帝都からの脱出
「わかった。店長から話を聞いているし、お店に迷惑をかけるわけにはいかないしね」
閉店後に俺の自室にて、ナオは力強く頷いた。話の内容はもちろん、帝都から脱出する為の行動内容だ。
ナオは俺と別れた後、店長から帝国からの脱出を指示された。もちろん初めは、父のいる帝都から離れる事に納得いかず店長に残る意思を伝えたけど、「まずは自分が生きる事を優先させなさい」と強く言われて渋々了承したそうだ。
その上で改めてナオには、俺が王国の冒険者で二年前のハルトナの事件による薬の調査をしている事を打ち明けた。けれど、依頼主が王国だったり指名依頼だったりとかは伏せてある。
「そう、ハルトナの事件にトバスが関与していたのね。それで薬は出回っているの?」
「私の見たところ、帝国ほど被害はありませんでした。けれど、元が裏から仕入れる様な物ですからね、一体どれほど出回っているかは不明です」
俺が指名依頼を受けてから一ヶ月と少し。ハルトナと王都との往復、そしてダームに来るまでの宿場町にはこれと言って変化は見られなかった。もちろんその道中にもだ。
二年前、あれだけ大騒ぎした事件の本質に薬の存在があったにも関わらず、何の音沙汰もないんだから不気味でしょうがない。
もう一度トバスに会って目的を聞きたいところだけど、これ以上のリスクは抱えるべきじゃないな。
「では陽が登る前にここを出ます」
「わかったわ。じゃあ今日はもう休むわね」
そう言ってナオは自室へ戻っていった。
自分の生まれ故郷をこんな形で離れるのは不本意だろうけど、今は店長の言う通り、まずは自分の命を優先してほしい。先のことはわからない。けれど、王国に連れて行けば何かしら道が開けると信じたい。
翌朝、と言ってもまだ朝日は登っていない。
昨日段取りした通り、俺とナオは暗いうちに予定している場所へ向かおうと裏口から出てた。と思った瞬間、心臓が縮み上がる程の体験をする事になった。
「二人とも、待ってたわよん」
「「ひぃぃ!」」
暗がりに灯ひとつで浮かび上がるおっさんの顔。いくら警戒してても突然現れたら、そりゃあびっくりするって。
この世界に即死系の魔法があるならこんな感じなんだろうか。いや、体験したくは無いけど。
「あらやだん、二人とも失礼ねん」
どっちが失礼なんだと突っ込みたいところだけど、わざわざ見送りに来てくれるのだからここはグッと堪えておこう。
「し、失礼しました。わざわざ見送りに来てくれて、ありがとうございます」
「いいのよん。瑞樹ちゃん、また落ち着いたら手紙でも良いから頂戴ね。そしてナオちゃん、貴女の帰るべき場所はここだから、必ず帰って来てねん。皆でいつまでも待っているわよん」
「ありがとうございます……必ず帰って来ます」
俺との挨拶もそこそこに、店長はナオに向き直ると抱き締めながら優しく言った。
マニルカの店長もだけど、気遣いができて本当に優しい。見た目はアレだけど。
けれど、表面じゃなく内面がこんな人柄だからお店の女の子も、お客も寄ってくるって事なのかな。
俺の場合、見た目は全く負けてないけど、内面は……って、張り合う所じゃない。
「改めて瑞樹ちゃん、貴女の話は色々聞いているわん。その上で、お願いするわん。ナオちゃんを王国へ無事に逃してあげて頂戴」
ナオの頭を撫でながら店長は俺にお願いする。言われなくてもそのつもりだから、俺も笑顔っで頷く。
「その代わり、次に来た時には特製ふわとろオムライスの大盛りをお願いしますね」
「いいわよん。その時は私が愛情込めて作るわねん」
俺は店長との再開を願って、定番のお願いをする。店長の愛情と言うのが凄く気になるけど、お店の人気メニューだし、期待しておこう。
「あ、それと聞きたい事が……」
「瑞樹ちゃん、こう言うのは秘密があった方が素敵なのよん」
店長が何者なのか気になって、別れ際に尋ねようとしたら遮られてしまった。いや、一体どの立ち位置から言ってるんだ?
しかし、断られたからこれ以上は聞くことはできない。と言うか、何故かあまり突っ込んではいけない気がしたから、やめておこう。
別れを惜しむナオを促して出発する。行き先は昨日打ち合わせした『ブシ・トーオ商会』だ。
黒いマントを羽織って裏道を進む。もしかしたら、既に帝国側も動いているかも知れない。ここは慎重に行こう。
倉庫に着くと、ナオと一緒に裏口向かいドアを三回、二回、三回とリズム良くノックする。すると間も無くして、中からも同じリズムで同じ回数だけノックが返ってくる。その返事を聞いて俺が五回ノックで返す。
「来たか、入れ」
ドアを最小限だけ開けて俺とナオの顔を確認すると、短く返事をして中へ促した。
中で待っていたのはベックとギルモアと言う二人の男で、昨日の倉庫で俺に吹き飛ばされた三人のうちの二人だ。
後悔はしていないけど、申し訳ないとは思っている。
「遅れました」
「いや、大丈夫だ。しかし、ここからは素早い行動が求められるからな。お前らが疲れてなければ、直ぐに出発するぞ」
「大丈夫です。直ぐに出ましょう」
ナオが頷くのを見て俺が答える。ここでモタモタして見つかっては笑い話にもならない。だから、一刻も早くここを出る方が先決だ。
「わかった、ここからは無言でついて来い。俺が指示を出すまで私語は禁止だ」
そう言ってベックは俺らと同じように黒いマントを羽織り、フードを目深に被って先頭を切った。
順番はベックを先頭に、ナオ、俺、そして最後尾はギルモアだ。前後を案内人で挟み、体力面で一番低いであろうナオにペースを合わせるため俺の前に配置する。これなら、前方を警戒しながら後方からの事態にも対応できるだろう。
そして、先頭を走るベックの後を着いて行った先は、二日前に使ったばかりの地下水道の出入り口だった。
相変わらずあの臭さは強烈で、もう来る事はないだろうと思っていただけに俺は一瞬たじろいだけど、隣にいたナオは躊躇もせずに後に続いた。
一度は父親を残しては離れられないと言ったんだ。いくら店長が説得したとは言え、離れる決意の裏には並々ならぬ思いがあるんだろう。その思いに比べれば、この臭いなんて些細なものだってことか。
今の所、俺の中にそこまで決意させるような思いはないけれど、代わりにナオの為に何か出来るか、この道すがら考えてみるのもいいかな。




