがとうね、ゴブさん達!」
「「ぎゃぎゃ、姉さんの為ならいくらでも働くゴブ!」」
手を振るヨメに、ゴブリン達は嬉しそうに応えている。
「代わりと言っては何だけど、例の新作を入荷しといたよ!」
「「マジかゴブ。マジかゴブ!」」
「うん。ほら!」
「「ひゃっはー!!」」
ヨメがちょっとエッチな絵をした箱を渡すと、ゴブリン達が雄たけびを上げる。
「「やっぱ女は二次元ゴブな!」」
何やらあの中にあるゲームを、住処に設置したパソコンというのでプレイするらしい。
我は歓喜のダンスを踊るゴブリン達を見つめながら呟いた。
「何かあやつらに深刻なエラーが起きている気がするぞい」
「問題無いよ。異世界人的には女子供にリアルでゴブゴブする世界の方がエラーだし」
そういうものか?
まあ、本人達が嬉しそうだからいいか。
そうこうしているうちに、魔物たちが次々と集まってきた。
こうやって目の当たりにすると、ヨメの人気は凄まじいものがある。
あの自分勝手なドラゴン族がヨメに対しては頭を垂れて近状報告するし、口笛を吹いただけで鳥系モンスターが編隊を組んで飛行する。感情の無いはずのゴーレムが恥ずかしそうに指をモジモジさせ、水辺でしか生きられない魚系モンスターが水魔法の水球を使って無理やり陸に上がる。おおう、虫系モンスターまで傘下に入っているのか。すごいのう。
何じゃろう……こうやって集まるとワンチーム的な感じがして凄くいいな。
――何故か我だけ微妙にハブられてるけどな!
しかもどいつもこいつもキラキラとした笑顔で、「姉さん。姉さん」と気安くヨメを呼びおって。この子は我の嫁じゃぞ!
おいコラ、ドラゴン。お前、我にもちゃんと挨拶せえ。
あ、鳥達。近づいただけで逃げるでない!
ゴーレムよ。何で我の方を向くと急に無表情になるの?
魚の奴らは……おっふ、そろそろヤバいから早く池に戻りなさい。
うわぁぁ、虫達よ。ノミを我にけしかけるなぁ!
「我ってこんなに嫌われていたのか……」
ノミから逃れた場所で、一人ぽつんと我は落ち込む。
だがそれも当然なのかもしれん。よくよく考えたら、一番顔を合わせていたはずのフェアリーですら、ほとんと放置してたしのう。特にここ千年ぐらいは「あー」「うん」「ワン」としか言ってなかった気がする。
我は「助けて」という願いを込めて、フェアリーに視線を送った。
だが、ぺっと唾を吐かれて「くたばれ」って言われた。
人ってあそこまで憎悪に染まった顔が出来るんじゃな。凹むわ。
尻尾をしゅんとさせていると、ヨメが我に近づき、モフっと抱きついてくる。
彼女はヨシヨシと我の頭を撫でながら、「落ち込まないで」と優しく囁いた。
「しょうが無いよ。信頼値っていうのは正しい行動コマンドを積み重ねていくことで溜まるものなのさ。私も乙女ゲーで信頼を稼ぐのすっごく大変だったもん」
「くぅ。ゲーム感覚のくせに正論言いおって」
つまりサボっていた分、黙って働けってことじゃな。
苦い呻きを漏らす我――だがほんの少しだけ動き始めた尻尾を見つけると、ヨメは嬉しそうにほほ笑んだ。
「安心して。エンドのことは私が支えてあげるから!」
「それは頼りになる話じゃのう」
ヨメは、ドン! と胸を叩くと、自信満々に言い放つ。
「だってペットの不始末は飼い主が取るものだからね!」
「……我って飼われてる側だったんじゃな」
だが否定出来る要素が無いな……
我、心を入れ替えて頑張ろうと決意する。明日からな!
そして今日も一日が終わり、おやすみの時間がやってくると、我とヨメは満天の星空の下で床に就く。
DPを使えばベッドを召喚出来るのだが、ヨメはあえて我の毛に包まれて眠る。
彼女曰く、「どんな高級ベッドも、エンドのモフモフには勝てない」らしい。
違いの分かる女は嫌いではない。だからヨメが風邪を引かぬように、我は結界を貼って快適な睡眠が送れるように場を整えてやる。
スースーと可愛い寝息を立てるヨメに鼻を近付け、クンクンと匂いを嗅ぐと、シャンプーの香りがする。今日は柑橘系のものを使ったようだ。ヨメの髪チェックは、我の密かな楽しみの一つになっている。
楽しみといえば――最後にガチャを引いたのはいつだったろうか。
あんなにワクワクしたガチャなのに、今では全く興味を引かれない。
それもこれも、全部この妙チクリンな娘のせいだろう。
「むにゃむにゃ。政治屋は全員絞首刑だぁー」
寝言が若干危ないのだけが気になるが、この子のおかげで毎日が輝いている。
我は夜空を見上げて、穏やかなため息をついた。
「全く……変な嫁が当たったもんじゃ」
だがこの生活も一時的なものだ。
いずれこの子の心の傷も癒えるだろう。その時になったら彼女は人里へ戻るべきである。
何故ならいくら仲良くなっても、我とヨメは魔物と人。
いくら神の導きがあったとはいえ、種族の壁は厚い。
正直、我ってば裸猿には全く性的な興奮が出来ぬしな。やはり全身に毛が生えてないのは、フェンリル的には減点じゃ。む、だが毛質がサラサラしているのはグッドだぞ。髪と同じく真っ黒な瞳は、我が出会った人間の中でも断トツで美しいと思う。
胸もお尻もペッタンコだが、フェンリル的にはそこは気にならんな。だが元気な子を産んでもらうならば、もう少し歳を重ねた肉体に調整せねばならぬ。ちなみに顔はめっちゃ好きじゃな。特に笑った顔とかずっと見ていたいぞ。あ、ぶっちゃけ臭いは最高だと思う。
そこまで考えて、ふと我は気付いた。
「あれ? もしかして我って、この子のこと結構気に入ってる?」
そう思うと、まるで雷魔法に打たれたかのような衝撃が、ビリビリと体中を駆け巡る。
我これ知ってる! 発情期ってやつだわ!
すぐさまメニュー画面をスクロールして、必要なDPを確認する。
ヨメの体を大人に変える「肉体操作」のスキルは……くぅ、高いが必要経費か。
あと「人化」のスキルは何ポイントだっけ……あ、めっちゃ高い。これ百年単位で掛かるやつじゃのう。逆にヨメを獣化させるスキルも似たようなポイントだった。
だが裸猿の子供とリアル狼での交尾はさすがに……いや、いけるか?
何じゃろう。よくわからんが、むしろそうしろと我の本能が雄たけびを上げている!
おお、何がとは言わんが――ムクムクするぞい。ムクムクするぞい!
「よしッ、いける気がする!」
「やめい!」
「あいたっ! 聖剣は勘弁してくれ!」
うっかり思考が洩れていたらしい。
この日から、しばらく口を聞いてもらえんかった。
けど仲直りした日には、宅配ピザというのを召喚してくれたから結果オーライじゃ。
「何これ超美味い。特にコーラと合うのが最高じゃ!」
「他にもメニューいっぱいあるけど見てみる?」
「マジでか!? 異世界って凄いのう」
こうして今日もまたヨメのおかげで我の尻尾はブンブン揺れる。
幸いダンジョンコアと繋がっているので、我とヨメは絶望の森が滅びるまで死なない。
ワシの楽しい嫁との新婚生活はまだまだ続くのじゃ。
そして目指せ人化スキル!
明日からこっそりポイント溜めるぞい。
――ところでヨメよ。フェンリルのままでもチューぐらいは許してもらえんかのう?
ここまでお読みいただきありがとうございます!
ご評価・ご感想をお待ちしております。
しかしこの話のジャンルは
異世界【恋愛】・ハイファンタジー・異世界【コメディ】のどれになるんだろうか……?