トタバタ
「あれ、ここは……」
目が覚めるとそこはベッドと机だけがある簡素な部屋だった。
俺はいつの間に部屋に戻って寝たんだっけと考えるも、記憶があやふやで中々思い返すことができない。ナオと地下水路で脱出してそれから……やっぱり思い出せない。
コンコンッ
余りの怠さに記憶の整理をやめてもう少し横になろうとした瞬間、部屋をノックする音が聞こえる。
「はーい、どうぞ」
「お、起きてる起きてる。気分はどうだい?」
気怠そうに返事をする俺とは逆に、元気一杯に部屋に入って来たのはナオだった。
この口振りからすると、昨日俺がどうなったのか知っていそうだ。
「少し怠いけど大丈夫です。それより、昨日の記憶が曖昧で……」
「それなんだけどね。まぁ私の説明不足でもあったんだけどね」
ナオが言うには、あの小瓶に入っているお酒は一口飲むだけで十分に酔えるような代物だっと言うことらしい。
そりゃそうだわな。アルコール度数七十パーセントを超えるようなお酒だし、少し考えればわかりそうなものだ。一気飲みする俺の方がおかしいわ。寧ろ、急性アルコール中毒にならなくて良かったわ。
「それで急激にアルコールが回って気を失ったんですね?」
「そう言うこと。そんで、そのまま担いで戻ったら店長と鉢合わせして大目玉食らったよ。けど、そっちはそれで良かったんだけど、その後がね……」
「その後って何かあったんですか?」
「それはね……「はいるわよぉぉん」」
ナオが続きを遮るように部屋に入ってきたのは店長とお店の女の子達だ。その独特な口調と声色で誰が入って来たのかなんて見なくてもわかる。
「あ、店長。ご心配おかけし「とう!」あいた!」
一言お礼と思って顔を上げた瞬間、ゴスッと鈍い音と共に脳天にチョップを食らった。
正直そんなに痛くは無い。無いんだけど、脳がくらっときた。
って言うか何でチョップ食らった?
「瑞樹ちゃん、ナオちゃんから話を聞いたわよん。しこたま呑んだ挙句に、お店で脱ごう落としたらしいわねん?」
「……は?」
俺って脱ぎ癖あったのか?
いや待て、今までの記憶で脱いだなんて事は聞いてないぞ。そんな事になれば、よく一緒に飲んでいたユミルが黙っていないはずだ。
「しかも知らない人に抱きついたり、下着の早脱ぎをしようとしていたらしいわよん。それをナオちゃんが必死に止めて、ここまで運んでくれたと聞いたわ。飲みに連れて行くナオちゃんもナオちゃんもだけど、瑞樹ちゃんも呑んでも呑まれないようにしなきゃだめよん」
何だそれ、俺ってそんな性癖あったのか? 呑んで知らない自分を解放させていたのか。やばい、自己嫌悪に落ちそう。暫くお酒は控えた方がいいな。
「あーそれ見たかったかも!」
「何なら今夜も飲もうよ!」
「いや、流石に連日はきついでしょ」
「はぁぁい、みんな。まだまだお仕事は残っているわよぉぉん。戻ってちょうだいねぇぇん」
女の子たちを仕事に戻して一人でショックを受けている俺の方に向きな直ると、店長は悪戯っぽい笑みを向ける。
いや、本人的にはそれっぽい表情を作ろうとしているんだろうけど、俺に言わせれば、それは邪悪な笑みにか見えないんだけど。一体何を言うつもりなんんだ?
「な、何ですか?」
「聞いたわよ瑞樹ちゃん。あの中に入ったんですってぇん? 何しに入ったのか洗いざらい吐いてもらうわよぉん」
そう言って店長が窓の外から見えるお城を指さした、と同時に反対の手で俺の頭を鷲掴みして凄みを効かす。
いや、マジで怖いんですけど。
助けを求めようと視線だけでナオを探すと、店長の後ろの方でジェスチャーだけで必死に謝っていた。
って言うか速攻でバレるんだったら無理にお酒飲まなくても良かったんじゃないか。倒れ損だぞ。
「瑞樹ちゃんってば王国の冒険者だったのねぇん」
「はい、隠していてごめんなさい」
店長の圧に屈した俺は王国が絡んだ指名依頼だと言うことを隠しつつ今までの事を打ち明けた。
この察しのいい店長相手にどれだけ隠し通せるかわからないけど、それならそれで店長があえて聞かないでくれると助かる。
「いいのよん、そう言う隠し事をしている女ってのもミステリアスで格好いいじゃない」
いや、そんなんで良いのか? 格好いいだけで片付けてもいいものかわからないけど、あえて突っ込むまい。
「瑞樹ちゃんの事情はわかったわん。けれどナオちゃん、貴方の気持ちもわかるけどそれは無謀よ」
どうやら俺が寝ている間にナオの事情も聞いていたようだ。
俺のは依頼として動いている以上結果を求められるが、ナオの場合は完全に個人の理由だ。
「それでも、お父さんを助けたかったんです!」
「でも瑞樹ちゃんに助けられたって言うじゃない。もしあそこで捕まっていたら、貴方もお父さんの様になる可能性だってあるのよ?」
「わかっています、けれど……」
目の前にいるのに助けれないと言うナオの気持ちもよくわかる。その気持ちだけで一年以上ずっと侵入し続けてきたんだから。
「けど、侵入がバレた以上、簡単には入れてもらえないかもしれませんね」
少なくとも城の警備は今より厳しくなるのはわかっている。
それより帝都から無事に出れるかの方が重要だ。今回の一件で、少なくとも門での検査は厳しくなっているだろうし、ナオに至っては手配がかかっていてもおかしくはない。おいそれと街中は歩けないだろうな。
ミューの時のように、荷馬車に隠れて脱出を考えた方がいいかな?
「そうねん。そうそう瑞樹ちゃん、動けるならお店の買い出しをお願いしていいかしらん? この紙に詳しい場所とか書いてあるからお願いするわねん。ナオちゃんは倉庫のお片付けをお願いねん」
「え、ちょっと店長?」
「ほらほら、ナオちゃん行くわよん」
俺がどうやって帝都から出ようか考えていると、店長が急に買い出しをお願いしてきてそそくさと行ってしまった。
このタイミングで急に何を言い出すのかと思っていながら、手渡されたメモを見てそう言うことかと納得する。
そして俺は即座に行動を開始した。
ここか。手渡されたメモの通りに来てみると、何のこともないただの倉庫が建っている。
この区画が倉庫街で似たような建物ばかりだから、ぶっちゃけメモがなければ迷子になっているところだ。
「ごめんください、『にゃんにゃん食堂』からのお使いの者ですが」
「あ、はい、『ブシ・トーオ商会』へようこそ。本日は何を御用立てしましょう?」
この人が会長なのだろうか。気弱で人の良さそうな顔をしているけど、見かけによらないって感じなのかな?
「えっと、砲塔ニンジン百キロとウサギ肉五十キロ、そして小麦粉百キロお願いします」
少しの不安を抱えながらメモの通りに注文する。
すると、さっきまで頼りなさげな会長の目の奥の輝きが変わり、俺の顔から足まで見定めるように一瞥してからもとの表情に戻り奥の扉へ通された。
「わかりました、こちらへどうぞ」
『瑞樹ちゃんへ 貴方の事情は一から十まで丸わかりよん。その上でここから無事に出る手段を持っている人を紹介するから、その人と相談してねん』
とまぁ書かれたメモと地図、そしてさっきのが合言葉になっていて裏へ通されたわけなんだけど。
何でお俺は囲まれているんだ?




