ナオと……
「で、何で瑞樹はこんな所にいるの?」
「それはお互い様なんじゃないですか?」
「私の目的は見てたんじゃないの?」
あの状況から考えれば、俺が先に入ってて一部始終を見聞きしていたと考えた方が自然だろう。
あの状況でそこまで考えての返しであれば大したもんだと思う。
「とは言え、私じゃあいつに勝てないのはわかってたからね。ありがとう」
「どういたしまして。寧ろ、「お父さんを置いて行けない」とか言われるかと思いました」
せっかく再開を邪魔するなと喚かれて状況が悪化しなかっただけでも良かったか。
「そこまで子供じゃないと思っているわ。だからこその『ありがとう』なのよ。で、瑞樹は?」
そこで話を戻すのか。
でも、いつまでも惚けることはできないと思うし、ナオなら何か知ってると考えてもいいか。
「私の目的は、ナオさんのお父さんや冒険者達を魔物に変えた薬の出所ですね。当たりを付けて侵入してのですが、あそこで間違いないと思って良さそうですね」
俺の推測にナオは肯定とばかりに首を縦に振った。ナオもあの施設で父親を見つけたのはおよそ一年半前だそうだ。
「お父さんはこの国では少しは名の知れた冒険者だったわ。私が生まれる前から料理が好きで自分のお店を持つのが夢だったのよ。それがもう少しで叶うって言う時に大怪我をして……」
ギルドの治療室に運び込まれた時にナオも呼ばれたけど、その時には既に虫の息で手の施しようが無かったそうだ。
しかし、そこに現れたのがトバスだった。トバスは持っていた謎の薬をナオの父親に飲ませたら効果はてきめんで傷口はあっという間に治ったそうだ。
「新型のポーション、と言うわけではなさそうですね」
「えぇ、その頃からお父さんの様子が少しずつだけどおかしくなっていたわ。なんて言うか、食欲が旺盛になったって言うか」
飲ませた薬は恐らく例の薬だろう。けれど、そんな症状は聞いたことがない。冒険者なんだから食欲は旺盛だし、病み上がりでお腹を空かせてたのでは? と言いたいけど、トバスが出て来た段階でそんな楽観視はできないんだよな。新薬の実験だろうか。
「それでどうなったんですか?」
「ある日、お父さんが帰って来なくなったわ」
「そう言うことですか。気になることがあるのでいくつか聞いても良いですか?」
「何かな?」
「ナオさんのお父さんが怪我してトバスと会ったのはいつ頃ですか?」
「およそ二年くらい前ね。ちなみにそこからお父さんが消えたのは十日も経ってないわね」
ナオを疑っていたわけじゃないけど、トバスが俺たちの前から逃げた時期と丁度繋がる。ハルトナでメルを刺して帝国へ逃げた後、ナオの父親に新薬を作ってを飲ませたのか。
「それで、お父さんはどうやって見つけたの?」
「今の食堂で買い出しに出ている時に偶然馬車に乗っているあいつを見つけたの。そして後を付けて城壁の裏口から入ったのよ。その裏口はちょっとだけ無人になるタイミングがあってね」
なるほど、よく調べたな。時間をかければ俺もできそうな気がしないでも無いけど、見つかった時のことを考えると退路を塞がれて詰みそうではある。と言うか現在進行形だよなそれ。
「そう言う事ですか。と言うことは、見つかった以上はその裏口は使えないかも知れないと言うことですね」
「そう言う事になるかな……」
そして気になるのは、さっきから遠目に施設が見える場所で隠れながら様子を伺っているけど、トバスが出て来ない。俺の顔が見られたわけじゃ無いけど、ナオ以外の侵入者がいるとなるとそれなりの行動を起こしてもおかしくは無いと思うんだが。単純に見失ったとは考えにくいな。
「所で瑞樹はどうやってここに?」
ナオもトバスの動向を気にしながら何気ない疑問をぶつけて来た。見つかった以上裏口が使えない事がわかっている。だから他の手段として俺の侵入方を聞いてきたんだろうが……
「私はあの壁を飛び越えて来ました」
「え〜……越えれるの? それで戻る時はどうする予定だったの?」
俺がそっと城壁を指して答えると、ナオは呆れた声を出していた。
この世界の人達の【身体強化】がどれだけ凄いのかはわからないけど、普通は越えようとする奴はいないんじゃないか? そもそも不法侵入だ。
それによくよく思い返してみると、この世界に来て二年の間誰一人として空を飛んだり宙に浮いたりしていない。誰一人として、クラス『S』相当の実力を持っていると言われるハルトナのギルマスでさえもだ。
今回の依頼が終わってハルトナに帰ったらゆっくりと魔法神アレフから貰った本を読み耽るか。
っと気が逸れた。今は脱出経路を確保しないと……
「入る時は建物から助走して越えましたから。と言いますか、戻りの事まで考えていませんでした」
うん、全く考えてなかった。それでも俺一人なら見つかっても何とかなるって思ってたけど、ナオがいるとなると正直難しい。何が難しいって、今までの戦闘でもそうだったように守りながら戦った事ってないんだよ。
脱出する前の動きだけを見るならアレンやケニー達より良かったんだけど、今のこの状況だとその程度じゃ不安材料にしかならないって事だ。
「実はね、もう一つ脱出できる方法があるんだけど……けどねぇ」
そして俺がどうやってここから出ようと頭を捻っていると、ナオが思わぬ提案をしてきた。
さっきは裏口から入って来たと言っていたのに、他にも方法があると言ってきた。けれど、その口振りからすると何かを不安視しているのか言うのを渋っているようだ。
「あるって言うならそれで逃げるしかないのでは? 取り敢えず言ってみて下さいよ」
じゃないとそれが危険なのかどうかがわからないし、ナオの渋っている理由が知りたい。
「そうだね、私のお父さんのいる地下室とは別の階段で、別の地下室に行けるのよ。そこの横にあるトイレの清掃具のしまっている床が二重になっていてね。それを捲ると穴が空いていて降りると帝都の地下水路に繋がっているのよ」
「ほほう」
ナオが言うには、一年ほど前にいつも通り父親に会って帰ろうと侵入口にしている裏口から出ようとした所、偶然にもその日は兵士達がこの森を使った夜間訓練だったらしく、横一列に自分の方に向かって来たそうだ。
「で、このままじゃ見つかると思ってもう一度施設に逃げ込んだらさ、今日の瑞樹みたいにお仲間がいたのよ。鉢合わせした時は心臓が止まるかと思ったよ」
「お仲間って……」
そりゃあ自分以外が敵ばかりの場所で鉢合わせしたら……俺なら斬りかかっちゃうかもな。
「敵じゃ無かったら仲間でいいのよ。それで、相手が両手を上げて話し出したから敵じゃないなと思ってね。相手と私の情報交換を始めたのよ」
「と言うことはその人に教えてもらったて事?」
「そう言う事。外に出るのは危険だと教えたら、これ以上は危険だと判断してその人の侵入ルートを使わせて貰ったのよ」
そう言うことか。俺やナオみたいにわざわざ危険を冒してまで侵入しなくても、地下水路から安全に来れるのか。
なら何でナオはずっと使って来なかったんだ?
「たまに使ってたんだけどね。と言うか苦肉の策でしか使わなかったわね」
「安全なのに?」
そっちの方が安全なのに苦肉の策でしか使わないのか。実は地下水路に何かが住んでいるとかじゃないよな?
「安全なんだけどね……凄いんだよ」
「凄い? 何が凄いの?」
「匂いがね、すっっっっっごい臭いんだよ! 匂いが取れないほどに臭いんだよ! 瑞樹も女なんだからわかるだろ?」
あ、うんそうだね。そこがどれだけ臭いのかはわからないけど、地下水路を使うくらいなら裏口から侵入するって言うくらいには必死さが伝わったかな。
「え、えぇそうですね。でも今回はトバスに見つかってますし、その地下水路を使って逃げますか」
「しょうが無いよね。でももう一度あそこに入らなきゃいけないけどどうする?」
入ってナオに案内してもらうのはいいとして、トバスがいまだに出て来ていないのが気になる。まだ中にいるのか、それとも俺たちの知らない通路で外に出たか。
「侵入者がいたらしい、見つけ次第拘束しろ。何なら手足の一本も追って構わんとのことだ!」
森に隠れている間に見回りの兵士達に通報されたようだ。俺たちの知らない手段でトバスが教えたのか。これはモタモタしている場合じゃないな。
俺はナオと顔を見合わせると、納得したのか強く頷いてくれた。
「兵士達には完全に見つかったわけじゃ無いのでこのまま施設に戻って地下水路に逃げましょう」
「わかった、じゃあ先行して案内するから着いて来て」
そう言ってナオは身を低くしながら先行してくれた。何度もここへ来ているせいか、まるで自分の家の庭のようにするすると進んで施設に入って行く。そして中を安全と判断したのか、手招きして俺を呼び入れた。
施設は初めに入った時と同じようにしんと静まり返っている。念のために【探索魔法】を使ってみるけど、中には人間の反応はない。森にいる兵士たちもこっちに入ってくる様子もないようだ。
「こっち」
俺を促しながら実験体のいる階段とは反対方向にある階段に案内すると反対側の地下室のトイレまでたどり着いた。
そして清掃具をどかして床を捲ると、ナオが説明したように地下水路に通じる穴が開いていた。
これで無事に脱出できると思った直後、肝心な事を思い出した。
「ナオさん、ここって研究施設ですから当然あの薬ってどこかにありますよね?」
「ありますけど、今は一刻も早くここから逃げないと……」
ダームの冒険者のザッツも薬を持ち帰って来ていたけど、この施設にあるのは出回る前のだからまた色々違ってくると思っていたけどな。無理言って見つかったら元も子もないわけだし。しょうがない、今回は諦めるか。
「わかりました、このまま案内をお願いします」
「ごめんね、わがまま言って。あ、降りるときに床を戻してくださいね」
「わかりました。いえ、気にしないでください。むしろ安全に逃げれるのに無理を言おうとした私がいけないのですから」
お互いが謝っている状況に何だかおかしくなって二人して苦笑いしながら垂らされてるロープを掴んで下へ降りる。
こんな時に不謹慎かと思うけど、何となく笑っちゃうんだよなぁ。たった一人で敵地のど真ん中にいると思ったらまさか知人に出会うんだからな。
お互いに助け助けられて、しかも脱出を手伝ってくれるんだ。そりゃ笑いのひとつも出てくるよ。
無事に脱出できたらお礼の一つは考えよう。




